1 / 6
1.導入
しおりを挟む
僕が鹿翁館の調査に参加することになったきっかけは、一通のEメールからだった。
メールの送り主は梶原直樹。史学科のラザロゼミで同期だった男だ。大学を卒業してから会うことはなかったが、ラザロ教授の助手として働いていると聞いていた。
メールの内容は、要約すると以下のようなものだった。
――ラザロ教授が鹿翁館の調査中に失踪した。警察も捜索をしているが、状況からして、考古学の専門家によって調査した方が真実に近づけるのではないかと考えている。同期のよしみで、時間があるなら手伝って欲しい。
文学部といえば暇人と変人の集う場だが、なかでも史学科は精鋭である。この学科の連中は現代に生きていない。史料や遺跡にしか興味がないのである。
出版業界にコネのある東京の大学ならともかく、地方の文学部は、無駄に偏差値が高いわりには卒業しても就職する際に何の得にもならないため、よほどの好き者しか来ない。特に史学科はカネにならないだけでなく、カネがかかる。何かの調査をしようとしたら現地に飛ばねばならないし、発掘となると、事前調査だの、土地の所有者や政府の許可だの、機材や人手の確保だのと、それはもう大変である。
というわけで、史学科にはもともと学生が少ない。私と同期のゼミ生は、私を含めて3人しかいなかった。
僕は現在、会社員として働く傍らで、隙を見ては近くの発掘調査に参加する日々を送っている。
何かの工事中にうっかり遺跡や化石が出てしまうことは意外とあるもので、そうなると、ひととおり発掘調査が終わるまで工事の続きができない。そこで工事会社は「カネを出すからとっとと調査してくれ」と、近所の大学などに依頼する。すると、発掘調査の補助員なりボランティアなりが募集されるわけである。
こういうのは大した報酬が出るわけではないが、自分で発掘調査を指揮する大変さを考えたら、ちょこっと手伝いをして考古学者気分を満喫するくらいが幸せというものである。僕はここ数年で、恐竜の化石だの、陶器の破片だの、いろんなものを土の中から掘り出した。そしてそれらは地元の史料館だので陳列されている。僕の名前が大々的に公表されるわけではないが、そんなことはどうでもいい。
梶原の誘いはとても魅力的だった。謎の館の調査というだけでもわくわくするが、教授の失踪というサスペンス的な要素まである。しかも、失踪した教授が恩師となれば、人情的な道義もある。
僕は脊髄反射的に誘いに応じる返事を出し、その後で、会社をどうしようかという現実的な問題に頭を悩ませたのであった。
というわけで、ある夏の早朝。僕は荷物をまとめて家を出て電車に乗り、懐かしの大学通りでサンドイッチを買って食べ歩きつつ、朝9時ちょうどに大学の正門前に来た。夏休みの時期ということもあって、電車も、通りを歩く学生の数も、かなり少なかった。
梶原はすでに、正門前で待っていた。こちらに気付くと、手を挙げて合図をした。
大学を卒業してから5年ほどになるが、梶原の風体は学生時代とは大きく変わっている部分があった。スキンヘッドになっていたのである。なんでも、2年ほど前から頭頂部が寂しくなってきたそうで、だったらいっそ全部剃っちまえ、と思い立ったらしい。
史学科の学生というと、根暗なひょろ長を想像する人が多いかもしれないが、梶原はジムで身体を鍛えており、肌はフィールドワークで日焼けしていて、ラグビーでもやっていそうに見える。なお、僕は期待通りのひょろ長眼鏡野郎である。
僕と梶原は正門前でひとしきり旧好を暖めたが、そのせいでもないだろうが、そのうち暑くて居ても立ってもいられなくなってきた。朝からすでにこの暑さとは、酷いもんである。
というわけで、さっそくクーラーの効いた快適な車に乗り込み、現地に向かうことにした。
その間に車を運転する梶原から、ざっとした状況を聞いた。
