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第11話「今のでオマエがどういう人間か、よく分かった」

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「君も……僕と同盟を結ぶことを望んでいるの?」
「当たり前だろ。じゃなきゃ、わざわざ屋上に呼び出さねーよ」
「でも君には『同盟』という言葉が意味を成さない」
「なんでだよ?」
蛇巻たまき珠恵たまえの言う『同盟』は、
 いじめられっ子がいじめっ子に対抗するための手段だ。
 君は……誰かにいじめられているわけじゃないだろ?」
「まあな」
鎌頸かまくび霧子きりこは即答した。
「いじめられていた時期もあったけど、今は違う」
「へぇ、元はいじめられっ子だったんだ」
「小学校に上がったばかりの頃の話さ。
 今となっては良い経験だったと言えるけどな」
なるほど、そう思える段階に到達したのか。
「それで、今はいじめる側になったと……」
「テメェ……今、なんて言った?」
鎌頸霧子は不快感をあらわにして、僕を睨みつけた。
「………」
「アタシをあんな奴らと一緒にすんじゃねえよ」
「……ゴメン」
言われてみれば不謹慎な冗談だった。
こういうことを考えなしに発言するところが、
僕がコミュ障たる所以ゆえんの一つなんだろうな。
「確かに君は、弱い者・・・をいじめるタイプじゃなさそうだね」
「含みのある言い方しやがって。
 オマエ、相当性格が歪んでないか?」
呆れ顔で言う鎌頸霧子。
「毎日いじめられていれば、歪みたくもなるさ」
「ふ~ん……」
鎌頸霧子は興味深げに僕を見た。
「だったら、アタシと同盟を組めよ」
「だから、僕と君では『同盟』にならない」
「あーもう、細かいことにいちいち突っかかりやがって。
 言葉なんてどうでもいいだろ。
 アタシは『同盟』って言葉にはこだわってねーんだよ」
「え……そうなんだ?」
それは意外だった。
少なくとも、蛇巻珠恵と柳生やぎゅうさんは、こだわっているように見えたから。
「他に適当な言葉が見つからないから、とりあえず使ってただけさ。
 なんなら、『取引』とか『交換条件』とかでもいいんだぜ」
「うん、その方がしっくりくるね。
 ……でも、君と何を交換するかが分からない」

いじめられっ子同士の対価なら、すぐに分かる。
お互いに、相手がいじめられないようにすることだ。
実際、柳生さんはそういう趣旨の提案をしてきた。

「アタシのやるべきことって言ったら、
 オマエがいじめられなくなるようにすれば、いいんだろ?」
「……まあ、そうなるのかな」
あっさり言われると、なんか釈然としない気分になる。
「じゃあ、僕は何をすればいいのかな?」
蛇巻さんも、柳生さんも、僕がすべきことは教えてくれなかった。
あの二人は僕に何を求めていたのだろうか……

「オマエのやるべきことは、アタシから逃げないことだ」
「………」
僕はしばし考え込んだ。
「……それって、そんなに難しいことなの?」
「さあな。オマエしだいじゃないか」
鎌頸霧子は意味ありげに笑みを浮かべて言った。
「………」

━━━じゃあ、無理かも。


(さて、どうやって断ろうかな……)
僕には相変わらず、この選択肢しかなかった。
しかしそれを鎌頸霧子に伝える前に、頭の中を整理する必要がある。
僕は目を閉じて、一昨日から今日までの間に起こった出来事を振り返った。


蛇巻珠恵の真意が分からない。
彼女は二人の少女を誘導し、
『同盟』という言葉を用いて、僕と結びつけようとした。

柳生さん……彼女は僕に、何を期待していたんだろう?
今となってはもう、それを知るすべはない。

そして、目の前の少女。
鎌頸霧子が僕に接触してきた本当の理由とは?

