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第13話 象/ジャガー
その昔、炭鉱で栄えていたこの町も、今ではほとんどゴーストタウンと化している。鉄道が町の駅を素通りするようになって久しく、多くの建物は放棄されて朽ちるままになっている。
町の大通りは建物の墓場といった有様になっているが、その中にぽつぽつと、未だに生きているものもある。
その中のひとつが水筒屋であった。
カップメンが流行し、ヌードルフロンティアが叫ばれていた頃、決闘用水筒の販売店は盛況だったが、いまとなっては高価なステンレス製の保温水筒を買い求める者は少数の変わり者だけである。
それでも店主は昔の栄光が忘れられず、ゴーストタウンに住み続け、水筒屋を経営し続けている。
とはいえ、こんなところにそうそう客が来るわけでもないから、早々と店を閉めてしまって、あとは「店番」と称して飲んだくれるのが日課だった。
その日も、店主は日の高い内から表のドアに「閉店」の札を掛け、店を閉めようとしていた。
だが、札をかけて店のドアを閉めようとしたとき、何かにつっかえた。
見ると、ドアに砂で白く汚れたブーツが挟まっている。
ドアを押して入ってきたのは、砂色のテンガロンハットに同色のコートを纏った、薄汚い男だった。
「あの、もう閉店なんですけど」
店内にブーツの砂がぼろぼろとこぼれ落ちるのを気にしつつ、主人が言う。
だが、男はそのまま店の中に押し入り、主人に「閉店」の札を渡した。そして言った。
「水筒は?」
主人はあきらめ顔で、店のカウンターに置かれてある、いくつかの水筒を指さした。軍のお下がりやスキットルなど、様々な水筒が並んでいる。
だが、男は一目見るなり首を横に振った。
「スティックタイプのステンレス製、保温タイプのやつだ」
「ああ、はい、いいやつはこちらに」
主人はガラスケースに陳列されているボトルから、いくつか出してみせる。
「こちらがジャガー製1パイント。こちらはエレファント製のロングバレル。こちらはフェザント製のニューモデル。こちらもジャガー製……」
さらに出そうとする主人を男は手で制した。そして、出された水筒を手に取り、持ち具合を確かめたり、ふたを開けて覗き込んだりしする。
やがて男は、いくつかの水筒を分解し始めた。そして、ジャガー製のふたにピーコックのふたのパッキンを取り付け、エレファント製のロングバレルに取り付けたりしはじめる。
そうしてできあがったキメラ水筒を片手で回してみたりして、バランスを確かめた。
「メシは食ったか?」
水筒を回しながら、男が言う。
「え?」
「メシは食ったか?」
「いえ、まだですが」
「サンライズのノーピースヌードルを2つ。あと、湯もだ」
「ああ、はい」
言われて主人は、奥の棚からカップメン2つをカウンターに置いた。それから店の奥に引っ込んで、やかんを持ってくる。
男はやかんを手にすると、キメラ水筒に湯をいっぱいまで注いだ。ふたをして、その状態でまた水筒を回す。主人は何気なく、男の手の中でくるくる回る水筒を眺めていた。
と、唐突に男が動いた。主人が気付き、顔を上げたときには、すでに片方のカップメンには湯が注がれ、湯気と鶏ガラの香りを漂わせていた。
呆気にとられている内に、もうひとつのカップメンにも湯が入り、ふたつのカップのふたは針によって留められた。
主人は、できあがりを待つだけとなったカップメンを呆然と見つめる。
その時、男が言った。男はやかんから水筒に湯を注ぎ足しているところだった。
「いくらだ」
我に返り、主人が言う。
「あ、はい。20で」
男はやかんをおき、水筒のふたを締めながら首を横に振る。
「ああ、では、40で」
男はまた首を横に振る。主人は泣きそうな声で小さく言った。
「あのあの、では100で」
「待て。なんで値上がりするんだ」
「え?」
主人は素っ頓狂な声をあげ、しばらく硬直したまま男の顔を見つめた。やがて、絞り出すような声で言う。
「あ、あの、お代を払うというんですか?」
言われた男は妙な顔をした。
「当たり前だろ」
「あ、では、15ドルといったところで、よろしいでしょうか」
男は懐から札を取り出し、カウンターに置いた。そして立ち去ろうと店の入り口へと歩く。
だが、途中で足を留め、言った。
「妙だな」
そして振り返る。
「こんな町の水筒屋に、200も売上金があるのか?」
「え? どういうことです? ……200?」
男は再びカウンターへと戻り、身を乗り出すようにして店の主人に尋ねた。
「どういうことかはこっちが聞いている。最近大口の客があったな。どんな奴だ」
「ああ、はい。団体様のお客だったのですが、閉店しているというのに勝手に上がり込んできて……あっ、なんでもありません」
「この店が開くのを待っていたら一生かかるだろ。それより、その中に白い帽子に緑の羽を付けた奴はいたか?」
「ああ、はいはい。あの方は良く覚えていますよ。もっとも、あの方は何もお買い上げになりませんでしたが……」
「黒ずくめの男はどうだ?」
「うーん。そう言われましても……あのときのお客さんはみんな黒っぽい格好をしておりましたし……」
「そうか。邪魔したな」
男はそう言うと、未だに店の主人の手の中にあった「閉店」の札を取り上げた。そして、今度こそドアから店の外へと出て行った。
ほどなくして、札をかける音がした。
主人はしばらくドアの方を見ていたが、やがて、カウンターに置かれてある札束へと目線を落とし、それを手に取ってレジに入れた。
