鬼の首 龍の首

柚緒駆

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ガルギエル・ガラハト

 夜の暗闇に紛れ、深い森の中をグレイン・ヴァルディは彷徨っていた。天穴の反応は近い。だが小さい。天穴自体が小さいか、もう消えかかっているのだろう。

 この世界の敵軍は、戦竜の出現を予知している。それは軍の配置を見ればわかる。だが戦竜に関わらない天穴の存在は見逃しているようだ。まあ、全ての天穴の場所を把握するなどドラーコ本国にすらできないのだが。

 グレインの足が止まった。天穴反応はここだ。この場所で間違いない。だが、どこだ。反応が小さすぎて天穴の場所が掴めない。グレインは焦った。この天穴を逃したら、次はいつ見つかるかわからない。もう甲冑の充電が切れそうだ。充電が切れれば、甲冑の機能維持ができなくなる。もってあと数時間。次を見つける余裕はない。早急に基地に戻らねばならないのだ。

「ええい、どこだ、どこにある」

 思わず声が漏れたその時。

「その古木の根元に岩がある。祠の跡だ」

 聞いた事のある声がした。しかし誰何している暇はない。古木の下に積もった落ち葉を慌てて掻き分けた。指の先が岩に当たる。その岩の表面を指でなぞって行くと、突然硬さがなくなり、指が飲み込まれる感触があった。天穴だ。天穴の縁に沿って手を上下に動かしてみる。幅は狭い。だが、横になれば辛うじて身体を入れる事ができそうだ。グレインは這いつくばり、天穴に手の先から身体を捻じ込んだ。やがてグレインはこの世界から存在を消した。しばしの静寂の後、闇の中に声がした。

「殿下」

 ジャーザカの声は呆れているようだった。

「細かい事を気にするな。それよりも定時報告だ」

 ライワンは天穴に手を突っ込み、テレパシーを送った。

「この天穴はもう寿命ですな。明日には消えておりましょう」

 ジャーザカの言葉に、しかしライワンは返答をしなかった。

「殿下、如何されました」
「ハウが捕らえられた」

 天穴から手を抜き、ライワンが憮然と答えた。一瞬の間を置いてジャーザカは動揺する。

「ハウ様が、何故です。何故そんな」

 ハウとはライワンの育ての親。妻を神帝に寝取られた男である。

「間諜の疑いだ。先般のドラーコのこちら側への攻撃、その場所が大占者の逆鱗に触れたらしい」

 先般の攻撃といえば、翼竜が自爆した件だろうか。

「もしや、『当たり』だったのですか」

「いや。事実としてドラーコは何も見つけてはいない。だがあそこは宝珠を探す上で最も重要な場所の一つであると大占者が目をつけていた場所らしい。そんな場所があるのなら、我らに先に伝えれば良かろうに。そこにドラーコが先んじて現れたからと言って、間諜が機密事項を持ち出したと騒ぎ立てるなど、滑稽としか言い様がない」

「しかし、だからといってハウ様が間諜だというのは」
「それについては大占者から伝言を貰った」

「は、だ、大占者様からでありますか」

 大占者から直接声を掛けてもらえる者など、上流貴族の中でもそう滅多には居ないというのに、皇位継承権保持者とはいえ貴族ですらない一軍人に、『お言葉』を下知するなどというのは、前代未聞の事である。ジャーザカが言葉を失うのも無理はない。

「伝言と言っても大したものではない。『養父の身を案じるのであれば、一刻も早く宝珠を手に入れるべし』、何の捻りもない文句だ。要は脅迫だな。もっと何か為になりそうな気の利いた事の一つも言えんのか、占い師めが」

