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分不相応
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「今日は何を買いに行くの?」
「特に決めてはいないよ。ルーと出掛けたかっただけだからね」
さらりと告げるアレクシスに対し、ルーは今更ながらにこれがデートではないかと思い至って、頬が熱を帯びていく。
「欲しい物があったら何でも買ってあげるからね。代わりにルーも私に何か買ってくれないかな?君が選んだ物なら何でもいいから」
思いがけない提案にルーは目を瞬いた。何でもいい、というのは存外難しい。ルーに贈り物のセンスはないし、相手の好みに合わないものはもらっても逆に困るだろう。
「アレクは、どんな物が欲しいのかしら?私、あまり贈り物をした経験がなくて、選び方が分からないの」
「ルーが選んでくれたのなら、どんなものでも大切にするよ。気軽に選んでくれればいいから」
降って湧いた難題にルーは馬車に同乗しているファビアンに助けを求めたが、不自然なほどに目を逸らされている。孤立無援の中、ルーは馬車が停まるまで頭を悩ませることになった。
「ルー、どちらが好みかな?揃いでマフラーや手袋も用意しようね」
「……アレク、冬用の衣類はマヤとテレサが用意してくれていると聞いているわ」
だからそんなに買わなくていいのだと言外に伝えたつもりだったが、アレクは意に介さずに続ける。
「予備を持っていて困ることはないだろう?それにほら、良く似合っていて可愛いよ。雪の妖精みたいだね」
肩にかけられた真っ白なコートは、暖かさはもちろんのこと肌触りもよく、上品で素敵なデザインだったが、一体いくらするのだろうかと思うと安易に頷けない。
「今日はアレクのお買い物に来たのだから、女性向けではなく男性向けのお店を見に行きたいわ」
このままではルーの買い物だけで一日が終わってしまうだろう。他の店にと向かいかけたルーの手をアレクが引き留めるように包んだ。
「待って。はぐれないようにこうしておこう」
指を絡めるように繋がれて、鼓動が早くなる。微笑ましいというように笑みを深めた店員の視線に耐えられず、ルーはアレクシスを引っ張るように店を後にしたのだった。
(私、アレクのこと何も知らないわ……)
商品を見ながら何度も様子を窺うが、アレクシスは品物ではなくルーを見てにこにこと笑みを返すばかりだった。
何でもいいという言葉に嘘はないだろう。だからこそ下手な物を選びたくないと必死で考えれば考えるほど、何を買っていいか分からなくなる。
アレクシスの番としての恩恵を受けながらも、アレクシスのことを知ろうとしなかったのは、番として受け入れることを躊躇っていたからだ。ルーがどう思おうと番である事実は変わらず、それに目を背けることはとても不誠実なことだと思っていたのに。
曖昧な状態なのにルーの気持ちを尊重してくれようとアレクシスは咎めることも、急かすこともしない。
(自立や勉強に励むよりも、私はアレクの番になることを考えるべきなのに……)
番として受け入れることで、何かが変わってしまうような気がした。その変化がとても怖いものに思えてルーを立ち止まらせてしまう。
「ルー、少し休憩しようか。ホットチョコレートが美味しいお店があるそうだよ」
「……ちょっとお化粧室に行ってくるね」
アレクシスの言葉にほっとした自分が嫌になる。いつも気遣ってくれるアレクシスとは対照的にルーはいつも自分のことばかりだ。
実家にいた時は、家族の愛情を得るためにずっと彼らの様子ばかり窺っていた。愛情を受け取る側になった自分はすっかり傲慢になってしまったのだろうか。
(でも、今は落ち込んでいる場合じゃなくて、アレクに気に入ってもらえる物を選ばないと……!)
