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第9話 星空のカップメン
月のない夜だった。町の通りには明かりの灯る店もあったが、保安官事務所は通りの端にあり、辺りは暗く沈んでいる。
さらにその裏手となると、頼りになるのは星明かりのみで、ほとんど真っ暗闇と言って良かった。
もっとも、よく見えたところで、あるのはまばらに建っている民家と、延々と広がる不毛の荒野だけではある。
その保安官事務所の裏手の壁に背中を預け、影に溶け込むようにして、流れ者の男は立っていた。
保安官のキースと共に、のっぽと相方を事務所に連れ込んだときにはまだ陽の光があったから、ずいぶん長いこと、男はそうしていることになる。
壁越しに物音や話し声のようなものがかすかに聞こえるが、中で何が行われ、何が話されているかはわからない。
やがて、ふと、壁の中の物音や話し声が途切れた。辺りは虫の音もなく、静まりかえる。
しばらくすると、表側で扉の開く音がした。足音は二人分。そのうち、その音に蹄の音が混ざるようになる。
流れ者の男は壁から背中を離し、テンガロンハットのつばを持って帽子の位置を直した。
そのとき、キースが、二頭の馬を連れて現れた。その後ろには、のっぽの相方が付いてきている。
「これから偵察に行く。付いてくるか?」
キースが尋ねる。流れ者の男が肯定の返事をすると、キースは首のジェスチャーで馬を指した。
「じゃ、乗ってくれ」
男はキースが引いていた手綱のひとつを受け取ると、馬に乗り込んだ。キースはもう一頭に乗り、そして後ろにいるのっぽの相方に向かって怒鳴る。
「お前は私の後ろに乗れ」
のっぽの相方は素直にキースの後ろに乗った。
キースは腰に付けていたカンテラを右手に持つと、左手で懐からマッチ箱を取り出し、器用にそこから一本マッチを取り出して火を付けた。そうしてカンテラに火を灯すと、馬を歩かせる。流れ者の男もその横に並んで付いていった。
「さて。歩きながらざっと説明しておこう」
キースはカンテラをかざして、前方を注意深く見ながら話し始めた。
「結論から言うと、君が欲しがっていたような情報はなかった。ただ、多少は関係のある話かもしれない。
こいつらが連邦保安官に雇われて、密輸の摘発を行っていたことは君も知っているだろう。問題はその連邦保安官ってのが何者なのか、ということだが、どうもキリングBらしい」
「キリングB?」
「元ギャングだが、先住民や無法者の鎮圧のために連邦政府に雇われたクチだ。本来は隣の州で暴れているはずだが、なぜかこんなところでチンケな密輸摘発なんぞしているらしい。怪しい話だろ?」
「怪しいというなら怪しいんだろう」
「まあ、密輸の捜査や摘発をすることそのものは、連邦保安官の仕事としては変じゃない。問題は、捜査していることをこっちに連絡しないことだ」
「あんたらの縄張りで好き勝手するな、ということか?」
「確かにそういうプライドの問題がないとは言わない。だが、それは本質的なことじゃない。問題は、捕まえた奴や押収した品を、正規の手続きに則って処理していない点だ。話によると、放棄された農場なんぞに送り込んでいるらしい。明らかに法の番人らしくないやり口だろう?」
「それで、今からそこを見に行こう、と?」
「そういうことだ。……ここから先はしばらく道なりだから、少し速度を出すぞ、大丈夫か?」
「ああ」
キースは足を使って、馬に加速を命じた。流れ者の男も続く。
そこそこ踏み慣らされた道とはいえ、月明かりのない夜に荒野の真ん中をカンテラの明かりだけを頼りに馬を走らせるのはおっかないものだった。のっぽの相方は情けない声をあげつつ、キースの背中に必死で抱きつく。
一方、キースはこの道を知っているらしく、カンテラが道を照らす前から、馬が道から外れないように、手綱や足で馬に指示を出していた。
流れ者の男は、しばらくはキースの少し後ろを走っており、付いていくのに精一杯といった感じだったが、やがて慣れてきたのか、再び馬を並べるようにして走れるようになってきた。
そうして余裕ができたところで、キースに尋ねる。
「で、この話はジョーと繋がるのか?」
「私のカンではね。キリングBほどの男がラクーンの密輸メン摘発なんてしょぼい仕事をするからには、裏に何かあるんだろう。今、ラクーンにちょっかいをかけたい奴なんてフォックス社くらいしかあるまいよ。となると、ジョーの奴も何らかの役柄で、この茶番劇のキャストとして関わっている可能性があるだろうってことさ。
確証のない話で君を巻き込むのは心苦しいが、気に入らなかったらここで引き返してもいいし、付き合ってくれるなら、私からの正式な仕事として扱って、報酬を出してもいい」
「いや。付き合うが、報酬はいらない」
「ほう。高潔なヌードルマンを気取るってのか?」
キースはからかうように言う。だが、流れ者の男は感情を込めずに淡々と言った。
「そうじゃない。俺はまだ、この茶番劇で自分がどういう役を演じているのかわからないんだ。ことによったら、あんたの敵になるかもしれない。だから報酬を受け取るわけにはいかないってことだ」
「そりゃあ義理堅いというか、バカ正直なことだな。もらえるもんはもらっておけばいいのにさ」
キースは愉快そうに笑った。
「まあいいさ。話は決まったことだし、このままその農場に向かおう。しばらくかかるぞ」
