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3.書斎の調査
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ものすごく重い足取りではあったが、僕らは結局、書斎に戻ってきた。もともとこの書斎にはなぜだか嫌な感じがしていたのに、さらに長家が脅かすものだから、僕の気の重さと言ったらなかった。
一方、長家の方はというと、僕を怖がらせて愉しんでいるのかと思いきや、そうでもなかった。怖がっている風ではなかったが、妙に真剣な表情をしていた。
「さて。ともかく仕事を始めましょうか。まず、私はざっと本棚をチェックしてみる」
「わかった。じゃあ、僕は片付けからやろうか。床に散らばっているのを集めて整理しよう」
長家は鉛筆を使ってメモ帳に書き込みをしたり、スマホで撮影をしつつ、本を本棚から抜いたり、開いてみたりする下で、僕は床に這いつくばって、散らばっている紙切れを集め始めた。
そのついでに、何か事件を臭わせるものがないかにも、一応気をつけておく。そういうことはすでに警察がやった後だそうだから、素人が適当に探しても意味はなさそうだが、こっちも言うなれば探し物の専門家ではある。何か見つけるかもしれない。
……そう勢い込んで、名探偵よろしく這いずり回ってみたものの、やはりそう都合良く発見があるわけもなかった。ただ、片付けは順調に進み、僕は散らばった本と紙片をすべて回収し、机の上に置いた。
結局、落ちていた本は17冊あった。そのほとんどは表題の読めない本だったが、いくつか英語で書かれたものもあった。
その中で特に目を惹いたのはプラトンの『ティマイオス』だった。この本は考古学に興味がある者なら誰でも知っているだろう。アトランティス大陸について言及された書物である。僕は子供の頃、ことあるごとにこの本を読書感想文の題材に選んでは、アトランティス大陸についての妄想を延々と書き綴ったものである。もちろん、読んでいたのは日本語訳版だったが。
あとは、グノーシス派に影響を受けていると思しき、本格的にイッちゃってる怪しい魔術書が一冊と、さきほどちょっと話題に上っていたラヴクラフトの小説が数冊。この書斎の主はオカルト好きなのだろうか。
紙片は、大きさも紙質も状態もまちまちで、上等そうな紙をきっちり何等分かに切ったものもあれば、ノートか何かを破ったものもある。共通していたのは、程度の差こそあれ、そのどれもが変色していたことと、あと、おそらく書いた人は1人だろうということ。ある紙片には、僕には読めないアルファベットと思しき羅列が雑な字で書かれており、ある紙片には偏執的に数字がびっしり書き込まれていたりしたが、そのどれもが羽ペンと思しき物を使って、青みがかったインクで書かれており、ぱっと見た感じでは、そのどれもが同じような筆跡をしていた。
「しっかし、なんか変なんだよね。この本棚のラインナップ」
スマホをいじくりながら、長家が言った。
「英語の本の多くは辞書とかの実用的なものの他にはブレイクとかワーズワースとかが主流で、これらは本の傷みが激しいんだけど、スペイン語のやつは歴史書やキリスト教の外典的なやつとか、オカルトなものが多くて、痛みも少なめなんだわ。これってさ、どこかのタイミングでこの部屋の持ち主が変わったんじゃないの?」
そう言われて僕は、本の傷み具合については気を払っていないことに気付いた。それで、自分の近くに積んでいた本の小口をざっと見ながら、言った。
「床に落ちてるものについては、ほとんど英語じゃないものだけど、英語で書かれているものの中には魔術書とかオカルト的なのもあったよ。けど、言われてみると、オカルト本は辞書とかよりも劣化が少ないね。紙質の問題かもしれないから簡単には言い切れないけど」
そしてついでに、付け加えて言う。
「それと、紙に書かれた文字については、全部英語じゃない」
「ほう。どれどれ」
