案山子の帝王

柚緒駆

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65 ミスの正体

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 吼える。吼える。吼える。獣王ガルアムが工場の中を、嵐のように破壊し尽くす。原子爆弾の自動製造ラインは根こそぎ引き抜かれ、打ち砕かれた。次いで製造ラインの先にあるシャッターを引き剥がすと、中にはミサイルへの搭載を待つ、完成品の核兵器が並ぶ。

「ウランは砕くな。外側を砕け」

 3Jの忠告を思い出す。無論ウランは殴った程度で爆発はしない。しかし飛散させては後処理が大変だ。魔人の肉体は放射線くらいどうという事もないが、体に浴びたウランでデルファイの住民を被曝させてしまう事は避けたい。

「言うのは簡単だがな」

 ガルアムは苦笑しながら手を伸ばし、手のひらに意識を集めた。念動力は得意とは言えないが、丸い金属製の外殻を割る程度の事なら出来る。十二発分の原爆を少し持ち上げ、まるで卵の殻を割るように静かに割った。

 中から黒い球が次々に落ちる。厚い火薬の層がベシャリと自重で潰れ、内側から黄色い物が姿をのぞかせた。飛び散りはしていない。さて、次は鉱山か。そう思いながら振り返ったとき。

 銃声と同時に、胸の辺りに衝撃。軍服を着た五、六人の兵が小銃を撃っている。もちろん獣王の体に銃など通じない。皮膚に傷跡すら残さず弾丸が床に落ちる。ガルアムは兵たちを無視して工場の反対側へと向かおうとした。その背中に火がついた。横目で振り返ると、兵の一人が火炎放射器を手にしている。その兵は、何度も何度も炎を浴びせ続けた。

 千三百度の炎がガルアムを焼く。とは言え、これで火傷ひとつ出来る訳ではないのだが、熱は感じるし、何よりナパーム・ジェルの火はなかなか消えてくれない。いかに鷹揚なガルアムであったとて、さすがにイラッとする。

 立ち尽くしているガルアムを弱っていると見て取ったのか、銃撃の音が一気に増えた。これがまたガルアムをイラつかせる。そこに同じ軍服を着た兵が五人ほど、さらに現われてガルアムを前後から挟み撃ちにした。銃撃の音が重なる。

 イライラ、イライラ、イライライライラッ。

 ぷつん、と、ガルアムのこめかみの辺りで何かが切れる音がした。

 思念波。物理的な圧力を感じるほどの強烈な思念波が放たれる。ガルアムから半径三十メートル以内に居た人間は、脳を揺さぶられ失神した。五十メートル以内に居た者は目眩と嘔吐で立っていられず、百メートル以内に居た者も、人によって激しい動悸や息切れを感じた。

「……やれやれだ」

 ガルアムは一つため息をつくと、全身に炎をまとわせたまま、工場の反対側、ウラン鉱山の入り口に向かった。


 青龍塔の最上階で、ケレケレはニンマリと笑った。

「その二人からはイ=ルグ=ルの気配を感じない。地球土着の神の末裔か」

 対峙するラオ・タオは目をみはった。

「見えるのか。見えるというのか」

 ラオ・タオの隣には、風船人形を思わせる、丸い顔に丸い体、丸々とした手足に真ん丸の目玉を持った、髪型と服装以外に違いの見受けられない、手をつないだ男女が居た。しかし普通の人間には、この二人の姿は見えない。

「見えるともさ。我は『宇宙の口』ケルケルルガの化身、ある意味同類だ」
「ママとパパに同類など居ない」

 だがラオ・タオの目には敵意があった。

「ジョカとフッキはこの世界を導く神の中の神だ」

 それを聞いてケレケレは噴き出した。

「いや、さすがにそれはないだろう」
「黙れ」

 ラオ・タオがそう言った瞬間、ぶん、と音がした。けれど。

 ばくん。

 ケレケレが素早く口を開き、そして閉じた。モシャモシャと何かを咀嚼している。

「なるほどな。おまえたちの意図はなんとなくわかった」

 ぶん。ぶん。ぶん。小さな音が連続する。ばくばくばくっ。ケレケレは何かを口で捕まえているようだった。

「こういう攻撃は、我には通じんぞ」

 また咀嚼しながら、ケレケレは言う。

「つまりこの人間を利用して、自分たちの王朝を建てたかった訳だ。そのためにデルファイの魔人が邪魔だったと。わかりやすいな」
「……何故邪魔をする」

 女の声がした。

「貴様には関係ない話のはずだ」

 男の声がした。

「気付いているはずだ。イ=ルグ=ルがもうすぐ目覚める。人類が滅亡すれば、おまえたちも存在していられない。魔人の力なしにはイ=ルグ=ルは倒せんぞ」

 ケレケレは説得するかのようにそう言う。しかし。

「イ=ルグ=ルが目指しているのは地球文明の崩壊だ。人類の滅亡ではない」

 女が言った。

「イ=ルグ=ルには人類を根絶やしにする理由はない。ならば我々は生き残る」

 男が言った。そしてラオ・タオが言う。

「人類はデルファイを滅ぼし、イ=ルグ=ルに恭順の意を示す。そして文明の崩壊を受け入れ、自然の一部としてこの世界に生存する道を探す。その後の世界で人類をまとめ導く絶対神こそが、ここに居るジョカとフッキなのだ」

 ケレケレは困った顔をしている。

「いやいや、イ=ルグ=ルに膝を折る時点で絶対神ではなかろうが。そもそも、どうしてイ=ルグ=ルにそんな融通が利くと思うのだ。ヤツはそれほど高等な知性ではないぞ」

 ラオ・タオは床に転がる兵の死体から、血まみれの小銃を静かに奪うと、構えた。

「もはや、問答は無用」
「デルファイには、おまえたちの生きる場所もあると思うのだがなあ」

 心底残念そうなケレケレに向かってトリガーを引く。だが三発で止まった。ケレケレは口を開けて走った。風船人形の二人、ジョカとフッキは、つないだ手を前に出す。天井と床に生じる亀裂。

 ぶおん!

