もーきん ずばばばばーん!

柚緒駆

文字の大きさ
4 / 27

三つの問題

しおりを挟む
「嘘をついてるとは思っていない」

 ハチクマ先生は言った。

「ただ、少なくとも我々ならば、記憶喪失とは言っても全てを完全に忘れてしまうという事は滅多に無い。現にお前はこうして喋っている。つまり言葉は忘れていないという事だ。ならば、他にも何か覚えていてもおかしくないだろう。それを聞きたいんだ」

 困ってしまった。確かに私は言葉を忘れてはいない。だがその理由など、私の方が聞きたいくらいなのだ。

「何かと言われても」
「どんな小さな事でも良い、何か無いか。覚えている事、感じている事、何でもいい」

「あ」
「どうした、何か思い出したか」

「いや、思い出したわけじゃないのだが、ただ」
「ただ?」

「違和感はある」
「違和感? 何に」

「この世界に、時代にと言った方が良いのかな、とにかく、いや本当に覚えてはいないのだが、私が暮らしていた世界は確かもっと、文明の進んだ世界だった、気がする。この世界で目を覚ました時、タイムスリップでもしたかの様な感じを受けた。この世界の風景は懐かしい、少し昔の世界のように思える……とりあえず、そのくらいだが」

 もちろん、鳥が人として暮らしている、という事にも違和感はある。しかし、さすがに当の本人たちを前にしてそれは言いにくい。私だって空気くらいは読むのだ。

 ハチクマ先生は、ふうむと溜息をつくと、軽く頭を振った。

「こりゃ驚いた」

 圭一郎もうなずく。

「俺も驚きましたよ。タイムスリップとか言ってなかったじゃねえか、お前」
「いや、そこじゃない」

「え」
「何の確証もないのにタイムスリップしたかどうかなんて、わかるわけないだろ。単に気のせいかもしれない。いや、可能性としてはその方が高い」

「それじゃ何に驚いたんです」
「会話がきちんと会話になってる事にだ。オウム返しじゃないと言うか」

「そりゃオウムじゃないですし」

「馬鹿、そう言う事じゃない。あらかじめ用意された言葉を、訓練されたように喋っている訳じゃないって事だ。こいつは質問の内容に関わらず、その都度ちゃんと自分の頭で考えた言葉を紡ぎ出している。これは驚くべき高い知能を持っている証拠だ」

「オウムだって考えて喋ってると思いますけど」

「あいつらが頭良いことくらい知っとるわ馬鹿野郎。いいか、こいつは言葉の背景にある歴史的な事や文化的な事を把握した上で喋ってるんだよ、お前と違ってな」

「師匠は人は好いのに口が悪いですよね」
「ホント食っちまいたいわ、お前は!」

 そう言いながらも、ハチクマ先生はなんだか楽しそうに私には見えた。

「それで、こいつをどうするつもりだ」
「ええ、それなんですけどね、師匠に預かってもらえないもんかと」

 ハチクマ先生は小さなため息を一つついた。

「そんなこったろうと思ったよ。まあな、ここは人の出入りの激しい所だから、一々詮索するやつは少ないだろうし、俺も大抵は家にいるしな、安全っちゃ安全だ」
「そうそう、書生を一人抱えたと思って」

「しょせい?」

 それは聞いたことの無い単語だった。私の元々居た世界では使われていなかった言葉なのかもしれない。圭一郎はちょっと自慢げに語った。

「何だよ、書生知らねえのか。ハチクマ先生は物書きなんだよ、で、その弟子が書生だ」

 しかしハチクマ先生はため息を吐いた。

「書生は元々勉学に勤しむ者、つまり学生って意味だ。弟子ってことじゃない」
「あれ、そうでしたっけ」

「お前はホント適当に言葉使ってやがるなこの野郎」
「つまり、住み込みで用事をすればいいのか」

 私の言葉に、ハチクマ先生は優しい笑みを浮かべた。

「見ろ、こいつの理解の速さを。お前とは大違いだ」
「じゃOKってことですね」

「お前の理解力は怖ええよ、違う意味で」
「でもOKなんですよね」

 しかしハチクマ先生は翼で圭一郎の口を制して言った。

「待て待て、こいつを預かるにゃ三つほど問題がある」
「三つもあるんですか」

「ある。まずは名前だ。いつまでもこいつって呼ぶわけにも行くまいよ。本人が覚えてないなら俺らで名前を付けなきゃならん」
「太郎とか次郎とか」

「だから適当な事言うんじゃねえよ、もちょっと考えろ」
「じゃあ師匠なら何て付けるんですか」

 ふうむ。ハチクマ先生は翼を組んだ。

「そうだな……コロってのはどうだ」
「犬の名前じゃないですか」

「そうじゃねえよ馬鹿野郎、コロポックルのコロだ」

 その瞬間、私は稲妻に打たれたようなショックを受けた。

「そのコロなんとかって何です」
「コロポックルは北方の民族の言葉でな、葉の下の人って意味だ。草の葉の下に隠れる程の、小さな人の姿をした妖精だって話だ」

「スズメとかセキレイとか」
「小さきゃ良いって物じゃねえよ、妖精って言われるようになったからには、それなりの経緯や理由が……おい、どうした」

 ハチクマ先生と圭一郎が私の顔を覗き込んでいる。いったいどうしたのだろう、私の身体は震えていた。

「わからない、わからないけれど」
「けれど、何を思い出した」

 ハチクマ先生の瞳孔が大きくなった気がした。

「コロポックルという言葉は知っている気がする。とても良く知っている気がする」
「そうか、よし、よく思い出した」

 ハチクマ先生はそう言うと、大きな翼で私の頭を包んだ。いつの間にか、私の眼からは涙がこぼれていた。

「よしよし、じゃあお前の名前はしばらくコロだ」
「本当にその名前にするんですか」

 圭一郎はちょっと不服そうだった。

「当面は、だ。コロポックルって言葉をきっかけに他の事も思い出せるかも知れんだろ、だからそれまではコロがいい」
「わかりました、それじゃあ名前はコロって事で。ではもう遅いので俺は失礼して」