それから、ふたつ並ぶカップメンのひとつを持ってきて、留めてある針を抜いてふたをはがした。
町の大通りは建物の墓場といった有様になっているが、その中にぽつぽつと、未だに生きているものもある。
その中のひとつが水筒屋であった。
カップメンが流行し、ヌードルフロンティアが叫ばれていた頃、決闘用水筒の販売店は盛況だったが、いまとなっては高価なステンレス製の保温水筒を買い求める者は少数の変わり者だけである。
それでも店主は昔の栄光が忘れられず、ゴーストタウンに住み続け、水筒屋を経営し続けている。
とはいえ、こんなところにそうそう客が来るわけでもないから、早々と店を閉めてしまって、あとは「店番」と称して飲んだくれるのが日課だった。
その日も、店主は日の高い内から表のドアに「閉店」の札を掛け、店を閉めようとしていた。
だが、札をかけて店のドアを閉めようとしたとき、何かにつっかえた。
見ると、ドアに砂で白く汚れたブーツが挟まっている。
ドアを押して入ってきたのは、砂色のテンガロンハットに同色のコートを纏った、薄汚い男だった。
「あの、もう閉店なんですけど」
店内にブーツの砂がぼろぼろとこぼれ落ちるのを気にしつつ、主人が言う。
だが、男はそのまま店の中に押し入り、主人に「閉店」の札を渡した。そして言った。
「水筒は?」
主人はあきらめ顔で、店のカウンターに置かれてある、いくつかの水筒を指さした。軍のお下がりやスキットルなど、様々な水筒が並んでいる。
だが、男は一目見るなり首を横に振った。
「スティックタイプのステンレス製、保温タイプのやつだ」
「ああ、はい、いいやつはこちらに」
主人はガラスケースに陳列されているボトルから、いくつか出してみせる。
「こちらがジャガー製1パイント。こちらはエレファント製のロングバレル。こちらはフェザント製のニューモデル。こちらもジャガー製……」
さらに出そうとする主人を男は手で制した。そして、出された水筒を手に取り、持ち具合を確かめたり、ふたを開けて覗き込んだりしする。
やがて男は、いくつかの水筒を分解し始めた。そして、ジャガー製のふたにピーコックのふたのパッキンを取り付け、エレファント製のロングバレルに取り付けたりしはじめる。
そうしてできあがったキメラ水筒を片手で回してみたりして、バランスを確かめた。
「メシは食ったか?」
水筒を回しながら、男が言う。
「え?」
「メシは食ったか?」
「いえ、まだですが」
「サンライズのノーピースヌードルを2つ。あと、湯もだ」
「ああ、はい」
言われて主人は、奥の棚からカップメン2つをカウンターに置いた。それから店の奥に引っ込んで、やかんを持ってくる。
男はやかんを手にすると、キメラ水筒に湯をいっぱいまで注いだ。ふたをして、その状態でまた水筒を回す。主人は何気なく、男の手の中でくるくる回る水筒を眺めていた。
と、唐突に男が動いた。主人が気付き、顔を上げたときには、すでに片方のカップメンには湯が注がれ、湯気と鶏ガラの香りを漂わせていた。
呆気にとられている内に、もうひとつのカップメンにも湯が入り、ふたつのカップのふたは針によって留められた。
主人は、できあがりを待つだけとなったカップメンを呆然と見つめる。
その時、男が言った。男はやかんから水筒に湯を注ぎ足しているところだった。
「いくらだ」
我に返り、主人が言う。
「あ、はい。20で」
男はやかんをおき、水筒のふたを締めながら首を横に振る。
「ああ、では、40で」
男はまた首を横に振る。主人は泣きそうな声で小さく言った。
「あのあの、では100で」
「待て。なんで値上がりするんだ」
「え?」
主人は素っ頓狂な声をあげ、しばらく硬直したまま男の顔を見つめた。やがて、絞り出すような声で言う。
「あ、あの、お代を払うというんですか?」
言われた男は妙な顔をした。
「当たり前だろ」
「あ、では、15ドルといったところで、よろしいでしょうか」
男は懐から札を取り出し、カウンターに置いた。そして立ち去ろうと店の入り口へと歩く。
だが、途中で足を留め、言った。
「妙だな」
そして振り返る。
「こんな町の水筒屋に、200も売上金があるのか?」
「え? どういうことです? ……200?」
男は再びカウンターへと戻り、身を乗り出すようにして店の主人に尋ねた。
「どういうことかはこっちが聞いている。最近大口の客があったな。どんな奴だ」
「ああ、はい。団体様のお客だったのですが、閉店しているというのに勝手に上がり込んできて……あっ、なんでもありません」
「この店が開くのを待っていたら一生かかるだろ。それより、その中に白い帽子に緑の羽を付けた奴はいたか?」
「ああ、はいはい。あの方は良く覚えていますよ。もっとも、あの方は何もお買い上げになりませんでしたが……」
「黒ずくめの男はどうだ?」
「うーん。そう言われましても……あのときのお客さんはみんな黒っぽい格好をしておりましたし……」
「そうか。邪魔したな」
男はそう言うと、未だに店の主人の手の中にあった「閉店」の札を取り上げた。そして、今度こそドアから店の外へと出て行った。
ほどなくして、札をかける音がした。
主人はしばらくドアの方を見ていたが、やがて、カウンターに置かれてある札束へと目線を落とし、それを手に取ってレジに入れた。
それから、ふたつ並ぶカップメンのひとつを持ってきて、留めてある針を抜いてふたをはがした。
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