竜帝は番に愛を乞う

浅海 景

文字の大きさ
21 / 60

理不尽(メリナ視点)

しおりを挟む
「いつまでこんな所にいなきゃいけないのよ!」

苛立ち紛れにクッションを掴み床に叩きつけても、気の抜けたような音しかせずそれが余計に神経を逆撫でする。
狭く古いホテルの一室で、メリナはぎりぎりと爪を噛んだ。

(クルト様もクルト様だわ!連絡の一つも寄越さないなんてどういうつもりよ!)

ルーを懲らしめようと色々と準備をしたのに、ルーが逆らって変なことをするから話がおかしくなってしまった。
クルトに用意させた短剣も偽物で騙されたことを思い出して、また苛立つ。

(いっそそのまま死んでくれていたなら、その間に有耶無耶にできたのに本当に愚図なんだから)

クルトが二度と竜帝の前で口を開いてはいけないと、口煩く言われたから従ったが、他人が家族の問題に勝手に口を挟むべきではないと思う。ルーが分不相応な真似をするからいけないのに、メリナを悪者にするなんてあり得ない。

お祖母様たちもお祖母様たちだ。メリナだって孫なのに、彼らはルーのことばかりでメリナのことなど見えていないかのように扱うなんて、ひどすぎる。
クルトが去り、お祖母様とお祖父様が立ち去る前に、メリナは彼らにちゃんとお願いをした。このまま平民になるつもりなどないのだから。

「メリナもお祖母様とお祖父様の娘になりますわ。クルト様がいらっしゃるから一緒に領地に行くことは出来ませんが、王都でエメリヒ男爵家のために尽力したいと思っておりますの」

両手を祈るように胸の前で組んで、可愛く見えるよう潤んだ瞳で見つめたが、二人の反応は冷めたものだった。

「貴女が何をしたか知らないとでも思っているの?冗談ではないわ」
「孫とはいえ、家族を虐げるような子を引き取るわけにはいかないな。これを機に自分の言動を省みるといい」

そう言って立ち去った翌日、手配された業者によりメリナたちは屋敷を追い出された。まだ支度が終わっていないと抵抗したものの、家財道具などはエメリヒ家の物だと持ち出すことは許されず、衣類だけは後日届けると言われて身の回りの品を勝手にまとめられて外に放り出されたのだ。

反論しようにも竜帝陛下の指示だと告げられれば、従うしかなかった。
流石に国王に目を付けられるのはまずい。

両親が戻ってきたので何か良い知らせがないかと期待したものの、彼らの表情を見れば芳しくないことは一目瞭然だった。

「メリナ、クルト様から何かご連絡はないの?こんな時こそ貴女がしっかりしないと駄目でしょう」

お母様の言葉にかちんときたが、成果がないので言い返しにくい。

「お屋敷に行ったのに不在だと取り次いでいただけなかったわ。領地に呼び戻されているのではないかしら?」
「まったく、こんなことならメリナではなく、ルーに目を掛けてやるべきだった」

お父様の一言にメリナが反論するよりも早く、お母様がヒステリックな声を上げた。

「あの子が貴方の母親に似ているからいけないのでしょう!そもそも貴方の両親が余計なことをしたからこんな目に遭っているのよ。責任を取ってちょうだい」
「お前こそたびたび社交のために出掛けていたのに、有益な繋がりなど何一つ持っていないじゃないか!こんな時こそ夫を支えるのが妻の役目だろう!」

以前はこんな風に言い争うことなどなかったのに、刺々しい雰囲気に辟易してメリナは寝室へと戻った。壁が薄いので筒抜けだが、互いを罵る醜悪な顔を見ずに済む。

(クルト様さえ戻ってくれば、元の生活に戻れるわ)

両親も一緒だと迷惑かもしれないが、その場合はメリナだけクルトの屋敷に滞在すればいい。
そんなメリナの元に、一通の招待状が届いたのはそれから二週間後のことだった。


未婚の貴族子女のみで開催されるパーティーが王城で開かれる。そんな招待状が届いたことで、まだ自分が貴族令嬢であることに安堵しつつも、ある期待に胸が膨らむ。

わざわざ未婚の貴族子女を招待するのだ。第二王子の婚約者はまだ確定しておらず、流石にそれが高望みだとしても他の高位貴族の令息と良い出会いがあるかもしれない。
お父様に顔を顰められながらも何とかドレスを工面してもらい、浮き浮きした気分でメリナは王城へと向かったのだが――。

ひそひそと交わされる会話と意味ありげな視線。

(どうして私がこんな目に遭わなければならないの……!)