「あと二つ問題があるだろうが」
「あ、覚えてましたか」

 圭一郎は座り直した。

「コロの服を何とかしなきゃならん。この服じゃ目立ちすぎる」

 ハチクマ先生に言われるまでは気付かなかった。なるほど、この世界でこの服は確かに目立つかもしれない。

「そうですか?この着物目立つかなあ」
「着物ってよりはどこかの民族衣装だな、これは」

 私が昨日目覚めた時から着ているこの服は、この時代の人々の服装と比べるといかにも素朴で、簡単な作りだった。何枚も布を重ねているし、関節部などは太い糸で少々乱暴に縫われている。私が元々いた時代はこの世界より相当に文明が進んでいたような気がするのだが、服は別だったのだろうか。何だか腑に落ちない。

「とにかく目立たない服装が必要だ。急いで用意しなきゃな」
「うーん、俺の小さい時分のお古でいいですかね」

「まあ当面はそれでもいい。だが下着はそう言う訳に行かんぞ」
「いや、いくら俺でも下着のお古を使えとは言いませんよ」

「まあさすがにな」
「男同士でもそれは嫌でしょうから」

「まして女の子だしな」
「え」

「ん」
「女の子がどうかしましたか」

「いや、それが三つ目の問題なんだが」
「はあ」

「お前、まさかとは思うが」
「何です」

「コロが女の子だって事はわかってるよな」
「……ええええっ! こいつメスなんですか?」

「お前なあ」

 ハチクマ先生はあんぐりと口を開けた。



「何も話さなかったと」

 長い首を捻りながらダチョウが言った。

「君はそれを信じたのかね」

 ひれになった翼をペチペチ合わせながらコウテイペンギンが続けた。

「いやしかし目的は達したのではないか」

 大きなクチバシでうなずくと、オオワシは理解を示した。

 軍本部の一室、さして広いとも言えない部屋である。だが壁は恐ろしく厚い。今はカーテンの向こうに見えない窓のガラスも、厚い防弾ガラスである。部屋の中央にはそれぞれに内線電話の繋がった三つのソファが置かれ、陸海空の三軍の長が座っている。三名の前には直立不動のシャモが居た。シャモ鉄五陸軍中尉である。彼はダチョウの部下であったが、それ故なのか、三名の中でもダチョウは最も不満げだった。

「確かに今回の行動は牽制が目的だ。だが話さない聞いてないと言われて、はいそうですかと戻って来るというのは子供の使いではないか」

 対してコウテイペンギンはさほど不満げではない。ただ、最初からシャモのことを信用していないように見えた。

「君の言う通りだとすると、そのウコッケイはアレだな、ちょっと頭が足りないと見える。違うかね」

 一方オオワシは何が嬉しいのか、少々口が軽かった。

「しかし頭の足りない直情的な若者は、良い新兵になるぞ」

 三名の言葉が途切れたのを見計らって、シャモは口を開いた。

「自分は彼の頭が足りないとは感じませんでした。ただ彼には保身の為に何かを隠すという発想が最初から無いのだと思います」
「思いますとは何だ、カウンセラーか貴様は」

 ダチョウが長い脚をドンと床に叩きつけると、ペンギンは顔をしかめた。

「そういう騒がしいのは我々が居ないときにやってくれないか」
「そもそもろくな指示も与えずに兵を送り出したのは君の責任だろう。部下に八つ当たりとはみっともない」

 オオワシは明らかにダチョウをからかっている。しかしダチョウの方は、それに簡単に乗る程頭に来ている訳では無かったようだ。

「まあ確かに、目的は牽制と偵察だ。任務は一通りやり遂げたと認めよう。だが油断はするな。監視は続けろ」
「はっ」

「行って良し」
「失礼いたします」

 シャモ中尉が敬礼をした後、回れ右で部屋を出て行くと、三名はあまり見たくも無さそうに顔を見合わせた。

 コウテイペンギンはクチバシで軽く背中を掻くと、面倒くさそうに口を開いた。

「警察でも間に合う問題だと思うけどね」

 オオワシは首を振った。

「命令は命令だ」

 ダチョウはうなずいた。

「まあ相手方も軍と正面切ってぶつかる程、馬鹿ではなかろう。まずは出方を見てから次を判断しても遅くはあるまい」
「上がそれでいいと言うならね」

 コウテイペンギンがソファから飛び下りた。続いてオオワシが、そしてダチョウが立ち上がった。そして三名共に一瞬、先刻シャモ中尉が出て行った扉を見つめた。その扉の向こうにあるのであろう、未だ知らぬ何かを探すかのように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

処理中です...