長家は手を休めて、僕が机の上に積んでおいた紙束をいくつか手に取った。
「うーん。基本、スペイン語で書かれてるみたいだけど、字が汚い上に崩されすぎていて、ほとんど読めないねえ。綴りが変な単語があるし、もしかすると暗号化されてるのかもしれない。読めるやつは『やった!』とか『これじゃない』とか、読めたところで大して役に立たない心の叫びばかりだね」
それから今度は、数字がびっしり書き込まれた紙を持ち上げる。
「うーん。私の知り合いに暗号の専門家がいるから、スマホで撮って送って意見を聞いてみたいね。梶原君に許可を取ってからの話になるけど」
「そういうことなら、梶原に連絡してみよう」
僕はそう言ってスマホを取り出し、梶原に電話をかけてみた。一瞬、こんな山奥で通じるのかという疑問がよぎったが、あっさりと繋がった。梶原は是非意見を聞きたいと言った。そして、これからコンビニで昼飯を買って戻ろうと思っているが、リクエストはあるかと訊いてきた。
長家はシーチキンと梅のおにぎりを所望した。僕は丼物、と言おうとしたが、ここに電子レンジがないことを思い出し、のり弁とかそんな感じのもの、と言っておいた。弁当なら温めなくてもそこそこ食えるだろう。
通話を切り、ついでに時間を見る。ちょうどお昼時の12時だったが、梶原がここに戻るには少なくとも1時間半はかかるだろうから、昼飯は少し遅めになりそうである。
長家は早速、机の上に紙片を並べて、スマホでひとつずつ撮影しては、写り具合を確認している。
「フロリダは深夜だから、たぶんすぐ返事が来ると思うよ」
スマホをいじりながら、長家が言う。
「え、なに、その人夜行性なの?」
「それは知らないけど、いつメールしても、返信は深夜から明け方にしか来ない。日中ならツイッターの方が捕まえやすいね。なぜか知らないけど」
それも変な話である。メールの確認はしないけど、ツイッターは確認するのだろうか。まあ、長家の知り合いの生態の謎は、いま解明すべき課題ではない。
メールの返事と昼飯の到着を待つ間、長家は本棚の調査を続行することにした。長家は一冊ずつ抜き取っては、ざっとページをめくったりしている。今のところ他にすることもないので、僕もそれを手伝おうと重い、長家の作業している反対側の本棚の前まで行ったが、そこでふと、机に引き出しがあるんじゃないか、と思いついた。それで、椅子のある方に回り込んでみると、やはり、引き出しが左右2つずつある。さっそくそれらを開けてみることにした。
まず、左右の下の段はカギがかかっていて開けることができなかった。右上段の引き出しは、すっかり中のインクが乾ききって使い物にならなくなっているインクつぼがいくつかと、万年筆、文鎮、ペーパーナイフ。左上段の引き出しには、変色した白紙の紙束が入っていた。どうやら例のメモ片のいくらかは、この紙を使ったものらしい。
僕は紙束を取り出すと、机の上に置き、指先でそっと表面をなでてみた。確かシャーロック・ホームズだったと思うが、こういうものには筆跡が凹みとして残っていたりするとか言っていたことを思い出したのである。だが、残念ながら、紙は真っ平らだった。
ついでに、紙束をぜんぶ繰ってみて、何か書かれている物がないか確かめてみたが、それも空振り。引き出しに戻した。
そのとき、長家が何やら雄叫びをあげた。
「どうかしたの?」
僕は最初、虫かなんかがいたんじゃないかと思ったのだが、そういうわけではなさそうだった。長家は一冊の本を手に、こっちにやってくる。
「来たよ、来た来た。ようやくソレっぽい展開がやって来たわけよ」
「まあまあ。わかった、わかったから、具体的な話をしてよ」
僕はなんとか長家をなだめようとする。そのおかげかどうかはともかく、長家は少し落ち着きを取り戻すと、自慢げにその、手に持っていた本の背表紙を見せた。
「見てよこれ。ブリタニカ百科事典、第11版の19巻目!」
「貴重な本なの?」
「知らん」
