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42話 ずっとこうしていられたら
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カリアナ・レンバルトからの親書の内容はボイディア・カンドラスに関する情報がほとんどだったが、特に驚くべき事実は書かれていなかった。裏を返せばボイディアの影響は帝国中のそこかしこに見られ、容易に排除できる存在ではすでにないことを再確認させられる。
ただ、それより気になったのは使者であるルン・ジラルドが口にした自動小銃だ。カリアナが他国の新兵器で武装強化するという話は本当だろうか。
「コルストック伯爵が自動小銃を買い入れるのはお気に召しませんか」
ルン・ジラルドは、まるでこちらの考えを読み取ったかのように話す。まったく、どいつもこいつも気に入らない。
「貴族が武力を持つことに異を唱えるつもりはない」
私の言葉にルン・ジラルドは首をかしげる。
「ご自身が武力を放棄されているのにですか」
「当家が武力を放棄できたのは、領主であるリアマール候が武力を持っていたからこそだ。そして領地のほとんどを返上したことにもよる。もし領地をいまも持っていたなら、軍を置かぬという選択は不可能だったろう。ただ」
「ただ、武器を外国からの輸入一本に頼るのは危険な選択だ、とおっしゃりたいのですね」
「そういうことになる」
この返答に、ルン・ジラルドは興味深げな笑みを浮かべた。
「公爵様は言葉の先を読まれることに驚かれないのですね」
「似たようなことをする者に一人心当たりがあってな」
ルン・ジラルドの視線は、私の隣に座る占い師に向けられた。
「なるほど。ここでは能力をいかんなく発揮しているようで幸い」
「おまえに喜ばれる筋合いはない」
タクミ・カワヤの言葉には、いつにも増してトゲがある。こんな一面があったとは意外だ。
しかしルン・ジラルドは満面の笑顔でこう返した。
「それが案外そうでもないのです」
そして応接室にいるタクミ・カワヤ以外、すなわち私とタルドマンを見やる。
「これは皆様の理解の外にある話なので申し訳ないのですが、私には重要な任務が二つ与えられていました。コルストック伯爵からではありません。私の尊敬する偉大な方々からです」
隣の占い師は不快げに眉をひそめているが、ルン・ジラルドは気にならないようだ。
「彼の方々は私に命じました。タクミ・カワヤを回収し、ボイジャーを抹殺せよと」
回収とはどういう意味だ。そもそもボイジャーとは何者だ。
「しかしこの世界の現状を把握した彼の方々は、命令を変更したのです。つまり、タクミ・カワヤの回収は断念し、ボイジャー抹殺のために共闘せよと」
「随分都合のいい話だな」
吐き捨てるようにつぶやくタクミ・カワヤに、ルン・ジラルドは笑顔でうなずいた。
「そうですね。とは言え、あなた方はこの世界からのボイジャー排除を望んでいます。そしてそのために、より多くの力を必要としています。それが現実ではありませんか。ならば私と共闘する以外の選択肢があるでしょうか。二正面で戦うつもりなら話は別ですが」
「ちょっと待ちたまえ。話が穏やかではないが、まずボイジャーとは何者だ。ボイディア・カンドラスのことなのか」
たずねた私に、ルン・ジラルドはまた笑顔でうなずいた。
「さすが公爵様はご理解がお早い。その通り、我らの追うボイジャーこそ帝国貴族ボイディア・カンドラス男爵その人です。彼は極めて危険な人物であり、厳格な管理下に置くか、さもなくば抹殺する以外に我々の取るべき道はありません。この点についてはタクミ・カワヤも否定しないはずです」
隣に目をやれば、占い師はムスッとした顔で黙り込んでいる。なるほど、同意したくはないが否定できないといったところか。
「したがって好むと好まざるとに関わらず、私とあなた方は同じ敵と戦わねばならないのです。しかも私とあなた方に敵対する理由はもはやありません。ならば共闘するのがもっとも合理的だとは思いませんか」
「合理的ではあるんだろうさ」
