この恋は無双

ぽめた

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三章

お城暮らしが続いています

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 壁の上部に設えられた窓から、弱い陽の光が射し込んできて、きらきらと埃が舞っている。
 僕は読んでいた本から目をあげて、どこか日常から切り取られた静かな空間の中、ぼうっとその様子を眺めていた。

 僕しかいないアズヴァルド城の書庫は、しんと静まり返っている。
 いつもは司書の人の気配がするけれど、今は皆不在にしているようだ。

 ふと壁掛けの時計に目をやると、そろそろ昼食の時間が終わる頃だった。

「ああそっか。お昼休みで誰もいないんだ」

 司書の皆は昼の休憩で出払っているのだとようやく気がつく。独り言を呟いて、椅子に座ったままうーんと背中を伸ばした。
 本に熱中していて、正午を報せる鐘が鳴ったのに気がつかなかったんだ。
 途端にくう、とお腹が空腹を主張してくる。

 城に滞在している間は、城に勤める人たちが利用する大食堂で食事を摂っていた。
 ここに来た初日のように、ウィル様に呼ばれて食事を共にすることもあるけれど、頻度はさほど多くない。

 どちらかというと、酒瓶を持参したウィル様が僕達の部屋に来て、サークを寝酒に付き合わせる方が多かった。
 結構な酒量を二人で呑んでいるのを見ていると、美味しそうだなあと思わなくもない。

 僕も成人したら、お酒が好きになるのかな?
 どちらかというと僕はまだ、お酒と一緒に出てくる甘いものやチーズの方が好きだけど。

 それに、僕だけがこっそり楽しんでいる事もある。
 お酒に酔ったサークは、僕によく触れてくれるのだ。
 舞踏会のとき、みたいに……あんなふうではないけど。頭を撫でてくれたり、時には同じベッドで眠ってしまったり。
 サークに触れてもらえると、やっぱり幸せな気持ちになるので、されるがままにしている。
 すきだなあ、と素直に思えるから。

 そんな事をぼんやりと考えていると、急かすようにまたお腹が鳴る。

 ……うん。そろそろ何か食べに行こう。
 食堂に料理が残ってるといいんだけど。

 僕は読みかけの本に栞を挟んで閉じ、机の上に積んだ本の山の上に置く。

 興味のある系統の本を幾つかマルーセルさんに選び出して貰ったが、あらかた読み終えそうだ。

 探しているのは、ドリアードに教えられた『精霊王の愛し子』について。

 精霊の事は魔術師が専門だから、長い時間をかけた研究や調査が進んでいる。
 なので資料を探すなら魔術師ギルドを通して調べてもらう方がいいけれど、せっかく城の豊富な蔵書を閲覧できるし、何か別の手がかりはないかと自分で調べていたのだ。

「うーん……なかなかないもんだなぁ」

 人間と共存するかれらについて書かれている本は多い。
 さかのぼれば遠く神話の時代から。
 創造神が大地や数多の生き物を創り、太陽神が陽の恵みをもたらし、精霊王が自然界を統べる。
 そういうこの世界の成り立ちは、子供にもわかりやすいような絵本になり、誰もが知識として知っているのだ。
 精霊の存在は、加護という形で選ばれた人の前に時折姿を現していたと、いくつかの本に記されていた。
 人に害を成す魔物に立ち向かう英雄に力を貸したり、不幸な子供に知恵を与えて苦難を乗り越えさせたり。
 逸話は多いのにも関わらず、僕の探している愛し子という表記は全く出てこない。

「やっぱり精霊については魔術師が専門だよね……でもサーク、僕に手伝いはさせるけど、そういうの絶対教えたがらないし」

 諦めて机の上の本を軽く整え、立ち上がる。
 ずっと座っていたので、体が少し強張っているのを感じながらも、書庫を出ようと扉の方へ向かった。

  こつこつと僕の足音だけがやけに響く中、途中で足が止まる。

 閂で閉じられ、幾重にも鍵が厳重に施された、重厚な鉄の扉の前。
 そこは、貴重な本や国の歴史に関わる重要な資料が収められている、禁書庫だ。

 この場所に近づく度に、扉の向こうから異様な気配を感じる。

 サークはこの頃毎日ここに通いづめていて、朝から日が暮れるまで出てこない事もあった。
 けれど、どんな物が収められているのか僕は知らない。

 ウィル様から仕事の報酬として鍵を貸してもらい、自由に出入りを許された時。
 一緒に入ってみるかとサークに誘われたけれど、僕は理由をつけて断った。

 どうしてか、禁書庫の周囲で精霊が怯えているためだ。
 奥に何があってかれらが避けるのか。
 原因は気になるけれど、僕自身、どうしても足がすくんで躊躇してしまうのだ。

