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限界
エリアスと朝食を摂ったサーシャはその後ずっと部屋で過ごしていた。
幸い今日は週末で学校は休みだが、自分がいつまで王宮に留め置かれているのかと気になって仕方がない。まさかシュバルツ国に行くまでここで過ごさなければいけないのかと思うと気が重くなった。
世話をしてくれている侍女からは刺繍道具や本を渡されていたが、集中できないまま時間だけが過ぎていき焦燥感に駆られる。
(お義兄様、心配しているわよね)
最後に見たシモンの表情を思い出して、胸が苦しくなる。あんな顔をさせたいわけではなかった。
早く謝りたいと思いながらもエリアスの不興を買うことが恐ろしく、サーシャはその願望を口に出せずにいた。
今日も朝食の席でエリアスは何か困っていることはないかと聞いてくれたのだが、何もないと答えたのはサーシャだ。番だからこそエリアスは優しいが、子爵令嬢の分際で王族に我儘を言えば周りからどう思われるか分かったものではない。
知らない環境で誰にも助けを求めることができず、苦しさだけが募っていく。
ノックの音に返事をすれば、侍女の後ろに頼もしい友人の姿を認めてサーシャは驚きと安心感を同時に覚えた。
「サーシャ、お茶会を開くからいらっしゃい」
色とりどりのバラの花に包まれた温室に到着すると、そこにはサラの姿があり案内してくれた侍女は一礼して下がった。
「サラ、貴女も下がりなさい」
その場に残ったのはサーシャとソフィーのみ。テーブルの上には軽食やケーキ類が準備されているものの、まだお茶の支度も整っていないのにと不思議に思ったが、すぐにそれがソフィーの気遣いだと分かった。
「サーシャ、お茶を淹れてちょうだい」
昨日否定されたばかりのサーシャの楽しみを理解してくれるソフィーに感謝の気持ちを込めて、サーシャは丁寧にお茶を淹れた。
「話はアーサー殿下から伺ったわ。こんなことなら貴女を私専属の侍女にしておけば良かった」
たとえソフィーの侍女であっても他国の王族に対抗できるわけではない。それでもサーシャを慮ってくれたソフィーの言葉が嬉しかった。
「ソフィー様、ありがとうございます。そんな風におっしゃって頂けるなんて、とても嬉しいです」
「ところで、シュバルツ王太子殿下は貴女を大切にしてくれているの?シモン様がとても憔悴なさっていたし、おかしな噂も耳にしたわ」
心配そうな友人の言葉にサーシャの胸がずきりと痛む。
「お義兄様に謝りたいです。せっかく庇ってくださったのに私はその手を払いのけるような真似をしてしまって……」
「今や貴女も重要な賓客ではあるけれど、必ずしも王宮内に滞在しないといけない訳ではないはずよ。もしかしてシュバルツ王太子殿下は許可してくださらないの?」
「いえ、エリアス殿下にはお伝えしておりません。お優しい方ですが、身の程を弁えず我儘は言えません」
ソフィーの眉が顰められたことで、叱られると察したサーシャは背筋を伸ばした。
「それのどこが我儘なのよ!そもそも勝手に連れて来られたのだから正当な権利でしょう。大体サーシャは我慢しすぎだわ!……このままだと貴女、バートン侯爵家の養女になるけどいいの?」
「え……?」
養女という言葉に驚いたサーシャが詳細を聞こうとしたが、凛とした声に遮られてしまった。
「サーシャ、ここにいたのか。ソフィー嬢、勝手な真似をされては困るな」
「申し訳ございません。私の友人が部屋で無為な時間を過ごしていると聞いたものですから、気分転換にお誘いいたしましたの」
既にカーテシーを行っていたソフィーは淑女らしい優雅な笑みで返答する。丁寧な口調ではあるがそこに多少の棘が含まれていることに気づいたのはサーシャだけではない。
「そうか。では俺が混ざっても構わないかな?」
「光栄ですわ」
にこやかな表情で椅子を勧めるソフィーを見て、サーシャはついいつも通りに支度を整えるため動いてしまった。
「……俺の大事な女性に侍女の真似事をさせていたのか?」
低い声に思わずびくりと身体が硬直して、サーシャは自分の失敗を悟った。昨日もお茶を淹れようとして止められたことをすっかり失念していたのだ。
「これはサーシャの趣味ですわ。サーシャの淹れる紅茶や手作りのお菓子はとても美味しいのです」
「趣味だと?使用人の仕事をさせるなど、サーシャを貶めているとしか思えない。このことは正式に抗議させてもらう」
不快そうにソフィーを一瞥して立ち上がるエリアスに、サーシャは慌てて弁解する。
「申し訳ございません!私がソフィー様にお願いしたのです。どうかお許しください。……もう、二度とこのような真似はいたしません」
