霊飼い術師の鎮魂歌

夕々夜宵

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第3章 狂いし頂点

第18話 狂人武乱

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 空中に大気の渦ができる。
大気の流れが目に見えてわかるほどの気流を目の前にいる一人の男が生み出したものだと、だれがわかるだろうか。
「ヒヒッ!世界は無情でいてそれでも希望を持たせようとする。こンだけ残酷なもン、誰が生きようとする?」
 男は両手を大きく広げ言葉をつづけた。
「モチロン、知能を持つ生物だけだ。知能を持たない生物なんざァ生きてる価値もねェ・・・」
 男が言葉を繋ぐ度に、それに呼応するかの如く渦は肥大化していく。
「だが、生物ってのァ何が起きても生きようとする。知能を持とうが持たまいが、一概にしてそれだけは達成させようとすンだよ」
 そして・・・。と男は静かに声を漏らした瞬間、大気の渦が一瞬にして大きく膨らんだ。
「俺ァその希望をぶち壊していくンだよ!!持てねェ希望にしがみついて生きようとする奴を殺して殺して殺して殺してくのが好きなンだよ!!!!」
 ヒゥゴウッ!!と膨大な勢いでその空気は膨張し、僕たちの体を押し出す。突如の衝撃に訳もわからないままその足は簡単に大地とさよならし、僕たちを空に放り出した。
「くっ・・このままじゃ・・・」
 このままじゃ為す術なく僕らは硬い地面に叩きつけられて死ぬだろう。人間の体ほど弱いものを僕は知らない。自分の身の丈の何倍もの高い場所から落ちただけで内臓破裂するくらいなのだから。
「粉塵操作・砂!!」
 瞬間、隣でアカネが大きく声を発する。それとほぼ同時にアカネのレザーバックから砂と地面の砂が一点に集まり山のように盛られる。
「サンド・クッション!!」
 アカネが右手を突き出した瞬間、砂が生物のように蠢き、僕らの体を優しく受け止めた。
「ほォ・・・科学的能力者かァ・・おもしれェ。」
「二重魔法陣!衝撃の矢(インパクト・アロー)!!」
 刹那、レントの声と共に一本の光の矢が男を襲う。当たった衝撃でアカネが生成した砂の山は飛ばされ視界が塗りつぶされる。
「テイム!!召喚!メイト・クランリス!!」
 続けて僕が能力の発動を宣言する。紫色の輝き視界にほんのりと移った後、僕は右手を突き出して赤い雷を噴出した。
 その赤い雷は歪な起動を描きつつも狙った通りの場所へと尾を伸ばしていく。赤い火花のような閃光が二度、三度瞬いた後、僕らは砂埃の影響で悪くなった視界の回復を待っていた。

 ボッ!!!!

 突如、砂埃も何もかもを飛ばすほどの烈風が僕らを襲う。どうにか体だけは飛ばされないようにと大地を踏みしめ、砂が目に入らぬようガードをした後に風の発生源のほうへと視線を投げると男が不気味な笑顔で立っていた。

「あ~死ぬかと思いました。まる。」
 攻撃をする前となんら変化のない様子で男は立ち尽くし、あまつさえもその顔には笑みだけを浮かべて男は声を発した。
「な、なぜ・・無傷でいられる?」
「お前らはこれで倒せると思ったのかもしれネェけどよォ、こんなンじャ妖怪一匹倒せねェぞァ!」
 男が右手を薙ぐ動作をする。
それだけで、背後にあった建物の窓ガラスがすべて、豪快な音を立てて割れていく。
「なっ!?」
「不思議かぁ?ただ圧力で縮めた空気の塊をガラスの前で膨張させただけなんだがなァ?」
 今の騒ぎを聞いてか、何人かの悲鳴が聞こえ小刻みに聞こえる足音が暗い街に幾重にも響き渡る。男はそれを実に楽しそうな表情で眺めていた。
「なァ、楽しいだろ?俺の力でここまでの人間を狂わすことができる。皆逃げ惑い、ガラスのような人格はいい音たてて簡単に崩れるンだよ。」
 男は淡々と喋っていく。そして、地を蹴る。歩く一歩目を踏み出すくらいの軽い蹴りだ。それなのに、男の顔は次の瞬間、僕の視界を覆い尽くす程近くに迫っていた。
「お前もこォなるんだけどな?」
 悪寒。背中に氷塊を入れられたのかと錯覚するほどの悪寒が体を一直線に駆け抜ける。「にげろ。」と本能が教えてくれてから僕が回避行動に移るまでは一瞬ともいえるスピードだった。
 力の限り僕は地を蹴りバックステップを行う。だが、それと同時に勢いよく膨張した空気が僕の体を押し出し背後の建物の壁に叩きつけた。
「がっは・・・っ」
 空気が腹から押し出される。次の空気を求めようにも喉の奥が詰まったような錯覚に陥りうまく呼吸ができない。
「そォんなんで終わりかよォ!!ひよっこがァ!!」
 男は風を身に纏いそのまま飛んでくる。
「(やばい・・ころされる)」
 サアァ・・・
「粉塵操作・鉄!!鉄の壁(アイアン・シールド)!!」
 突如、目の前に踊り出たアカネが鉄粉を操り鉄の壁を生成する。男は急ブレーキをかけたかのように止まった。
「粉塵操作変化・鉄!鉄の刀(アイアン・ブレード)!!」
 その瞬間、アカネが生成した鉄の壁は姿を変え、やがてキツナが持っているような刀の姿へと変貌していく。
「せやっ!!」
 それを握り大きく振りかぶり男へと切りつける。
「そんなオモチャで勝てるわけねェだろォ!!」
 だが、そんな攻撃も空しく男が操る暴風に巻き込まれ姿を崩してしまう。
「邪魔ァすンなよなァ。もうちょっとでハエ一匹殺せたのに・・・よ!?」
 
 ガァン!!!

 すさまじい衝突音が鈍く響き渡る。男の体は吹き飛ばされ数メートル先にあったコンテナの山にぶつかり、崩れたコンテナの下敷きになってしまった。
「二重魔法陣、瞬速の矢(ソニック・アロー)。よそ見してる場合じゃねぇぜ?風使いさんよ。」
 レントがイタズラな笑みを見せて技名を紡ぐ。右手の周りでくるくる回っている二つ魔法陣も喜ばしそうに輝いていた。
 だが、これだけではやつは倒せないだろう・・・そう考えていると、やがて恐怖を呼び起こすかのような音が耳に届いた。

 メキッ・・!ガコン・・ベコンッ!!ガキンッ!!!

 コンテナの山は少しづつへこみ、やがて目に見えるほどバキバキにされ、無残にも紙を丸めたかのようにくしゃくしゃになった鉄のコンテナは四方八方に飛ばされた。
「あ~、マジお前らあれだわ・・・ムカつくわ。」
 ダァン!!とさっきとは全く違う踏み込みを行う。それに呼応して風は大気を舞い、やがて一つの大きな塊を生み出す。
「死にさらせァああああ!!!!!!!」
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