分からないことだらけだけど、一つだけ確かなことがある。
……もう、『他人』と関わるのは沢山だ。
結局、『他人』という存在は重荷にしかならない。
少なくとも、僕にとっては、他人と一緒にいる時間は負担になるだけだ。
多大な苦痛やストレス、そして、心の傷。
これらのほとんどは、人間関係によってもたらされるものだ。

(一人で過ごす時間だけが、僕を癒してくれる)

『関わらない』ということを選んだのだから、
もはや彼女たちの考えを知る必要はない。


僕は自分の意思を鎌頸霧子に伝えた。
「そうか……聞くまでもなかったよな」
彼女は特に気に留める様子もなく、あっさりとそう言ってのけた。
先の二人とは違い、僕と同盟を結ぶことに対して、
それほど期待や執着は無かったということだろうか。
それなら断る側としても、あまり心を痛めずに済むから助かる。
「ゴメン」
それでも一応、謝罪の言葉は述べておいた。
「なんだよ、それ……」
僕の謝罪の言葉に対し、鎌頸霧子は強い不快感を示した。
「え?」
「『悪いことをした』なんて、これっぽっちも思ってないくせに、
 上辺うわべだけで謝罪の言葉を口にしやがって……」
「………」
「今のでオマエがどういう人間か、よく分かった」
(━━っ!)
鎌頸霧子の、そのたった一言が、僕の心の無防備な部分に深く突き刺さる。
直接的な事は何一つ言っていないのに、
これほどまでに、僕の欠点、弱点を、的確に突いた言葉があっただろうか。

あぁ、そうか……そういうことか。
なんで僕が最低なのか、って言ったら、
いつだって僕は、『自分のことしか考えていない』からだ。
建前では『相手を傷つけないように』なんて言っているけど、
実際は相手の気持ちなんて、これっぽっちも考えていない。
『悪く思われたくない』
『嫌われたくない』
自分が他人にどう思われるか、いつもそのことで頭が一杯なんだ。
常に自分の感情が最優先で、他人の気持ちは後回し。
そこには思いやりなんて存在しない。
あるのは自己防衛本能だけ。
だから自分の心さえ護ることができれば、他人の心は平気で傷つけられる。
そう、もはやこれは、コミュニケーション能力の欠如ではなく、それ以前の問題。
やはり僕には、人間として大切なモノが欠落しているんだ。
だから僕は……独り、なんだろうな。

「あ、あのさ……」
「もういい、オマエはもう、何も喋るな」
もはや僕に対する興味は完全に無くなったのだろう。
鎌頸霧子は見下すような視線と、失望したような声で、僕の言葉を制した。
「でも……」
自分から断っておきながら、こうして無意味に食い下がろうとする。
僕は本当に自分勝手な人間だ。
「『気が変わった』とでも言うつもりか?」
「それは……」
「真剣勝負で、オマエは自分から相手に斬りかかった。
 それなのに、自分が不利になったら、
 『さっきのは気の迷いでした』で済ませるつもりか?」
「………」
「言葉のやり取りも真剣勝負と同じさ。
 だから自分の発した言葉には最後まで責任を持て。
 それができない奴は、永遠に口を閉じてろ」
「………」
言うべき言葉が見つからない。
今さら僕に何が言える?
僕が発する言葉にはもう、何の価値も無い。
全てが空虚なんだ。
そして鎌頸霧子はそのことを理解している。
この短いやり取りの中で、僕という人間の本質を見抜いたんだ。

どうすればいい?
もはやどんな言葉も、彼女に対しては伝達手段になりえない。
言葉ではダメだ。
言葉以外で伝える方法……
言葉ではなく、行動で示す?
……どうやって?

僕は本当は、その方法を知っていた。
でも、それをしなかった。

━━━『同盟』

突如として目の前に現れた、今までの人生で最大の好機。
……僕はそれに手を伸ばさなかった。
だから、何もつかめなかった。
せっかく、他人からきっかけを与えてもらったのに、
それでも僕は、自分を変えるための行動を一切起こさなかった。
3回も・・・、あったというのに……
『何もしない』という、致命的なほど愚かな選択。
こうして僕は自分を裏切り、他人をも裏切ってきたんだ。

(ごめん……)
もう言葉には出せないけど、
せめて、今だけは、本心から謝りたかった。

「なんだ……初めから、希望なんて無かったのか……」
少女は冷めた笑みを浮かべながら、あらゆることに諦観したかのような声で、
最後にそう呟いた。

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