この恋は無双

ぽめた

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三章

聖女ジュリア

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 ウィル様に教えてもらった通り、城下の共同墓地で、野党に襲われて亡くなった人達の葬儀がしめやかに行われた。
 よく晴れた青空の下、騎士団の人達が神妙な面持ちで居並ぶ。
 その後ろで僕達も渡された献花を持って、教会の司祭が鎮魂の祈りを捧げるのを聞いていた。

 所持品がなく身元が分からないので、大きな慰霊碑を建てて全員の亡骸を埋葬したのだと、ブライアンさんが教えてくれた。

 一人ずつ墓標に献花を手向けていき、僕も手にした花をそっと捧げ、両手を祈りの形に結んで目を閉じる。

 ーーどうか、ここに眠る皆の魂が迷うことなく、神さまの身元へゆけますように。

 祈りを捧げるのは僕が最後だったようで、集まった人達は三々五々会話をしている。
 僕も皆の所へ戻ると、第六騎士団の面々とサークが対面していた。

「もう一人養う事になったと聞いたぞ?
 あまり貴殿に似ていないが、母親似なのかこの少女は」

「誰から聞いたか知らねえが……間違ってんぞ。
 まず俺の子供じゃねえしこいつは男だ」

「初めましてだな、わたしはルーナだ。
 衣装については似合うので着ているが、性別は男だからよろしく」

「僕はヤノス、こちらは副団長のイムジスさんだよ。
 ……はあ、しかしまた随分と可愛らしいですね。しかもタリュス君と目鼻立ちが似てます」

「うん、まあそんな偶然もあるよ」

 興味津々に話しかけるイムジスさんとヤノスさんを飄々とかわすルーナは、ケイティさんに作って貰った喪服のワンピースを着ている。
 長い髪を結い上げているので、これで女の子だと思うなという方が無理な話だ。
 ちなみに髪色は目立たないよう栗色になっている。

「こんなに沢山の人が集まってくれたんだね。
 亡くなった人達、安らかに眠れるかな……」

「あのまま森の中で、殺された事を恨みながら木の下に居るよりいいはずだ。
 自分でそう言ったろ?」

「……うん……」

 小高い丘の上の墓地に柔らかい風が吹き抜け、植えられている木々を優しく揺らす葉擦れの音がする。
 この静かな場所なら、魂も鎮まるだろうか。

 ふと背にしていた慰霊碑の方を振り返ると、誰かがこちらに背を向け、膝をついて祈りを捧げているのに気がついた。

 いつの間にそこにいたんだろう。

 女の人のようで、白いブラウスに灰色のスカートという出で立ちで、肩口までの長さの漆黒の髪をしている。

 きらきらと燐光が彼女から漂っていて、帯のように空高く昇っていた。
 水晶を細かく砕いて撒くような、魔術師の使う精霊魔術と異なる力。
 初めて目にした魔力の流れに目を奪われる。

