荒野のカップメン

涼格朱銀

文字の大きさ
13 / 21

第13話 象/ジャガー

 その昔、炭鉱で栄えていたこの町も、今ではほとんどゴーストタウンと化している。鉄道が町の駅を素通りするようになって久しく、多くの建物は放棄されて朽ちるままになっている。
 町の大通りは建物の墓場といった有様になっているが、その中にぽつぽつと、未だに生きているものもある。

 その中のひとつが水筒屋であった。
 カップメンが流行し、ヌードルフロンティアが叫ばれていた頃、決闘用水筒の販売店は盛況だったが、いまとなっては高価なステンレス製の保温水筒を買い求める者は少数の変わり者だけである。
 それでも店主は昔の栄光が忘れられず、ゴーストタウンに住み続け、水筒屋を経営し続けている。
 とはいえ、こんなところにそうそう客が来るわけでもないから、早々と店を閉めてしまって、あとは「店番」と称して飲んだくれるのが日課だった。

 その日も、店主は日の高い内から表のドアに「閉店」の札を掛け、店を閉めようとしていた。
 だが、札をかけて店のドアを閉めようとしたとき、何かにつっかえた。
 見ると、ドアに砂で白く汚れたブーツが挟まっている。

 ドアを押して入ってきたのは、砂色のテンガロンハットに同色のコートを纏った、薄汚い男だった。
「あの、もう閉店なんですけど」
 店内にブーツの砂がぼろぼろとこぼれ落ちるのを気にしつつ、主人が言う。
 だが、男はそのまま店の中に押し入り、主人に「閉店」の札を渡した。そして言った。
「水筒は?」
 主人はあきらめ顔で、店のカウンターに置かれてある、いくつかの水筒を指さした。軍のお下がりやスキットルなど、様々な水筒が並んでいる。
 だが、男は一目見るなり首を横に振った。
「スティックタイプのステンレス製、保温タイプのやつだ」
「ああ、はい、いいやつはこちらに」
 主人はガラスケースに陳列されているボトルから、いくつか出してみせる。
「こちらがジャガー製1パイント。こちらはエレファント製のロングバレル。こちらはフェザント製のニューモデル。こちらもジャガー製……」
 さらに出そうとする主人を男は手で制した。そして、出された水筒を手に取り、持ち具合を確かめたり、ふたを開けて覗き込んだりしする。

 やがて男は、いくつかの水筒を分解し始めた。そして、ジャガー製のふたにピーコックのふたのパッキンを取り付け、エレファント製のロングバレルに取り付けたりしはじめる。
 そうしてできあがったキメラ水筒を片手で回してみたりして、バランスを確かめた。
「メシは食ったか?」
 水筒を回しながら、男が言う。
「え?」
「メシは食ったか?」
「いえ、まだですが」
「サンライズのノーピースヌードルを2つ。あと、湯もだ」
「ああ、はい」
 言われて主人は、奥の棚からカップメン2つをカウンターに置いた。それから店の奥に引っ込んで、やかんを持ってくる。
 男はやかんを手にすると、キメラ水筒に湯をいっぱいまで注いだ。ふたをして、その状態でまた水筒を回す。主人は何気なく、男の手の中でくるくる回る水筒を眺めていた。

 と、唐突に男が動いた。主人が気付き、顔を上げたときには、すでに片方のカップメンには湯が注がれ、湯気と鶏ガラの香りを漂わせていた。
 呆気にとられている内に、もうひとつのカップメンにも湯が入り、ふたつのカップのふたは針によって留められた。
 主人は、できあがりを待つだけとなったカップメンを呆然と見つめる。
 その時、男が言った。男はやかんから水筒に湯を注ぎ足しているところだった。
「いくらだ」
 我に返り、主人が言う。
「あ、はい。20で」
 男はやかんをおき、水筒のふたを締めながら首を横に振る。
「ああ、では、40で」
 男はまた首を横に振る。主人は泣きそうな声で小さく言った。
「あのあの、では100で」
「待て。なんで値上がりするんだ」
「え?」
 主人は素っ頓狂な声をあげ、しばらく硬直したまま男の顔を見つめた。やがて、絞り出すような声で言う。
「あ、あの、お代を払うというんですか?」
 言われた男は妙な顔をした。
「当たり前だろ」
「あ、では、15ドルといったところで、よろしいでしょうか」
 男は懐から札を取り出し、カウンターに置いた。そして立ち去ろうと店の入り口へと歩く。

 だが、途中で足を留め、言った。
「妙だな」
 そして振り返る。
「こんな町の水筒屋に、200も売上金があるのか?」
「え? どういうことです? ……200?」
 男は再びカウンターへと戻り、身を乗り出すようにして店の主人に尋ねた。
「どういうことかはこっちが聞いている。最近大口の客があったな。どんな奴だ」
「ああ、はい。団体様のお客だったのですが、閉店しているというのに勝手に上がり込んできて……あっ、なんでもありません」
「この店が開くのを待っていたら一生かかるだろ。それより、その中に白い帽子に緑の羽を付けた奴はいたか?」
「ああ、はいはい。あの方は良く覚えていますよ。もっとも、あの方は何もお買い上げになりませんでしたが……」
「黒ずくめの男はどうだ?」
「うーん。そう言われましても……あのときのお客さんはみんな黒っぽい格好をしておりましたし……」
「そうか。邪魔したな」
 男はそう言うと、未だに店の主人の手の中にあった「閉店」の札を取り上げた。そして、今度こそドアから店の外へと出て行った。

 ほどなくして、札をかける音がした。
 主人はしばらくドアの方を見ていたが、やがて、カウンターに置かれてある札束へと目線を落とし、それを手に取ってレジに入れた。
 それから、ふたつ並ぶカップメンのひとつを持ってきて、留めてある針を抜いてふたをはがした。
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?