強請り屋 静寂のイカロス

柚緒駆

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その他付随する事々

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 双生児事件の結末は、呆気ないものだった。

 警察は廃品回収業者を回り、充電式チェーンソーを発見、押収した。鑑識の結果、矢木源太郎の物と思われる血液反応が検出されたのだが、その直後、矢木大二郎は心臓発作を起こし、留置場で死亡した。警察は被疑者死亡で書類送検するしかなく、数々の謎を残したまま、双生児事件の幕は引かれた。

 ◆ ◆ ◆

 ですからね、刑事さん。朝陽様は夕月様に日月教団を継いで欲しくはなかったんですよ。何としても教団から引き離したかった。ですから、あえて自分が教祖を継ぎ、さらに予言者になってみせた。霊能力のない自分では、教祖になれないんだと夕月様に思わせるために。計画を立てたのは若先生ですよ。朝陽様は言われるがまま動いたに過ぎない。その生け贄に和馬さんが選ばれたのは、夕月様を教祖に仕立てようとしてたからだ。

 きっかけは、夕月様を教祖にするために給孤独者会議を利用したいと、和馬さんが若先生に相談した事です。一連の殺人の計画は、そのときに思いついたんでしょう。そして事前に給孤独者会議のメンバーと接触を持ち、一人を仲間に引き入れた。それが最後に殺された道士ですよ。

 いや、ですから、他の殺人も同じです。小梅さんも碧さんも、朝陽様の予言者としての凄さを夕月様に見せるために殺されたんですよ。選ばれた理由ですか。そりゃ何か知らなくてもいい事を知っていたからでしょう。道士はハッキリしてるじゃないですか。犯人が誰か知ってたからですよ。まあ、その犯人が、車椅子から立ち上がれる事までは知らなかったんでしょうが。小梅さんと碧さんは、よくわからんのですがね。探偵さんもわからないって言ってましたよ。

 とにかくそうして、若先生は給孤独者会議を使って総本山を封鎖させる計画を立てた。殺される人の名前もリストアップした。あとは犯人役が居れば完成です。そこであの二人の刑事さんを呼び込んだ訳です。最後に給孤独者会議に殺されるところまで計画して……は? そのときの若先生の心理ですか。私は心理学者じゃないんでね。何を考えてたかまではわからんですよ。ただストーカー事件の証拠があるって言えば、誰ぞ警察官は来るでしょう。そう言う意味では、警察ほど計算が立つ要素はなかったんじゃないかって探偵さんは言ってましたよ。あの写真もフェイクじゃないかと。

 幕引きはイロイロ考えてたんじゃないですか。殺人事件が表沙汰にならなければならないで構わないし、表沙汰になっても、給孤独者会議が潰れる分には構わない。いや、日月教団が潰れるような事になったとしても、それはそれで構わなかったんでしょう。夕月様さえ守れれば、少なくとも朝陽様はそれで良かったし、朝陽様がそれでいいのなら、若先生もそれで良かったんでしょうね。

 ◆ ◆ ◆

 結局、典前朝陽は逃亡せずに逮捕された。天晴宮日月教団は、典前夕月を中心にして再起を図るようだが、信者の大量離反もあり、前途は多難である。

 殻橋邦命と道士たちも逮捕されたものの、給孤独者会議の本体は大きな影響を受けなかった。何本かある尻尾のうち、一本が切れただけと言える。

 両教団の関わった一連の事件は、世間の大きな関心を呼んだ。しかし謎らしい謎はすべて解明され、警察からのリークもあったために、双生児事件ほどの盛り上がりには欠けたと見る向きがある。

 ◆ ◆ ◆

 五味は静寂の中に一人きりだった。県警本部の何度目かの取調室に、うんざりしていた。そこにドアがノックされ、入って来たのは築根麻耶。

「もういい加減、勘弁してくんねえかな」

 五味は舌打ちをした。

「そう言うな。ただでさえ主犯が死亡している案件だ。おまけに関係者ばかり多くて証拠が少ない。もう少しだけ協力してくれ」

 築根はテーブルを挟んだ向かいの席に座ると、ポケットからタバコとライターを取り出して五味の前に置いた。五味は視線を合わせずに、ふて腐れた顔でタバコを手に取ると、一本咥え火を点ける。築根はニンマリ笑った。

「おまえが殻橋とやり合っている間、私と原樹が人質になっていたんだ。今度はおまえが協力してくれてもいいだろう」
「四人とも助かるには、他に方法がなかったろうがよ」

「ジローの事なら心配要らない」
「してねえよ、そんなの」

 五味は天井に向かって煙を吐いた。少しの沈黙の後、築根は神妙な顔になった。

「風見麻衣子が喋ったよ」
「あ? 何を」

「夕月に知られたくなかった事実」

 五味と築根の視線が合った。築根は続ける。

「典前夕月は朝陽の妹じゃなかった。十二歳のとき、朝陽が産んだ娘だ」
「……父親は天成渡、な訳はないな」

 築根は無言でうなずいた。

「なるほど、典前大覚か」

 またうなずいた。

「和馬と小梅と碧が知ってた可能性のある秘密がそれか。まあ確かに、ちょっとした地獄絵図ではあるが、一歩間違えば、風見麻衣子も殺されてたろうによ。よくやるぜ」

 築根は何かに耐えるかのように目を閉じた。

「今度参考人として夕月を呼ぶんだが、この事に触れるべきなんだろうか」
「何を勘違いしてんだ」

 再び視線が合う。

「そんなの、アンタが背負い込む事じゃねえだろうが」

 五味の言葉に、築根は抗うような視線で答えた。

「そうだろうか」
「知る必要があるんなら、いずれ本人が勝手に知るだろ」

「運命論か」
「ガキとオカルトは大嫌いなんだよ」

 五味はタバコを吸い込んだ。そして吐き出された煙と香りは、部屋中に充満して行く。まるで意思を持って空間を蹂躙するが如く。築根は少し目頭が熱くなった。きっと煙が目に染みたのだろう。

 ◆ ◆ ◆

 後日の事。

 知り合いの雑誌記者の女が「手話が出来る」と言うので事務所に呼んだ。その目の前で、天成渡の最後の手話のコピーをジローに出させると、女はこう訳した。

「えーっと、『私は、イ、カ、ロ、ス、太陽に、近づけば、落ちる、の、は、わかって、いた』何すか、これ」

 オレが聞きてえよ、まったく。くだらねえ。最後の最後まで、一文の得にもなりやがらなかった。ふざけんじゃねえぞ。

――頑張って飛んではいるけれど、背中の羽根は本物じゃない。所詮はロウの作り物。神にはなれない半端者

 いっその事、神様になれば良かったんじゃないのか。半端者を気取って仏様になっちまっちゃ意味がねえだろ。自己満足にも程がある。アンタは誰も救えなかった。何も変えられなかった。ただ無駄に人を殺しただけだ。もしかしたら、純愛のつもりだったのかも知れんがね。

 もちろんオレは純愛なんて信じちゃいない。ガキとオカルトは大嫌いだからな。
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