僕は思わずずっこけそうになった。いや、こんなところでコントをしてもしょうがないのだが。
長家は僕のリアクションには構わず、話を続ける。
「問題は、同じ本が2冊あるってこと。まあ、間違って2冊買っちゃったなんてことは日常茶飯事だけど、何か違和感を覚えたわけよ」
「ああ、うん、それで?」
「そうたら、どうよ、これ」
長家は本を開いた。一瞬、長家が何を見せたかったのか理解できなかったが、よく見ると、本の一部が小さくくり抜かれているのを、見つけた。穴のサイズはクレジットカードの半分くらいの小さいもので、適当にページをめくっただけでは、案外見落としてしまうかもしれないサイズだった。
その発見は大した物だが、肝心なのは、そこに何があるかである。僕は穴を覗き込んでみる。しかし、そこには何も無かった。
僕はもう一度、穴の中をじっくりと眺め回し、それから、長家の方を向いた。
「……で?」
長家は満面の笑みを浮かべ、もったいぶりながら何かを差し出した。受け取ってみると、それは小さなカギだった。家のカギにしては小さくて簡素すぎる。
「……机の引き出しかな?」
僕はさきほど開けられなかった机の引き出しにあるカギ穴に、そのカギを差し込んでみた。ひねってみると、中で引っかかってうまく回らない。変に力を入れるとカギを壊してしまうかもしれず、あまり強引にやりたくない。
「たぶんここのカギなのは間違いないけど、油か何か挿さないとダメかも」
「ああ、油は止めといた方がいいよ。かえってとどめを刺すことがある」
「そうなの?」
「ちょい貸して」
言われるまま、僕は長家にカギを渡す。すると、長家はカギに鉛筆を使い、芯を塗り込むようにしはじめた。
「え、そんなのでうまくいくの?」
僕は驚きの声をあげた。
「応急処置だけどね。うまくいけばラッキー、くらいに思っといて」
長家は、カギに鉛筆の芯を塗ってはカギ穴に挿して様子をみる、といった作業を何回か繰り返した。果たして、何度目かの挑戦の後、カギはきちんと回り、ロックが外れる音がした。
「おお、すごい」
「じゃ、私はもうひとつの方を開けるから、そっちの中身を確認しといて」
「わかった」
僕はそう言うと、長家と場所を入れ替わり、引き出しを開けた。……しかし長家って、せっかくカギを見つけて、苦労して開けた引き出しの中身を真っ先に見たいと思わないのだろうか。
引き出しの中には書類らしき紙束と、缶箱が入っていた。缶箱を開けると、何枚かの証券らしきものが入っていた。当時としては貴重品だったかもしれないが、今となっては無効だろう。
書類の方も、当時の事務的な内容のものばかり。歴史的には興味深いかもしれないが、教授の失踪とは関係なさそうである。
そのうち、隣の引き出しも開いたらしくて、ロックの外れる音がした。
「うわ。こっちは何も入ってないわ。超骨折り損」
長家の声に、僕はそっちの引き出しを覗き込んでみる。本当に何も入っていなかった。
「そっちはどうだったの?」
「こっちは書類と、缶の中に証券が入ってたよ。どうかな。何か役に立つ?」
僕は長家に場所を開けた。長家は書類を取り出して、一枚ずつ確かめる。
全部確認し終えたところで、長家はひと息つき、それから、引き出しに書類を全て戻した。
「大した役には立たないけど、わかることもあるね」
「何?」
「ひとつは、この書類の日付が1912年から29年のものだということ。ここからこの家の持ち主が住んでいた時期がわかるんじゃないかな。もうひとつは署名」
「ああ、フィル・アダムスだったっけ?」
「名前は名前で役に立つかもだけど、今は筆跡の方が重要かな。私は筆跡鑑定の専門家じゃないけど、部屋に散らばっていたメモ書きとは明らかに筆跡が違っていたと思うよ」
「ああ、なるほど」
となると、途中で家の主人が変わったという、長家の説を支持する材料にはなりそうである。
と、そのとき、玄関の扉が開く音がした。つづいて、階段のきしむ音。
「帰ってきたか。じゃ、ひとまず休憩するかね」