「殿下、お言葉にお気を付けあそばせ。どこに耳があるやもしれませぬ」
「しかしこちらに好都合なのは」

 ライワンはジャーザカの忠告に耳を貸す気はないようである。

「余がハウの身を案じていると占い師が思い込んでいる点だな。そのまま勘違いをしていてくれれば、何かと助かる」

 果たして本当にそれは勘違いなのだろうか、とジャーザカは思う。ライワンの表情は頭巾の奥に隠れて見えない。そこにあるのは平穏か、それとも怒りか、悲しみか。



「いや旨いですな。こちらの鶏肉は実に旨い」

 鶏もも肉の照り焼きをナイフとフォークで食べながら、キメペは満足そうにうなずいた。

「それは幸いです。実を言いますと、心配していたのですよ、その、タブーがあるのではと思いまして」

 テーブルの向かいの席で、賀茂道延は言い難そうにしている。今日はお忍びで、地鶏料理店の奥座敷に、例の変装姿のキメペを連れて来ているのだ。

「なるほど、共食いになるのでは、という事ですな」
「はあ、まあそういう事なのですが」

「なりません、なりません。我らの世界でも鶏は食用として広く飼育されております。それにこちらの世界の人々も、牛や豚を食べているではありませんか、同じ哺乳類なのにです。それと同様でありますよ。いやあ、それに致しましても、照り焼きのタレと言うのは、素晴らしい発明でありますな。我が国のジベを思い出しますが、私は照り焼きの方が好みであります」

 小さく刻んだ鶏肉を次々に口に放り込んでゆく。しかしこちらの人間ほどには歯は発達していないのだろう、少し噛んだだけですぐ飲み込んでしまう。

「話を戻しましょう、リウへのご帰還の件ですが」
「はいはい、私の勝手なお願いを聞いていただけるなら、なるべく早い方がよろしいですな。あまり帰りが遅いと、間違ったメッセージをリウに与えてしまいかねません」

「それでは、次の天穴が見つかり次第という事でよろしいでしょうか。危険度は高いですが」

「ドラーコの軍には天穴の反応を捉える探知技術があると聞いております。そういうものがあれば安全な天穴を探す事もできるのでしょうが、それはリウにもございません。ならば、戦竜がこちらに現れた際を狙って戻るしかありますまいな。先日のように空の上というのは難しいでしょうが。まあ、危険は承知の上です」

「承りました。そのように手配いたしましょう」

 一つうなずくと、賀茂は唐揚げを口に運んだ。



 朝。ハヤヒノは少し早めに目が覚めた。昨日の朝はスサノオは早めに食堂に降りたらしく、顔を合わさなかった。夜は顔を合わせたが、他の者の目もあるし、話などできる雰囲気ではなかった。いや、別に話したい訳ではない。話す事など特にない。ただ何というか、そう、避けられている感じが嫌なのだ。それだけの話だ。何故避けているのか、それだけ確認できれば。いや、別に確認したい訳ではない。あんな奴に避けられても別に構わない。ただ何というか、そう、嫌でも一緒に戦わなければならないのだから、もし何か誤解があるのなら解消しておいた方がいいのかも。いや、別に誤解をされてもいいのだが……ああ面倒くさい! ハヤヒノはベッドから跳ね起きた。

 食堂に降りると、まだナビコナとノコヤネの二人しか居なかった。

「何だい、寝坊助が今日は早いね」

 からかう寮母にハヤヒノは口を尖らせた。

「いいでしょ、たまには早起きしたって」
「言うほど早かないけどね。スサノオなんかもう食って上がったよ」

「え」

 呆気に取られているハヤヒノを見て、ナビコナが笑う。

「あれ、スサノオに会いたかったの」
「ち、違うわよ、馬鹿」

「はあああああああ」

 ノコヤネの最早ため息とは言い難い、口から溢れ出し地を這うような声に、ハヤヒノは思わず飛び上がった。

「何、何なのよ」
「今朝は起きて来た時からこんな感じだよ」

 ナビコナは平然とトーストを頬張る。

「起きてないよ」

 ノコヤネはつぶやく。

「だって寝てないからね」

 そう言って不気味に笑う青い顔は、まだ食事に手を付けていなかった。

「ちょっとあんた、大丈夫なの」

 さすがに心配になるハヤヒノに、

「大丈夫な訳ないだろ」

 ぐりん、と顔を向ける。

「でも仕方ないんだよ、どうしようもないんだから」
「だから何がどうしようもないのよ」

「それは……言えない」

 そしてのっそりと立ち上がった。

「学校行ってきます」

 ふらふらと亡霊のように玄関に向かうノコヤネを、ハヤヒノとナビコナは怪訝な表情で見送った。



 右手にチョコバーを握り、左手でダガーナイフを抜く。手首のスナップを効かせて回転させながら、ナイフを宙高く放り上げる。チョコバーを齧り、ナイフを見上げる。その顔をめがけて落ちて来るナイフの刃を、左手の人差し指と中指で捕まえる。そしてハンドルを握り直すと、素早くホルダーに差し、また抜き、高く放り上げる。チョコバーを齧る。その繰り返し。

