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54.襲撃
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「眠りの都のイバラ姫、寝惚け頭で歳をば問われ、ごまかし切れずに百十五歳」
俺のオマジナイでヘインティアの足は動くようになった。別に暗示を解くオマジナイじゃないんだが、まあ良しとしよう。リンガルの首は風の大精霊が運んできた胴体に乗せられた瞬間、元通りくっついた。しばらく声は変だったけど。
一通り終わったところで、俺は改めてロン・ブラアク殿下に挨拶をした。いまさらではあるものの、こういうのは形式が大事だからな。
「初めてお目通り叶いまして光栄の至り。ロン・ブラアク・ソジアン親王殿下、本日は我が主、バレアナ・リルデバルデの名代として参上仕りました。身分卑しき出自なれば、いささか品位に欠ける挨拶はご容赦ください」
これにロン・ブラアクは、疲れ切った顔ながら笑みを浮かべた。
「ぴーちゃん」
すかさずヘインティアが通訳する。
「このたびの働き、まこと天晴れ。望みがあらば申されよ、と殿下は申されておられます」
俺は頭を下げた。
「されば、ロン・ブラアク親王殿下にお願いしたき義がございます」
「ぴーちゃん」
「貴殿の言葉なら断る訳にも行くまい、と殿下はおっしゃっております」
ヘインティアの言葉に俺が前を向こうとすると、隣にリンガルが立った。
「バレアナ・リルデバルデ親王殿下とスリング・リルデバルデ王子殿下のご意向は、このリンガルめが承っております。どうか、どうかお役目を果たさせて頂けませんでしょうか」
それはロン・ブラアクへの請願であり、俺への頼みだ。俺はロン・ブラアクにうなずき、ロン・ブラアクはこう言った。
「ぴーちゃん」
「よかろう、では客人に失礼のないよう申し伝えてみよ、と殿下は申されております」
そう言うヘインティアに目で何かを伝え、ロン・ブラアクに向き直ったリンガルはこう話した。
「リルデバルデ家の方々のご意思は明確、ロン・ブラアク親王殿下と同盟を締結し、ウストラクト皇太子との戦に備えること、これが一つ目でございます」
「ぴーちゃん?」
「一つ目ということは、二つ目もあるのだな、と殿下は申されておられます」
ヘインティアがたずね、リンガルはうなずく。
「二つ目は、戦後の体制にございます。リルデバルデ家は戦後、王族の籍から離脱され、バレアナ・リルデバルデ大公を君主としたリルデバルデ公国を興されるとのこと。この件につき、ロン・ブラアク親王殿下のご承認をいただきたいとおっしゃられております」
「ぴっ!」
ロン・ブラアクは絶句した。顔に浮かぶのは怒りにも似た苦悩。だがその感情を、必死で抑えている。
まあ、そうだろうな、とは思う。仮に思惑通りことが運び、ウストラクト皇太子を倒せたにせよ、絶対にロン・ブラアクが王位に就けるとは限らない。他の王族が正統性を疑う姿勢を示せば、国王の判断で皇太子の立場が与えられない可能性は十分にある。そのときリルデバルデ家が味方にいるかいないかで、ロン・ブラアクの立場は大きく変わるはずだ。
また仮にロン・ブラアクが皇太子として認められ、王位に就くことが決定的となったとしても、リルデバルデ家が公国として独立してしまえば、領土を失い国力の低下を招くことは間違いない。なのにそれをロン・ブラアクが承認していたと保守派の貴族や議会にバレでもしたら、糾弾の矢面に立つことは必定。
おそらくそれ以外にも、何やかやと手練手管を使い倒しているはずだ。表沙汰にできないことも多いのだろう。リルデバルデ家の後ろ盾は先々欲しいに違いない。それを自ら手放す約束をしろと言われて、ハイそうですかと笑って済ませられるほど愚かな人物ではないようだ。
しかし。俺はここでダメ押しをした。
「自分を戦力だなどと自賛するのは、何とも口はばったいところですが、それでもそれなりに働けます。リルデバルデ家と同盟をいただければ、さらに強力な魔族が味方となりましょう。これがどれほど強力かは、こちらの風の大精霊様におたずねくだされば、ご納得行かれるかと存じます」
大精霊はロン・ブラアクの隣で、苦り切った顔をしている。
「ぴーちゃん」
ロン・ブラアクは困った表情でつぶやき、ヘインティアが訳す。
「公国独立は、もっとその、後回しにできないものか、と殿下は申されておられます」
「大変残念ながら申し上げます。我がリルデバルデ家が独立するのは、もはや決定事項、仮に殿下の承認がなくとも独立は決行致します。しかしながら、我らとて王国と対立は望んでおりません。ですから次期国王の座にもっとも近いロン・ブラアク親王殿下にご承認頂ければと考えております次第です」