そう言って僕は立ち上がった。長家も、鉛筆やメモ帳をしまい込むなどして、仕事の切り上げの準備にかかる。
そうするうち、書斎の扉が開いた。
「いや、長いこと外して済まなかったね。とりあえず下で昼飯にしよう」
梶原が、コンビニの袋を持ち上げて見せながら言った。
一方、長家の方はというと、僕を怖がらせて愉しんでいるのかと思いきや、そうでもなかった。怖がっている風ではなかったが、妙に真剣な表情をしていた。
「さて。ともかく仕事を始めましょうか。まず、私はざっと本棚をチェックしてみる」
「わかった。じゃあ、僕は片付けからやろうか。床に散らばっているのを集めて整理しよう」
長家は鉛筆を使ってメモ帳に書き込みをしたり、スマホで撮影をしつつ、本を本棚から抜いたり、開いてみたりする下で、僕は床に這いつくばって、散らばっている紙切れを集め始めた。
そのついでに、何か事件を臭わせるものがないかにも、一応気をつけておく。そういうことはすでに警察がやった後だそうだから、素人が適当に探しても意味はなさそうだが、こっちも言うなれば探し物の専門家ではある。何か見つけるかもしれない。
……そう勢い込んで、名探偵よろしく這いずり回ってみたものの、やはりそう都合良く発見があるわけもなかった。ただ、片付けは順調に進み、僕は散らばった本と紙片をすべて回収し、机の上に置いた。
結局、落ちていた本は17冊あった。そのほとんどは表題の読めない本だったが、いくつか英語で書かれたものもあった。
その中で特に目を惹いたのはプラトンの『ティマイオス』だった。この本は考古学に興味がある者なら誰でも知っているだろう。アトランティス大陸について言及された書物である。僕は子供の頃、ことあるごとにこの本を読書感想文の題材に選んでは、アトランティス大陸についての妄想を延々と書き綴ったものである。もちろん、読んでいたのは日本語訳版だったが。
あとは、グノーシス派に影響を受けていると思しき、本格的にイッちゃってる怪しい魔術書が一冊と、さきほどちょっと話題に上っていたラヴクラフトの小説が数冊。この書斎の主はオカルト好きなのだろうか。
紙片は、大きさも紙質も状態もまちまちで、上等そうな紙をきっちり何等分かに切ったものもあれば、ノートか何かを破ったものもある。共通していたのは、程度の差こそあれ、そのどれもが変色していたことと、あと、おそらく書いた人は1人だろうということ。ある紙片には、僕には読めないアルファベットと思しき羅列が雑な字で書かれており、ある紙片には偏執的に数字がびっしり書き込まれていたりしたが、そのどれもが羽ペンと思しき物を使って、青みがかったインクで書かれており、ぱっと見た感じでは、そのどれもが同じような筆跡をしていた。
「しっかし、なんか変なんだよね。この本棚のラインナップ」
スマホをいじくりながら、長家が言った。
「英語の本の多くは辞書とかの実用的なものの他にはブレイクとかワーズワースとかが主流で、これらは本の傷みが激しいんだけど、スペイン語のやつは歴史書やキリスト教の外典的なやつとか、オカルトなものが多くて、痛みも少なめなんだわ。これってさ、どこかのタイミングでこの部屋の持ち主が変わったんじゃないの?」
そう言われて僕は、本の傷み具合については気を払っていないことに気付いた。それで、自分の近くに積んでいた本の小口をざっと見ながら、言った。
「床に落ちてるものについては、ほとんど英語じゃないものだけど、英語で書かれているものの中には魔術書とかオカルト的なのもあったよ。けど、言われてみると、オカルト本は辞書とかよりも劣化が少ないね。紙質の問題かもしれないから簡単には言い切れないけど」
そしてついでに、付け加えて言う。
「それと、紙に書かれた文字については、全部英語じゃない」
「ほう。どれどれ」
長家は手を休めて、僕が机の上に積んでおいた紙束をいくつか手に取った。
