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お出掛け
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快晴とは言い難いくもり空だが、夏の兆しを見せ始めたこの時期には嬉しい。クロエから楽しんでくるようにと送り出されたアネットの足取りは自然と軽くなる。
「アネット嬢」
既に待ち合わせ場所にいたリシャールの初めての私服姿に、幼い頃に会った少年の面影が重なる。グレイのシャツと細身の黒いパンツを合わせただけのカジュアルな恰好なのに、にじみ出る高貴な雰囲気は隠せない。むしろ身に付ける物の華美さがない分、素材の良さを際立たせているようだ。
「ご機嫌よう、リシャール様」
アネット自身は少し裕福な平民の娘といった見た目なので、街歩きには最適だがリシャールとは釣り合いが取れない。悪目立ちしそうだと思うが、それでもワクワクする気持ちが損なわれることはなかった。
最初に案内されたのは老舗の服飾店だった。一人では気軽に足を踏み入れるのを躊躇ってしまうような落ち着いた大人の上質さと重厚感を併せ持つ店内だが、リシャールは慣れた様子で店員と視線を交わしている。
「リシャール様、どうぞこちらでございます」
店員の中でも職歴が長そうな年配の男性が恭しい態度で示し、アネットはリシャールにエスコートされて奥へと進んだ。
「まあ……」
丁寧に並べられた色とりどりのリボンを見て、思わず驚きの声を上げたアネットにリシャールはくすりと笑った。
「代わりにはならないかもしれないが、気に入ったものを選んでくれ。巻き込んだ詫びと大切にしてくれていた礼に贈らせてほしい」
保健室でみっともなく泣いてしまったせいで、気を遣わせてしまったようだ。申し訳ないような気持ちもあるが、それでも嬉しいと思う気持ちのほうが強い。
あらかじめ購入したものを渡されていたら躊躇いを覚えていたかもしれないが、お店まで連れてきてくれてアネットに確認をしてくれたことで素直に受け取ろうと思えたのだ。
髪を結わえるためだけなので必要な量も少なく、質は良くてもそこまで高価ではないだろうということも受け取りやすい理由だった。
(リシャール様はそこまで考えてくれたのかしら?)
ドレスや宝石であれば丁重にお断りしていただろう。自分の気持ちを尊重してくれているようで、また胸がふわりと温かくなる。目の前の品はどれも優美で繊細な色合いだったが、アネットの視線が一点でぴたりと止まった。
「それがいいのか?」
無意識に探してしまったのか、アイボリー色のリボンは失くしたものとよく似ていた。以前のものより若干黄色味が落ち着いた色合いだが、何となくいていると安心するような気がするのだ。
「はい、こちらが良いです」
アネットの返事にリシャールは嬉しそうに微笑んだ。そんな優しく柔らかな笑みは初めて見たので、アネットはなんだかドキドキしてしまった。
いつもの冷たい表情を知っているからこそのギャップで破壊力のある笑みとはこういうことなのだと実感する。
綺麗に包装されたリボンを受け取り、少し街を散策することになった。
歩いていると甘い香りが漂い、リシャールを見ると口の端が僅かに上がっていて同じ事を考えたのが分かった。
「今でもベニエはお好きですか?」
「ああ、だがあの時君にもらったベニエが一番美味かったな」
熱々の食べ物を口にしたことも、あんな風に外で飲食することも初めてだったというリシャールの言葉にアネットは微笑ましい気持ちになる。あの時声を掛けた自分を褒めてあげたい。
揚げたてのベニエを買ってくれたリシャールと、ベンチに腰掛けてかじるとトロトロのりんごジャムが入っていた。
「美味しいですね」
「一緒に食べると特別に美味く感じるから不思議なものだな」
久しぶりの味わいと中身が飛び出さないよう慎重に食べ進めていたアネットは、さらりと告げられた言葉を一瞬そのまま受け流してしまったが、引っ掛かりを覚えて頭の中で復唱する。
(……深い意味はないのよね?何だか特別だと言われたような気がしたけど……いや、これは深く考えては駄目な気がする!)
