案山子の帝王

柚緒駆

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89 親子

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 深夜というのに野次馬の集まる迷宮ラビリンスの前。周辺の建物は噴出した岩や土砂で損壊している。地面には大きな穴が空き、もうもうと立ちこめる熱気。リキキマは住民の代表者を呼んで説明中だ。

 人混みから離れた片隅に、巨大な背中があった。四魔人の一人、獣王ガルアムが肩を落として立っている。その向こう側には小さな背中が見える。

「ズマ」

 ガルアムは小さな背中に語りかけた。さっきからもう何度目になるだろう。

「ケガはないのか」

 獣人の回復力なら、多少のケガなど一瞬で治る。もちろんそれは理解しているのだが、背を向けて無言を貫く息子に、他に何と声をかけて良いのか思いつかなかった。

「いま元気なのか、それくらいは聞いても良いか」

 しかしズマは答えない。ガルアムは途方に暮れた。

「……エライザの事は済まなかったと思っている」
「母さんは関係ない」

 ようやく一言返って来た。ガルアムの顔に明るさが差した。

「ではギアンの事か。確かにあれはおまえに冷たく当たっているが」
「それも、あんまり関係ない」

 ズマはつぶやく。背を向けたままで。

「ウルフェンを出たのは、おいらを担ぎ上げようとするヤツらがウザかったからだ。おいらは王様になんかなりたくないし、そんなの出来るはずもない。そんな事のために裏切ったり裏切られたりするのは見たくない」

「わかった」

 ガルアムはうなずく。

「そのような者たちが二度と近寄らぬように取り計らおう。だから戻って来てはくれぬか」
「でも、だから戻らなかった訳じゃない」

 ズマは言う。

「おいらは兄者と居たい。兄者のそばで守りたい。ぶん殴ったりぶん殴られたりするばっかだけど、それが一番性に合ってるんだ」
「しかしだな」

「とりあえず、イ=ルグ=ルをぶっ倒すまでは兄者と一緒に居る。ウルフェンに帰る気はない」

 その言葉の力強さには、決意の固さが見て取れた。ガルアムは一つため息をついた。

「ならば、とっととイ=ルグ=ルを倒すしかないか」


 自己アピールにセルフプロデュース、そんな言葉がジュピトル・ジュピトリスの頭の中を駆け巡っていた。

 エリア・エージャンの火球騒ぎをはじめとする、今夜の世界四箇所の同時攻撃に対し、迎え撃ったデルファイの魔人たちへと指示を出したのが、自分であると主張しなければならないのだ。自分じゃないのに。ただ3Jの指示通りに動いただけなのに。

 とは言え、世界のアイコンとなるべく尽力すべし、というのも3Jの指示のうちである。指示を出すのは簡単だ、と言えればいいのだが、実際3J並みの指示を出せと言われたら、自分に出せる訳がない。指示通りに動く方が簡単なのは考えなくてもわかる。だから頭を絞っているのだが、なかなか簡単には行かない。

 そろそろ窓の外が白み始めている。午前中にはコメントを出さねばならないだろう。午後からは緊急の大三閥会議が予定されているし、仮眠を取る時間があるだろうか。


 エリア・エージャンの工業地帯の片隅に、小さな倉庫にしか見えない雑貨屋があった。早朝、まだ街が眠っている時間帯にシャッターが開く。髪の薄い貧相な男が外に出て来ると、一つアクビをした。そこにかすかな風が吹きつける。男は目を剥いた。いつの間にか目の前に人影が立っていたからだ。それは灰色のポンチョを着た銀色のサイボーグ。

「な……なんだ、旦那ですかい。脅かしっこなしですぜ」

 男の言葉に返事もせず、ジンライは人目を避けるように店内に入った。

「えらい久しぶりですが、何か急なご入り用で?」

 後を追うように入って来た男がたずねる。ジンライは店内を見回しながら答えた。

「超振動カッターの在庫はあるか」
「ああ、左様でしたね。ございますよ。一本でよろしいですかい」

「いや、二本だ」
「二本!」

 男は驚いたような感心したような顔を見せた。

「ありゃ滅多に壊れるようなもんじゃないでしょうに、二本ですか。そりゃあ豪気だ」
「ないのか」

「いえいえ、ございますとも。ちょっとお待ちください」

 男が店の奥のドアからバックヤードに入って行った。

 と、そのとき。

 ジンライは視線を感じた。振り返ると、店の前の道路を挟んだ向こう側の歩道に女が立っている。迷彩柄のミリタリールック、東洋風な顔立ちで背の高い金髪の女。こちらを見て笑いながら道路を横切り始めた。早朝の道路には車も人も居ない。まるでランウェイを歩くモデルのように、颯爽と肩で風を切って歩いて来る。そして、店の入り口に立ってこう言った。

