霊飼い術師の鎮魂歌

夕々夜宵

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第4章 天邪鬼

第23話 ノーエルの亡霊

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 ビュンッ!シュン!
風切り音が僕の耳元で唸る。
「………。」
 額に浮かんだ汗はやがて重力に従い頬を流れ、むず痒い感覚を残しつつ皮膚からこぼれ落ちる。
 一体何をしているのかって?
僕、レオン・シャローネはただ遊んでいるだけだ。
 カサンドでSランクのカナル・グランシスを討って早くも一週間が経とうとしていた。
 そして今日は別の街、ノーエルというところに来ている。ノーエルは煉瓦造りの建物が主で、中心にはノーエルの大動脈と言われる大きな市場道がある。そこを皆で歩いている途中に、丸太避けゲームなる物を見つけたのが僕の行動のきっかけだ。
 それは飛んでくる丸太状のクッションをひたすら避けるというゲームで、当たるまで避け続け当たったらゲームオーバー。当たるまでの時間を競い合い最高記録を更新すると中々の賞金を貰えるという美味しいアレだ。ちなみに一人一回しかチャレンジできない所も中々アレである。
 まぁ、元々雀の涙ほどの金しかない僕らである。参加金額を払ってでもこういう賭博な博打には縋り付きたくなるものだ。人間だもの。
 最初はアカネが挑戦。結構すんなりと避けていた物だがどうやら時間が経つにつれ鬼畜になっていくらしい。52秒という結果に終わってしまった。次にレントが挑戦するも、カッコつけてひょいひょいと躱してたのも束の間、自分の足に自分で絡まり転倒し当たりゲームオーバー。観衆の笑い声と共に映し出された記録は32秒だ。さすがに僕もアカネも開いた口が塞がらなかった。
 ちなみに最高記録は3分12秒、妖怪が叩き出した記録である。2位の記録とは1分違いと大幅に記録を叩き出しているのである。こればかりは出した本人はしばらくドヤ顔だろう。
 まぁ、僕に敵うわけも無いけど。だって……

 ヒュンッ!フンッ!!

「嘘だろあいつ…」「人間か?……」「妖怪でも怖えよ…」「動体視力やべえ……」
 最初は応援や僕を煽るような声も、時間が経つにつれて段々と驚愕の類の声えと変貌していく。
 その後大分観客も増え、その声は今や町中に響き渡るかのような歓声になりつつある。
 それもそうだろう。だって今の僕の記録は……
「じ……10分…経過です……」
「うぉあああ!!」「すげぇ!!」「こんなの初めてだぜ!!」「惚れる!」「e△xp◯◇!@?!」
 ごめん、一人聞き取れなかった。
とまぁ、係りの人が言った通り僕の記録は10分を超えている。これで元一位の妖怪と7分違いになるな。
 まぁ、そろそろ疲れてきたし、賞金は確実にゲットした事だし、もうやめよう。
 もう少し…もう少し、ここだ。

 パスッ……

「記録……11分11秒…1位です…。」
「ふぅ……。」
 一瞬の静寂。次の瞬間、それこそ爆発かと錯覚するくらいの大歓声が町中に轟き大気を震わせた。
 うわぉぁぁぁあ!!やべえ!!神だ!!!などと言った観客の中僕は優越感に浸ってみる。
 分かっていると思うが、もちろんこの記録も僕が狙って止めたものである。1揃いで素晴らしい。
「1位、おめでとうございます!こちらが、賞金となります!!」
「あ、ありがとうございます。」
 歓声と盛大な拍手の中、僕は係りの人から賞金の入った袋を渡され宿へと足を向けた。

  ◇

「うおぉ!やべぇ!旅する前の金が全部返っきたぞ!!」
「それ以上あるんじゃない!?凄いよレオンくん!!」
「ははっ、ありがとう。僕に出来ることって少ないからさ。」
「んなことねーって、レオンがメイトを仲間にしなかったら俺らがゴーストになってたかも知れねえしよ!」
「縁起でもないこと言わないでよレントくん…」
 多額の賞金を見て盛り上がってるレントとアカネが目わ輝かせている。
「まぁ、僕は昔から五感が発達してるからさ。あ、そうだ、少し出掛けてきてもいいかな?」
「なんか欲しいもんでもあったか?」
「あぁ、少し興味のあるものがあってね。買うかどうかは別として少し見ておきたいんだ。いいかな?」
「うんっ、もちろんいいよ!気をつけて行ってきてね?」
「いってらー、俺とアカネはここにいるからよ。なぁに心配すんな、アカネに変なことはしねぇよ。」
「私の手以外のとこに触れたら鉄で切り裂くから」
「あ……ぁあ。お前らも気をつけろよ。じゃ、行ってきます。」
 僕は背後の殺気を振りほどき早足に部屋を後にした。