半ば諦めを感じさせる、ため息交じりの言葉をタクミ・カワヤは吐き出した。
「だけど信頼はできない」
ルン・ジラルドは苦笑を返す。
「そこはご自由に。実利さえ取っていただければ、こちらに文句はありませんから」
私はテーブルをトンと叩く。
「王国内では国王陛下を巡ってドルード公を中心とした勢力が陰謀を繰り広げている。帝国内でも聖女皇帝に対し影響を与えようとする勢力があるという。その双方と、ボイディア・カンドラスは繋がっていると考えられる」
ルン・ジラルドはうなずいた。
「まさにその通り。扇の要であるボイディアの排除は、両国にとって喫緊の課題であるはず」
「ボイディアに関する情報は多いに越したことはない」
「ええ、私も彼に関して知り得る情報は、公爵様にすべてお伝えしましょう」
「敵はこちらの動きに感づいているし、身を守ることも考えねばならない」
「まったくもって、おっしゃる通りです。いまが具体的な戦の準備に取り掛かれる最後の機会でしょう」
ルン・ジラルドの言葉に反論の余地はほとんどない。客観的に見れば彼女らと共闘する以外の選択肢があるとは思えない。
「それでも信用できないか」
これは私が隣に座るタクミ・カワヤに向けた言葉。黒髪の少年は口を重そうに開いた。
「現実的・具体的な行動に彼らの協力があれば、状況が有利に運ぶのは間違いありません。ただ忘れないでください、彼らは人間の皮をかぶった本物の怪物です。迂闊に背中を任せれば、その瞬間に豹変します。手を結ぶのは非常に危険な賭けになるでしょう」
後ろから撃たれる危険性を常に感じながら、一か八かの戦いに身を投じるのか。あまりぞっとしない話である。しかしロンダリア王を護り、この国を護るための最初の一歩としてボイディア・カンドラスを排除せねばならないのなら、時間を与えるだけ敵は有利になる。もうこちら側に余裕はないのだ。決断の時はいましかない。
「一つ聞きたいのだが、自動小銃は我らも手に入れられるのか」
ルン・ジラルドは即答した。
「はい、もちろん。明日にでも納品させていただけますが」
「では納品代金と時期を含め、具体的な話を詰めるとしよう」
私はそう言って、となりのタクミ・カワヤを見やる。
「意見はあるか」
「いえ、特には」
占い師は暗い目で静かに答えた。
◇ ◇ ◇
ルン・ジラルドさんは夕食を食べずにお帰りになってしまったようです。旦那様と先生の夕食は、給仕係の話によれば静かすぎるくらいに静かで、特に先生はずっと怒っているかのようだったとのこと。何があったのかは知りませんが、先生がそんなに不機嫌になるだなんて、余程のことだったのでしょう。
夕食後、離れに戻って来た先生は無言でした。何かあったのですか、とたずねたかったものの、それは先生を傷つけてしまいそうに思えたので私は黙っていました。
と、先生の寝室の扉がノックされます。扉を開けると立っていたのはリコット。夕食が終わってから眠るまでの時間を使って、先生が毎日リコットに読み書きを教えているのです。
しかしリコットも、先生の様子がいつもと違うことにすぐ気付いたようです。
「何かあったの?」
先生は苦笑を見せ、大きなため息をつきました。
「嫌なことがあった。でも人間生きていれば、ときどき嫌なことにもぶつかる。それにイチイチ注意を奪われていたら、命がいくつあっても足りない。わかっちゃいるんだけどね。わかってるけど、どうしても消し去れない自分の中のどす黒い感情と向き合わざるを得なくなって、自分がどうすりゃいいのかわからなくなってるんだ、いま」
するとリコットは先生に歩み寄り、その右手を両手で取りました。不思議そうな顔の先生に、リコットは笑顔で言います。
「私がつらかったり苦しかったりしたとき、キーシャがいつも手を握ってくれるの。だから」
「……そう。ありがとうリコット。ステラ、君も来てくれないか」
「は、はい」
先生は左手を私に差し出しています。
「たまには甘えることにする。一人で乗り越えられる気がしないからさ」
