婚約破棄された公爵令嬢ですが、元婚約者の護衛騎士と入れ替わってしまいました

パピの木

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「ねえ! 次はあっちに行ってみましょうよ! すごく良い匂いがするわ!」
「アイツ俺たちより楽しんでないか?」
「間違いないね」
 既に疲労を滲ませつつ、はしゃぐイズを町娘に扮したトリスといつもどおりのナーバルが追いかける。
 お祭りというものがこんなにも楽しいものだとは思わなかった。無事にトリスは屋敷を抜け出してくることができた。今イズの実家の使用人たちはみんなだらけきっているようで、何の問題もなく外に出ることができた。それはそれで少し複雑な気持ちだが、あまりにも職務怠慢の度が過ぎるようであればイズの母親付の侍女たちが黙っていないだろう。彼女たちは基本的に屋敷全体の雑務をこなすメイドたちとは不干渉を貫いているが、彼女たちが徹底的に母の私室を綺麗にしているのにも関わらず、メイドたちが管理や手入れをしている廊下の窓枠や大広間の床に少しでも埃が積もっているのを発見すれば激高することは容易に想像がついた。侍女はイズの両親のような主に忠実であり業務を遂行することに比べて、メイドは家に忠誠を誓い屋敷管理に係る雑務全般を担う。それが侍女とメイドの違いだ。例の変人扱いの侍女でさえ、一応はイズの母親の言うことには従う。ただし彼女の場合は他の侍女とも立場が違うので、母親の命令が気に食わなければ忘れたフリをして無視することもあるし裏で悪態もつくが。
 いずれ決着はつくだろうというのがイズの見立てだった。それまではしばらく自由を楽しむことができるだろう。
 正雪祭では美味しそうな食べ物を売る屋台が所狭しと並ぶ。それに念願だったクォードフラワーの花束も手に入れられた。みんなが持っていた黄色い花はクォードフラワーという名前だったんだわと感極まっていたのが、つい数分前のことである。それを大事に抱えつつ、たくさんの串焼きも手に入れておなかいっぱいでもう座りたい二人を引き連れて気を引かれるがままに歩き回っていた。
 元々仕事の時以外のナーバルは年配者のように動きが緩慢だし、トリスの体は自分で言うのもどうかと思うが貧弱なので一番元気が余っているのがイズだった。ピョンピョンと跳ねるように歩いていたらガキかよ恥ずかしいなとブーイングをくらった。でも楽しくて仕方ないのだ。
 屋敷では引きこもってばかりの生活だったし、たまに舞踏会に参加しても婚約者について挨拶回りばかりしていたので気の置ける友人を作って談笑することもできなかった。
 だからこそ、そんな自分の晴れやかな気分とは対照的な店構えに目を魅かれたのだと思う。
 そこだけ影が差すように見えた。店のドアの上には『占術』とだけ書いてある。
「トリス、ナーバル。しばらくそこで休んでていいわ」
「どこ行くんだよ」
「あそこのお店に入ってみたいの」
 店のほうを指差せば、ナーバルからは行ってこいと手を振られる。
「女ってどうしてああいう店が好きなのかね」
「イズ、ついていこうか?」
 対照的にトリスがあからさまに顔に出して難色を示す。彼が親切心を出すのは珍しい。それとも自分も占ってほしいのかしら。
「イズ。1人で行ってこい。あの店は大丈夫だ」
 何か言いたそうな視線をトリスはナーバルに向けるが、すぐに肩をすくめる。
「ナーバルが大丈夫って言うならいいけど」
 どうやら許可が得られたらしい。何やら視線を合わせた2人の間の水面下でやり取りをされていた気がしなくもないが、気付かなかったフリをすることにした。怪しげな店に入ったら危険だということはイズも分かっている。この辺りはヴォルフハート家直轄領とはいえ治安が悪い。女子供は一人で行動しないほうが得策だ。気を抜けば路地裏に連れ込まれて何をされるか分からない。しかしナーバルがあの店は大丈夫だというのならば本当に大丈夫なのだろう。もしかしたら彼の知り合いの店なのかもしれない。トリスに抱えていた花束を預ける。
 イズがドアノブに手をかけると、もう随分と使われていなかったように軋む音を立ててドアが開く。
 棚には所狭しとおどろおどろしい標本が並び、その中のカエルの虚ろな目と目が合った気がして少しばかり心臓が跳ね上がった。
 奥へ奥へと進むほどにお香が焚かれているのか視界が煙がかったようになる。
「あの……どなたかいらっしゃいますか……?」
 勇気を出して声をかけてみれば、かすかにベルの鳴る音がする。なぜか呼ばれていると感じて、音のする方向へと歩いていった。
「……いらっしゃい。お嬢さん」
「ごきげんよう、マダム」
 導かれた先に鎮座していたのは、しわがれた老婆だった。長い髪で全身が覆われている。顔が見えないところはナーバルに似ているわと後から本人に怒られそうなことを思った。
 膝を折って挨拶する。ふと疑問に思って「お嬢さんじゃない」と言えば、「いいや。アンタは可愛らしい女の子さ」と返された。なるほど、少し信用度が上がった。それか本当に髪で前が見えてないかのどちらかだわ。
 イズは占いというものを正直あまり信じてはいなかった。当たったら面白いし淑女たちの話題にはなるが、それだけだと思っていた。たまによく当たると噂の占い師もいるが、大抵はイカサマを働くペテン師だった。客のことをあらかじめ調べ上げておいて、さも占いによって分かったかのように演技をする。そこで集めた熱狂的な信者たちから金銭を得る寸法だ。昔からある常套手段だったが、引っかかる人間はそれなりにいる。
 彼女はどちらかしらと少し考える。ペテン師か、本物か。どちらにせよ、連れの2人が体力を回復させるまでの暇潰しになればいい。
「今、ワシのことを疑わしいと思っているね」
「ええ。思ってるわ」
 ここは正直に頷く。
「もう性別を隠すのはやめたのかい。ワシはおまえさんのことを騙そうなんてこれっぽちも思っちゃいない。ただ、警告をしてやろうと思ってね。それだけさ。このままじゃ相手に有利過ぎて可哀想というただの老婆心だ」
 相手とは誰のことを指しているのだろう。今一番身近な人物はトリスとナーバルだ。
「1つだけだ。ワシから言えるのは一つだけ――《》」
「魔女? それってどういう……」
 そこまで言いかけたところで、背後で大きな物音がした。振り返って再び視線を戻したところで占い師が消えていた。
「……え?」
 天井から幾重にも垂れていた布の裏や、あたりを見回してみても老婆の姿はない。占い師が座っていたところがどうやら店の最奥だった。困惑しながらも後退りで戻る。途中から身を翻して走って外に出た。
 店を出たときの顔があまりに不安そうな顔をしていたのか、トリスがすぐさま駆け寄ってくる。
「大丈夫か? 水あるぞ。飲めるか? ゆっくり飲め」
 矢継ぎ早に言葉をかけてくる。その全てに頷いて、差し出された水を受け取って飲んだ。
「イズ。お婆には会えた?」
 呼吸を整えているとナーバルが訳知り顔で言う。
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