 今だって扉を見つめているだけなのに、ぶるりと背筋が震える。
 慌てて扉に背を向け、逃げるように早足で書庫を後にした。
 後ろ手に扉を閉め人気のない廊下に出て、初めて安堵の息が漏れる。
 気を取り直して、食堂へと足を向けた。

 外からは弱い雨の音がしていて、周囲は少し薄暗い。
 書庫の窓は、本が痛まないよう直接陽が当たらない設計がされているけれど、その分位置や角度を計算して外からの光が入りやすいよう造られている。
 そのせいかあまり暗く感じなかったので、雨が降っている事に気がつかなかった。

 城の王宮部分を抜けると渡り廊下になっていて、大きな食堂や騎士団が使う施設があり、騎士団員と城の勤め人の宿舎も繋がっている。
 夜に王族のお世話をする当番のメイドさんや、警備の騎士さんの仮眠室は王宮内にある。
 普段は勤務の時間が終われば、大抵の人は宿舎の自室にいるそうだ。

 すこし時間を気にしつつ早歩きで歩いていると、廊下の曲がり角から合流してきた人物がいた。

「あ、ブライアンさん。こんにちは」

「やあこんにちは。久しぶりだな」

 にこやかに挨拶を返してくれたのは、第六騎士団長のブライアンさんだった。
 目尻が少し下がった優しい鳶色の瞳と、後ろに撫で付けた栗色の髪。きちんと騎士の制服を着ているから、仕事中のようだ。
 ブライアンさんはサークと並ぶ位の長身なので、大分斜め上に目線を合わせる。

「食堂に行くところかい?」

「はい。書庫にいたら熱中しちゃってました。
 ブライアンさんは?」

「私もようやく書類を片付けた所でね、これから食事なんだ。良かったら一緒に行かないか?」

「もちろんです」

 誘って貰えたのが嬉しくて微笑むと、ブライアンさんもにこりと笑顔を返してくれた。

 並んで食堂の扉を開けると、大きな長テーブルと椅子が並べられたホールの中には、まだちらほらと食事をしている人がいる。

 カウンターへ行くと、幸いまだ料理が残っていたので、トレイに用意してもらい手近な席についた。
 
 今日の昼食は丸い柔らかな白いパンとトマトソースのスパゲティ、サラダに好みの飲み物というメニューだ。

「頂きます!」

 美味しそうなご飯を前にしてつい元気な声が出てしまい、対面に座ったブライアンさんが可笑しそうに笑う。

「タリュス君は素直だから気持ちがいいな。
 我が家のひねくれ息子達とは大違いだ」

「そ、そうですか……?」

 う、子供扱いされてるみたい。
 フォークにスパゲティをからめながら見つめると、ブライアンさんは首を傾げた。

「ああ、褒めているんだよ。
 息子が三人いてね、君よりずっと年上なんだが……成人するまで反抗的で大変だったんだ」

「そうなんですか。ブライアンさんは優しいから、いいお父さんが出来てそうな気がしますけど……」

「ありがとう。しかしね、どうも息子達とは反りが合わないのかよく喧嘩になったものだよ。
 私がつい言い過ぎてしまう性分のせいだと、妻によく窘めたしなめられた」

 この穏やかなブライアンさんが、怒ることあるんだ。
 一体何が原因でそうなるのか想像もつかない。
 騎士団長を務める位の人だから、厳しい一面も勿論あるんだろうけど。

 両親と暮らした事がないせいで、家族関係のあれこれが全くぴんと来ない。
 孤児院の先生達は優しかったから、反抗した覚えもないし。
 何よりあの頃はとにかく他人が怖くて、暮らしていた街でもなるべく接しないように避けていたから、余計にそう思う。