顔が熱くなるのを感じたアネットは黙々とベニエを食べることに専念したのだった。
リシャールの発言で動揺したのも僅かな間で、書店で互いのお薦めの本について語り合えばいつもと同じ雰囲気にアネットは安堵した。
「そろそろ昼食にしよう」
アネットが購入したばかりの書籍をリシャールは当然のように引き取った。貴族の嗜みを身につけたものの、ルヴィエ家でも令嬢として扱われることが少なかったためリシャールの紳士的なエスコートに気恥ずかしいような嬉しいような気分だ。
案内されたのはお洒落なカフェで、フルールが絶賛していた店だとアネットは気づいた。開店して間もないが、老舗の高級カフェほど堅苦しくなく洗練されていてデザートが絶品だという。
ロココ調の柔らかで優美に誂えられた店内は適度に照明を抑えており、落ち着いた居心地のよさそうな雰囲気だ。個室に通されたので、周囲から注目を浴びることなく食事が出来そうだと密かに胸をなでおろす。
「美味しい……」
目の前には色とりどりの小さなお菓子が真っ白なお皿に映えて、とても美しい。一番手前のお菓子を口に入れると濃厚なクリームがとろけてすっと消える。新鮮なミルクとチョコレートを使ったクリームを楽しむお菓子らしく、スポンジ部分は甘すぎず主張しすぎない味わいでこちらも口当たりが軽い。
(どうやって作るのかしら?お姉様にも是非食べていただきたいわ!)
夢中で食べていたため、途中までリシャールの存在を忘れていた。はっとして顔を上げるとリシャールは穏やかな笑みを浮かべてアネットを見つめている。慈しむような優しい眼差しはクロエがアネットに向けるそれとよく似ていた。
「気に入ってもらえたようで嬉しい。連れてきた甲斐があるな」
メニューの中からプチフールの盛り合わせを見つけて迷うアネットに、リシャールは好きなものを選ぶよう勧めてくれた。
食事のマナーとしては少々不作法ではあるものの結局アネットはオニオングラタンスープとプチフールの盛り合わせを頼んだ。リシャールはトマトクリームスープとサラダ、魚介類のマリネが付いたクロックムッシュで今は食後のコーヒーを飲んでいる。
「……つい夢中になってしまいました。リシャール様もよければいかがですか?」
まだ手を付けていないムースを示すと、リシャールが困惑したような表情を浮かべた。クロエと似た眼差しを向けられたせいか、うっかり勧めてしまったが同じ皿から分け合うのは家族や親密な間柄に限られる。
もともと貴族は大皿を取り分ける習慣がなく、食べ物を分け合うこと自体珍しいのだ。
アネットが謝罪の言葉を伝えるより、先にリシャールが口を開いた。
「ならばお言葉に甘えていただこう」
コーヒーに添えられていたティースプーンで一口分だけムースをすくう。
「うん、酸味があって美味いな。アネット嬢が夢中になったのも頷ける」
アネットに恥をかかせないような気遣いだけでなく、本心から言っている様子を見て共感してくれたことに嬉しくなる。
「今度はお姉様をお誘いしてみようと思います。素敵なお店に連れて来てくださってありがとうございます」
満面の笑みを浮かべたアネットにリシャールも笑みを返すが、どこか別の感情が混じっているような気がした。
(不快だとかそういうものではないけど、何だか嬉しくないような感じかしら?)