私はその手を取り、両手で包みました。暖かい手。これまでたくさんの人のために振るわれてきた、でも思っていたより小さな手。先生が追い詰められているのなら、私が先生を護らないと。
「ずっとこうしていられたら嬉しいんだけどねえ」
そうつぶやく先生の目は遠くを見ているようでした。いえ、実際に見ているのではないでしょうか。私たちの未来のために。先生はそういう方だと私は信じています。
ただ、それより気になったのは使者であるルン・ジラルドが口にした自動小銃だ。カリアナが他国の新兵器で武装強化するという話は本当だろうか。
「コルストック伯爵が自動小銃を買い入れるのはお気に召しませんか」
ルン・ジラルドは、まるでこちらの考えを読み取ったかのように話す。まったく、どいつもこいつも気に入らない。
「貴族が武力を持つことに異を唱えるつもりはない」
私の言葉にルン・ジラルドは首をかしげる。
「ご自身が武力を放棄されているのにですか」
「当家が武力を放棄できたのは、領主であるリアマール候が武力を持っていたからこそだ。そして領地のほとんどを返上したことにもよる。もし領地をいまも持っていたなら、軍を置かぬという選択は不可能だったろう。ただ」
「ただ、武器を外国からの輸入一本に頼るのは危険な選択だ、とおっしゃりたいのですね」
「そういうことになる」
この返答に、ルン・ジラルドは興味深げな笑みを浮かべた。
「公爵様は言葉の先を読まれることに驚かれないのですね」
「似たようなことをする者に一人心当たりがあってな」
ルン・ジラルドの視線は、私の隣に座る占い師に向けられた。
「なるほど。ここでは能力をいかんなく発揮しているようで幸い」
「おまえに喜ばれる筋合いはない」
タクミ・カワヤの言葉には、いつにも増してトゲがある。こんな一面があったとは意外だ。
しかしルン・ジラルドは満面の笑顔でこう返した。
「それが案外そうでもないのです」
そして応接室にいるタクミ・カワヤ以外、すなわち私とタルドマンを見やる。
「これは皆様の理解の外にある話なので申し訳ないのですが、私には重要な任務が二つ与えられていました。コルストック伯爵からではありません。私の尊敬する偉大な方々からです」
隣の占い師は不快げに眉をひそめているが、ルン・ジラルドは気にならないようだ。
「彼の方々は私に命じました。タクミ・カワヤを回収し、ボイジャーを抹殺せよと」
回収とはどういう意味だ。そもそもボイジャーとは何者だ。
「しかしこの世界の現状を把握した彼の方々は、命令を変更したのです。つまり、タクミ・カワヤの回収は断念し、ボイジャー抹殺のために共闘せよと」
「随分都合のいい話だな」
吐き捨てるようにつぶやくタクミ・カワヤに、ルン・ジラルドは笑顔でうなずいた。
「そうですね。とは言え、あなた方はこの世界からのボイジャー排除を望んでいます。そしてそのために、より多くの力を必要としています。それが現実ではありませんか。ならば私と共闘する以外の選択肢があるでしょうか。二正面で戦うつもりなら話は別ですが」
「ちょっと待ちたまえ。話が穏やかではないが、まずボイジャーとは何者だ。ボイディア・カンドラスのことなのか」
たずねた私に、ルン・ジラルドはまた笑顔でうなずいた。
「さすが公爵様はご理解がお早い。その通り、我らの追うボイジャーこそ帝国貴族ボイディア・カンドラス男爵その人です。彼は極めて危険な人物であり、厳格な管理下に置くか、さもなくば抹殺する以外に我々の取るべき道はありません。この点についてはタクミ・カワヤも否定しないはずです」
隣に目をやれば、占い師はムスッとした顔で黙り込んでいる。なるほど、同意したくはないが否定できないといったところか。
「したがって好むと好まざるとに関わらず、私とあなた方は同じ敵と戦わねばならないのです。しかも私とあなた方に敵対する理由はもはやありません。ならば共闘するのがもっとも合理的だとは思いませんか」
「合理的ではあるんだろうさ」
半ば諦めを感じさせる、ため息交じりの言葉をタクミ・カワヤは吐き出した。
「だけど信頼はできない」
ルン・ジラルドは苦笑を返す。
「そこはご自由に。実利さえ取っていただければ、こちらに文句はありませんから」