率直な言い方をすれば、沈む泥船に相乗りする気など毛頭ないのだ。しかし、さすがにそれは口が過ぎる。売られた喧嘩なら買うが、無思慮に喧嘩を売る方には回りたくない。後になって水掛け論で時間と体力を使うなど、無意味で無駄だしな。とにかく相手にウンと言わせてから行動に移したい。
と、そのときだ。
風の大精霊の顔が不意に上がった。
「殿下! 大変だ」
これにヘインティアが応じる。
「どうした、リムレモ」
リムレモって言うんだ、こいつ。そんな俺の思いを余所に、風の大精霊リムレモはこう続けた。
「ボクの兄弟たちが言ってる。ウストラクト皇太子の宮殿が襲われてるって!」
強大な結界は、目には見えない防護壁として働き、侵入者を心理面から排除しようと機能する。何となくイヤだ、どことなく怖い。ただでさえ緊張感で張り詰めた侵入者に、この心理攻撃は効果を発揮する。普通なら。
しかし場数だけは誰よりも踏んでいる亡霊騎士団の連中は、そんな心の揺れに慣れている。動揺も見せずに目標に向かって夜をまっしぐら。
と、行きたいところだが、なかなか難しいようだ。
「ここ、さっき通った」
ランタンの光が並ぶ庭園の通路で、ヒノフが立ち止まった。ミノヨもうなずく。
「通るの二回目」
これに白髪のランスが応えた。
「いや、三度目だな」
「おい、気付いてたのかよ」
デムガンが文句を言うが、相手は平然としている。
「結界による堂々巡りには、たいてい回数制限がある。術者の気力次第だからな。だがここの術者、気力が萎えるまで待つ訳にはいかんようだ」
ランスの手元に白い光が剣を形作ったかと思うと、並ぶ立木の上に見える宮殿の尖塔の根元に掲げられた松明へと向かって振られた。
硬く甲高い音が天から響き、尖塔が、いや周囲の景色すべてが斜めにズレる。そして世界が砕けたような感覚。その向こうに待っていたものは、武装した数十人の兵士たち。周りをすでに取り囲まれている。
「動くな! 貴様たちは包囲されている! もう諦めよ!」
だが亡霊騎士団がこの程度で動揺するはずもない。
アルバは魔剣ギルゾノームを抜き放った。
ジュジュは召喚魔法の詠唱を始めた。
兵士たちには皆殺しの未来しか待っていない、はずだった。
「待て」
ランスが白い魔剣を収める。まさか投降する気か? アルバたちが困惑したとき。
不意に兵士たちの足下が穴ぼこだらけになり、雪崩を打つようにその中に落ちて行く。それを尻目にランスは走った。
「行くぞ」
アルバたちは慌ててその後を追う。目指すは宮殿中心部。
走り去って行く亡霊騎士団を、離れた一本の古木の枝から見つめる影が二つ。
「勘弁してくれよ、こちとら病み上がりだぞ」
そんな言葉を闇に漏らして。
俺のオマジナイでヘインティアの足は動くようになった。別に暗示を解くオマジナイじゃないんだが、まあ良しとしよう。リンガルの首は風の大精霊が運んできた胴体に乗せられた瞬間、元通りくっついた。しばらく声は変だったけど。
一通り終わったところで、俺は改めてロン・ブラアク殿下に挨拶をした。いまさらではあるものの、こういうのは形式が大事だからな。
「初めてお目通り叶いまして光栄の至り。ロン・ブラアク・ソジアン親王殿下、本日は我が主、バレアナ・リルデバルデの名代として参上仕りました。身分卑しき出自なれば、いささか品位に欠ける挨拶はご容赦ください」
これにロン・ブラアクは、疲れ切った顔ながら笑みを浮かべた。
「ぴーちゃん」
すかさずヘインティアが通訳する。
「このたびの働き、まこと天晴れ。望みがあらば申されよ、と殿下は申されておられます」
俺は頭を下げた。
「されば、ロン・ブラアク親王殿下にお願いしたき義がございます」
「ぴーちゃん」
「貴殿の言葉なら断る訳にも行くまい、と殿下はおっしゃっております」
ヘインティアの言葉に俺が前を向こうとすると、隣にリンガルが立った。
「バレアナ・リルデバルデ親王殿下とスリング・リルデバルデ王子殿下のご意向は、このリンガルめが承っております。どうか、どうかお役目を果たさせて頂けませんでしょうか」
それはロン・ブラアクへの請願であり、俺への頼みだ。俺はロン・ブラアクにうなずき、ロン・ブラアクはこう言った。
「ぴーちゃん」
「よかろう、では客人に失礼のないよう申し伝えてみよ、と殿下は申されております」
そう言うヘインティアに目で何かを伝え、ロン・ブラアクに向き直ったリンガルはこう話した。
「リルデバルデ家の方々のご意思は明確、ロン・ブラアク親王殿下と同盟を締結し、ウストラクト皇太子との戦に備えること、これが一つ目でございます」
「ぴーちゃん?」
「一つ目ということは、二つ目もあるのだな、と殿下は申されておられます」
ヘインティアがたずね、リンガルはうなずく。
「二つ目は、戦後の体制にございます。リルデバルデ家は戦後、王族の籍から離脱され、バレアナ・リルデバルデ大公を君主としたリルデバルデ公国を興されるとのこと。この件につき、ロン・ブラアク親王殿下のご承認をいただきたいとおっしゃられております」
「ぴっ!」
