竜帝は番に愛を乞う

浅海 景

文字の大きさ
13 / 59

不穏な忠告

しおりを挟む
ルーが実家に戻って3日が経った。

マヤと一緒に家事をこなしているため、ルーの生活にはゆとりが出来るようになった。
深夜遅くまで家事と課題に追われることもなく、きちんと睡眠が取れるようになると目覚めも爽快で何だか視野まで広がった気がする。

あれからルーはほとんど家族と話せていない。お父様に今後のことを訊ねようとしたところ、話すことはないと一蹴されてしまった。

「お前はただ私の命令に従っていればいいんだ。余計なことをするな」

男爵家とはいえ貴族令嬢なので親の意向で将来が決まるのは普通のことだ。
それなのにショックを受けてしまったのは、心のどこかで期待していたからだろう。

番になるつもりなんてないと言いながらも、番に選ばれたことでメリナのように褒めてもらえるのではないかと僅かな希望を抱いていた。――そんなことがあるはずがないのに。

それ以上何も言えずに頭を下げて部屋に戻るルーを気遣うように背中に触れてくれたマヤの手はとても温かく感じられた。

お母様もあれから風当たりが強く、家事全般に対して叱責されることが増えたが、マヤがいつもそれとなく間に入り庇ってくれる。自分が叱られるよりも耐え難く感じるため、制止しようとしたものの、マヤ曰くただの雑音として聞き流しているので問題ないと平然と言われてしまった。
マヤには助けられてばかりだ。

(メリナもあれから口を利いてくれなくなったわ……)

時折睨むような眼差しを向けられるものの、呼び掛けても無視されるためメリナが何を考えているか分からない状態だ。

こつんとガラスを叩く音に窓を開けると、フィンがふわりとルーの手の平に降り立った。
背中に掛けられたバッグをマヤが受け取り、朝食の準備が始まる。毎朝こうしてフィンが焼き立てのパンを届けてくれるので、家族の朝食を準備する前に二人で朝食を済ませるようにしていた。

「お嬢様、準備が出来ました。それと本日もご主人様からお手紙が届いております」

手紙が気になるところだが、まずは食事が先だ。

まだ温もりが残るパンは小麦の甘みが際立っていて、何もつけずに食べても美味しい。一緒に届けられたジャムも果物の形が残っていて優しい甘さでいくらでも食べてしまいそううだ。
結果的に一つはそのまま、もう一つはジャムを付けて食べるようになり、朝から幸せな気持ちになれる。

満たされた気分のまま、美しく繊細な模様が入った封筒を丁寧に開く。いつも封を切ってしまうのが勿体ないと思ってしまうものの、中に入っている便箋も毎回違っていてふわりと漂う花やハーブの香りに、いつもうっとりしてしまう。

流麗な筆跡で綴られるのは定型的な時候の挨拶ではなく、不自由がないかとルーを案じる言葉だ。
ルーの好きな物や欲しい物、昨日はどんな1日だったのかなど沢山の質問が並ぶ。その一方で、アレクシスが旅先で見かけた美しい風景や独特な文化、その土地ならではの食事など様々なことを教えてくれる。
大抵の竜族は領地から出ないそうなのに、アレクシスは少し変わっているのかもしれない。

読み終えると急いで返事を書いて、フィンに託す。

「朝食の支度は私でも大丈夫ですから、もっとゆっくりお時間を取られても大丈夫ですよ」

マヤはそう言ってくれるものの、あくまでもそれはルーの仕事であってマヤは手伝ってくれているだけなのだ。流石に全部任せてしまうわけにはいかない。

先にキッチンに向かったマヤを追いかけて階段を下りると、メリナに出くわした。
こんなに早く起きているなんて珍しいと思っていると、メリナは不機嫌な表情を隠しもせず、無言で部屋へと足を向ける。

「メリナ、待って」

無視されるかもと思ったが、予想に反してメリナは足を止めて振り返る。いざ向かい合うと何を話していいか迷ったが、まずは一番気になっていることを訊ねることにした。

「クルト様のお怪我は大丈夫かしら?」
「……誰のせいだと思っているのよ。どうせいい気味だって思っているんでしょう」
「そんなつもりはないの。ただ、少し心配で……」

髪を引っ張られたものの、フィンの攻撃は些か過剰だったと思う。それにクルトはメリナの婚約者で、将来義弟になる予定の相手を傷付けてしまったことに、多少の罪悪感があった。

とはいえ、謝ってしまえばフィンやアレクシスを非難することになる。ルーを護ろうとしてくれた彼らを責めるのは間違っているため、せめて怪我の具合を知りたいと思ったのだが、メリナの機嫌を損ねてしまったようだ。

「クルト様にも取り入ろうという魂胆なの?汚らわしい。勘違いしないでよ。あんたなんかどうせすぐに捨てられるんだから」

メリナが吐き捨てるように告げて踵を返したのと同時に、マヤがキッチンの扉を開き僅かに眉を寄せた。

「申し訳ございません。洗い物の音で話し声に気づくのが遅れてしまいました。妹君に何か言われましたか?」
「ううん、大丈夫よ。大したことじゃないわ」

じっとルーを凝視するマヤに笑顔を返して、ルーは朝食の準備に取り掛かる。
メリナにお父様の考えについて聞けなかったのは残念だが、言葉を交わせて良かった。刺々しい態度でも嫌われていても、無関心よりはましだ。

『あんたなんかどうせすぐに捨てられるんだから』

メリナはきっと正しい。アレクシスの優しさに甘えすぎてしまわないように気をつけたほうがいいだろう。

ルーはアレクシスを、番であることを選べない。
あの日、家族を選んだのはルー自身なのだから。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

王子に求婚されましたが、貴方の番は私ではありません ~なりすまし少女の逃亡と葛藤~

浅海 景
恋愛
別の世界の記憶を持つヴィオラは村の外れに一人で暮らしていた。ある日、森に見目麗しい男性がやってきてヴィオラが自分の番だと告げる。竜の国の王太子であるカイルから熱を孕んだ瞳と甘い言葉を囁かれるが、ヴィオラには彼を簡単に受け入れられない理由があった。 ヴィオラの身体の本来の持ち主はヴィオラではないのだ。 傷ついた少女、ヴィーに手を差し伸べたはずが、何故かその身体に入り込んでしまったヴィオラは少女を護り幸せにするために生きてきた。だが王子から番だと告げられたことで、思いもよらないトラブルに巻き込まれ、逃亡生活を余儀なくされる。 ヴィーとヴィオラが幸せになるための物語です。

妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。  アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。 ※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日 ※長編版と差し替えました。2025年7月2日 ※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・

月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。 けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。 謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、 「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」 謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。 それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね―――― 昨日、式を挙げた。 なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。 初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、 「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」 という声が聞こえた。 やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・ 「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。 なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。 愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。 シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。 設定はふわっと。

処理中です...