召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

文字の大きさ
69 / 74

救出

突然の絶叫に思わず硬直したエルヴィーラだが、同時に聞こえてきた不穏な音に絶句することになった。

夥しいほどの鼠が床を埋め尽くし、どこからともなく湧き出てその数を増やしている。牢の中にいた男は手にした短剣を振り回し追い払おうとしたものの、効果はなく逆に自分の身体を傷付けていた。

「痛っ、止めろ!来るな!!」
「ひっ、何だ!どこからこんな大量に――」

牢から溢れ出した鼠はすぐさま兵士やダミアーノにも群がり始める。不思議なことにエルヴィーラやフリッツには目もくれず側を素通りするばかりだ。

振り払っても執拗に襲ってくる鼠に神官長たちは埒が明かないと思ったのか、罵声を上げながら逃げ出していく。
苦心しながらようやく牢の鍵を開けることに成功した男も、後を追うように飛び出していき、エルヴィーラはようやく我に返って、フリッツの元へと駆け寄った。
気を失っているものの、微かに上下するお腹と呼吸にエルヴィーラは小さく息を吐く。

(きっと、これは魔王陛下のお力だわ)

であれば、エリーやディルクも近くにいる可能性が高い。エルヴィーラは傷口を布で押さえてから慎重にフリッツを抱え上げた。助けを呼びに戻ることも考えたが、どうなるか分からない状況で放置していくことが躊躇われる。

ずしりとした重さにふらつきながらも、部屋から出ようとしたところで足首を摑まれ、ぎくりとした。
光を失った眼差しのヴィクトールがエルヴィーラを睨んでいる。ぞっとして振り払いたくなったが、起き上がる気力もない怪我人を蹴り飛ばすことは出来なかった。

「王太子殿下、人を呼んで参りますので離していただけますか?」
「お前の言葉など、信じられるか。……エリーを呼べ」

荒い呼吸の中で最後の力を振り絞るようにヴィクトールは告げた。

「ここでお呼びしてもエリー様には届かないでしょう。私たちが地下牢にいることを誰かに伝えなければ、殿下の怪我を手当てすることもできませんわ」

暗い瞳が宙を彷徨うが、反対に足首に籠る力が増したように感じた。話が通じていないのだろうか。

「どうせ……もう、手遅れだ」

怪我のことだけではないのだろう。神官長に加担し何の咎もない少年に非道な行為を働くことを黙認したのだ。
王族といえども何らかの処罰が与えられるだろうし、そうなれば噂に尾ひれがつき好奇や軽蔑の視線に晒されることは想像に難くない。

だがヴィクトールの言葉は、エルヴィーラの忍耐を決壊させるのに十分な一言だった。

「いい加減にしてくださいませ!王族ともあろうものが情けない!殿下が諦めるのは勝手ですが、幼い子供の命まで巻き込むなど言語道断です!」

そう言い放ったエルヴィーラに、ヴィクトールは唖然とした表情のまま固まっている。怒りに我を失ってしまい、生意気な口を利いてしまった。青ざめるエルヴィーラだが、凛とした声が牢内に響く。

「エルヴィーラの言う通りだ」

切望していた人の声に、エルヴィーラはは涙が零れそうなほど安堵を覚える。

「遅くなってごめんな。その子を守ってくれてありがとう」

すぐさま治癒を始めるエリーの姿に、エルヴィーラはもう大丈夫なのだと確信した。



(あれは魔物か?だが神殿内に侵入できるはずがない)

神殿には強い守護を宿している聖女の遺物が保管されており、そのおかげで強固な結界が張り巡らされている。通常区画に戻れば鼠は追ってくる様子はなかった。
拷問や処刑を行う場所として利用していたため、特別区には穢れが溜まってしまい、それが結界を弱める原因になったのかもしれない。

ダミアーノは息を切らしながらも自室に戻りソファーに沈み込む。
安全な場所で身体を休ませれば、目撃者を放置していることや王太子の生死を確認していないことなど、やらなければならないことが山積みだ。

とはいえ鍵がなければ外に出れないようになっている。取り逃がすことはないだろう。

(まずは王太子の訃報を王都に伝えなくては……)

億劫な身体を叱咤し、伝令を出すために卓上のベルを鳴らすが誰も来ない。神官長室にみだりに出入りすることは禁じていたが、すぐに対応できるよう常に数名は近くに待機させている。

職務怠慢かと苛立つが、先程あり得ないことが起きたばかりだ。何か他にも異変が起こっているのかもしれない。
万が一を考えて、逃亡用に準備していた貴重品を取り出してダミアーノは部屋を後にした。

駒の中で最も腕が立つエドに護衛をさせるため、わざわざ部屋を訪れたのに扉を開けても誰もいない。
思い通りにならない出来事が続き、怒りと不安が押し寄せて来る。

(ここに来るまでに誰とも会わなかったが、そんなことはあり得るのか……?)