男爵令嬢と家格は劣るものの、狼族の番ということで羨望の眼差しを一身に浴びていたのに、漏れ聞こえる声は非難や軽蔑の言葉ばかりだった。
ルーへの嫌がらせの数々が周知の事実として広まっている。称賛され誰からも愛されるべき存在であるメリナが、どうしてこのように貶められなければならないのか。

屈辱に表情が保てなくなり、大広間を抜け人目を避けるように中庭に出た。
もうこんなパーティーなどどうでもいい。

(所詮人族の貴族より、クルト様のほうが上だもの)

「おい、いたぞ」

聞き覚えのある声に振り向くと、バルテン伯爵令息と同級生が険しい表情で立っていた。剣呑な雰囲気が伝わってきたものの、メリナは気づかない振りをして笑いかける。まずいことになったと感じながらも、それを表に出してしまうほうが危険だと思ったのだ。

「みんな、会えて嬉しいわ!どうしたの?」
「どうしたの、じゃないだろう!お前、今まで俺たちを騙していたんだな!」

自分より弱い者を虐げて自尊心を満たしていた癖に被害者面など図々しい。ルーに雑務を押し付けて、自分たちも都合の良いように使っていたというのにメリナに文句を言うのは筋違いだ。

「騙すなんて……酷い」

瞳に涙を浮かべひとまず時間稼ぎをしようとしたが、彼らはよほど鬱憤が溜まっていたらしい。

「元々こいつが言い出したことだ。因果応報な目に遭わせれば、あの方も溜飲を下げてくれるかもしれないぞ」

乱暴に背中を押されて地面に倒れ込む。叫び声を上げる間もなく、口をふさがれドレスを引き裂かれる。

「はい、そこまでだ。王城で犯罪行為を働いてただで済むと思うなよ」

いつの間にか涼やかな美貌の男が立っていて、騎士たちに指示を出しメリナにのしかかっていた男たちを引き剥がし連行していく。

(この人、第二王子だわ!)

最悪な状況が一気に好機へと変わった。

「殿下、怖かったですわ!助けてくださりありがとうございます」

上目づかいで瞳を潤ませて可憐さを強調させつつ、腕にしがみ付き胸を押し当てる。王子とて男なのだから、悪い気はしないだろう。

「ははっ、したたかだけど頭は良くないらしい。勝手に王族に触れたことで不敬罪となるが構わないな?」
「殿下のご随意になさってください」

ぐいっと乱暴に引っ張られて騎士に拘束される。状況の変化に追いつけず呆然とするメリナだが、王子に返答したのがクルトだと気づいて、慌てて助けを求めた。

「クルト様、誤解です!襲われそうになって、私怖くて……」
「自業自得だろう。こんな浅ましく醜い女を信じたせいで、俺は……」

(何を言っているの……?番は特別なんじゃなかったの?)
心底疎ましそうな、まるで害虫でも見るような眼差しを向けられ、メリナは焦りを覚えた。確かなことはこの状況でもクルトはメリナを助けるつもりがないらしい。

「しばらくは地下牢で過ごしてもらう。その後は君の態度次第ではどこかの貴族の使用人にしてあげてもいい。君を生かしておくのは、万が一君の姉君が会いたいと切望した場合の保険だから勘違いしないように。虐げていたはずの姉のために命拾いしたのだから皮肉なことだな」

地下牢も使用人も冗談ではない。必死に頭を働かせて、メリナは声を上げた。

「お姉様を呼んでちょうだい!お姉様は妹をこんな目に遭わせることを望んでないわ」
「ははっ、これは傑作だ!番様にお前のことなど知らせるはずがないだろう。竜帝陛下は番様を傷付けた者を許すつもりはないし、私たちとしてもこれ以上国を危険に晒すわけにはいかないからな」

