鬼の首 龍の首

柚緒駆

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欲の皮

 全滅した先遣隊の生き残りの話を総合するとこうだ。仮設の指揮指令所を設置し、三頭の大竜を三箇所に展開させる、その段階までは上手く行った。だがそこに黒い球体が現れた。その球体が、指揮指令所も大竜も、ことごとくブラックホールの如く飲み込んだ。核爆発も起こさず、ただ静かにに飲み込んでしまったのだ。

「どう思うね」

 ガルギエルの質問に、グレインは眉を寄せた。

「どうもこうも、想定外だとしか言い様がない。通常の攻撃ではあり得ないし、異能を使ったとしても、このレベルの事ができる能力者が異能感知器にも捉えられずにこんな所にいるとは思えない」

「その考えられない事が実際に起こった。何故だ」
「……まさか宝珠を使ったと言いたいのか」

 グレインのその問いに、ガルギエルは満足げに微笑んだ。

「他に何がある。今回の出来事が、敵が既に宝珠を手に入れているその証だ。宝珠はただの伝説でも、気の触れた占い師の戯言でもなかった。実在しているのだよ」

 なるほど、この男は宝珠の実在を疑っていたのか。グレインはようやく得心がいった。ならば臆病者と陰口を叩かれながら兵の損耗を惜しんでいた事も理解できる。だが。

「その実在が判明したとして、我らの成すべき事に変わりがある訳でもあるまい」

 そう言うグレインに対し、ガルギエルは首を傾げて見せた。

「果たしてそうかな」
「どういう意味だ」

「我ら軍属の成すべき事は、我がドラーコ連邦共和国の繁栄と栄光に資する為に戦う事である。違うかね」
「その通りだ」

「だがドラーコの繁栄と栄光とは何だ。それは即ち総統の繁栄と栄光、という訳ではあるまい」
「何が言いたい」

「貴殿は名誉と武勲を重んじる家柄の生まれだ。だがその名誉と武勲は、一体誰によって、何によってもたらされるのか。それを一度ゆっくりと考えてみる事だ」

 ガルギエルの満面に笑みが広がった。グレインはそこに何を見たのか。



 ジベというその料理は、鶏の肉を甘辛いタレで煮込んだものであった。スサノオは貪るように口に放り込み続けた。

「どうやら口に合ったようだの」

 カヌリクタムはいささか引き気味で笑っている。スサノオは口いっぱいに頬張りながらうなずいた。

「タンパク質と糖質が摂れる」
「異界にはこのジベのような料理もあるのか」

「味で言えば焼き鳥が似ている」
「焼き鳥とな。直截な名前であるな。鳥を焼くのか」

「鶏の肉を細かく切って串に刺し、甘辛いタレをつけて炭火で焼いたものだ」
「ほう、それは旨そうだ。今度聖宮でも作らせよう。鶏の肉だけで焼くのか」

「肉、内臓、皮も焼く。肉の間にネギを挟むものもある」

 キョトンとした顔でカヌリクタムは問うた。

「ネギとは何か」
「野菜の名前にございます」

 キメペが補足した。

「辛みがあってあちらの世界では薬味としてよく使われますが、火を通すと甘みが出るのです」
「そうか、良いのう、良いのう」

 カヌリクタムは羨ましそうに言った。

「焼き鳥という名前だが、豚の肉を焼いたものもある」
「ブタとは何か」

 スサノオの言葉にまたキョトンとカヌリクタムは問うた。キメペが説明する。

「猪を家畜化したものであります」
「何、猪とな」

「猪は我が国では一般的ではありませんが、山の民は食します。精が付くといわれております」

 フノクトの説明にキメペはうなずく。

「私はあちらの世界で豚肉に衣を付けて油で揚げたものを食しましたが、獣臭さもなく、大変に美味でありました」
「良いのう、それは良いのう」

 心底羨ましそうにカヌリクタムはつぶやいた。

「この世にはまだまだ朕の知らぬ美味が存在するのであるな。朕も異界に行ってみたいぞ」
「な、なりませぬぞ陛下」

 慌てるフノクトに、カヌリクタムは呆れたように笑った。

「わかっておるわ。言うてみただけであろうが」

 笑い声の弾む食卓で、スサノオはジベの皿を重ねた。



 その夜、スサノオは聖宮の中庭に出た。竜の世界にも月は出ていた。凍るような半月。チョコバーを齧りながら見上げるその背に声をかける者があった。

「丸い月も良いが、半分の月も良いものであろう」

 スサノオはゆっくりと振り返った。

「一人か」
「聖宮の中くらい一人で歩ける」

 カヌリクタムは笑っていた。

「いまフノクトはキメペからの報告を受けてあれこれ吟味中だ。まつりごとの難しい所は全てあれがやってくれている。朕は飾りのようなものだ」

 その笑顔は、スサノオの目には寂しげに映った。カヌリクタムはたずねる。

「異界が恋しいか」
「恋しい……のかもしれない」

「己でわからぬのか」
「俺はこれまで、何かを恋しいと思った事はなかった。どこかに帰りたいと思った事もなかった。だが、今は帰りたい場所がある、そんな気がする」

 その顔は当惑しているようにカヌリクタムには見えた。

「それは喜ぶべき事であろう。羨ましい限りだ。朕には帰りたい場所がない。朕は聖宮で生まれ、聖宮で死ぬる。行幸で各地を巡る事はあっても、聖宮以外に住む事は許されぬ。寂しいものよ」

