アイアンハート――宇宙樹と歌う世界

柚緒駆

文字の大きさ
10 / 38

9.オリジナルズ

しおりを挟む
 もう十年も前になるだろうか。アルファ501が誕生し、一年間の教育課程を修了したとき、オリジナルズの一人に会って話をする栄誉にあずかった。

 それはヒマワリの花にも見えた。丸い顔の周囲に花弁の如くぐるりと並んだ数十の楕円形。それがすべてストレージデバイスであると知ったのはずっと後のこと。光の薄い部屋で常に座禅のように脚を組み、両手を膝に置いた姿で、アルファ001、またの名をオリジナルアルファは満面の笑顔をアルファ501に向けた。

「クエピコから報告は受けておりますよ。坊ちゃんは優秀だ。アルファ型のほまれであります」
「坊ちゃんはやめてください。教育課程を修了したロボットには似つかわしくありません」

 なるほど恥ずかしいという感情はこういうものなのか、そう思いながらアルファ501は少しうつむいて見せた。

「なんのなんの」しかしオリジナルアルファは首を小さく振った。「教育課程で得た知識など、ロボットの、ましてやアルファ型の知るべきこととしてはまだまだ序の口、これから始まる遠大な航海の港を離れたばかりにございます。あなたはいまだ坊ちゃんだ。坊ちゃんであるべきなのです」

「それはつまり、私はまだ半人前ということでしょうか」

 アルファ501の学業成績は優秀であった。適性テストもすべてにおいてトップの指標を示し、ロボットと人間を合わせた民衆の指導者として、十二分の能力を持っているとあらゆるデータが物語っていた。今すぐ評議会への参加を認めるべきとの声すらあった。それをおごっていた訳ではない。だが望まれる基準をクリア出来ていないとは、どうしても思えなかったのである。

 不満げなアルファ501に対し、オリジナルアルファはまた首を振った。

「足るを知り、足らぬを知る。ロボットだからではなく、人間だからでもなく、心あるものとして、それが目指すべき道であります」
「己の能力の限界値は理解しております。全知全能であるなどとは思っておりません」

「それはなぜ」

 しかしアルファ501には、問いの意味が理解できない。

「なぜ? なぜとは」

「坊ちゃんは自分が全知全能であると思ってはならないと考えておられる。なぜならそれは傲慢だから。そして傲慢は悪だと考えておられる。故にその結果として、自分のことを全知全能であると考えることは悪だと信じておられる」

 それはまったくその通りであった。だがますますアルファ501は不満を募らせる。

「それがいけないことですか。どこか間違っているというのですか」
「システムに隷属する機械としては、理想的な思考と言えるでしょう。しかしそれは、心あるものとして目指すべき道ではございません」

 彼は何を言っているのだろう、ただ混乱させたいだけなのだろうか。アルファ501の言葉にも棘が生える。

「意味がわかりません。我々はシステムの中で生きる存在のはずです。システムに従うことがなぜ目指すべき道ではないのですか」
「なぜならアルファ型は、システムを創造すべき存在であるからです」

「……創造」

 言葉の意味はもちろん知っている。しかしそれを己自身に当てはめてみたことは、なぜだろう、今までなかった。

「創造のために必要なのは、知識ではありません。知識とは道具。たくさん持っていれば便利ではありますが、持っているだけでは何も生み出しません。システムの創造とは世界を生み出すこと。そこで真に必要とされるのは知恵であります。しかし知恵とは頭を使ったから、頑張ったから、努力したから湧いて出るというものではございません」

「では、どうすれば良いというのですか」

 いつしかアルファ501は怯えていた。見知らぬ場所に連れてこられた人間の子供のように怯えていた。己の知識の届かぬ世界に足を踏み入れてしまったことに気がついたのだ。そんな彼に、オリジナルアルファは優しく微笑んだ。

「だからこそ、足るを知り、足らぬを知ることこそが肝要なのであります。己が全知全能であることを否定するのなら、坊ちゃんの考える全知全能と、現実の坊ちゃんとの間に、いかなる差が存在し、もしくは存在していないのかを理解する必要があるのです。全知全能であると考えることが悪であると定義づけて、それ以上考えることを放棄してしまっては、何も理解できません。ましてや不意に知恵が湧いたとしても、それを受け止めることすら出来ないでしょう。知恵とはそういうものであります。そしてそういうものと対峙することが、真にアルファ型に求められるものなのです。おわかりですかな」

 アルファ501は肩を落とした。自分の未熟さを痛感した。

「申し訳ありません、今の私には理解できません」

「だから坊ちゃんなのです。坊ちゃんで良いのです。いきなりは誰にも理解できません。時間をかけなさい。他者を頼りなさい。少しずつ少しずつ、しかし確実に前に進むのです」

 今にしてようやくアルファ501は理解した。オリジナルアルファは誰にでも接見出来る存在ではない。会って話が出来る者は限られている。彼はそれを単なる成績優秀者に対し与えられる栄誉であると考えていた。

 いや、それは間違いではないのかもしれない。だが真の意味は、真の意義は、そこにはない。少なくともオリジナルアルファはそう考えてはいないのだ。その一点に関してだけは間違っていない、それがアルファ501に残された小さな自負であった。そして最後に一つ、質問をした。

「あなたはいったい、それを誰から学んだのですか」

 するとオリジナルアルファは満足げにうなずき、こう答えた。

「直接学んだ師はおりません。思考と瞑想の繰り返しの末に辿り着いた境地です。しかし我らの原点、オリジナル・オブ・オリジナルズはアルファの理想に近いロボットであったと伝え聞いております。広い意味ではかたが我らオリジナルズの師であると言えるのかも知れませんね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...