「うーん。基本、スペイン語で書かれてるみたいだけど、字が汚い上に崩されすぎていて、ほとんど読めないねえ。綴りが変な単語があるし、もしかすると暗号化されてるのかもしれない。読めるやつは『やった!』とか『これじゃない』とか、読めたところで大して役に立たない心の叫びばかりだね」
それから今度は、数字がびっしり書き込まれた紙を持ち上げる。
「うーん。私の知り合いに暗号の専門家がいるから、スマホで撮って送って意見を聞いてみたいね。梶原君に許可を取ってからの話になるけど」
「そういうことなら、梶原に連絡してみよう」
僕はそう言ってスマホを取り出し、梶原に電話をかけてみた。一瞬、こんな山奥で通じるのかという疑問がよぎったが、あっさりと繋がった。梶原は是非意見を聞きたいと言った。そして、これからコンビニで昼飯を買って戻ろうと思っているが、リクエストはあるかと訊いてきた。
長家はシーチキンと梅のおにぎりを所望した。僕は丼物、と言おうとしたが、ここに電子レンジがないことを思い出し、のり弁とかそんな感じのもの、と言っておいた。弁当なら温めなくてもそこそこ食えるだろう。
通話を切り、ついでに時間を見る。ちょうどお昼時の12時だったが、梶原がここに戻るには少なくとも1時間半はかかるだろうから、昼飯は少し遅めになりそうである。
長家は早速、机の上に紙片を並べて、スマホでひとつずつ撮影しては、写り具合を確認している。
「フロリダは深夜だから、たぶんすぐ返事が来ると思うよ」
スマホをいじりながら、長家が言う。
「え、なに、その人夜行性なの?」
「それは知らないけど、いつメールしても、返信は深夜から明け方にしか来ない。日中ならツイッターの方が捕まえやすいね。なぜか知らないけど」
それも変な話である。メールの確認はしないけど、ツイッターは確認するのだろうか。まあ、長家の知り合いの生態の謎は、いま解明すべき課題ではない。
メールの返事と昼飯の到着を待つ間、長家は本棚の調査を続行することにした。長家は一冊ずつ抜き取っては、ざっとページをめくったりしている。今のところ他にすることもないので、僕もそれを手伝おうと重い、長家の作業している反対側の本棚の前まで行ったが、そこでふと、机に引き出しがあるんじゃないか、と思いついた。それで、椅子のある方に回り込んでみると、やはり、引き出しが左右2つずつある。さっそくそれらを開けてみることにした。
まず、左右の下の段はカギがかかっていて開けることができなかった。右上段の引き出しは、すっかり中のインクが乾ききって使い物にならなくなっているインクつぼがいくつかと、万年筆、文鎮、ペーパーナイフ。左上段の引き出しには、変色した白紙の紙束が入っていた。どうやら例のメモ片のいくらかは、この紙を使ったものらしい。
僕は紙束を取り出すと、机の上に置き、指先でそっと表面をなでてみた。確かシャーロック・ホームズだったと思うが、こういうものには筆跡が凹みとして残っていたりするとか言っていたことを思い出したのである。だが、残念ながら、紙は真っ平らだった。
ついでに、紙束をぜんぶ繰ってみて、何か書かれている物がないか確かめてみたが、それも空振り。引き出しに戻した。
そのとき、長家が何やら雄叫びをあげた。
「どうかしたの?」
僕は最初、虫かなんかがいたんじゃないかと思ったのだが、そういうわけではなさそうだった。長家は一冊の本を手に、こっちにやってくる。
「来たよ、来た来た。ようやくソレっぽい展開がやって来たわけよ」
「まあまあ。わかった、わかったから、具体的な話をしてよ」
僕はなんとか長家をなだめようとする。そのおかげかどうかはともかく、長家は少し落ち着きを取り戻すと、自慢げにその、手に持っていた本の背表紙を見せた。
「見てよこれ。ブリタニカ百科事典、第11版の19巻目!」
「貴重な本なの?」
「知らん」
僕は思わずずっこけそうになった。いや、こんなところでコントをしてもしょうがないのだが。
長家は僕のリアクションには構わず、話を続ける。
「問題は、同じ本が2冊あるってこと。まあ、間違って2冊買っちゃったなんてことは日常茶飯事だけど、何か違和感を覚えたわけよ」