「そういえば、先日はディスティア国の貴人の接待で大変だったそうだね。
 帰られたのは十日ほど前になるか」

「そうです。色々あって忙しかったですけど、馬車を見送った時はちょっと寂しくなりました」

「リファネル皇女のお相手が主な仕事だったと聞いていたが、仲良くなったのかい?」

「うーんと、忠誠を誓わされました」

「……それはまた……大変な事だね……」

 端的に答えると、ブライアンさんが言葉に詰まる。
 もしかして、あんまり良いことではなかったんだろうか。

 僕が不安に思ったのが伝わったのだろう。
 ブライアンさんは大ぶりのカップに入れて貰ったスープを一口飲んでから、苦笑いする。

「彼の姫様の気紛れだろうけれどね。
 後学の為に教えておくと、忠誠とは我々にとって、生涯を賭して相手に魂を捧げる行為をいうんだ。簡単にできる事ではないんだよ」

「アースリングから戻って来るときに、そんな話をされて仕方なく、なんですけど。
 あんまり良いことじゃないんですか?」

「いや……普通ならさほど問題はない。君は騎士ではないし、公の場の事でもないから。
 ただ、彼女は確か精霊の加護を得ているんだったね」

「ええ。火の精霊の加護を受けてました」

「そうなると、君と彼女は魔術的な意味合いで繋がりを持った事になるかもしれないな。
 その辺りは専門家のイグニシオン君に聞いてみるといい」

「……わかりました」

 思いがけない指摘だった。
 そういえば僕がリファ様に忠誠を誓ったあの時、サークに止められたっけ。


 話の流れから、ディスティアの皆が帰国するときに、見送りをした時の事を思い出した。

「二度と会うこともないと思うが。
 次にまみえる時までに、もっとましな口の利き方を学んでおくのだな」

「お前が俺の尊敬に値する奴になってたら考えてやるよ。まあ無理だろうがな」

 などとルーベンス皇子とサークがやりあっている隣で、リファ様が声を潜めてそっと僕に近づいてきた。

「昨日のことは秘密よ。誓いなさい」

「いいけど……どうして秘密なの?」

「っどうしてもよ!
 わたくしは貴方の秘密を守るのだから、理由はどうあれ貴方も同じようにするべきではなくて?
 だから……たまに、手紙も書くのよ。
 ひ、秘密をきちんと守れているって確認のためにね?
 もし約束を違えたら、その髪を丸坊主にして差し上げるわ。特別に切れ味のいいハサミを用意させるから、覚悟なさい」

「あ、ははは……覚えておくね……」

 そんなに恥ずかしい事だったのかな?
 誰も周りにいなかったし、リファ様はとても楽しそうに踊っていたのに。

 隠しておく理由はよくわからないけど、あまりにもリファ様の顔つきが怖かったので、その場はおとなしく頷いた。


 本当のことを言うと、リファ様はディスティアの皇族の人だし、この先会う機会もないだろうと思っていた。
 でも魔術の繋がりを持ったかもとなると、どんな影響があるのか気になってくる。

 部屋に戻ったらサークに聞いてみなきゃ。

「ところでそのイグニシオン君は別行動なんだね。君達はいつも並んでいる印象があったから、一人でいるタリュス君に会った時は新鮮だったよ」

「そんなにいつも一緒な訳じゃないんですよ。
 サークはこの頃書庫に籠ってる時間が多いので、僕は自由に過ごさせて貰ってました。
 今日は魔術師ギルドに顔を出すって言って、サークは外出してますけどね」

 さっき見た禁書庫が施錠され、閉じられていたのは、毎日入り浸っていたサークがいないからだ。
 どうやら役立つ文献を見つけたらしく、何故かルーナを伴って朝から出掛けていったけれど。

「それにしても、ブライアンさん事情に詳しいですね?」

「隣国の皇族を迎える期間、我々も警備の強化をしていたからね。
 魔術の護りは君達に一任したが、例の舞踏会では貴族の来客もあっただろう?」

 にまり、と悪戯げに微笑まれて僕は言葉に詰まる。
 ……藪蛇だったかな。

「ここでマルーセル嬢と食事をした時に聞いたよ。一夜にして並み居る人々を魅了した、美の化身の様な絶世の美少女の話をね」

「ああ…………ははは…………
 一体どちらの名家の方なんでしょうねー……」

 視線を泳がせて惚けてみるけど、ブライアンさんの笑顔から察するに、これは完全にばれている。

 もう……やっぱり止めておけば良かったな……
 でもサークと踊りたかったのは本心だし。
 リファ様にも言われた通り、男としてどうなんだと思うけどでも……

 誤魔化しきれない僕を面白がっているようで、くっくっと楽しそうにブライアンさんは笑っている。

「私もぜひお目にかかりたかったな。あの日警護に当たっていた中にはうちの団からも数人出ていてね。
 そこにヤノスも居たんだが、正体に気付いて腰を抜かしていたそうだよ」

「へ、へえー……ヤノスさんがいたんですかー」

 全然気がつかなかった。
 あの日は物凄く緊張してたから、周りが見えてなかったもんなあ。

「警備の時間を終えて私の所へ報告に来た時は傑作だったな。終始ぼうっとしていて、完全に骨抜きになっていてね。
 しぱらくそんな様子なのに理由を言わないから、何処かのご令嬢に恋でもしたのかと思っていたのだけど。
 後日マルーセル嬢が教えてくれたから、原因がわかって助かったよ。
 随分と罪作りな令嬢も居るものだ」

「ほ、ほんとーですねー…………」

 だめだ、居たたまれなさすぎる。

 マルーセルさんにはこれ以上広めないように、後でちゃんと口止めしよう。
  



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