強請り屋 静寂のイカロス

柚緒駆

文字の大きさ
22 / 37

亡霊は知っている

しおりを挟む
「三つの祟り、三つ揃って三つのところ、哀れな雛子が三つ転がる、一と一と三。これだけか」

 胡座をかいたオレは、メモ帳にボールペンで書き込んで、目の前に正座する夕月にたずねた。

「随分アナログなんだな」

 のぞき込む原樹に「放っとけ」とだけ返して、夕月を見つめる。夕月はしばらく考えてうなずいた。

「うん、内容的には、たぶんそれで全部。細かい言い回しまでは憶えてないけど」

 壁にもたれた築根が首をひねった。

「やけに三に対してこだわってるな。どういう意味があるんだ」
「まあ悲観的に考えるなら」ボールペンで頭を掻いてオレは答えた。「三人殺すって宣言だろ」

「おまえ、それはそんな簡単に口にしていい話じゃないぞ」

 後ろで胡座をかいている原樹が文句を言う。

「知るかよ。簡単だろうが難しかろうが、結果は同じだ。それより」

 オレはまたメモ帳を見つめた。

「一と一と三って何だ」

 夕月がうなずく。

「ああ、それなんですけど、たぶん『源朝忌』だと思います」

 源朝忌。何だっけな、最近聞いたぞ。オレの表情を理解したのか、夕月は続けた。

「一月十三日にお祭りがあるんです」

 ああ、ホテルのフロントで聞かされた話か。

「源頼朝の命日だっけか」
「そう、そして父様の誕生日」

 なるほど……と思いかけたが、それほどなるほどじゃねえな。

「何で死んだ人間が誕生日にこだわってんだよ」

 理由などないのかも知れない。所詮人殺しなど、頭がイカレてるに決まってる。マトモに考えるに値する理由を求める方がおかしい、とも思うのだが。

 だったら何故ボロが出ない。ちょっと出なさ過ぎじゃねえか。もっとあちこち破綻していても良さそうなものなのに、どうにも尻尾がつかめない。

 いや、もしかしたら、いまの状況が特殊なだけで、警察の人員を投入すれば、すぐに解決出来る話なのだろうか。かも知れない。だがもし、この状況を予測して計画していたとしたらどうだ。真犯人は、このクローズドサークルの発生を前提として、何かを得るために殺人を行っているとしたら。

「……一と一と三、か」
「この三は、三つ転がる、の三だよな」

 問いかける築根にうなずき、オレは胸ポケットからタバコを取り出した。コレなしで考えをまとめるのは、これ以上無理だ。一本咥えて火を点ける。

「三の意味が、これから起きる殺人事件の被害者の数だとしよう」

 煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。頭がギュンギュン回る気がする。

「だとしたら、その前の一と一も死人の数だって事になる。確かに、ここでは合計二人の死人がすでに出ている。一つは昨日の典前和馬、もう一つは下臼聡一郎のストーカー殺人だ」
「数的には合っているな」

 そう言う築根にオレは首を振った。

「合ってはいるが、これはおかしい」

 しかし原樹には意味がわからないようだ。

「何がおかしいんだ」

「典前和馬の殺された事件と、これから起こるかも知れない事件は、犯人が同じ可能性が極めて高い。だがストーカー殺人は違うだろう。犯人はストーカーなんだから。下臼の事件が起こる前、教祖の予言はあったか?」

 夕月にたずねてはみたが、答は最初からわかっていた。

「いいえ、あのときは予言なんてなかったです」

 やっぱりな。

「犯人も違うし、予言もない。なのに、何故これを一緒にした。まあ、とりあえず人が死んでりゃいいだろ、って先代教祖の幽霊様が考えた可能性もなきにしもあらずだが、そうじゃないかも知れない。たとえば」

 築根の視線がオレを射る。オレはまた一口タバコの煙を吸い込んだ。

「あのストーカー殺人に、何か裏があるとか、だ」
「どんな裏だ」

 築根が壁から離れて一歩近づく。オレは苦笑した。ホント、コイツはこんな状況で真面目だねえ。

「そこまではわからねえよ。ただな」
「ただ、何だ」

「典前大覚の亡霊は、おそらくそれを知ってる。これが何を意味するのか」

 亡霊なのに知っている、なのか、それとも亡霊だから知っている、なのか。さて。



 亡霊がすべてを知っている。父様の亡霊が。

 昨日の事件と下臼さんの事件を、朝陽姉様の予言が、つまり父様がひとまとめにしていると五味さんは言った。まさか同じ犯人なのだろうか。

 下臼さんはストーカーに殺された。それは、みんな見ている。私も見た。だからあの女の人が犯人なのは間違いない。じゃあ和馬叔父様は誰が殺したのか。同じ犯人の訳がない。だってあのストーカーは、いま警察に捕まっているのだから。でも。

 もしかして、そう、もしてかしてそうじゃなかったら。

 ストーカーが犯人じゃなかったら。違う。殺したのはストーカー。でもその陰に、誰にも見えない所に、もう一人誰かが居たのだとしたら。その誰かが、あのストーカーに下臼さんを殺させたのだとしたら。そしてまた別の人に和馬叔父様を殺させたのだとしたら。だとしたら。だとしたら。

 誰にも見えない所から人を動かして、誰も知らないすべてを知っている。それは誰。

 亡霊がすべてを知っている。父様の亡霊が。

 私は部屋の椅子の上で、胸が凍り付かんばかりの冷たさに震えた。これは父様の心の温度なのだろうか。震えが止まらない。何故ここまで憎むの? 何を恨んでいるの? 心の中で父様に呼びかけても答はない。朝陽姉様じゃないと無理なのだろうか。私は無力感に包まれた。

 けれど、これは間違ってる。たとえ父様の亡霊がした事であっても、こんなのは駄目だ。もうこれ以上殺させてはいけない。

 でも、何をどうすればいいんだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...