   ◇

「はっ……はっ……」
 宿を出て数分、僕はノーエルの大動脈を全速力で駆け抜けていた、汗で張り付いたカッターシャツなどには目もくれず、さっきの丸太避けから気づいていたある感覚に全神経を降り注いだ。
「ゴースト…反応…っ!」
 メイトのような反応とはまた別の、のっぺりと張り付くようなどす黒い反応。曖昧なその反応は嫌な予感しか呼び起こさない。
「どこだ…っどこだ……」
 先程から近くに感じているのに未だに場所が確定しない。全方向からやってくるかのような反応に僕の感覚は狂わされいまいち探すのに時間を費やしてしまう。
「もしかしたら…」
 ここに来る前に別の街で聞いた話を思い出す。

 ノーエルの亡霊伝説。

 鬼の男をただ殴りつける女の霊がいるというあどけない話である。いつから語り継げられているかもわからない都市伝説のような話である。その姿を見たら帰って来れないなどという単純な話だった。
 もちろん、こんな話を信じているものはそういるはずもなく、言う事を聞かない子ども脅しみたいなものに使われるような話だろう。まぁ、一般人には例外を除いてゴーストは見えないのだから仕方のない事である。
「これじゃラチがあかない…仕方ない、地道に捜すとするか…」
 僕は両手を耳にかざす。
「感覚を研ぎ澄ませろ…耳だ。」
 きぃん。と一瞬の耳鳴りの後、聴覚がシャットアウト。だが次の瞬間。

「今日のご飯なににする?」「ちっきしょ!また負けた!」「お兄さん!!この魚!少し安くして!」「ったぁー!参った参った。奥さんには負けまさぁ!よし!これでどうですかい!」「値切りババァだ…」「値切りババァだ。」「なーに見に行ってんだろーなーレオン」「なんだろね…。少なくともレントくんみたいに変なものは欲しがらないでしょ」「そこ!いい…っ、きゃんっ!」「ここか?ここがいいのか?」
 
 全てが聞こえる。
 かなりの距離があっても、物音や喋り声、全てが聞こえる。
 ていうか誰だ変なことしてるやつ、昼からすんな夜にしろ。レントとアカネの声も聞こえるな、僕はゴースト探しで走り回ってるよ…
 とまぁ、こんな感じで僕は昔から視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚がズバ抜けて高い。
 神経を集中させればどんな小さい違いもわかるようになる。
「問題はゴーストなんだ…なにか…なにか」
 僕は再度聴覚に神経を集中させる。いろんな音の中からそれっぽい音を見つけなければいけないのだ。
「ぁ……は…、愛…してる……ふふ」
 また変な奴か……昼からするなとあれほど……

 バキィッッ!!!

 瞬間、何かを叩きつけるかの様な鈍い音が連続して聞こえる。それは何かググモっていて怪しい音…
「ぁ……やめ…。」
 それは明らかに無機質な音、殴る音が組み込まれていたのだ。僕は音のした方向へと視線を投げる。そうしてまた、別の神経に集中させる事にしたのだ。
「嗅覚……っ!」
 一瞬。鼻から入る空気が全て遮断される。そして、次に空気を吸い込んだ時…

 肉、魚、木の実、果実、香辛料、甘味料、木、鉄、草、炭、薬、土、糞……。
「ぅぶ……ぉえっ」
 街に漂う様々な匂いが混合し僕の鼻腔を刺激する。混ざりに混ざったその匂いはある種悪臭のようなものだった。
 ていうか糞!だれだ!アホか!!するな!って言ったって仕方がない。まぁ、目当ての匂いも見つかったのだから良しとしよう。

 ………血の匂い。

「くっそ、鼻がもげそうだ。こっちだ。」
 僕は目尻に浮かぶ小さな涙を払い足を前に出す。数歩走ったところでまたもやある感覚が僕の脳を刺激した。
「ゴースト反応っ!」
 さっきよりも強く、確実にいる場所がわかるような反応だ。
 だが、その方向に向かえば向かうほど草木が生い茂り、とてもじゃないが歩くような場所では無くなってしまう。それでもめげずに掻き分けていくと、やっと小さな広場に出ることができた。
「小屋……?」
 ゴースト反応の発生源を辿るとそこにはボロボロの小さな小屋だけが一つ、ポツリとその場に佇んでいる。それの扉は今にも外れそうなくらい朽ちていた。
「なん年前からあるんだ…」
 鉄と扉の接触部が錆びていて引きにくい。ギギギと立て付けの悪い金切音を奏でるその扉は無理に引くと外れそうな程だった。
「こんなとこにいるのか……ぅっ!?」
  扉を開けると一番に僕をあるものが襲う。

 匂い…。

 食べ物が腐った臭い、排泄物を催す匂い、そしてここでやはり…濃い血の匂いが僕を襲う。
「な…なにしてんだ……」
 そして僕は驚く。

 そこには、全身にあざと傷のある少年が壁にぐったりと寄りかかっており、その呼吸は浅い。
 そして、男の前には少女が笑顔で立っていた。
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