アイアンハート――宇宙樹と歌う世界

柚緒駆

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26.宇宙樹の歌

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 おいらはまた夢を見た。あの日の夢を。

 草木が、小鳥が、犬が猫が、人間の周囲に居たあらゆる生き物が、突然歌い出したんだ。それは、あの歌だった。

 世界の果て 流されて一人
 宇宙の果て 泣き濡れて一人
 一人立つ浜辺 砂に指を埋めて
 一人歌う歌 暮れる空に消え行く
 けれど
 緑なす大地 雲遊ぶ大空 
 風走る海原 降るような星の
 光満ち 朝な夕な 私をいざな
 歌に満ち 朝な夕な 心揺らすこの惑星ほし
 でも一人 私は一人
 天を指し 涙を数える

 繰り返し繰り返し、その歌は流れた。世界中の山が、川が、空が、海が歌っていた。テレビのニュースはこの話題ばかり。みんな何故こんなことが起こっているのか、どんな理屈で生き物が歌を歌っているのか、首をひねっていた。中には天変地異の前触れじゃないかと言う人もいたけれど、どちらかと言えばそれは少数派で、一番肝心な「誰が歌わせているのか」について話す人は誰もいなかった。

 そして、歌は突然聞こえなくなった。

 みんな最初は安心した。でもすぐに不安になった。何故歌わなくなったんだろう、その理由が誰にもわからなかったから。その状況が一変するまでに、十二時間はかからなかった。きっかけは、南極観測隊から送られてきた映像。南極点に、大きな大きな、山のように大きな樹が立っていた。

 まるで雲のように枝を張って、青々と葉を茂らせた巨大な一本の樹。その根元付近に群がっていたペンギンたちが歌っていた。あの歌を。そしてとうとう、撮影している観測隊員たちまでが歌い出した。それを見て、みんなは初めて理解したんだ。この樹が歌わせているんだって。

 そこから先は、本当にあっという間だった。

 南極大陸から、氷が消えた。一瞬で、ほとんどの氷が蒸発した。何故かはわからない。でもその水蒸気でパンパンに膨らんだ高温の空気は、巨大な何本ものジェット気流を生み出して、一気に北極にまで届いた。

 雨雲で真っ黒な空、猛烈な豪雨。海面が急上昇、世界中の主要な都市は水没した。落雷だけで何万人も死に、ボウリング玉のような大きな雹がザンザンと降って家々を破壊した。火山の噴火、大地震、地面は波打ち砕け、その上を津波がさらった。これが二十四時間以内に起きた。

 次の二十四時間で、南極が再冷却された。何十メートルもの厚さの氷床が大陸を覆い、氷山が海を埋め尽くし、海流は流れを変え、世界の地表から水が姿を消した。このままじゃ、地球は人間が住める星じゃなくなってしまう、みんながそう思った。

 そうだ、思い出した。

「おいら、南極に行く」

 おいらがそれを言い出したんだ。

「あの子を止めなきゃ。ちゃんと話せばきっとわかってくれるよ」
「馬鹿言うんじゃねえ」博士は反対した。「おめえ一人で何ができる。だいたい、その妖精があの樹になったって確証がどこにあるよ」

 確証なんてどこにもない。でもおいらにはわかっていたんだ。

「おいらはあの子と話せるんだ。おいらが話さなきゃいけないんだ。おいらが行かなきゃ、もっともっとたくさんの人が死ぬんだよ。だから行かせてよ、博士」

 博士は困った顔で唸っていた。

「私からもお願いします」QPが頭を下げた。「ロボ之助を行かせてやってください」
「おめえまでロボ之助の味方しやがるのか」

 苦虫を噛み潰したような顔の博士に、QPが言った。

「私は人類が大好きです。けれどこのままなら、人類は滅んでしまいます。ロボ之助なら、ロボ之助が行けばそれを回避できるかもしれないのです」

 QPにそこまで言われて、博士は苦い顔のまま、渋々おいらを連れて歩き出した。

「ついて来い」

 博士はロボット研究所を出ると、坂道を下り始めた。博士が普段寄りつかないそこは、アマテル自動車の中でも一番賢い人たちが集まる研究施設があった。

「……航空研究所に旅客ジェットのプロトタイプがある。あれなら相当な長距離も飛べるはずだ。だが南極までとなると片道分しか燃料が積めねえ」
「それでいいよ。後で迎えに来て」

「簡単に言うんじゃねえ、馬鹿野郎」

 世界中が大変なことになっているのに、天照市には雨と風だけだった。雹も降らないし、雷も落ちない。それは偶然じゃないっておいらは思ってた。

 みんな避難して誰もいなくなった航空研究所で、おいらは飛行機の操縦法を頭に流し込んだ。博士はジェット機に燃料を入れて、格納庫の扉を開いた。

「いいか、絶対に死ぬんじゃねえぞ」
「死なないよ。おいらまだまだ知りたいことがいっぱいあるんだから」

 コクピットに乗り込む前のそれが、おいらと博士との最後の会話になった。
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