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第6話 牧場のカップメン
その町は、確かに「砂漠の泉」よりは大きいと言えた。だが、宿屋や酒場、商品店などが固まっている通りは300フィートもなく、そこを外れると、低い木や草がまばらに生える不毛の大地ばかりだった。
樽と、一人の男を積んだ馬車は、その町から少し外れたところにある牧場の敷地へと入っていく。
そして、扉が開かれたままの納屋へと入り、そこで止まった。
「ようこそ、ミスター。お待ちしていましたよ」
樽から飛び降りた男を待っていたのは、この牧場の主のようだった。やや痩せ気味の長身の男で、麦わら帽子に作業着という労働者と同じ格好をしているが、顎をきれいに剃り、整髪料できっちりと固められた口髭などからは、裕福そうな印象を受ける。
牧場主が差し出した右手を、男はしばし眺めていたが、やがて握り返した。
「招待を受けた覚えはなかったのだが」
「道中でのご活躍はすでに聞き及んでおります。せめて一言、礼を言っておきたいと思いましてね」
「行きがかり上、ああなっただけだ。運賃の代わりということで、気にしないでくれ」
「いえいえ。そういうわけには行きませんよ。……ああ、そのままでいいよ、ジェイ。後はやっておく」
牧場主は御者の男に声を掛けた。御者は返事をすると、納屋から出て行った。
牧場主は、ようやく握った手を離すと、懐から何かを取り出して、男に差し出した。
「こちらは礼金です。どうぞお納めください」
それには結構な厚みがある。男は少し迷ったようだったが、結局受け取った。
「もし都合がよろしければ、またウチの仕事を手伝ってくださいよ。あなたのような腕利きなら大歓迎です」
「まあ、考えておきますよ。……ミスター・ラクーン」
牧場主は、片眉を跳ね上げた。
「ほう……どうして私をラクーンと?」
男は札を懐にしまいながら、素っ気なく言った。
「そうではないかと思っただけですよ」
「そうですが……しかし、私はサイモンといいます。よろしく、ミスター」
「そうですか。わかりました。ミスター・サイモン」
「それで? ミスター。あなたのお名前は?」
「オーウェンです」
サイモンは試すように、上目遣いで男の目を見た。オーウェンと名乗ったその男の目には、何の感情も見て取れない。サイモンは息を吐いた。
「では、そういうことにしておきましょう。ミスター・オーウェン」
「ええ。では、またご縁があれば」
男は帽子のつばを持って礼をすると、納屋の外へと向かう。
…そのとき、男は唐突に声をあげた。そして振り向いてサイモンに尋ねる。
「そうだ。ミスター・サイモン。あなたなら何か知っているかもしれない」
「なんです?」
「あなた、ショットガン・ジョーという男を知りませんか?」
サイモンは複雑な表情を浮かべた。
「ほう。あなた、JJとお知り合いで?」
「知り合いというわけではないが、ひとつ用事がありましてね。どこで会えるか、ご存知だといいが」
「残念ながら、今の居所は知りません。彼とは昔、いろいろありましてね。……奴はフォックスカンパニーの共同経営者だったんですが、今では経営者の座から退いているとか。……さて。どうしているんだかね」
男は尋ねた。
「フォックスカンパニー?」
「おや、知りませんか? インスタントカップメンを製造する大会社ですよ。この辺では政府公認のカップメンを作っているのはあそこだけです」
「ほう。経営者には見えなかったが」
「もともとあいつは経営者という柄じゃなかったですよ。今は何をしているか知りませんがね。まあ、つまりその、お役に立てなくて申し訳ありませんが」
「いえ。ありがとう、ミスター・サイモン。それでは」
男はそう言うと、今度こそ納屋の外に出た。
外に出ると、日はやや傾き始めていたが、まだ日差しは暑かった。
男は手をかざして目にかかる日差しを遮りながら、まっすぐ牧場の外へと向かう。
その時、後ろから声がした。
「待ちな」
振り返ると、そこには、納屋の壁に背をもたれ、腕組みをしている、一人の男がいた。頭に被ったつばの曲がった帽子には星形のバッジがあしらわれ、日差しを反射している。
「盗み聞きする気はなかったんだが、聞こえちまったんでな」
そいつは壁から背を離すと、男の方へと近づいてくる。
「私はキース。まあ、見ての通りの保安官だ。実は偶然なんだが、私も君と同じ質問を彼にしたかったんだよ。ミスター、オーウェン、くん」
キースと名乗った保安官はそう言うと、喉の奥で声を出さずに笑った。男の方は特にどうという感情を浮かべることもなく、ただキースを見ている。
キースは身長はやや低めだったが、かなりがっしりした体格の男だった。サングラスをかけているために目つきなどはわからなかったが、髭はきれいに剃っている。
しばらくすると、キースは笑うのをやめて続けた。
「いや失敬。正直言うと、君や、サイモンの素性について、私は詮索する気はない。君が何者でも構わんさ。ただ、ショットガン・ジョーについてはこちらも知りたくてね」
男は言った。
「ほう。それは意外だ」
「そうかね? 君も知ってるんだろ。奴は要注意人物だ」
「いや、そうではなくて、サイモンの素性に興味がないという方だ」
キースは吐き捨てるように鼻で笑った。
「オレの立場で言うべきことじゃないが、健康増進法なんてクソだろ。サイモンが裏で何をしてるかなんて、オレは興味ないね。