件の館が発見されたのは数ヶ月ほど前だそうで、自然環境の調査だかで市に雇われた調査員が偶然見つけたらしい。それまでは、存在すら知られていなかった。それから、なんやかやあって、ラザロ教授が館の調査を担当することになった。館を調査して、解体すべきか、保存すべきか、保存するとしたら、どうやって補修したりとかするのか、などを決めるための材料を報告するためである。
ラザロ教授はゼミ生や助手とともに史料に当たったり、現地に赴いて調査をしたりしていたが、一ヶ月ほど前、館の調査中に突然姿を消した。
失踪当時、ラザロ教授は助手と二人で館を訪れていた。その助手というのが梶原である。
「ということは、第一容疑者はお前じゃないか、梶原」
僕はそこで口を挟んだ。梶原は肯定した。
「そうなんだ。だから当然、警察から取り調べを受けたよ」
「で、お前、どうやって教授を殺して死体を隠したんだ?」
梶原はため息をついた。
「やめてくれよ。俺が埋めて殺したんだったら話は早いさ。そうじゃないから困ってるんだ。……いや、殺して埋めるのかな? どっちでも結果は同じか」
僕にしても、梶原が教授を殺したと本気で思っているわけではないが、用心はしなければならない。なにしろこれは館ものミステリーなのだ。梶原が旧友を一人ずつ殺すために館に招待した可能性も考えておくべきだろう。
……そういえば、ゼミ生、最後の一人はどうしたのだろう。彼女も招待されたのだろうか。聞いてみることにする。
「ところで梶原よ。長家にも連絡を取ったのか? あいつ今、どうしてるんだ?」
「ああ、もう現地にいるよ。長家はフロリダに住んでるらしいんだが、わざわざ日本まで来てくれたんだ」
「フロリダ? なんでまた」
「あっちでマヤ文明の研究をしてるらしい。詳しいことは聞いてないけどな」
マヤ文明というと、最近、古代都市が今まで想定されていたよりも遙かに大規模なものだったとわかって考古学会を賑わせているホットな研究対象である。それをほっぽり出してまでこっちに来るのだから、彼女はよほど今回の話に魅力を感じたのだろうか。それとも恩師に対する恩義からか。
話をしている間に、車は狭くて曲がりくねった山道へと入り、森の中をうねうねと進んだ。
そして唐突に、森のど真ん中で止まった。窓から外を見回しても、館なんかどこにも見当たらない。
「ほい。ここからは歩きだ。超きっついぞ。覚悟しろ」
そう言いながら梶原は車を降りた。僕も荷物を持って、渋々降りる。
梶原は道も何もない、木々の生い茂る昇り斜面へと躊躇なく足を踏み入れていく。仕方なく、僕も付いていく。
「おいおい。山歩きさせられるのかよ。聞いてないぞ」
文句を垂れると、梶原はあっさりと返した。
「言ってないからな」
それから、続けて言った。
「もともとは館へと続く道はあったらしいんだが、この数十年で崖崩れとかがあって、塞がってしまったらしい。というわけで、危ないところを迂回しつつ、森の中を歩かねばならない。まあ、ほんの一時間ばかりさ」
「それならそうと言っといてくれよ。こっちにだって準備ってもんがあるだろ」
「考古学者たるもの、いつでも山に入る準備ができているものなのさ」
目茶苦茶なことを言う。しかし、確かにまあ、そういうこともあるかと思って、丈夫な靴を履いてきていたのも事実ではあった。また、ラザロ教授と手伝いの人達が何度も通った道なのだろう。梶原が進んでいく道はある程度、周囲の草木が切り払われ、踏みならされていて、前人未踏の密林に分け入るのに比べれば、ずっと歩きやすかった。
なにより、山の中が存外涼しくて過ごしやすいのは嬉しかった。実のところ、大学の正門前でずっと喋るくらいなら、ここで山登りする方がずっと快適な気すらする。ただ、あまりそういうことを言うと、梶原の奴に何かとコキ使われるかもしれないので、ぶーたれている振りを続けておくことにした。
