案山子の帝王

柚緒駆

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59 聖母登壇

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 灼熱の太陽が光り輝く。南米における人類の砦、エリア・アマゾンは北端が赤道にかかり、中央付近をアマゾン川が流れる位置にほぼ円形に広がる、直径千五百キロの広大な、面積だけなら世界最大のエリアである。人口はおよそ一億五千万人。中心には高さ五百メートルを誇る、巨大な『賢者の像』が立ち、ここから放射状に道路が延びていた。

 賢者の像のモデルは、エリア・アマゾン創設メンバーの一人で賢人会議の初代議長、コアトリー・マルソ。マヤウェル・マルソの曾祖母に当たる。その頭部、目の位置にある一号会議室で、午後二時から賢人会議が開かれていた。会議のメンバーはエリア・アマゾンを実質支配する十一の企業の代表と、議長を務める行政庁からの代表が一人。議長は代々マルソの家系が継ぐ事になっていた。

「以上、お話しいたしました通り、エリア・トルファンは我々に対しても軍事力の提供を要求してくる可能性があります。皆様の率直なご意見をうかがいたいのですが」

 マヤウェルの言葉が終わると、しばし沈黙が覆った。そして。

「……トルファンは大きな市場だ。無視する訳にも行くまい」

 そんな声が上がった。これをきっかけに様々な意見が出される。

「まずトルファンの分担が決まってからではダメなのか」
「我々の最大の顧客はアマゾンの市民だ。彼らの反感を買うのは得策ではない」

「いや、これは行政が考えるべき問題なのではないか」
「エージャンの突出した経済力を、どう抑えるのかという話でしょう。私は賛成です」

「ミサイルを撃ち込んで終わる話なら、どうという事もない。ただ人的被害が出るのはマズいだろう」
「そもそもデルファイの魔人の脅威度が、どの程度なのかわからん」

「他のエリアを消耗させる戦略かも知れない。迂闊に乗るべきではないよ」

 侃々諤々、喧々囂々、会議は紛糾した。それぞれの思想もあれば、企業の立場もある。エリア・トルファンとの関係も様々だ。簡単に意見が一致するはずもなかった。それを議長であるマヤウェルは笑顔で静かに見つめていた。そして会議は四時間を越え、みながヘトヘトに疲れ切って、どうするんだこれ、という雰囲気になったとき、ようやくマヤウェルが口を開いた。

「それではご意見も出尽くしたようなので、決を取りたいと思います。選択肢は三つ、軍事力を提供するか、提供しないか、それとも私に一任いただくか、挙手を願います」

 結果、軍事力を提供するが二名、提供しないが三名、マヤウェルに一任するが六名となった。

「本議題に関しましては、私に一任いただくという結果になりました。本日の賢人会議はこれにて終了となります。皆様お疲れ様でした。次回につきましては、またご連絡差し上げますので、ご調整よろしくお願い致します」

 十一人の議員は、クタクタの状態で席を立つとドアから出て行く。そして十一人目が外に出てドアが閉まると、最後に一人残ったマヤウェルは、一つため息をついた。

 計算通りと言える。賢人会議などと呼ばれていても、エリアの命運を左右するような重要な選択が出来るほどの度胸も覚悟もない。所詮はただの金持ちクラブだ。誰かに責任を押しつけられるような選択肢があれば、半分くらいは喜んで飛びつく。そして自分が何かを決めた気分になるのだ。

 しばらく待って、マヤウェルは席を立った。会議室の外に出ると、もう誰も居ない。それを確認して、エレベーターとは反対側の非常階段に向かった。こんな高層階の非常階段に、もちろん人の気配はない。薄暗い静寂の中を一人足音を立てて下りて行く。そして一フロア分下りて、扉を開いた。暗い空間。そこに入り、迷わず直進する。そしていつも通りの場所に立ち止まった。その瞬間照らされるスポットライト。天井の照明が点く。ザッという音と震動。