「よく気付いたね。気配は消してたはずなんだけど」

 ジンライは答えない。しかし女は気分を害した風でもなく、値踏みをするようにジンライの全身を見回した。

「あんた、仕事する気はないか」
「仕事?」

 こんな朝っぱらからこんな場所で、まるでアルバイトの勧誘のような言葉に、思わずジンライは返事をしてしまった。女は笑う。整った顔立ちだが、酷薄な笑顔だ。

「こんな時間にこの店に居るって事は、あんたもカタギじゃないんだろ」

 まあ、それは確かにその通りである。ジンライは小さくため息をついた。それを肯定と捉えたのか、女は続ける。

「かなりヤバい仕事だけど、金は弾むよ。しばらく遊んで暮らせるくらいにはね」

 なるほど、それはヤバそうだ。そう思いながらもジンライが沈黙していると、女は顔を近付けて来た。

「私の名はファンロン。会いたくなったら、この店の主人に聞いてごらん。だけど時間はあんまりないよ。早い者勝ちだ」

 耳元でそう言うと女は背を向け、店から出て行った。

 それと相前後して、店の奥から台車に細長い箱を二つ乗せ、男が出て来る。

「お待たせしました。旦那、ご所望の品でやす」

 箱の蓋を開けると、中には新品の超振動カッター。スイッチを入れると、微かにキーンと音が聞こえる。二つ共に動作確認を済ませると、ジンライは男にたずねた。

「ファンロンという女を知っているか」


 太陽の光が地球の曲線を白く縁取っている。地上四百キロの高さを飛ぶパンドラの管制室で、3Jはモニターを見つめた。そこに映る赤い球形は、地球の核のシミュレーション画像。その表面に光る緑の点はイ=ルグ=ルの位置。

 地球の核は、マントルの下で回転している。自転速度より高速で。故にイ=ルグ=ルの位置は日々移動する。だが想定通りなら、いまの時点でイ=ルグ=ルはデルファイの下には居ないはずだ。それはつまり。

「イ=ルグ=ルは己の意思で核の表面を移動している」

 そうつぶやいた3Jの耳に、管理インターフェイスであるベルの声が鈴の音のように響く。

「想定の位置が間違ってたって可能性もあるけど」
「それでたまたま、あの瞬間にデルファイに出て来たという訳か」

「まさかね」
「まさかだな」

 3Jは小さくため息をついた。本当にイ=ルグ=ルが自由自在に核の表面を移動しているのであれば、そう簡単に引きずり出す訳にも行かなくなる。後手に回ったか。もっと早く、シェルターの建設など構わずに引きずり出しておくべきだったか。

 後悔しても始まらない。状況が刻々と変化するものである事は大前提だ。考えるべきは過去ではない。次をどうするのか、それに尽きる。

 イ=ルグ=ルのおおまかな位置は、ウッドマン・ジャックの元に居る、さらに聞けばわかる。これは既に確認済みだ。ただしイ=ルグ=ルも馬鹿ではない。こちらが引きずり出しやすい場所へは、そう簡単に移動しないだろう。どうする。どう仕掛ける。3Jは腕を組んで考え込んだ。


 エリア・エージャンやデルファイに朝が訪れている頃、エリア・アマゾンは深夜である。ただでさえ暗い時間帯、さらに暗い地下道を、カルロは歩いている。彼こそ先般エリア・アマゾンを強酸の雨で襲わせた張本人であり、カオスの一員なのだが、知らぬ者には単なる十歳くらいの、短い黒髪の子供にしか見えない。

 壁面をレンガで覆われた地下道は、古くて深い。いったい何年前から存在しているのだろう。カルロに恐怖心はないが、好奇心まで失った訳ではない。

 ガラスのオイルランプを片手にカルロの前を歩くのは、マヤウェル・マルソ。護衛も連れずにただ一人だが、おそらく周囲を取り巻く暗闇の中には、随伴する者たちが何人も居るはずだ。

「あなたたちには恐怖がないんだっけ」

 マヤウェルの言葉に、呆れたような声でカルロは返す。

「カオスはその名の通り混沌だ。メンバーにも統一された規格はない。心臓がないという共通点はあるが、恐怖心がある者もない者も居る」
「へえ、そうなんだ」

「しかし、拷問を加えた相手に、よく平気で背中を向けられるものだな」

 そう、カルロは捕まって以来、ずっと手酷い拷問を受け続けた。それでもイロイロ気を遣っているのだろうか、顔には傷一つない。その綺麗な顔を振り返り、マヤウェルは笑った。

「だってあなたには痛みも恐怖もないのでしょう。だったら私への怒りも憎悪もないはず」

 あっけらかんと言ってのける。カルロは複雑な顔をした。

「それはそうだが、不愉快くらいにはなるぞ」
「そうなの。覚えておきましょう」

 明日になれば忘れてしまうに違いない。そう思える軽薄な返事をして、マヤウェルは立ち止まった。行き止まりにもレンガの壁。その中央辺りに手のひらを当てる。何も変化はない。しかしマヤウェルは微笑みつぶやく。

「四代当主、マヤウェル・マルソ」

 するとレンガの間を埋める漆喰に、虹色の光が走った。重く硬い物を引きずるような音がして、レンガの壁は真ん中から割れ、左右に開いて行く。その向こうにあったのは、天井と足下から煌々と照らされた、近代的で清潔な、塵一つ見当たらない通路。

「さあ、行きましょう」

 マヤウェルがそこへ踏み込み、カルロも後に続いた。カルロの背後で再び壁が閉じ、通り過ぎた場所では順次照明が消えて行く。明るい通路を歩きながら、カルロは闇に飲み込まれて行く不快感を味わっていた。
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