霊飼い術師の鎮魂歌

夕々夜宵

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第6章 剣士学校

第51話 血の中で

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  「戦闘…開始!!!」
   誰とも言えない、咆哮にも似た合図が切られる。
   ソルト、タイガの二人は同時に駆け出す。それに対してライムは、2人を見据えたまま微動だにはせず、更には口元に笑みまで浮かべて剣を構える。
   「先手必勝!!!」
   瞬間、風と共に目前に現れるソルトが歯を見せる笑みで突きの一閃を放つ。ライムはそれを最低限の動きだけで交わし、剣を振るう。
   ライムの攻撃を受け止めたのは、果たしてタイガだった。バスターソードのその重みを感じさせない動きを見せ、漆黒の刀身と白銀の牙が交錯。木刀とは全く異なる肌を裂くような空気が頬を掠めて顔を渋らせる。金属摩擦音の剣戟が耳を揺らし、相反する火花は顔を照らす。
   「スイッチの動きの良さは認めよう。」
   「そりゃあ結構…っ」
   ライムは未だ余裕の表情を浮かべる。一際大きく火花が散ると共にバックステップ。その間を割って入ったのは体勢を持ち直したソルトだ。
   「おらぁ!!!くたばれ!!!」 
   刹那の斬撃は数十という太刀筋を生み出す。ライムもこれには少し顔を歪ませるが、難なくソルトとの互角を見せる。火花はとうとう熱まで放った。
   「さすが実技満点だな真面目ちゃん!!」
   ソルトはその言葉に「だがな…」と付け加える。
   腕の筋肉をフルスイング。唐突に繰り出された重量感のある斬撃にライムの体勢が少し崩れる。
   そしてソルトは、それを見過ごすことはなかった。
   軸足にしていた左足を地面に突き刺す勢いで踏みしめる。一回転の末に右足から放たれたキャノン砲よろしくの爆速の蹴りはライムの胴部の防具の中心にヒット。
   ライムの身体は軽々しく飛ばされ闘技場の中心から端まで横断する。
   「百点満点の型じゃあ俺は倒せねぇぜ!!」
   
   
   砂塵が舞い上がる闘技場の端くれにライムの姿はあった。ソルトの蹴りを諸に受けたライムは息苦しさに慣れない感覚をうけることになる。
   「カハッ……一体奴は何者なんだ。」
   「そうだろ?俺も今日、その事を思い知らされたぜ。」
   瞬間、ライムの息が一瞬止まる。まるで気が付かなかった。
   
   タイガ・アーガイルがそこにいる事に。

   「早いな……スキルかい?」
   ライムが何かを悟ったようにタイガを見ると、左目が緑に染まっている事に気づく。剣士スキルである自己軽化を知らせるものだった。
   「自制の句でも聞かせて貰おうか、首席さん。」
   「いいよ……」
   すぅ……とライムが一息。その顔にはべっとりとした笑顔が貼り付けられていた。

   「第2ラウンド、開始。」
   「っ!!!!」

   その言葉と共にタイガが身震いするほどの寒気を背筋に覚える。脳が危険だと即座に判断。脊髄反射に酷似した状態でタイガはライムに向かって巨剣を叩きつける。
   咄嗟の行動からタイガは剣のミネの方で叩きつけた事を後悔する。何か一瞬、どす黒い物が奴から現れたと、そう本能的に察したのだ。
   「ソルトぉ!!奴の剣を狙え!!」
   「へ?」
   「早く!根元から叩き折れェ!!」
   「お、おうよ!!」
   タイガの怒号にも似た声量から何らかの思いがあるのだろう。ソルトは宙で踊るライム目掛け駆け出しジャンプ。ライムの手に握られた刀の側面を狙い片手剣を振り上げると、力任せに振り落とす。
   ライムの剣は耳心地のいい、それでも剣士としては聞きたくない音を高々に鳴らし、根元から文字通り叩き折られる。
   さらに保険としてソルトはまたもや蹴りをライムの横腹にいれる。防具の問題で直接的に有効なダメージは与えられなくとも追撃防止にはなるだろう。
   だが、それで慢心するのは剣士の恥となる。剣士たるもの、一度狙った獲物は確実に殺すまでそばにきて攻撃する。無論、それはソルトも同じだった。
   ソルトは今一度駆け出し、トドメの一撃と思い大きく剣を振りかぶった。
   「悪く思うなよライム・ネペンテス!!これが剣士のルールだ!!」
   ソルトの切っ先が徐々にライムとの距離を縮める。そこにはもう、ソルトは情けを持たない。本気でやるなら本気で殺す。それがソルトなのだ。
   本気で殺す。ソルトの切っ先がライムの肩に吸い込まれる、まさにその瞬間だった。
   「君こそ、悪く思わないでね。」
   ニタァとした笑顔が見られたその直後、何かがソルトの肩を通過、擦過音と共に肩に熱いものが迸る。      
   チリリとした痛みと共にソルトは顔を顰める。
   「ぐあぁ!!」
   数秒遅れて今さら気がついたかのように鮮血が吹き出す。痛みは更に強くなり、熱い。
   「ソルトぉ!!」
   「ちっ!このやろう……っ」
   ソルトは顔を顰めながらもライムを睨む。そして、タイガとソルト、同時に驚愕する事になる。
   ソルトは確実に鋭利な物で斬り付けられた跡がある。血で切り口までは見えないが、衣服は一直線に断ち切られているのだ。
   つまり、少なからずライムは剣を持っているはずなのだが、ライムの手元に視線を投げると剣はおろか、短剣や針といった武器になる物は見当たらなかった。
   「不思議かい」
   ライムは笑って見せた。目を白黒させているタイガとソルトをさぞ楽しそうに見下す。
   「つまらないんだよ。」
   毒付くようにライムは言う。
   「Aランクのふりして味気ない生活を送るのにも。」
   ライムは腰に付けられた、あの時食堂に残された短剣と同じデザインの剣を抜き取る。
   「自分の剣を…使えないのも。」
   その一言で周りは暫時、時が止まったかのように静止する。
   Aランクのふり?自分の剣…?
   そして行き着いた答えは、想像したくなかったものだった。
   「つまり……お前は…」
   「そうさ、ボクは君達とは違う。Aランクなんて、そんな所にはいない。ボクは」

   「Sランクだ。見せてやるよ。ボクの剣を!」
   
   ライムは握った短剣を自分の手に当てる。そして

   

   自分の手のひらを思い切り斬り裂いた
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