違和感の原因が分かったのは、食事を終えてからのことだった。
「アネット嬢」
声のトーンで大切な話なのだと分かり、反射的に背筋を伸ばす。
「今日は、本当に楽しかった。俺の我儘に付き合ってくれてありがとう」
その言葉でアネットはリシャールが何の話をしたいのか理解してしまった。
「今後は君に関わらないようにしよう。俺が君に近づかなければ嫌がらせが止まる可能性が高い。もちろん、それ以外の要因も否定できないが、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかないからな」
リシャールもクロエと同じようにアネットのことを第一に考えてくれたのだ。その気持ちは嬉しいものだが、線を引かれたようで心がきゅっと締め付けられる。自分もまた同じようなことを告げようとしていたのに、身勝手な感情に罪悪感が湧く。
「……私も楽しかったです」
自分が原因で他人が傷つくのは嫌だろう。ましてや親しくしている相手ならなおさらだ。リシャールの気持ちを慮ればアネットはその提案を受け入れるべきだった。
先ほどの笑みは間もなく楽しい時間が終わることへの諦めに似た感情が含まれていたのだろう。切ないような気持ちとクロエとの会話を思い出して、アネットは少しだけ抗うことにした。
「ですから今後も友人として仲良くしていただければ嬉しいです」
「っ、アネット嬢……」
困らせることは分かっていた。だけどクロエはアネットに何一つ諦めて欲しくないと言ってくれたのだ。
「学園は身分関係なく学ぶ場ですわ。性格の悪い方はどこにでもいますし、その原因はきっと何でもあり得るのです。お姉様や殿下と過ごす貴重な学園生活にリシャール様もいてくださったらもっと楽しくなると思います。もちろん将来のことを考えて行動することも重要ですが、だからといって今の大切な時間も失いたくはないのです」
「だからこそ、君はもっと自分の身を大事にするべきだ。リボンを奪うためだけに怪我をさせるような相手だ。あの時そばにいなかったことをどれだけ後悔したか……」
苦しそうに言葉を吐き出すリシャールを見て、アネットは犯人への怒りを再燃させる。身体が傷ついたのはアネットだが、犯人は優しいリシャールの心を傷付けたのだ。
「リシャール様、私はちゃんと反省したので今後は軽はずみな行動はしないとお約束しますわ。リシャール様が関わりたくないとおっしゃるなら仕方ありませんが、それ以外の理由であれば私はリシャール様と距離を置くつもりはありません」
くしゃりと前髪を無造作につかみ、目を閉じてしまったリシャールをアネットは静かに待つことにした。
(本当にリシャール様はお姉様に似ているわ)
しばらくして目を開けたリシャールは仕方ないと甘やかしてくれるクロエの表情とそっくりだった。
「それなら君が約束を守るかどうか近くで見ていなければいけないな」
諦めを含んだ笑みだったが、先ほどのものとは違いそこには確かに優しい感情が含まれていた。
「アネット嬢」
既に待ち合わせ場所にいたリシャールの初めての私服姿に、幼い頃に会った少年の面影が重なる。グレイのシャツと細身の黒いパンツを合わせただけのカジュアルな恰好なのに、にじみ出る高貴な雰囲気は隠せない。むしろ身に付ける物の華美さがない分、素材の良さを際立たせているようだ。
「ご機嫌よう、リシャール様」
アネット自身は少し裕福な平民の娘といった見た目なので、街歩きには最適だがリシャールとは釣り合いが取れない。悪目立ちしそうだと思うが、それでもワクワクする気持ちが損なわれることはなかった。
最初に案内されたのは老舗の服飾店だった。一人では気軽に足を踏み入れるのを躊躇ってしまうような落ち着いた大人の上質さと重厚感を併せ持つ店内だが、リシャールは慣れた様子で店員と視線を交わしている。
「リシャール様、どうぞこちらでございます」
店員の中でも職歴が長そうな年配の男性が恭しい態度で示し、アネットはリシャールにエスコートされて奥へと進んだ。
「まあ……」
丁寧に並べられた色とりどりのリボンを見て、思わず驚きの声を上げたアネットにリシャールはくすりと笑った。
「代わりにはならないかもしれないが、気に入ったものを選んでくれ。巻き込んだ詫びと大切にしてくれていた礼に贈らせてほしい」
保健室でみっともなく泣いてしまったせいで、気を遣わせてしまったようだ。申し訳ないような気持ちもあるが、それでも嬉しいと思う気持ちのほうが強い。
あらかじめ購入したものを渡されていたら躊躇いを覚えていたかもしれないが、お店まで連れてきてくれてアネットに確認をしてくれたことで素直に受け取ろうと思えたのだ。
髪を結わえるためだけなので必要な量も少なく、質は良くてもそこまで高価ではないだろうということも受け取りやすい理由だった。
(リシャール様はそこまで考えてくれたのかしら?)