 そしてスサノオの顔を覗き込んだ。

「そなた、故郷に親は居るのか」
「居ない。実験室で俺を作った人間の事は知っているが、親と呼ぶものとは違う」

「そうか。朕と同じなのであるな」

 スサノオは黙ってカヌリクタムを見つめた。

「リウの国皇は数十年前に血統が途絶えてな。それ以後は保存された遺伝子の複製によって作り出される存在なのだ。故に親もなければ子もない。遺伝子的には同一人物が延々と国皇の座に居座り続けているのだ。歪な事よ」

 スサノオは何も言わず、チョコバーを一口齧った。

「のう、スサノオよ」

 カヌリクタムは言った。

「そなたさえ良ければ、このリウで朕に仕えぬか。立身出世も思うがままであるぞ」

 その眼は期待に煌めいていた。しかし、スサノオは首を横に振った。

「興味はない」
「そうか、では仕方ないのう」

 カヌリクタムは自嘲気味にそう言うと、あっさり引き下がった。

「安心せよ。そなたは異界に戻れる。次に天穴を見つけたとき、朕が必ず戻してやる故、心配するな」
「心配はしていない」

 スサノオはまた一口、チョコバーを齧った。



 聖天寺学園はしばらく休校となった。政府はなるべく普段通りの日常生活を守ってもらいたいと国民に向けて繰り返しメッセージを発信していたが、核兵器を抱いた恐竜がいつどこに出て来るかわからない状況である。普段通りにも限界があった。

 噂では既に国外に逃げ出した人々も少なからず居るそうである。テレビは朝から恐竜の話題ばかりであり、CMは公共広告ばかりになった。富士での戦いはこちら側の勝利に終わったものの、どのように勝利したかを政府が説明する事はなく、それがまた不安を助長させたのかもしれない。

 ハヤヒノは寮の屋上で座っていた。洗濯物が青空に風で揺れている。スサノオが向こうの世界に行ってから丸一日が経った。連絡はない。そもそも、向こうの世界からこちらの世界に連絡する方法など最初からない。

 あのとき。最後にスサノオと屋上で会ったあのとき、言い訳くらいは聞いてやれば良かったのに。そう思うと胸が締め付けられた。何かが頬に触れた感触。手を当てると濡れていた。自分の視界が滲んでいる事に気が付いた。

 馬鹿みたい。ハヤヒノはつぶやいた。



【賀茂さんも上手くやったものだ】
【棚ぼたでしたな】

【あやかりたいものです】
【副大臣は怒り心頭だとか】

【そりゃ怒るでしょう】
【下剋上みたいなものですから】

【おや、噂をすれば】

 そのパーティは立食形式で、ホテルの大宴会場を借りて行われた。正面奥に拵えられた壇の上には今、賀茂防衛大臣が登っている。何かを話しているが、ノコヤネの耳には届かない。集まった者たちの頭の中をざっくりとスキャンするので精一杯なのである。

【あの子供は】
【どなたかの息子さんですかな】

【ほら、あれですよ、例の統合幕僚長直属とかいう】
【ああ、あの秘密部隊】

【超能力者とか】
【頭の中を覗かれるんじゃない】

【おお怖い怖い】

 覗いてますよ、と言いたくなる気持ちを抑える。こうなるから、人の心の中を覗くのは嫌なのだ。

 だがそれでも、こうやって言葉にまとまっているものは大したことはない。本当に触れたくないのは、金・女・権力に対する欲や執着、嫉妬など言葉にならぬ感情の根幹そのものである。それに触れると、身を汚された思いがする。相手を軽蔑し、見下し、暴力的に叩きのめしたくなる。自らの暗い感情が闇の中から引き摺り出されてしまう。

 だからそこには触れぬように注意してスキャンしているのだが、やはり全く触れないというのは難しい。ましてや政治絡みのパーティである。権力者とその周辺の人間が集まるこの場なれば、普段以上に欲の皮を突っ張らせている者の方が多い。数をこなせば、どうしても触れたくない部分の末端には触れてしまう。ノコヤネは喉の奥に苦味を感じた。

 そのとき、腕に触れた手が温もりを伝える。

「大丈夫?」

 有銘の心配げな顔に、ノコヤネは思わず笑顔を作ってしまう。

「ええ、まあなんとか」 
「少し休みなさい。パーティはまだ始まったばかりよ」

「はあ」

 できればさっさと終わらせて、とっとと帰りたいのだが、そういう訳にも行かないらしい。溜息をつくノコヤネの方に近付いて来る影があった。

「やあ、よく来たね」

 いつの間にか壇から降りていた賀茂防衛大臣であった。隣の女性は夫人のようだ。賀茂は夫人にノコヤネたちを紹介した。

「君たちには退屈だろう」
「いえ、そんな事はないです。ちょっと人の数に酔ってますけど」

 ノコヤネが卒のない返事をしているとき、隣では賀茂夫人が有銘に話しかけていた。

「いつも主人がお世話になっております」
「いえ、とんでもないです。こちらこそお世話になりっ放しで」

「今回こういう事になってしまって、私も驚いているんです。大臣なんて重い立場になって、一体どうすればいいのか。主人も迷っていると思うんです。どうかこれからも主人の事を支えてあげてください。よろしくお願いしますね」

「はい、微力ながら頑張らせていただきます」
「ありがとう……雨野さん、でしたわね」

「はい」
「あなた、どこかでお会いした事ないかしら」

「いえ、本日が初めてのはずですが」
「そう、そうよね。ごめんなさい。いやあね、私ったらもう歳かしら」

「お疲れなのではありませんか。身の回りの状況が急激に変化されていますし」
「かもしれないわね。最近よく眠れなくて。気を付けなくちゃ」

 賀茂夫人は屈託なく笑った。
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