「ああ、うん、それで?」
「そうたら、どうよ、これ」
長家は本を開いた。一瞬、長家が何を見せたかったのか理解できなかったが、よく見ると、本の一部が小さくくり抜かれているのを、見つけた。穴のサイズはクレジットカードの半分くらいの小さいもので、適当にページをめくっただけでは、案外見落としてしまうかもしれないサイズだった。
その発見は大した物だが、肝心なのは、そこに何があるかである。僕は穴を覗き込んでみる。しかし、そこには何も無かった。
僕はもう一度、穴の中をじっくりと眺め回し、それから、長家の方を向いた。
「……で?」
長家は満面の笑みを浮かべ、もったいぶりながら何かを差し出した。受け取ってみると、それは小さなカギだった。家のカギにしては小さくて簡素すぎる。
「……机の引き出しかな?」
僕はさきほど開けられなかった机の引き出しにあるカギ穴に、そのカギを差し込んでみた。ひねってみると、中で引っかかってうまく回らない。変に力を入れるとカギを壊してしまうかもしれず、あまり強引にやりたくない。
「たぶんここのカギなのは間違いないけど、油か何か挿さないとダメかも」
「ああ、油は止めといた方がいいよ。かえってとどめを刺すことがある」
「そうなの?」
「ちょい貸して」
言われるまま、僕は長家にカギを渡す。すると、長家はカギに鉛筆を使い、芯を塗り込むようにしはじめた。
「え、そんなのでうまくいくの?」
僕は驚きの声をあげた。
「応急処置だけどね。うまくいけばラッキー、くらいに思っといて」
長家は、カギに鉛筆の芯を塗ってはカギ穴に挿して様子をみる、といった作業を何回か繰り返した。果たして、何度目かの挑戦の後、カギはきちんと回り、ロックが外れる音がした。
「おお、すごい」
「じゃ、私はもうひとつの方を開けるから、そっちの中身を確認しといて」
「わかった」
僕はそう言うと、長家と場所を入れ替わり、引き出しを開けた。……しかし長家って、せっかくカギを見つけて、苦労して開けた引き出しの中身を真っ先に見たいと思わないのだろうか。
引き出しの中には書類らしき紙束と、缶箱が入っていた。缶箱を開けると、何枚かの証券らしきものが入っていた。当時としては貴重品だったかもしれないが、今となっては無効だろう。
書類の方も、当時の事務的な内容のものばかり。歴史的には興味深いかもしれないが、教授の失踪とは関係なさそうである。
そのうち、隣の引き出しも開いたらしくて、ロックの外れる音がした。
「うわ。こっちは何も入ってないわ。超骨折り損」
長家の声に、僕はそっちの引き出しを覗き込んでみる。本当に何も入っていなかった。
「そっちはどうだったの?」
「こっちは書類と、缶の中に証券が入ってたよ。どうかな。何か役に立つ?」
僕は長家に場所を開けた。長家は書類を取り出して、一枚ずつ確かめる。
全部確認し終えたところで、長家はひと息つき、それから、引き出しに書類を全て戻した。
「大した役には立たないけど、わかることもあるね」
「何?」
「ひとつは、この書類の日付が1912年から29年のものだということ。ここからこの家の持ち主が住んでいた時期がわかるんじゃないかな。もうひとつは署名」
「ああ、フィル・アダムスだったっけ?」
「名前は名前で役に立つかもだけど、今は筆跡の方が重要かな。私は筆跡鑑定の専門家じゃないけど、部屋に散らばっていたメモ書きとは明らかに筆跡が違っていたと思うよ」
「ああ、なるほど」
となると、途中で家の主人が変わったという、長家の説を支持する材料にはなりそうである。
と、そのとき、玄関の扉が開く音がした。つづいて、階段のきしむ音。
「帰ってきたか。じゃ、ひとまず休憩するかね」
そう言って僕は立ち上がった。長家も、鉛筆やメモ帳をしまい込むなどして、仕事の切り上げの準備にかかる。
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