ドレスや宝石であれば丁重にお断りしていただろう。自分の気持ちを尊重してくれているようで、また胸がふわりと温かくなる。目の前の品はどれも優美で繊細な色合いだったが、アネットの視線が一点でぴたりと止まった。
「それがいいのか?」
無意識に探してしまったのか、アイボリー色のリボンは失くしたものとよく似ていた。以前のものより若干黄色味が落ち着いた色合いだが、何となくいていると安心するような気がするのだ。
「はい、こちらが良いです」
アネットの返事にリシャールは嬉しそうに微笑んだ。そんな優しく柔らかな笑みは初めて見たので、アネットはなんだかドキドキしてしまった。
いつもの冷たい表情を知っているからこそのギャップで破壊力のある笑みとはこういうことなのだと実感する。
綺麗に包装されたリボンを受け取り、少し街を散策することになった。
歩いていると甘い香りが漂い、リシャールを見ると口の端が僅かに上がっていて同じ事を考えたのが分かった。
「今でもベニエはお好きですか?」
「ああ、だがあの時君にもらったベニエが一番美味かったな」
熱々の食べ物を口にしたことも、あんな風に外で飲食することも初めてだったというリシャールの言葉にアネットは微笑ましい気持ちになる。あの時声を掛けた自分を褒めてあげたい。
揚げたてのベニエを買ってくれたリシャールと、ベンチに腰掛けてかじるとトロトロのりんごジャムが入っていた。
「美味しいですね」
「一緒に食べると特別に美味く感じるから不思議なものだな」
久しぶりの味わいと中身が飛び出さないよう慎重に食べ進めていたアネットは、さらりと告げられた言葉を一瞬そのまま受け流してしまったが、引っ掛かりを覚えて頭の中で復唱する。
(……深い意味はないのよね?何だか特別だと言われたような気がしたけど……いや、これは深く考えては駄目な気がする!)
顔が熱くなるのを感じたアネットは黙々とベニエを食べることに専念したのだった。
リシャールの発言で動揺したのも僅かな間で、書店で互いのお薦めの本について語り合えばいつもと同じ雰囲気にアネットは安堵した。
「そろそろ昼食にしよう」
アネットが購入したばかりの書籍をリシャールは当然のように引き取った。貴族の嗜みを身につけたものの、ルヴィエ家でも令嬢として扱われることが少なかったためリシャールの紳士的なエスコートに気恥ずかしいような嬉しいような気分だ。
案内されたのはお洒落なカフェで、フルールが絶賛していた店だとアネットは気づいた。開店して間もないが、老舗の高級カフェほど堅苦しくなく洗練されていてデザートが絶品だという。
ロココ調の柔らかで優美に誂えられた店内は適度に照明を抑えており、落ち着いた居心地のよさそうな雰囲気だ。個室に通されたので、周囲から注目を浴びることなく食事が出来そうだと密かに胸をなでおろす。
「美味しい……」
目の前には色とりどりの小さなお菓子が真っ白なお皿に映えて、とても美しい。一番手前のお菓子を口に入れると濃厚なクリームがとろけてすっと消える。新鮮なミルクとチョコレートを使ったクリームを楽しむお菓子らしく、スポンジ部分は甘すぎず主張しすぎない味わいでこちらも口当たりが軽い。
(どうやって作るのかしら?お姉様にも是非食べていただきたいわ!)