メールの送り主は梶原直樹。史学科のラザロゼミで同期だった男だ。大学を卒業してから会うことはなかったが、ラザロ教授の助手として働いていると聞いていた。
メールの内容は、要約すると以下のようなものだった。
――ラザロ教授が鹿翁館の調査中に失踪した。警察も捜索をしているが、状況からして、考古学の専門家によって調査した方が真実に近づけるのではないかと考えている。同期のよしみで、時間があるなら手伝って欲しい。
文学部といえば暇人と変人の集う場だが、なかでも史学科は精鋭である。この学科の連中は現代に生きていない。史料や遺跡にしか興味がないのである。
出版業界にコネのある東京の大学ならともかく、地方の文学部は、無駄に偏差値が高いわりには卒業しても就職する際に何の得にもならないため、よほどの好き者しか来ない。特に史学科はカネにならないだけでなく、カネがかかる。何かの調査をしようとしたら現地に飛ばねばならないし、発掘となると、事前調査だの、土地の所有者や政府の許可だの、機材や人手の確保だのと、それはもう大変である。
というわけで、史学科にはもともと学生が少ない。私と同期のゼミ生は、私を含めて3人しかいなかった。
僕は現在、会社員として働く傍らで、隙を見ては近くの発掘調査に参加する日々を送っている。
何かの工事中にうっかり遺跡や化石が出てしまうことは意外とあるもので、そうなると、ひととおり発掘調査が終わるまで工事の続きができない。そこで工事会社は「カネを出すからとっとと調査してくれ」と、近所の大学などに依頼する。すると、発掘調査の補助員なりボランティアなりが募集されるわけである。
こういうのは大した報酬が出るわけではないが、自分で発掘調査を指揮する大変さを考えたら、ちょこっと手伝いをして考古学者気分を満喫するくらいが幸せというものである。僕はここ数年で、恐竜の化石だの、陶器の破片だの、いろんなものを土の中から掘り出した。そしてそれらは地元の史料館だので陳列されている。僕の名前が大々的に公表されるわけではないが、そんなことはどうでもいい。
梶原の誘いはとても魅力的だった。謎の館の調査というだけでもわくわくするが、教授の失踪というサスペンス的な要素まである。しかも、失踪した教授が恩師となれば、人情的な道義もある。
僕は脊髄反射的に誘いに応じる返事を出し、その後で、会社をどうしようかという現実的な問題に頭を悩ませたのであった。
というわけで、ある夏の早朝。僕は荷物をまとめて家を出て電車に乗り、懐かしの大学通りでサンドイッチを買って食べ歩きつつ、朝9時ちょうどに大学の正門前に来た。夏休みの時期ということもあって、電車も、通りを歩く学生の数も、かなり少なかった。
梶原はすでに、正門前で待っていた。こちらに気付くと、手を挙げて合図をした。
大学を卒業してから5年ほどになるが、梶原の風体は学生時代とは大きく変わっている部分があった。スキンヘッドになっていたのである。なんでも、2年ほど前から頭頂部が寂しくなってきたそうで、だったらいっそ全部剃っちまえ、と思い立ったらしい。
史学科の学生というと、根暗なひょろ長を想像する人が多いかもしれないが、梶原はジムで身体を鍛えており、肌はフィールドワークで日焼けしていて、ラグビーでもやっていそうに見える。なお、僕は期待通りのひょろ長眼鏡野郎である。
僕と梶原は正門前でひとしきり旧好を暖めたが、そのせいでもないだろうが、そのうち暑くて居ても立ってもいられなくなってきた。朝からすでにこの暑さとは、酷いもんである。
というわけで、さっそくクーラーの効いた快適な車に乗り込み、現地に向かうことにした。
その間に車を運転する梶原から、ざっとした状況を聞いた。