二頭の馬はカンテラの明かりを頼りに、闇の荒野を駆けていった。
さらにその裏手となると、頼りになるのは星明かりのみで、ほとんど真っ暗闇と言って良かった。
もっとも、よく見えたところで、あるのはまばらに建っている民家と、延々と広がる不毛の荒野だけではある。
その保安官事務所の裏手の壁に背中を預け、影に溶け込むようにして、流れ者の男は立っていた。
保安官のキースと共に、のっぽと相方を事務所に連れ込んだときにはまだ陽の光があったから、ずいぶん長いこと、男はそうしていることになる。
壁越しに物音や話し声のようなものがかすかに聞こえるが、中で何が行われ、何が話されているかはわからない。
やがて、ふと、壁の中の物音や話し声が途切れた。辺りは虫の音もなく、静まりかえる。
しばらくすると、表側で扉の開く音がした。足音は二人分。そのうち、その音に蹄の音が混ざるようになる。
流れ者の男は壁から背中を離し、テンガロンハットのつばを持って帽子の位置を直した。
そのとき、キースが、二頭の馬を連れて現れた。その後ろには、のっぽの相方が付いてきている。
「これから偵察に行く。付いてくるか?」
キースが尋ねる。流れ者の男が肯定の返事をすると、キースは首のジェスチャーで馬を指した。
「じゃ、乗ってくれ」
男はキースが引いていた手綱のひとつを受け取ると、馬に乗り込んだ。キースはもう一頭に乗り、そして後ろにいるのっぽの相方に向かって怒鳴る。
「お前は私の後ろに乗れ」
のっぽの相方は素直にキースの後ろに乗った。
キースは腰に付けていたカンテラを右手に持つと、左手で懐からマッチ箱を取り出し、器用にそこから一本マッチを取り出して火を付けた。そうしてカンテラに火を灯すと、馬を歩かせる。流れ者の男もその横に並んで付いていった。
「さて。歩きながらざっと説明しておこう」
キースはカンテラをかざして、前方を注意深く見ながら話し始めた。
「結論から言うと、君が欲しがっていたような情報はなかった。ただ、多少は関係のある話かもしれない。
こいつらが連邦保安官に雇われて、密輸の摘発を行っていたことは君も知っているだろう。問題はその連邦保安官ってのが何者なのか、ということだが、どうもキリングBらしい」
「キリングB?」
「元ギャングだが、先住民や無法者の鎮圧のために連邦政府に雇われたクチだ。本来は隣の州で暴れているはずだが、なぜかこんなところでチンケな密輸摘発なんぞしているらしい。怪しい話だろ?」
「怪しいというなら怪しいんだろう」
「まあ、密輸の捜査や摘発をすることそのものは、連邦保安官の仕事としては変じゃない。問題は、捜査していることをこっちに連絡しないことだ」
「あんたらの縄張りで好き勝手するな、ということか?」
「確かにそういうプライドの問題がないとは言わない。だが、それは本質的なことじゃない。問題は、捕まえた奴や押収した品を、正規の手続きに則って処理していない点だ。話によると、放棄された農場なんぞに送り込んでいるらしい。明らかに法の番人らしくないやり口だろう?」
「それで、今からそこを見に行こう、と?」
「そういうことだ。……ここから先はしばらく道なりだから、少し速度を出すぞ、大丈夫か?」
「ああ」
キースは足を使って、馬に加速を命じた。流れ者の男も続く。
そこそこ踏み慣らされた道とはいえ、月明かりのない夜に荒野の真ん中をカンテラの明かりだけを頼りに馬を走らせるのはおっかないものだった。のっぽの相方は情けない声をあげつつ、キースの背中に必死で抱きつく。
一方、キースはこの道を知っているらしく、カンテラが道を照らす前から、馬が道から外れないように、手綱や足で馬に指示を出していた。
流れ者の男は、しばらくはキースの少し後ろを走っており、付いていくのに精一杯といった感じだったが、やがて慣れてきたのか、再び馬を並べるようにして走れるようになってきた。
そうして余裕ができたところで、キースに尋ねる。
「で、この話はジョーと繋がるのか?」
「私のカンではね。キリングBほどの男がラクーンの密輸メン摘発なんてしょぼい仕事をするからには、裏に何かあるんだろう。今、ラクーンにちょっかいをかけたい奴なんてフォックス社くらいしかあるまいよ。となると、ジョーの奴も何らかの役柄で、この茶番劇のキャストとして関わっている可能性があるだろうってことさ。
確証のない話で君を巻き込むのは心苦しいが、気に入らなかったらここで引き返してもいいし、付き合ってくれるなら、私からの正式な仕事として扱って、報酬を出してもいい」
「いや。付き合うが、報酬はいらない」
「ほう。高潔なヌードルマンを気取るってのか?」
キースはからかうように言う。だが、流れ者の男は感情を込めずに淡々と言った。
「そうじゃない。俺はまだ、この茶番劇で自分がどういう役を演じているのかわからないんだ。ことによったら、あんたの敵になるかもしれない。だから報酬を受け取るわけにはいかないってことだ」
「そりゃあ義理堅いというか、バカ正直なことだな。もらえるもんはもらっておけばいいのにさ」
キースは愉快そうに笑った。
「まあいいさ。話は決まったことだし、このままその農場に向かおう。しばらくかかるぞ」
二頭の馬はカンテラの明かりを頼りに、闇の荒野を駆けていった。
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