私はテーブルをトンと叩く。
「王国内では国王陛下を巡ってドルード公を中心とした勢力が陰謀を繰り広げている。帝国内でも聖女皇帝に対し影響を与えようとする勢力があるという。その双方と、ボイディア・カンドラスは繋がっていると考えられる」
ルン・ジラルドはうなずいた。
「まさにその通り。扇の要であるボイディアの排除は、両国にとって喫緊の課題であるはず」
「ボイディアに関する情報は多いに越したことはない」
「ええ、私も彼に関して知り得る情報は、公爵様にすべてお伝えしましょう」
「敵はこちらの動きに感づいているし、身を守ることも考えねばならない」
「まったくもって、おっしゃる通りです。いまが具体的な戦の準備に取り掛かれる最後の機会でしょう」
ルン・ジラルドの言葉に反論の余地はほとんどない。客観的に見れば彼女らと共闘する以外の選択肢があるとは思えない。
「それでも信用できないか」
これは私が隣に座るタクミ・カワヤに向けた言葉。黒髪の少年は口を重そうに開いた。
「現実的・具体的な行動に彼らの協力があれば、状況が有利に運ぶのは間違いありません。ただ忘れないでください、彼らは人間の皮をかぶった本物の怪物です。迂闊に背中を任せれば、その瞬間に豹変します。手を結ぶのは非常に危険な賭けになるでしょう」
後ろから撃たれる危険性を常に感じながら、一か八かの戦いに身を投じるのか。あまりぞっとしない話である。しかしロンダリア王を護り、この国を護るための最初の一歩としてボイディア・カンドラスを排除せねばならないのなら、時間を与えるだけ敵は有利になる。もうこちら側に余裕はないのだ。決断の時はいましかない。
「一つ聞きたいのだが、自動小銃は我らも手に入れられるのか」
ルン・ジラルドは即答した。
「はい、もちろん。明日にでも納品させていただけますが」
「では納品代金と時期を含め、具体的な話を詰めるとしよう」
私はそう言って、となりのタクミ・カワヤを見やる。
「意見はあるか」
「いえ、特には」
占い師は暗い目で静かに答えた。
◇ ◇ ◇
ルン・ジラルドさんは夕食を食べずにお帰りになってしまったようです。旦那様と先生の夕食は、給仕係の話によれば静かすぎるくらいに静かで、特に先生はずっと怒っているかのようだったとのこと。何があったのかは知りませんが、先生がそんなに不機嫌になるだなんて、余程のことだったのでしょう。
夕食後、離れに戻って来た先生は無言でした。何かあったのですか、とたずねたかったものの、それは先生を傷つけてしまいそうに思えたので私は黙っていました。
と、先生の寝室の扉がノックされます。扉を開けると立っていたのはリコット。夕食が終わってから眠るまでの時間を使って、先生が毎日リコットに読み書きを教えているのです。
しかしリコットも、先生の様子がいつもと違うことにすぐ気付いたようです。
「何かあったの?」
先生は苦笑を見せ、大きなため息をつきました。
「嫌なことがあった。でも人間生きていれば、ときどき嫌なことにもぶつかる。それにイチイチ注意を奪われていたら、命がいくつあっても足りない。わかっちゃいるんだけどね。わかってるけど、どうしても消し去れない自分の中のどす黒い感情と向き合わざるを得なくなって、自分がどうすりゃいいのかわからなくなってるんだ、いま」
するとリコットは先生に歩み寄り、その右手を両手で取りました。不思議そうな顔の先生に、リコットは笑顔で言います。
「私がつらかったり苦しかったりしたとき、キーシャがいつも手を握ってくれるの。だから」
「……そう。ありがとうリコット。ステラ、君も来てくれないか」
「は、はい」
先生は左手を私に差し出しています。
「たまには甘えることにする。一人で乗り越えられる気がしないからさ」
私はその手を取り、両手で包みました。暖かい手。これまでたくさんの人のために振るわれてきた、でも思っていたより小さな手。先生が追い詰められているのなら、私が先生を護らないと。
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