王子に求婚されましたが、貴方の番は私ではありません ~なりすまし少女の逃亡と葛藤~

浅海 景

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第3章

王都と専属侍女

「疲れてはいないか、ヴィオラ?辛くなったらいつでも寄りかかっていいから遠慮なく言ってくれ」

目を細めて幸せそうに微笑むカイルの声も雰囲気も甘い。砂糖を吐きそうだという表現が頭をよぎり、こういうことかとひどく納得しながらヴィオラは曖昧に微笑んだ。

「カイル王太子殿下、ヴィオラが困っています。少しはご自重なさってください」

右隣に座っているセオドアからの苦言に、カイルは納得がいかないというように眉を顰めた。

「しているだろう?手も触れていないし、ただ隣に座って愛でているだけなんだから」

(っ、言い方……!!)

言葉のインパクトにかっと耳が熱くなった。そんなヴィオラを正面から見ていたレイがくつくつと愉快そうに笑う。

「まだ婚約者候補なんだ。公の場では適切な言動と距離感を心掛けなさい」
「……はい、叔父上」

未だに納得がいかないようだが、隣に座るカイルの距離感はセオドアよりも明らかに近い。決して狭くはないが、馬車内という密閉空間でかつ家族の前で絶えず好意的な言葉を口にされると、少々気まずいものがある。
今でさえこうなのに、正式に婚約者になったらどうなるのか。

婚約者候補にして正解だったかもしれない、とヴィオラは心の中で思った。

「婚約者として内定すれば辞退するのが難しくなるが、婚約者候補であればお互い瑕疵にはならない。婚約者候補であっても王太子妃教育を受けた事例はある」

解消の可能性があるのにカイルの想いを受け入れて良いのだろうか、というヴィオラの相談に、レイは別の方法を提案してくれたのだ。
番の身分は問わないものの王族の婚約者となれば重圧も多く、過去に耐えられず心身を損なってしまう番もいたらしい。さらに円満な婚約解消であったとしても外聞が悪く、ヴィオラのその後にも影響すると言われれば、カイルも了承するしかなかったようだ。

(王妃としての政務ができない場合は代行者と国王が政務を担うことができるらしいけど……)

仕事をせずにただ大事にされるだけの生活は、無力感と罪悪感に苛まれるに違いない。カイルの負担にならず共に支え合いながら生涯を歩んでいく存在になりたいのだ。

一年という期間は短いものの、王太子妃教育に掛ける費用や時間をそれ以上割くのは申し訳ないし、カイルにとっても次の縁談への支障が出てしまう。
自分以外の誰かがカイルの隣に立つと思うと胸が痛むが、これはヴィオラの我儘なのだ。
胸を張ってカイルの隣にいるためには甘えてばかりではいられない。

「カイル様のほうこそお疲れではないですか?私の肩でよければ使ってくださいね。ちゃんと支えますから。セオドアお兄様もよかったらどうぞ」

そう伝えてみれば二人は嬉しそうにしながらも、どこか困ったような表情を浮かべている。ヴィオには敵わないな、とレイだけが楽しそうに笑ったのだった。

王都のタウンハウスに着くと、カイルは名残惜しそうにしながらも笑顔で別れを告げた。前回と違って距離も近く、三日後に登城予定なのですぐに会えるからだろう。

(それなのに寂しいと思うなんて……)

自分の心の動きに驚きながらも表情に出さないように気を付けていたのに、レイから軽く頭を撫でられた。気づかれたことへの恥ずかしさと同時に嬉しさが込み上げる。

「お帰りなさいませ」

出迎える使用人の数は領地よりも少なかったが、てきぱきと動く様子に優秀さがうかがえる。王都では専任の侍女も付く予定になっており、これからは常に公爵令嬢として振る舞わなければならない。
自室では気楽に過ごしていいとは言われているものの、咄嗟の時に普段の言動が出てしまうものだ。圧倒的に経験値が足りないのだから、常に意識するぐらいがちょうどいいだろう。

(ヴィーだけは手放せないけどね)

カイルがくれたバスケットにヴィーとラヴィと名付けたうさぎのぬいぐるみが並んでいる。部屋に案内されてすぐ室内を見回したヴィオラは、サイドテーブルにバスケットを置いた。

「王太子殿下からいただいた大切なものだから、丁重に扱ってほしいの」
「かしこまりました、お嬢様」

一番大切なことを伝えると、専任侍女となったイーリスは小さく微笑んだ。幼稚だと蔑む様子がなくて安心し、着替えを頼む。

公爵家の使用人のレベルは高い。レイが王族の時から仕えている従者や優秀な執事がしっかりと教育を行っているからだ。求められる技量や知識も多いが、それに比例して給金も高く、努力した分だけ反映されるようになっているらしい。
それでも人である以上感情があり、行き過ぎた忠誠心や恋情で道を踏み外す者もいる。

ルイーズにヴィオラの情報を流したのは、勤続4年目の侍女だった。真面目な勤務態度を評価されていた彼女は、セオドアにほのかな恋心を抱いていたそうだ。
そんなセオドアが拒絶しているにもかかわらず、レイの命令でヴィオラの面倒を見ざるを得ない状態に心を痛め、ヴィオラを排除するためルイーズに協力したのだ。

侍女の処分は退職金無しでの解雇となったが、紹介状もなく解雇された使用人を雇う家はないだろう。
少なからず自分にも原因があるとレイに掛け合ったが、処分が覆ることはなかった。

『主人の意図を汲んで動くことと、家族のことで勝手な行動を起こすのは違う。セオドアの言動がそう思わせたのだとしても、彼女は侍女でヴィオは公爵令嬢だ。身分を弁えず、誰かに相談することもなく自分が正しいと思い込んだ末での行動は許されることではない』

実際に他の使用人は何も行動を起こさなかった。当主であるレイがヴィオラを娘として受け入れており、セオドアは反対の意を示しているものの疎んでいる様子がない。
だから当主の言う通り、ヴィオラを公爵令嬢として丁重に扱うことは彼らにとって当然のことだったのだ。

もしもルイーズがヴィオラに危害を加えようと考えていたのなら、侍女の処分はさらに重くなっていただろう。
自分の立場と言動の重さを実感したのはそれからだ。

ヴィオラにとっては自宅でも、使用人にとっては職場だ。客と店員の関係のように、親しくなってもプライベートでは会わない、そんな距離感で考えればいい。

「お嬢様、こちらでいかがでしょうか?」
「ええ、とても素敵ね。ありがとう」

仕事の対価として給金を得ているのだから、些細なことで感謝を伝えるのはあまり貴族らしいとは言えない。だがレイやセオドアからそれを止められることはなかったので、ヴィオラは改めることなく口にすることにした。

言わなくてもいいことはあるけれど、感謝や愛情は口にしたい。これからヴィオラは多くの人々と出会い、付き合っていく必要がある。だからこそ、身近な人とは良い関係を築いていきたい。

「お褒めに与り光栄です」

そう告げたイーリスから力が抜けたのが何となく伝わってきた。お互い初対面なのだから当たり前。だけどこれから長く傍にいるのだから尊重しあえればいいなと思った。
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