ロン・ブラアクは絶句した。顔に浮かぶのは怒りにも似た苦悩。だがその感情を、必死で抑えている。
まあ、そうだろうな、とは思う。仮に思惑通りことが運び、ウストラクト皇太子を倒せたにせよ、絶対にロン・ブラアクが王位に就けるとは限らない。他の王族が正統性を疑う姿勢を示せば、国王の判断で皇太子の立場が与えられない可能性は十分にある。そのときリルデバルデ家が味方にいるかいないかで、ロン・ブラアクの立場は大きく変わるはずだ。
また仮にロン・ブラアクが皇太子として認められ、王位に就くことが決定的となったとしても、リルデバルデ家が公国として独立してしまえば、領土を失い国力の低下を招くことは間違いない。なのにそれをロン・ブラアクが承認していたと保守派の貴族や議会にバレでもしたら、糾弾の矢面に立つことは必定。
おそらくそれ以外にも、何やかやと手練手管を使い倒しているはずだ。表沙汰にできないことも多いのだろう。リルデバルデ家の後ろ盾は先々欲しいに違いない。それを自ら手放す約束をしろと言われて、ハイそうですかと笑って済ませられるほど愚かな人物ではないようだ。
しかし。俺はここでダメ押しをした。
「自分を戦力だなどと自賛するのは、何とも口はばったいところですが、それでもそれなりに働けます。リルデバルデ家と同盟をいただければ、さらに強力な魔族が味方となりましょう。これがどれほど強力かは、こちらの風の大精霊様におたずねくだされば、ご納得行かれるかと存じます」
大精霊はロン・ブラアクの隣で、苦り切った顔をしている。
「ぴーちゃん」
ロン・ブラアクは困った表情でつぶやき、ヘインティアが訳す。
「公国独立は、もっとその、後回しにできないものか、と殿下は申されておられます」
「大変残念ながら申し上げます。我がリルデバルデ家が独立するのは、もはや決定事項、仮に殿下の承認がなくとも独立は決行致します。しかしながら、我らとて王国と対立は望んでおりません。ですから次期国王の座にもっとも近いロン・ブラアク親王殿下にご承認頂ければと考えております次第です」
率直な言い方をすれば、沈む泥船に相乗りする気など毛頭ないのだ。しかし、さすがにそれは口が過ぎる。売られた喧嘩なら買うが、無思慮に喧嘩を売る方には回りたくない。後になって水掛け論で時間と体力を使うなど、無意味で無駄だしな。とにかく相手にウンと言わせてから行動に移したい。
と、そのときだ。
風の大精霊の顔が不意に上がった。
「殿下! 大変だ」
これにヘインティアが応じる。
「どうした、リムレモ」
リムレモって言うんだ、こいつ。そんな俺の思いを余所に、風の大精霊リムレモはこう続けた。
「ボクの兄弟たちが言ってる。ウストラクト皇太子の宮殿が襲われてるって!」
強大な結界は、目には見えない防護壁として働き、侵入者を心理面から排除しようと機能する。何となくイヤだ、どことなく怖い。ただでさえ緊張感で張り詰めた侵入者に、この心理攻撃は効果を発揮する。普通なら。
しかし場数だけは誰よりも踏んでいる亡霊騎士団の連中は、そんな心の揺れに慣れている。動揺も見せずに目標に向かって夜をまっしぐら。
と、行きたいところだが、なかなか難しいようだ。
「ここ、さっき通った」
ランタンの光が並ぶ庭園の通路で、ヒノフが立ち止まった。ミノヨもうなずく。
「通るの二回目」
これに白髪のランスが応えた。
「いや、三度目だな」
「おい、気付いてたのかよ」
デムガンが文句を言うが、相手は平然としている。
「結界による堂々巡りには、たいてい回数制限がある。術者の気力次第だからな。だがここの術者、気力が萎えるまで待つ訳にはいかんようだ」
ランスの手元に白い光が剣を形作ったかと思うと、並ぶ立木の上に見える宮殿の尖塔の根元に掲げられた松明へと向かって振られた。
硬く甲高い音が天から響き、尖塔が、いや周囲の景色すべてが斜めにズレる。そして世界が砕けたような感覚。その向こうに待っていたものは、武装した数十人の兵士たち。周りをすでに取り囲まれている。
「動くな! 貴様たちは包囲されている! もう諦めよ!」
だが亡霊騎士団がこの程度で動揺するはずもない。
アルバは魔剣ギルゾノームを抜き放った。
ジュジュは召喚魔法の詠唱を始めた。
兵士たちには皆殺しの未来しか待っていない、はずだった。
「待て」
ランスが白い魔剣を収める。まさか投降する気か? アルバたちが困惑したとき。
不意に兵士たちの足下が穴ぼこだらけになり、雪崩を打つようにその中に落ちて行く。それを尻目にランスは走った。
「行くぞ」
アルバたちは慌ててその後を追う。目指すは宮殿中心部。
走り去って行く亡霊騎士団を、離れた一本の古木の枝から見つめる影が二つ。
「勘弁してくれよ、こちとら病み上がりだぞ」
そんな言葉を闇に漏らして。
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