……しかしまあ、なんだ。ここは暑いな。日差しのないところに行こう。私がおごるよ」
キースは手で顔を仰ぎながら、ぶっきらぼうに歩き始めた。男はその横に付いていくことにした。
樽と、一人の男を積んだ馬車は、その町から少し外れたところにある牧場の敷地へと入っていく。
そして、扉が開かれたままの納屋へと入り、そこで止まった。
「ようこそ、ミスター。お待ちしていましたよ」
樽から飛び降りた男を待っていたのは、この牧場の主のようだった。やや痩せ気味の長身の男で、麦わら帽子に作業着という労働者と同じ格好をしているが、顎をきれいに剃り、整髪料できっちりと固められた口髭などからは、裕福そうな印象を受ける。
牧場主が差し出した右手を、男はしばし眺めていたが、やがて握り返した。
「招待を受けた覚えはなかったのだが」
「道中でのご活躍はすでに聞き及んでおります。せめて一言、礼を言っておきたいと思いましてね」
「行きがかり上、ああなっただけだ。運賃の代わりということで、気にしないでくれ」
「いえいえ。そういうわけには行きませんよ。……ああ、そのままでいいよ、ジェイ。後はやっておく」
牧場主は御者の男に声を掛けた。御者は返事をすると、納屋から出て行った。
牧場主は、ようやく握った手を離すと、懐から何かを取り出して、男に差し出した。
「こちらは礼金です。どうぞお納めください」
それには結構な厚みがある。男は少し迷ったようだったが、結局受け取った。
「もし都合がよろしければ、またウチの仕事を手伝ってくださいよ。あなたのような腕利きなら大歓迎です」
「まあ、考えておきますよ。……ミスター・ラクーン」
牧場主は、片眉を跳ね上げた。
「ほう……どうして私をラクーンと?」
男は札を懐にしまいながら、素っ気なく言った。
「そうではないかと思っただけですよ」
「そうですが……しかし、私はサイモンといいます。よろしく、ミスター」
「そうですか。わかりました。ミスター・サイモン」
「それで? ミスター。あなたのお名前は?」
「オーウェンです」
サイモンは試すように、上目遣いで男の目を見た。オーウェンと名乗ったその男の目には、何の感情も見て取れない。サイモンは息を吐いた。
「では、そういうことにしておきましょう。ミスター・オーウェン」
「ええ。では、またご縁があれば」
男は帽子のつばを持って礼をすると、納屋の外へと向かう。
…そのとき、男は唐突に声をあげた。そして振り向いてサイモンに尋ねる。
「そうだ。ミスター・サイモン。あなたなら何か知っているかもしれない」
「なんです?」
「あなた、ショットガン・ジョーという男を知りませんか?」
サイモンは複雑な表情を浮かべた。
「ほう。あなた、JJとお知り合いで?」
「知り合いというわけではないが、ひとつ用事がありましてね。どこで会えるか、ご存知だといいが」
「残念ながら、今の居所は知りません。彼とは昔、いろいろありましてね。……奴はフォックスカンパニーの共同経営者だったんですが、今では経営者の座から退いているとか。……さて。どうしているんだかね」
男は尋ねた。
「フォックスカンパニー?」
「おや、知りませんか? インスタントカップメンを製造する大会社ですよ。この辺では政府公認のカップメンを作っているのはあそこだけです」
「ほう。経営者には見えなかったが」
「もともとあいつは経営者という柄じゃなかったですよ。今は何をしているか知りませんがね。まあ、つまりその、お役に立てなくて申し訳ありませんが」
「いえ。ありがとう、ミスター・サイモン。それでは」
男はそう言うと、今度こそ納屋の外に出た。
外に出ると、日はやや傾き始めていたが、まだ日差しは暑かった。
男は手をかざして目にかかる日差しを遮りながら、まっすぐ牧場の外へと向かう。
その時、後ろから声がした。
「待ちな」
振り返ると、そこには、納屋の壁に背をもたれ、腕組みをしている、一人の男がいた。頭に被ったつばの曲がった帽子には星形のバッジがあしらわれ、日差しを反射している。
「盗み聞きする気はなかったんだが、聞こえちまったんでな」
そいつは壁から背を離すと、男の方へと近づいてくる。
「私はキース。まあ、見ての通りの保安官だ。実は偶然なんだが、私も君と同じ質問を彼にしたかったんだよ。ミスター、オーウェン、くん」
キースと名乗った保安官はそう言うと、喉の奥で声を出さずに笑った。男の方は特にどうという感情を浮かべることもなく、ただキースを見ている。
キースは身長はやや低めだったが、かなりがっしりした体格の男だった。サングラスをかけているために目つきなどはわからなかったが、髭はきれいに剃っている。
しばらくすると、キースは笑うのをやめて続けた。
「いや失敬。正直言うと、君や、サイモンの素性について、私は詮索する気はない。君が何者でも構わんさ。ただ、ショットガン・ジョーについてはこちらも知りたくてね」
男は言った。
「ほう。それは意外だ」
「そうかね? 君も知ってるんだろ。奴は要注意人物だ」
「いや、そうではなくて、サイモンの素性に興味がないという方だ」
キースは吐き捨てるように鼻で笑った。
「オレの立場で言うべきことじゃないが、健康増進法なんてクソだろ。サイモンが裏で何をしてるかなんて、オレは興味ないね。
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