夢中で食べていたため、途中までリシャールの存在を忘れていた。はっとして顔を上げるとリシャールは穏やかな笑みを浮かべてアネットを見つめている。慈しむような優しい眼差しはクロエがアネットに向けるそれとよく似ていた。
「気に入ってもらえたようで嬉しい。連れてきた甲斐があるな」
メニューの中からプチフールの盛り合わせを見つけて迷うアネットに、リシャールは好きなものを選ぶよう勧めてくれた。
食事のマナーとしては少々不作法ではあるものの結局アネットはオニオングラタンスープとプチフールの盛り合わせを頼んだ。リシャールはトマトクリームスープとサラダ、魚介類のマリネが付いたクロックムッシュで今は食後のコーヒーを飲んでいる。
「……つい夢中になってしまいました。リシャール様もよければいかがですか?」
まだ手を付けていないムースを示すと、リシャールが困惑したような表情を浮かべた。クロエと似た眼差しを向けられたせいか、うっかり勧めてしまったが同じ皿から分け合うのは家族や親密な間柄に限られる。
もともと貴族は大皿を取り分ける習慣がなく、食べ物を分け合うこと自体珍しいのだ。
アネットが謝罪の言葉を伝えるより、先にリシャールが口を開いた。
「ならばお言葉に甘えていただこう」
コーヒーに添えられていたティースプーンで一口分だけムースをすくう。
「うん、酸味があって美味いな。アネット嬢が夢中になったのも頷ける」
アネットに恥をかかせないような気遣いだけでなく、本心から言っている様子を見て共感してくれたことに嬉しくなる。
「今度はお姉様をお誘いしてみようと思います。素敵なお店に連れて来てくださってありがとうございます」
満面の笑みを浮かべたアネットにリシャールも笑みを返すが、どこか別の感情が混じっているような気がした。
(不快だとかそういうものではないけど、何だか嬉しくないような感じかしら?)
違和感の原因が分かったのは、食事を終えてからのことだった。
「アネット嬢」
声のトーンで大切な話なのだと分かり、反射的に背筋を伸ばす。
「今日は、本当に楽しかった。俺の我儘に付き合ってくれてありがとう」
その言葉でアネットはリシャールが何の話をしたいのか理解してしまった。
「今後は君に関わらないようにしよう。俺が君に近づかなければ嫌がらせが止まる可能性が高い。もちろん、それ以外の要因も否定できないが、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかないからな」
リシャールもクロエと同じようにアネットのことを第一に考えてくれたのだ。その気持ちは嬉しいものだが、線を引かれたようで心がきゅっと締め付けられる。自分もまた同じようなことを告げようとしていたのに、身勝手な感情に罪悪感が湧く。
「……私も楽しかったです」
自分が原因で他人が傷つくのは嫌だろう。ましてや親しくしている相手ならなおさらだ。リシャールの気持ちを慮ればアネットはその提案を受け入れるべきだった。
先ほどの笑みは間もなく楽しい時間が終わることへの諦めに似た感情が含まれていたのだろう。切ないような気持ちとクロエとの会話を思い出して、アネットは少しだけ抗うことにした。
「ですから今後も友人として仲良くしていただければ嬉しいです」
「っ、アネット嬢……」
困らせることは分かっていた。だけどクロエはアネットに何一つ諦めて欲しくないと言ってくれたのだ。
「学園は身分関係なく学ぶ場ですわ。性格の悪い方はどこにでもいますし、その原因はきっと何でもあり得るのです。お姉様や殿下と過ごす貴重な学園生活にリシャール様もいてくださったらもっと楽しくなると思います。もちろん将来のことを考えて行動することも重要ですが、だからといって今の大切な時間も失いたくはないのです」
「だからこそ、君はもっと自分の身を大事にするべきだ。リボンを奪うためだけに怪我をさせるような相手だ。あの時そばにいなかったことをどれだけ後悔したか……」
苦しそうに言葉を吐き出すリシャールを見て、アネットは犯人への怒りを再燃させる。身体が傷ついたのはアネットだが、犯人は優しいリシャールの心を傷付けたのだ。
「リシャール様、私はちゃんと反省したので今後は軽はずみな行動はしないとお約束しますわ。リシャール様が関わりたくないとおっしゃるなら仕方ありませんが、それ以外の理由であれば私はリシャール様と距離を置くつもりはありません」
くしゃりと前髪を無造作につかみ、目を閉じてしまったリシャールをアネットは静かに待つことにした。
(本当にリシャール様はお姉様に似ているわ)
しばらくして目を開けたリシャールは仕方ないと甘やかしてくれるクロエの表情とそっくりだった。
「それなら君が約束を守るかどうか近くで見ていなければいけないな」
諦めを含んだ笑みだったが、先ほどのものとは違いそこには確かに優しい感情が含まれていた。
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