 寮の屋上でナイフを放り投げ始めてどれくらい経ったろうか。スサノオは視線を感じてドアの方に目をやった。ハヤヒノの顔が半分覗いていた。

「どうした」

 不思議そうなスサノオの顔に、ハヤヒノは苛立ちを隠せなかった。

「どうしたじゃないわよ」

 ドアの陰から飛び出すと、大股でスサノオに近付いて来る。

「あんたねえ、こんな所で何してる訳」
「動体視力のトレーニングだが」

「そんな事聞いてるんじゃない。何でみんなと同じ時間に食堂に居ないのよ」
「たまたま早く起きたからだが、駄目なのか」

「駄目とか、そういうんじゃなくて……その、あんたも気にしてんじゃないかって思ったから」
「何を」

「何をって」

 ハヤヒノはしばし絶句した。

「……何をじゃないでしょうが!」
「ん」

「ああもういい、もういいです。ハイありがとうございました。何も言わなくて結構。あたし学校行くんで、ハイさようなら。勝手にしろ馬鹿」

 ハヤヒノはドアの向こうに姿を消した。きょとんとした顔のスサノオを一人残して。



 黄の将ガルギエル・ガラハトは総統バイバーンズに異界討伐部隊の指揮官を任ぜられ、リウへと赴いた。ドラーコの五将最年長にして数々の勇猛を謳われた彼ならば適任であろうと誰もが思った。しかし彼の戦の進め方は極めて慎重であった。殊に兵員の損耗を嫌った。故に天穴の向こうへと送り込むのは常に戦竜だけであり、一兵たりとも同道させる事はなかった。結果、開戦より数か月経過した現在も未だ橋頭堡を築くには至っていない。

 それに業を煮やしたバイバーンズにより、グレイン・ヴァルディが送り込まれた訳であるが、当のガルギエルはまるで意に介していない。そもそも最初から長期戦・消耗戦になる事がわかりきっている戦である。ならば戦竜を投入できるだけ投入すれば良い。戦の見た目さえ考慮しなければ、無駄に兵を危険に晒す必要はない。それがガルギエルの考えであった。よってグレインの出撃の際にも兵員の同道を禁じた。戦竜は好きに使っても良い、しかし兵を連れて行くつもりならばまず我が相手になろうと。

 とは言え、ガルギエルとて小競り合いを延々と続けるつもりはない。そろそろ戦局を大きく変える一手が必要であろうとは考えていた。

 そのとき、内線通知が来客を知らせた。

「グレイン将軍がお見えです」
「通せ」

 グレインは開かれたドアから大股で入って来ると、ガルギエルを睨みつけた。

「どういうつもりだ!」
「髪に落ち葉が付いているぞ」

 その一言にグレインは動揺した。思わず髪に手をやる。その様子を見てガルギエルはしてやったりの笑顔を見せた。

「貴殿こそ、どういうつもりかね。帰って来たのなら報告の一つくらい上げるものだ」
「そんな暇はない。甲冑の整備と充電が終わったらすぐ出撃する」

「だからすぐ出られるのは困ると兵が説明しただろう」
「何」

「こちらにも都合があるのだ。それにドラーコとしても優秀な将軍をそう簡単に失う訳には行かんしな」
「私が負けるとでも言うのか」

「事実負けて戻って来たのだろう」

 それもこれもお前が兵員を出さなかったからだろうが。グレインはそう言いたかったが、プライドがそれを許さなかった。いや、そもそもあの銃を使う男。あいつさえ居なければ負ける事などなかった、そう言いたくもあったが、それは負け惜しみであるとわかっている。

「敵の異能部隊はどうだったね」

 追い打ちをかけるかの如く、ガルギエルは続けた。グレインは奥歯を噛みしめながら何とか心を落ち着かせる。

「……ロヌの地方部隊と同レベルだ。総じて見ればさほどの脅威ではない」
「しかし一人厄介な相手が居るだろう」

 ガルギエルは己で見て来たかのように言った。

「拳銃で小竜の口の中を射抜く奴だ。驚くべき運動性能と言える」

 全てわかっている。ガルギエルの眼はそう言っていた。

「私を嬲り者にするつもりか」
「そのつもりなら兵の見ている前でやっている。赤の将姫よ。汚名返上の機会を与えぬ訳でもない。だが己の立場を理解せよ。出撃は今しばらく待て」

「……了解した」

 それだけ言うとグレインは背を向けて部屋から出て行った。ガルギエルは特に引き止めようともしなかった。
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