化粧室から出るとファビアンが待っていた。
「あまり悩まれずとも、ハンカチや万年筆など日常使いが出来るものをお贈りすれば良いと思いますよ」
「……ええ、ありがとう」
ルーがいつまでも選べないので、堪りかねて教えてくれたのだろう。こんな簡単なことに時間を取られるなんて呆れられたかもしれない。
果実入りのホットチョコレートは美味しくて温かいのに、胸の奥にはすきま風が吹くようにひんやりする。
(愛されていたとしても同じ気持ちを返せないなら、私はどのみち家族に愛されてなかったのかもしれないわ……)
メリナのようになれたら、アレクはもっと幸せそうに微笑んでくれるだろう。ルーが番で良かったと喜んでくれるかもしれない。
何を意固地になっているのだろう。相手の望み通りに振舞うのは得意だったはずなのに。
「少し疲れたね。今日はもう帰ろうか」
「……っ!」
見限られた。そう思って顔を上げるが、アレクシスの顔に嫌悪はない。ただ心配そうにルーを見つめる瞳に羞恥で顔が赤くなったのが分かる。
(私はアレクに相応しくない……)
ずっとそう思っていたことだ。それなのに指先が急速に冷えていくのと対照的に目頭が熱くなる。
「ルー?」
それでも番だから。
アレクシスはルーを案じ護ろうとしてくれる。
そのことが無性に寂しくて苦しくて堪らなかった。
「特に決めてはいないよ。ルーと出掛けたかっただけだからね」
さらりと告げるアレクシスに対し、ルーは今更ながらにこれがデートではないかと思い至って、頬が熱を帯びていく。
「欲しい物があったら何でも買ってあげるからね。代わりにルーも私に何か買ってくれないかな?君が選んだ物なら何でもいいから」
思いがけない提案にルーは目を瞬いた。何でもいい、というのは存外難しい。ルーに贈り物のセンスはないし、相手の好みに合わないものはもらっても逆に困るだろう。
「アレクは、どんな物が欲しいのかしら?私、あまり贈り物をした経験がなくて、選び方が分からないの」
「ルーが選んでくれたのなら、どんなものでも大切にするよ。気軽に選んでくれればいいから」
降って湧いた難題にルーは馬車に同乗しているファビアンに助けを求めたが、不自然なほどに目を逸らされている。孤立無援の中、ルーは馬車が停まるまで頭を悩ませることになった。
「ルー、どちらが好みかな?揃いでマフラーや手袋も用意しようね」
「……アレク、冬用の衣類はマヤとテレサが用意してくれていると聞いているわ」
だからそんなに買わなくていいのだと言外に伝えたつもりだったが、アレクは意に介さずに続ける。
「予備を持っていて困ることはないだろう?それにほら、良く似合っていて可愛いよ。雪の妖精みたいだね」
肩にかけられた真っ白なコートは、暖かさはもちろんのこと肌触りもよく、上品で素敵なデザインだったが、一体いくらするのだろうかと思うと安易に頷けない。
「今日はアレクのお買い物に来たのだから、女性向けではなく男性向けのお店を見に行きたいわ」
このままではルーの買い物だけで一日が終わってしまうだろう。他の店にと向かいかけたルーの手をアレクが引き留めるように包んだ。
「待って。はぐれないようにこうしておこう」
指を絡めるように繋がれて、鼓動が早くなる。微笑ましいというように笑みを深めた店員の視線に耐えられず、ルーはアレクシスを引っ張るように店を後にしたのだった。
(私、アレクのこと何も知らないわ……)
商品を見ながら何度も様子を窺うが、アレクシスは品物ではなくルーを見てにこにこと笑みを返すばかりだった。
何でもいいという言葉に嘘はないだろう。だからこそ下手な物を選びたくないと必死で考えれば考えるほど、何を買っていいか分からなくなる。
アレクシスの番としての恩恵を受けながらも、アレクシスのことを知ろうとしなかったのは、番として受け入れることを躊躇っていたからだ。ルーがどう思おうと番である事実は変わらず、それに目を背けることはとても不誠実なことだと思っていたのに。
曖昧な状態なのにルーの気持ちを尊重してくれようとアレクシスは咎めることも、急かすこともしない。
(自立や勉強に励むよりも、私はアレクの番になることを考えるべきなのに……)
番として受け入れることで、何かが変わってしまうような気がした。その変化がとても怖いものに思えてルーを立ち止まらせてしまう。
「ルー、少し休憩しようか。ホットチョコレートが美味しいお店があるそうだよ」
「……ちょっとお化粧室に行ってくるね」
アレクシスの言葉にほっとした自分が嫌になる。いつも気遣ってくれるアレクシスとは対照的にルーはいつも自分のことばかりだ。
実家にいた時は、家族の愛情を得るためにずっと彼らの様子ばかり窺っていた。愛情を受け取る側になった自分はすっかり傲慢になってしまったのだろうか。
(でも、今は落ち込んでいる場合じゃなくて、アレクに気に入ってもらえる物を選ばないと……!)
化粧室から出るとファビアンが待っていた。
「あまり悩まれずとも、ハンカチや万年筆など日常使いが出来るものをお贈りすれば良いと思いますよ」
「……ええ、ありがとう」
ルーがいつまでも選べないので、堪りかねて教えてくれたのだろう。こんな簡単なことに時間を取られるなんて呆れられたかもしれない。
果実入りのホットチョコレートは美味しくて温かいのに、胸の奥にはすきま風が吹くようにひんやりする。
(愛されていたとしても同じ気持ちを返せないなら、私はどのみち家族に愛されてなかったのかもしれないわ……)
メリナのようになれたら、アレクはもっと幸せそうに微笑んでくれるだろう。ルーが番で良かったと喜んでくれるかもしれない。
何を意固地になっているのだろう。相手の望み通りに振舞うのは得意だったはずなのに。
「少し疲れたね。今日はもう帰ろうか」
「……っ!」
見限られた。そう思って顔を上げるが、アレクシスの顔に嫌悪はない。ただ心配そうにルーを見つめる瞳に羞恥で顔が赤くなったのが分かる。
(私はアレクに相応しくない……)
ずっとそう思っていたことだ。それなのに指先が急速に冷えていくのと対照的に目頭が熱くなる。
「ルー?」
それでも番だから。
アレクシスはルーを案じ護ろうとしてくれる。
そのことが無性に寂しくて苦しくて堪らなかった。
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