「どうした?」

「あ、うん……あれ、見て」

「参列者じゃなさそうだな。いつからいたんだ」

「わからない。……僕も気がつかなかった」

 サークが眉を片方跳ね上げる。
 僕の耳が人より良いこと、気配を感じる能力が高いことを知っているから、驚いているようだ。

 彼女を見つめていると、不思議な気配がする。
 どこか人間とは違うような、精霊に近い感覚。

 離れたところでブライアンさんと、ウィル様の代理人と話をしていた教会の司祭のおじさんが、彼女に気がついて歩み寄っていく。

 声をかけられて立ち上がった彼女は、司祭のおじさんと話をし始めた。

「教会の関係者か」

「あの娘、聖女じゃないのか?
 ほら、この間街で見かけた」

 ルーナが隣で腕組みをしている。

「どうしたんだねジュリア。
 今日は休息を取るようにと言っておいたろう」

「街の様子を見たくて歩いていたら、浄化の力を感じたので……いけませんでしたか?」

「いいや。聖女の君が祈れば、哀れな魂もまして救われるだろうから構わないが。
 ただあまり出歩かないように」

「……気を付けます」

 厳しい司祭のおじさんの言葉に、彼女は視線を下げて一礼し、沈んだ様子で墓地の出口へ歩きだす。

 やっぱりルーナの言うとおり、教会で見た聖女だ。
 でもなんだか、元気がないみたいだな……
 今の感じだと、教会にいるとあまり自由がないのかもしれない。

 その時、ぱっと彼女がこちらを見た。

 黒曜石の瞳が僕を射る。

「あ……」

 ーー黒い瞳に見据えられ、つい先日襲われた記憶が脳裏に甦る。
 沸き上がる恐怖に足がすくんで身動きできずにいると、帰ろうとしていた彼女が方向を変えて近づいてきた。

「あのっ……この間教会の前で会ったよね?」

 両手を胸の前で組んだ彼女は、可愛らしい風貌をしていた。
 きらきらと瞳を輝かせ、どこか興奮したような面持ちで話しかけてくる。

 ーー違う。この子は違うんだから……大丈夫。

 自分に言い聞かせて、どうにか僕は頷いた。

「え……と、そうです」

「やっぱり……!貴方のこと、あんまり綺麗なんで忘れられなかったの。
 近くにはいつもおじさんしかいないし、愛の女神様の導きは外界にしかないんだと思ってたのよ。やっと出会いの日が来たのね!」

 急に捲し立てられて僕が戸惑っていると、小首を傾げて漆黒の瞳を瞬かせながら見上げてきた。
 近くで見ると、黒の中に星のような銀色が散っていて、不思議な瞳をしている。

「私ジュリアって言うの。
 聖女の務めをしているのよ。歳は十四才。
 貴方は?」

「僕は、タリュス。
 タリュスティン・マクヴィス……
 同じ歳なんだね」

 僕より少し低い位の身長だし、幼い風貌に見えたので年下かと思った。

「タリュス君か、いい名前ね。この街の人?」

「えと、今は仕事中。家は別のところにあるよ」

「で?聖女サマがわざわざうちのタリュスに何の用だ」

 ぐいぐい近づいてくるジュリアと僕の間にサークが割って入る。
 あからさまに不機嫌な声音に怯むかと思ったけれど、何故か彼女はさらに嬉しそうに微笑んだ。

「……か、かっこいい……!!」

「あ?」

「いやもうほんと無理……眼福……来て良かった……
 地方の修道院で静かに暮らしてたのに、急に聖女だとか言われてあちこちで毎日奉仕活動ばかりして、正直しんどかったけど全部この出会いの為だったのね?ありがとう女神様!」

「……頭大丈夫かこいつ」

「大衆小説の読みすぎだろうね。
 結構面白そうだから、わたしは嫌いじゃないけど」

「ルーナ、わかるの?」

「なんとなく。城の図書館には置いてない類いの本だから、街の本屋に行ってみるといい。
 この間サークと魔術師ギルドに行った帰りに、少し立ち読みしたんだ。
 最近は苦難の先に神様が男女の仲を導く、激甘な恋愛話が流行りみたい」

 げきあま……?

「わ、すっごい美少女までいる……!?
 貴方達どういう関係なの?」

「教会の奴が知る必要はない」

 すげなく答えて僕の背を押し、サークは踵を返す。
 まだ女の人と対面するのは怖いし……
 対応に困ったので、ほっと息を吐いて離れようとした瞬間。
 くいっと服の裾を掴まれた。

「タリュス君。あなた私と同じでしょ?」

 ぎくりと振り返ると、ジュリアは邪気のない子供のように微笑んでいた。

「さっき司祭様の祈りとは別の、私と同等の強い浄化の力を感じたわ。だから気になってここに来たのだけど、貴方なのね。
 ねえどうして神託から逃れているの?なぜそんなに強い癒しの法力を持っているのに教会にいないのかしら?貴方が居れば大勢の人々が怪我や病から救われるでしょうにどうして?」