件の館が発見されたのは数ヶ月ほど前だそうで、自然環境の調査だかで市に雇われた調査員が偶然見つけたらしい。それまでは、存在すら知られていなかった。それから、なんやかやあって、ラザロ教授が館の調査を担当することになった。館を調査して、解体すべきか、保存すべきか、保存するとしたら、どうやって補修したりとかするのか、などを決めるための材料を報告するためである。
ラザロ教授はゼミ生や助手とともに史料に当たったり、現地に赴いて調査をしたりしていたが、一ヶ月ほど前、館の調査中に突然姿を消した。
失踪当時、ラザロ教授は助手と二人で館を訪れていた。その助手というのが梶原である。
「ということは、第一容疑者はお前じゃないか、梶原」
僕はそこで口を挟んだ。梶原は肯定した。
「そうなんだ。だから当然、警察から取り調べを受けたよ」
「で、お前、どうやって教授を殺して死体を隠したんだ?」
梶原はため息をついた。
「やめてくれよ。俺が埋めて殺したんだったら話は早いさ。そうじゃないから困ってるんだ。……いや、殺して埋めるのかな? どっちでも結果は同じか」
僕にしても、梶原が教授を殺したと本気で思っているわけではないが、用心はしなければならない。なにしろこれは館ものミステリーなのだ。梶原が旧友を一人ずつ殺すために館に招待した可能性も考えておくべきだろう。
……そういえば、ゼミ生、最後の一人はどうしたのだろう。彼女も招待されたのだろうか。聞いてみることにする。
「ところで梶原よ。長家にも連絡を取ったのか? あいつ今、どうしてるんだ?」
「ああ、もう現地にいるよ。長家はフロリダに住んでるらしいんだが、わざわざ日本まで来てくれたんだ」
「フロリダ? なんでまた」
「あっちでマヤ文明の研究をしてるらしい。詳しいことは聞いてないけどな」
マヤ文明というと、最近、古代都市が今まで想定されていたよりも遙かに大規模なものだったとわかって考古学会を賑わせているホットな研究対象である。それをほっぽり出してまでこっちに来るのだから、彼女はよほど今回の話に魅力を感じたのだろうか。それとも恩師に対する恩義からか。
話をしている間に、車は狭くて曲がりくねった山道へと入り、森の中をうねうねと進んだ。
そして唐突に、森のど真ん中で止まった。窓から外を見回しても、館なんかどこにも見当たらない。
「ほい。ここからは歩きだ。超きっついぞ。覚悟しろ」
そう言いながら梶原は車を降りた。僕も荷物を持って、渋々降りる。
梶原は道も何もない、木々の生い茂る昇り斜面へと躊躇なく足を踏み入れていく。仕方なく、僕も付いていく。
「おいおい。山歩きさせられるのかよ。聞いてないぞ」
文句を垂れると、梶原はあっさりと返した。
「言ってないからな」
それから、続けて言った。
「もともとは館へと続く道はあったらしいんだが、この数十年で崖崩れとかがあって、塞がってしまったらしい。というわけで、危ないところを迂回しつつ、森の中を歩かねばならない。まあ、ほんの一時間ばかりさ」
「それならそうと言っといてくれよ。こっちにだって準備ってもんがあるだろ」
「考古学者たるもの、いつでも山に入る準備ができているものなのさ」
目茶苦茶なことを言う。しかし、確かにまあ、そういうこともあるかと思って、丈夫な靴を履いてきていたのも事実ではあった。また、ラザロ教授と手伝いの人達が何度も通った道なのだろう。梶原が進んでいく道はある程度、周囲の草木が切り払われ、踏みならされていて、前人未踏の密林に分け入るのに比べれば、ずっと歩きやすかった。
なにより、山の中が存外涼しくて過ごしやすいのは嬉しかった。実のところ、大学の正門前でずっと喋るくらいなら、ここで山登りする方がずっと快適な気すらする。ただ、あまりそういうことを言うと、梶原の奴に何かとコキ使われるかもしれないので、ぶーたれている振りを続けておくことにした。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる