鬼の首 龍の首

柚緒駆

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襲撃

 その異変に気が付いたのは、ナビコナ。

「あれ」

 周囲を見回す。見慣れた自分の部屋。だが何かおかしい。ナビコナは部屋を飛び出した。ツクヨミの部屋をノックする。不審げに顔を出したツクヨミに、ナビコナには珍しく焦って尋ねた。

「外、外の様子、見える?」

 ツクヨミが一瞬遠い目をする。が、その眼が驚きに見開かれる。

「見えない。近くしか見えない」

 ナビコナのテレパシーが寮内のメンバーに警鐘を鳴らした。

【ロヌが来た!】

 神童の面々は部屋から走り出て来て食堂に集まる。その足音に驚いた日美子も食堂にやって来た。

「全員揃った?」
「ロヌって本当にロヌ?」

「間違いじゃないのか」
「ノコヤネは?」

「有銘ちゃんと出てる」
「もうこんな時に!」

「ちょっと何だい、何事だい。おやつならまだだよ」

 寮母が厨房から顔を出すが、誰もそちらを見ない。

「携帯は?」
「駄目、圏外になってる」

「ノコヤネに連絡取れないの」
「テレパシーが届かない」

「ホットラインは」
「見てくる!」

 コトシロが走った。

「敵の人数とか、わかるの」
「わからない。でもここを取り囲めるくらいは居るんじゃないかな」

「テレポートはできる?」
「二、三百メートルなら。それより遠くは多分無理」

「今はこの寮をドームで覆ってるような状態だと思う。外の世界と隔絶されちゃってる」
「どうする、ハヤヒノちゃん」

 トリフネの言葉にハヤヒノは考え込んだ。前に出るか退くか、いや、そもそもその二つに区別できるような状況なのか。

「逃げよう」

 日美子は言った。

「ツクヨミちゃんやコトシロちゃん連れて、戦えるような状態じゃないよ」
「ホットライン、駄目! 使えない!」

 戻って来たコトシロが叫んだ。

「逃げる」

 ハヤヒノは決断した。

「どこから出る?」

 尋ねるナビコナに、ハヤヒノは笑顔を作って見せた。

「囲まれてるならどこから出ても同じ。玄関から正面突破する」
「寮母さん、逃げますよ」

 日美子が寮母を厨房から引っ張り出す。

「ちょっと何だい、一体何なんだい、ちょっと!」



 寮の玄関の扉が勢いよく外側に開いた。

「うおああああっ!」

 先頭に立つのはハヤヒノ。その手には弾除けのためか中華鍋。そのすぐ後ろにはフツヌシ、ミカヅチ兄弟、他の者たちは三人の陰に隠れるように続く。

 その神童たちの前に影が揺らめく。地面から湧き立つように現れる四つの人影。正面に手を伸ばす。四方の空間が透明な壁となり、押し潰さんとハヤヒノたちに迫った。しかし、壁はその動きを止める。

「ち、か、ら、く、ら、べぇ!」

 フツヌシの念動力が壁の圧力を跳ね除ける。動揺する四つの影に、水平に走る稲妻が直撃。

「電撃四連撃!」

 ミカヅチの攻撃に倒れ込んだ四つの影の横を、ハヤヒノたちは走り抜ける。向かうは聖天寺学園の通用口。しかしその直前、地面が赤く燃え立つ。その炎の中から鎌首を擡げて立ち上がる巨大な竜の姿。

「本物じゃない、幻覚!」

 看破したツクヨミの声。だが竜の吐く炎は熱波の体感を伴う。アスファルトの焼ける臭い。立ち上る煙。皆の足は止まる。けれど。

「炎なら」

 ハヤヒノは一歩前に出る。

「負けない!」

 突き出した手に念を込める。竜は苦悶の咆哮を上げた。更に念を込める。次の瞬間、竜の全身が炎に包まれたかと思うと、それは突然小さくなり、絶叫を上げる人間大の炎へと収束した。既に地面の炎は跡形もなく消え去っている。

 身を焼かれ地面を転げまわる敵を余所に、ハヤヒノたちは通用口を潜って外に出た。その前に立ちはだかる二つの影。大きい方の影は見覚えのあるリザードマンである。

「出た」

 ナビコナがつぶやく。

「あんたが親玉なの」

 ハヤヒノの言葉に、頭巾を被った小さい方の影が応えた。

「そういう事だ。たいしたものだな、我が特殊部隊の先鋒次鋒を子ども扱いか」
「どう、少しは恐れ入った」

「ああ思った以上に厄介だ。早々に潰しておくべきだった」

 頭巾姿が右手を上げると、そこかしこに隠れていた兵たちが十人ほど姿を現し、銃を構えた。ハヤヒノは中華鍋を前にかざす。

「ちょっと、卑怯よ」
「堅実と言ってもらいたい」

「じゃあボクが相手するね」

 ぴょんと飛び出したナビコナ、不意に姿を消したと思うと、銃を持った兵の前に現れた。

「そもそもこれは花月と申す者なり。或る人我が名を尋ねしに、答えて曰く」

 ナビコナはある時はテレポートで、ある時は念動力で兵を翻弄している。銃を持った兵たちは右往左往し、ハヤヒノ達まで気が回らない。

「これであんたらは二人っきりな訳だ」
「そのようだな」

「じゃあ覚悟してもらうよ、フツヌシ! ミカヅチ!」

「おうよ!」
「任せろ!」

 フツヌシは強大な念動力で頭巾姿を捕まえ、ミカヅチは何本もの電撃を撃ち込んだ。だが。それらが全て消えてしまう。ハヤヒノは念じた。

「燃えろ!」

 しかし火花ひとつ、発する事は無かった。また超能力がキャンセルされているのだ。

「くそ!」
「品のない子供だ」

 頭巾姿は従者を呼んだ。

「ジャーザカよ」

 大刀を背負った巨体は応えた。

「はっ」
「斬れ」

「御意」

 ジャーザカが刀に手をかける。ハヤヒノは中華鍋を構えた。が、一瞬の金属音。鍋は半分に断たれた。弾き飛ばされるハヤヒノ。倒れ込んだその視界を影が遮った。寮母が敵に背中を向け、両手を広げている。

「逃げな! 今のうちに!」
「どいて、危ない!」

 ジャーザカが踏み込む。

 水涼みすずは良い子だから

 お母さん。また死なせてしまうの。また私のせいで、大事な人が死んでしまうの。

 そのとき、路肩に止まっていた乗用車が宙を飛んでジャーザカに突っ込んだ。フツヌシの念動力。相手に直接超能力が使えないなら、こうやって何かをぶつければいい。超能力はキャンセルできても、物理攻撃はキャンセルできまい。

 しかし空飛ぶ自動車はスピードが出ない。ジャーザカは楽々かわすと、一瞬、後方に心配げな視線を送った。ハヤヒノはその意味を理解した。頭巾姿を指差しフツヌシに叫ぶ。

「あいつ、あいつにぶつけて」
「簡単に言うな」

 文句を言いながらもフツヌシは空飛ぶ自動車の軌道を曲げた。大きく弧を描きながら頭巾姿に向かって飛んで行く。

 トリフネは路肩に止めてあったトラックに駆け寄った。両手をつけて念を込める。消えた。そして現れたのは頭巾姿の頭上。

「殿下!」

 ジャーザカの声に重なるように、金属のひしゃげる音が響いた。乗用車もトラックも、鉄塊と化していた。頭巾姿の横で、そして頭上で。頭巾姿に傷の一つを与えるでもなく、宙に浮いたまま、じわりじわりと潰れて行く。

【今だよ、ハヤヒノ】

 それはナビコナからのテレパシー。ハヤヒノは両手を突き出す。

「燃えろ!」

 頭巾姿の全身から炎が噴き出した。そう、超能力を使っている今ならキャンセルはできない。しかし頭巾姿は燃えながら平然と、右手を水平に突き出した。そして握る。激しい胸の痛みがハヤヒノを襲った。意識が飛ぶ。念が途切れる。炎は消えた。だがまだだ。自分が倒れても、まだ仲間がいる。跪きながら、懸命に後ろを振り返る。けれどそこには、胸を押さえて倒れ込む仲間たちの姿が。

「終わりだ」

 頭巾姿が言い終わる前に、背後にナビコナがテレポート。しかしその身体は空中で固定される。

「お前は後だ」

 そして宙に浮いた二つの鉄塊を、ハヤヒノに向かって投げつけた。虫のように潰される、誰もがそう思った瞬間、鉄塊が消えた。

「何っ」

 ライワンは気付いた。この周囲を覆うドームの端に、穴が明けられている事に。

 直後、突如中天に現れた人影は、落下途中にショットガンの一撃を放った。頭巾姿は顔すら上げない。彼の念動力の防壁をもってすれば銃弾を防ぐなど児戯に等しい、はずであった。その身体が、衝撃に揺らいだ。ナビコナを捉えていた力が失われた。

 着地したスサノオに、ジャーザカの横薙ぎの刀が襲い掛かる。それを左手のダガーナイフで受けながら右に回り込み、そしてショットガンで頭巾姿に二撃、三撃――ショットシェルはバードショットの九号、小鳥やリスを撃つための威力の小さな散弾。だがそれは一撃で直径二ミリの軟鉄弾を五百発放つ。しかも五メートルに満たない至近距離。全てを認識して防ぎ切る事など、いかな魔天の如き超能力者であっても不可能――頭巾姿を更なる衝撃が襲う。

 しかし黙って撃たれるままにはならない。目には見えない念動力の爪を放ち、スサノオを捕まえる。だがその姿が消えた。テレポート、意表を突かれた頭巾姿の背後にスサノオは現れた。第四撃を放つ。

 防御が遅れた。思わずかざした手に軟鉄弾が食い込む。スサノオの前に、ジャーザカは主人の盾となるべくその身を割り込ませてきたが、刀は守りの武器ではない。スピードに勝るスサノオはその先に回り込んだ。そして五撃目。撃つと同時にスサノオは跳び退いた。五撃目は止めた。止まった。それは散弾ではなかった。止めた弾丸から、もうもうと上がった白煙が頭巾姿に絡みつく。

「しまった、風下か!」

 催涙弾。目と鼻に激痛が走る。スサノオが離れた位置から六撃目を放とうとしたとき、既に煙の中に二人の影は無かった。銃を持ったロヌ兵たちも姿を消していた。

「酷いなあ、ボクまで巻き添えになるところだったじゃん」

 口を尖らせるナビコナに、スサノオは笑顔を見せた。

「お前は逃げられると思っていた」

 そのとき、空のどこからか声がした。

――間に合ったようだの

「ああ、助かった」

 言葉を返すスサノオに、ナビコナは尋ねた。

「誰。スサノオの友達?」
「……そうだな。友達だ」

 立ち上がるハヤヒノたちを見ながら、スサノオはそう言った。
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