公共の場所に比べれば、配置する人材を厳正しているため少数だが、とはいえここまで人気がないのは異常事態ではないだろうか。
もはや護衛など構わずに逃げるべきではないか、そんな考えが浮かんだダミアーノはすぐさま行動に移す。

裏口を目指していると、前方に一人の男の姿があった。
腰に剣を下げていることから、護衛だと見当をつける。

「おい、至急の用事が出来た。王都まで供をせよ」
「それは無理な相談だな」

男の声とようやく認識できたその顔を見て、ダミアーノの口から呻き声が漏れた。

「――お前が何故ここにいる?!魔王に魂を売り渡した浅ましく汚らわしい騎士崩れが!」

ヴィクトールに不信感を抱かせるために囁いた嘘だったが、いつしかダミアーノもそれが事実だと認識するようになっていた。
嘘を吐き続ければいずれ破綻するが、真実にしてしまえば問題ない。
そのように帳尻を合わせる癖がついていたことにダミアーノ自身も気づいていなかった。

「浅ましいのはどっちだよ。あんたのしたことはとっくに白日の下に晒されてんだから諦めな」

断言するようなディルクの口調に、恐らくはエルヴィーラ辺りから情報を得たのだろうと察した。今や魔王に与するエルヴィーラと平民の子供一人では、たとえ証言したところで信憑性は薄い。
厄介なのはヴィクトールが生き残っていた場合だが、元々操りやすい素直な性格なのだ。多少手こずるかもしれないが、魔王による幻覚だと言い聞かせれば丸め込むことが出来るだろう。

背後から足音が聞こえ振り向くと、騎士服を纏った男が二人、こちらに走ってくるのが見えた。見覚えはないが、ヴィクトール付きの騎士に違いない。

「早くこの者を捕らえよ!王太子殿下を害した魔王の腹心だ!」

先んじて声を上げれば、ディルクは重い溜息を吐いた。

真実かどうかよりも、そのような疑いがあれば騎士たちにより拘束されるだろう。捕らえてしまえばこちらのものだ、と笑みを浮かべるダミアーノだったが、突然の衝撃に視界が揺れた。
手足に鋭い痛みが走り、気づけば騎士たちに床に引き倒されたばかりか、後ろ手に捕縛されているではないか。

「お、お前たち、何をしている!私は神官長だぞ、解かぬか!」

憤りに顔を真っ赤に染めて暴れるが、騎士たちは拘束を緩めることはない。その瞳に蔑みが混じっているのを感じて、ダミアーノは狼狽した。

「だから言っただろう。既に白日の下に晒されているってな」
感想 19

あなたにおすすめの小説

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

聖女になりたいのでしたら、どうぞどうぞ

しゃーりん
恋愛
聖女が代替わりするとき、魔力の多い年頃の令嬢十人の中から一人選ばれる。 選ばれる基準は定かではなく、伝聞もない。 ひと月の間、毎日のように聖堂に通い、祈りを捧げたり、奉仕活動をしたり。 十人の中の一人に選ばれたラヴェンナは聖女になりたくなかった。 不真面目に見えるラヴェンナに腹を立てる聖女候補がいたり、聖女にならなければ婚約解消だと言われる聖女候補がいたり。 「聖女になりたいならどうぞ?」と言いたいけれど聖女を決めるのは聖女様。 そしていよいよ次期聖女が決まったが、ラヴェンナは自分ではなくてホッとする。 ラヴェンナは聖堂を去る前に、聖女様からこの国に聖女が誕生した秘話を聞かされるというお話です。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

恋愛は見ているだけで十分です

みん
恋愛
孤児院育ちのナディアは、前世の記憶を持っていた。その為、今世では恋愛なんてしない!自由に生きる!と、自立した女魔道士の路を歩む為に頑張っている。 そんな日々を送っていたが、また、前世と同じような事が繰り返されそうになり……。 色んな意味で、“じゃない方”なお話です。 “恋愛は、見ているだけで十分よ”と思うナディア。“勿論、溺愛なんて要りませんよ?” 今世のナディアは、一体どうなる?? 第一章は、ナディアの前世の話で、少しシリアスになります。 ❋相変わらずの、ゆるふわ設定です。 ❋主人公以外の視点もあります。 ❋気を付けてはいますが、誤字脱字が多いかもしれません。すみません。 ❋メンタルも、相変わらず豆腐並みなので、緩い気持ちで読んでいただけると幸いです。

【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!

えとう蜜夏
恋愛
 ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。  ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。  その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。  十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。  そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。 「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」  テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。  21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。  ※「小説家になろう」さまにも掲載しております。  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)