 囁くような可愛らしい声で、矢継ぎ早に問いかけてくる。

「私でも目が合わないとはっきり解らないくらい、ぼんやりしていて分かりにくいからかもしれないわね。まるで意図的に隠されてるような」

 反応を探る眼差しに、凍りついたように動けない僕の横から長い腕が伸びて、ジュリアの手をさっと払った。

「そこまでだ。
 怯えてんだからさっさと離れろ」

「近づかない方がいいよ聖女様。
 この通りタリュスには、君にすら噛みつく危険な相棒がいる」

 サークとルーナが僕を背に庇う。

「……あらー……そう。そんな感じの関係かあ」

「いいか、白金の魔術師を教会の敵に回したくなければタリュスの事は他言するな。
 誰かに話してみろ。比喩でなく教会の聖堂もろともお前を葬る」

 怒りの表情で凄むサークに怯んだようで、取り繕うように聖女は薄く笑う。

「ジュリア!そこで何をしている!」

 その背後から司祭のおじさんの怒声が飛んできた途端、びゃっと猫のように髪を逆立て、怖々とジュリアは振り返る。

「し、司祭さま、これはそのう」

「いいから離れるのだ!
 魔術師などに近付くでない!」

 ざっとサークとルーナの前に司祭のおじさんが立ちはだかる。

「我が教会の者に近付かないで貰いたいな魔術師。聖女の魂が穢れる」

「あ?誰が穢れだおい。
 こいつの方からずけずけと寄って来やがったんだぞ。
 お前らの大層な教義ってのには、人並みの礼儀は含まれてないようだな?」

「……ジュリア、もう戻りなさい。
 あれほど世俗のものと関わるなと教えたというのに、まるで理解していないな」

「も、申し訳ありません」

 しおしおとジュリアは数歩後ろに下がる。
 さっきの恐ろしいまでの迫力が嘘のような、普通の女の子の反応だ。

 司祭のおじさんと共に背を向けた去り際に、彼女はふっと振り返り意味深に笑う。

「またね、タリュス君。
 さっきの忠告は忘れないでおくわ、美形の魔術師さん」

 予言のようなその言葉に背筋が寒くなる。
 僕は思わずサークの背中に隠れて、服にしがみついてしまった。

 今度こそ墓地を去っていくジュリアを見届けてから、ようやく僕達は安堵の息をつく。

 司祭のおじさんも教会へ帰って行ったので、ブライアンさんや騎士さん達も解散し、葬儀は終了したのだった。



 その後、ルーナは少し街を見て歩きたいと言い出したので、僕達は二人で先に帰る事にした。

 例の本屋さんに行くと言ってたけど、喪服のままで良かったのかな……?

 城へと戻る道を並んで歩きながら、サークがぼそりと話し出す。

「見抜かれるとはな。
 聖女とか祭り上げられてんのは伊達じゃないって訳か」

「……僕の力が隠してあるみたいだって、ジュリアは言ってたけど……本当にそうなのかな」

 見上げたサークの金の瞳が揺らぐ。

「違うならいいんだ。
 でも、他の人が僕の何かを勝手に隠したのなら……理由を知りたい」

「んなの、出まかせかもしんねぇだろ」

「そうかもしれない、けど。
 同じ歳なのに、あの子は僕よりもっと……なんていうか、自分の力をちゃんと把握してて、根拠があって言ってる気がしたんだ。
 ……僕は、自分の事なのに何も言えなくて、サークの後ろに隠れる事しかできなかった」

「タリュスは嫌な目に遭ったばっかなんだ。
 今は仕方ない」

「……ありがと。
 ごめん。情けなくて」

 いつまでも、誰かに自分の事を任せて影に隠れていてはいけないとわかっている。

 どうしても、まだ女の人が怖かったりするけど……

 自立しなければいけない気持ちと、守られる温かさを手放したくない甘え。
 その二つの気持ちが、僕の中でせめぎあっている。

「今日みたいに、守って貰えるのはすごく嬉しいし、安心する。
 だけど、そんな自分は嫌だなって思うんだ。
 ……このまま楽な方を選んでたら、情けない大人になりそうで、怖い」

 ウィル様の依頼を受けてから、沢山の人に出会った。

 居心地のいい人、悪意を向けてくる人、優しい人、好意を抱いてくれる人……歪んだ好意をぶつけてくる人。

 サークと二人で静かに暮らしていた五年間と比べたら、激動の一ヶ月。

 出来ることも増えた。
 まだ出来ないことが多いことを思い知った。
 だからこそ。

「本当はね。後ろに隠れるんじゃなくて、隣に並んでいたいんだ。
 サークを守れるくらいに、強くなりたい」

「俺を守ってくれるのか?」

「うん。いいでしょ」

 驚いて瞬きするサークに微笑んでみせる。

「……楽しみにしてる」

 そう言って笑うサークは、いつものように大きな掌で頭を撫でてくれた。

 ……わかってるけど、すぐに子供扱いは直らないよね。

 でも、これから自分の事を理解して、大人にならなきゃ。あんなふうに近寄られても、ぶれないくらいに。

 そうしたらサークにとっての僕は、庇護しなきゃいけない相棒じゃなくて、違う意味で目を離せない相手になれるかもしれない。

 出来ることなら、今よりもう一段階上の「好き」になってほしい。

 その時がきたら、口説きにいくから。
 覚悟してね。




  
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