 マヤウェルは演壇の真ん中に立っていた。演壇の下には階段状の座席がある。その場所を埋め尽くす、百五十人の軍服姿。制帽を左脇に挟んで起立している。さっき聞こえたのは、彼らが一斉に立ち上がった音である。

 最前列、マヤウェルから見て右端の男が叫ぶ。

「我らが聖母猊下に注目! かしら、中!」

 全員の顔がマヤウェルに向いた。マヤウェルは微笑む。

「皆さん、聞いているかと思いますが、エリア・トルファンが戦争をしたがっています。それに協力しろと言ってくるかも知れません。我らの血を流せと。愚かな事です」

 マヤウェルは優しげな顔で全体を見回した。マルソ家特別警備部隊『ヨナルデパズトリ』の精鋭たちである。

「マルソに連なる者たちは、誇りのために生き、誇りのために死ぬのです。我らの血は我らの物。異邦人の自由にはさせません。もしエリア・トルファンが強硬な態度に出るのであれば」

 小さく息を吸う。

崑崙くんるん財団を叩き潰し、エリア・トルファンを手に入れます」

 満面の笑顔でそう言った。

 最前列右端の男が再び叫ぶ。

「我らは聖母猊下と共に!」

 そして百五十人が全員で復唱する。

「我らは聖母猊下と共に! 我らは聖母猊下と共に! 我らは聖母猊下と共に!」

 そして万雷の拍手の中、マヤウェルは出口に向かった。


 バー『銀貨一枚』の二階で、プロミスは横になっていた。もう店は開いている。だが人前に出る気にはならない。真っ暗な部屋の二段ベッドの上の段で、ただ天井を眺めて時間が過ぎるのを待った。何のために待つのか。わからない。ただ、ついこの間まで、この部屋にはハーキイが居た。いつもハーキイの温もりがあった。でももう居ない。何もない。それを受け止めるには、きっと時間が必要なのだ。時間が経てば何かが変わる根拠などないのだけれど。

 誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。マダムだろうか。申し訳ないが店には出られない。そう言うしかない。と思っていると、ドアがノックもなしに開かれた。

「おーい、生きてるか。って、生きてはいないか。吸血鬼だもんな」

 そして部屋の明かりが勝手に点けられる。いかに落ち込んでいるプロミスとはいえ、これにはさすがにムッとした。ベッドから顔を出して部屋の入り口をにらみつける。すると。

 甲高い音と共に、視界が遮られた。気が動転したプロミスはそれを払いのけようとする。だが手が止まった。知っている。自分はこれが何なのか知っている。そこに居たのは二羽の鷲だった。

「……クラトス? ビアー?」
「確かに渡したぞ」

 入り口でそう言って出て行こうとしているのは、獣人ズマ。プロミスは慌てて呼び止めた。

「待って! 何でこの子たちが」

 ズマは振り返ると面倒臭そうにこう言った。

「兄者に言われて捕まえてきたんだよ。エージャンで飢え死にするよりマシだろってさ。もういいか、渡したかんな」

 プロミスはベッドから飛び降りて走り出す。ズマを追い越し、階段を駆け下り、店の中を突っ切って外に出た。

 夜の闇の中、背中を向けて立つ、ターバンにマントの一本足。隣に立つジンライに目もくれず、プロミスは走り寄った。息は切れない。吸血鬼だから。何と言えばいいのかわからない。吸血鬼だから。

「……私のため?」

 それが何とかひねり出した言葉。3Jは少しだけ振り返ると、静かに答えた。

「おまえ一人の事を考えている余裕はない」

 その意味が理解できないではなかったが、それでもプロミスは心に浮かんだ言葉を、素直に、正直に口にした。

「ありがとう」

 ズマがプロミスの後ろからやって来る。ちょうどそこに、フロートディスクが下りて来た。ズマとジンライ、そして3Jの三人はそれに乗り込み空へと上がって行く。見上げれば、白く輝くパンドラの姿。

 プロミスはいつまでも見上げていた。涙は流れなかった。吸血鬼だから。でもいま胸に湧き上がる、この気持ちは吸血鬼だからじゃない。それだけは確かだった。
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