 天井と床を削りながら、目には見えない巨大な刃がケレケレに向かって走る。ケレケレの口が広がった。そして体を九十度傾ける。ガチン。巨大な口が、何か固い物を噛んだ音。そして。ぱりん。それは呆気なく割れた。ケレケレの口が再び広がる。

 ばくん。

 風船人形の女、ジョカの上半身が食われた。

 ばくん。

 風船人形の男、フッキの左半分が食われた。

 ばくん。

 ケレケレは、ラオ・タオの頭を咥えると、一度モグモグとしてから、ぶいっと吐き出した。

「記憶はもらって行くぞ」

 そう言い残し、廊下の奥へと向かった。ジョカとフッキの残った部分は、ボロボロと黒く崩れて行く。ヨナルデパズトリの兵がラオ・タオを取り囲んだ。


 エリア・アマゾンの賢者の像、目の位置にある一号会議室では、マヤウェル・マルソが一人、特殊任務部隊からの連絡を待っていた。時間的には核兵器工場か青龍塔、どちらかを占拠するなり、情報を手に入れるなりしていてもおかしくない。なのに何故連絡がないのか。まさか両方失敗した? いや、それならそれでラオ・タオから何か反応があっても良いのではないか。何もないというのが解せない。

 何かを見落としたか。何をだ。どこの計算を間違えた。どんな穴があった。マヤウェルは頭の中で計画案を反復した。ミスを探した。だがさすがに、ミスの正体がやって来るとは思わなかった。

 マヤウェルの視界の隅で何かが動く。会議室内ではない。窓の外。どうせ鳥でも飛んでいるのだろう。……いや、ヤケに大きくないか。気になったマヤウェルがそちらを見たと同時に、警報が鳴り響いた。窓ガラスが割れたのだ。一般的な航空機が衝突しても砕ける事のない強度と厚みを誇る特殊ガラスが。

 マヤウェルの影の中から、武装した兵が十人飛び出してくる。

「撃たないで! 銃を下ろしなさい!」

 室内に吹き荒れる強風を裂くようなマヤウェルの指示に、兵たちは銃を構えたまま窓を見つめた。

 割れた窓から音もなく入ってくるのは、フロートディスク。乗っているのは三人。獣人、銀色のサイボーグ、そして、ターバンとマントで身を覆う一本足。獣人とサイボーグは、入って来るとすぐ飛び降りた。

「そう、そういう事」

 マヤウェルはうなずいた。そして微笑む。

「まさかこんなところで会えるとは思っていなかった。初めまして、デルファイの3J。五人目の魔人、案山子の帝王。あなたが動いていたのね」
「俺の事を知っているなら、用件も見当がつくはずだ」

 3Jの言葉に、マヤウェルは首を振る。

「それは、ものぐさにもほどがあるでしょう。用件くらいは言ってくださる?」
「核の事は忘れろ」

「何故」
「使いこなせない力に値打ちはない」

「けれどイ=ルグ=ルと戦う力は必要ですよね」
「戦う事自体に価値はない」

 3Jは言い切った。

「生き残る事に意味がある」

 マヤウェルは目を閉じた。そして深呼吸をする。

「……うちの兵の死は無駄だったというの」

 感情のこもらぬ、抑揚のない声で3Jは言った。

「無駄死にを増やして何になる。撤退より壊滅を選ぶほど愚かな指揮官ではあるまい」

 マヤウェルは目を開け、にらみつける。

「人間には誇りが必要です」
「生きているならば、という前提条件がつくはずだ」

「あなたが核の力を独占しないという保証がある?」
「世界を破滅させるのに核など必要ない。それをいずれ見せてやろう」

「信用出来ません」

 そしてマヤウェルは続けた。

「でも、私を殺すのは簡単なんですよね」
「やれと言うなら、いますぐ出来る」

 ヨナルデパズトリの兵たちが銃を構える。

「はーい、銃を下ろして」

 マヤウェルは苦笑した。

「わかりました。今回は兵を引きます。でもまだ信用した訳じゃないですからね。いずれ信用に足る何かを見せてください」
「よかろう」

 そう言うと、3Jの乗ったフロートディスクは後退を始めた。獣人とサイボーグが乗り込む。そこにマヤウェルが声をかけた。

「ねえ3J」
「何だ」

「あなた、子供が欲しいとか思わない?」
「思わん」

「そう、それは残念」

 フロートディスクは窓の外に出ると上昇して行く。マヤウェルは自分の席にあるボタンを押して、窓にシャッターを下ろした。

「本当に残念」

 そうつぶやきながら。
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