これ以上は無駄だとばかりに猿轡で口を塞がれた。助けを求めて必死に周囲を見渡すが、誰もが冷ややかな眼差しを向けている。

どうしてこんな目に遭わなければならないのか。何度も胸の中で繰り返されるメリナの問いに答える者はいなかった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】あなたの『番』は埋葬されました。

月白ヤトヒコ
恋愛
道を歩いていたら、いきなり見知らぬ男にぐいっと強く腕を掴まれました。 「ああ、漸く見付けた。愛しい俺の番」 なにやら、どこぞの物語のようなことをのたまっています。正気で言っているのでしょうか? 「はあ? 勘違いではありませんか? 気のせいとか」 そうでなければ―――― 「違うっ!? 俺が番を間違うワケがない! 君から漂って来るいい匂いがその証拠だっ!」 男は、わたしの言葉を強く否定します。 「匂い、ですか……それこそ、勘違いでは? ほら、誰かからの移り香という可能性もあります」 否定はしたのですが、男はわたしのことを『番』だと言って聞きません。 「番という素晴らしい存在を感知できない憐れな種族。しかし、俺の番となったからには、そのような憐れさとは無縁だ。これから、たっぷり愛し合おう」 「お断りします」 この男の愛など、わたしは必要としていません。 そう断っても、彼は聞いてくれません。 だから――――実験を、してみることにしました。 一月後。もう一度彼と会うと、彼はわたしのことを『番』だとは認識していないようでした。 「貴様っ、俺の番であることを偽っていたのかっ!?」 そう怒声を上げる彼へ、わたしは告げました。 「あなたの『番』は埋葬されました」、と。 設定はふわっと。

【完結】私を裏切った前世の婚約者と再会しました。

Rohdea
恋愛
ファルージャ王国の男爵令嬢のレティシーナは、物心ついた時から自分の前世……200年前の記憶を持っていた。 そんなレティシーナは非公認だった婚約者の伯爵令息・アルマンドとの初めての顔合わせで、衝撃を受ける。 かつての自分は同じ大陸のこことは別の国…… レヴィアタン王国の王女シャロンとして生きていた。 そして今、初めて顔を合わせたアルマンドは、 シャロンの婚約者でもあった隣国ランドゥーニ王国の王太子エミリオを彷彿とさせたから。 しかし、思い出すのはシャロンとエミリオは結ばれる事が無かったという事実。 何故なら──シャロンはエミリオに捨てられた。 そんなかつての自分を裏切った婚約者の生まれ変わりと今世で再会したレティシーナ。 当然、アルマンドとなんてうまくやっていけるはずが無い! そう思うも、アルマンドとの婚約は正式に結ばれてしまう。 アルマンドに対して冷たく当たるも、当のアルマンドは前世の記憶があるのか無いのか分からないが、レティシーナの事をとにかく溺愛してきて……? 前世の記憶に囚われた2人が今世で手にする幸せとはーー?

王子に求婚されましたが、貴方の番は私ではありません ~なりすまし少女の逃亡と葛藤~

浅海 景
恋愛
別の世界の記憶を持つヴィオラは村の外れに一人で暮らしていた。ある日、森に見目麗しい男性がやってきてヴィオラが自分の番だと告げる。竜の国の王太子であるカイルから熱を孕んだ瞳と甘い言葉を囁かれるが、ヴィオラには彼を簡単に受け入れられない理由があった。 ヴィオラの身体の本来の持ち主はヴィオラではないのだ。 傷ついた少女、ヴィーに手を差し伸べたはずが、何故かその身体に入り込んでしまったヴィオラは少女を護り幸せにするために生きてきた。だが王子から番だと告げられたことで、思いもよらないトラブルに巻き込まれ、逃亡生活を余儀なくされる。 ヴィーとヴィオラが幸せになるための物語です。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・

月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。 けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。 謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、 「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」 謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。 それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね―――― 昨日、式を挙げた。 なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。 初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、 「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」 という声が聞こえた。 やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・ 「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。 なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。 愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。 シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。 設定はふわっと。

全部私が悪いのです

久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。 姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。 世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。 *全18話完結となっています。 *大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。 *後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。 *この作品は他誌にも掲載中です。

処理中です...