「サーシャ!?」
跪いて謝罪するサーシャにソフィーが悲鳴のような声を上げる。エリアスは言葉を失い唖然とした後、慌ててサーシャを抱き起した。
「サーシャ、やめろ。君がそんなことをする必要などない。ああ、ガルシア家で侍女として扱われていたから分からないんだな。もう大丈夫だから」
不穏な言葉にサーシャは思わず顔を上げて、エリアスを見つめた。
「侯爵家の養女として迎え入れるようランドール国王陛下に進言したんだ。君を蔑ろにするような奴らは全て排除するから安心してくれ」
(……なんて一方的なの)
将来の夢を奪われ、故郷を離れることを強要され、友人を危うい立場に晒しかけたのに、更には家族まで奪うのか。
沸々と怒りがこみ上げ、サーシャの理性が限界を超えた瞬間だった。
「やめてください!エリアス殿下なんて大嫌いです!」
ぴしりと固まったエリアスを押しのけるようにして、サーシャは温室を飛び出した。
幸い今日は週末で学校は休みだが、自分がいつまで王宮に留め置かれているのかと気になって仕方がない。まさかシュバルツ国に行くまでここで過ごさなければいけないのかと思うと気が重くなった。
世話をしてくれている侍女からは刺繍道具や本を渡されていたが、集中できないまま時間だけが過ぎていき焦燥感に駆られる。
(お義兄様、心配しているわよね)
最後に見たシモンの表情を思い出して、胸が苦しくなる。あんな顔をさせたいわけではなかった。
早く謝りたいと思いながらもエリアスの不興を買うことが恐ろしく、サーシャはその願望を口に出せずにいた。
今日も朝食の席でエリアスは何か困っていることはないかと聞いてくれたのだが、何もないと答えたのはサーシャだ。番だからこそエリアスは優しいが、子爵令嬢の分際で王族に我儘を言えば周りからどう思われるか分かったものではない。
知らない環境で誰にも助けを求めることができず、苦しさだけが募っていく。
ノックの音に返事をすれば、侍女の後ろに頼もしい友人の姿を認めてサーシャは驚きと安心感を同時に覚えた。
「サーシャ、お茶会を開くからいらっしゃい」
色とりどりのバラの花に包まれた温室に到着すると、そこにはサラの姿があり案内してくれた侍女は一礼して下がった。
「サラ、貴女も下がりなさい」
その場に残ったのはサーシャとソフィーのみ。テーブルの上には軽食やケーキ類が準備されているものの、まだお茶の支度も整っていないのにと不思議に思ったが、すぐにそれがソフィーの気遣いだと分かった。
「サーシャ、お茶を淹れてちょうだい」
昨日否定されたばかりのサーシャの楽しみを理解してくれるソフィーに感謝の気持ちを込めて、サーシャは丁寧にお茶を淹れた。
「話はアーサー殿下から伺ったわ。こんなことなら貴女を私専属の侍女にしておけば良かった」
たとえソフィーの侍女であっても他国の王族に対抗できるわけではない。それでもサーシャを慮ってくれたソフィーの言葉が嬉しかった。
「ソフィー様、ありがとうございます。そんな風におっしゃって頂けるなんて、とても嬉しいです」
「ところで、シュバルツ王太子殿下は貴女を大切にしてくれているの?シモン様がとても憔悴なさっていたし、おかしな噂も耳にしたわ」
心配そうな友人の言葉にサーシャの胸がずきりと痛む。
「お義兄様に謝りたいです。せっかく庇ってくださったのに私はその手を払いのけるような真似をしてしまって……」
「今や貴女も重要な賓客ではあるけれど、必ずしも王宮内に滞在しないといけない訳ではないはずよ。もしかしてシュバルツ王太子殿下は許可してくださらないの?」
「いえ、エリアス殿下にはお伝えしておりません。お優しい方ですが、身の程を弁えず我儘は言えません」
ソフィーの眉が顰められたことで、叱られると察したサーシャは背筋を伸ばした。
「それのどこが我儘なのよ!そもそも勝手に連れて来られたのだから正当な権利でしょう。大体サーシャは我慢しすぎだわ!……このままだと貴女、バートン侯爵家の養女になるけどいいの?」
「え……?」
養女という言葉に驚いたサーシャが詳細を聞こうとしたが、凛とした声に遮られてしまった。
「サーシャ、ここにいたのか。ソフィー嬢、勝手な真似をされては困るな」
「申し訳ございません。私の友人が部屋で無為な時間を過ごしていると聞いたものですから、気分転換にお誘いいたしましたの」
既にカーテシーを行っていたソフィーは淑女らしい優雅な笑みで返答する。丁寧な口調ではあるがそこに多少の棘が含まれていることに気づいたのはサーシャだけではない。
「そうか。では俺が混ざっても構わないかな?」
「光栄ですわ」
にこやかな表情で椅子を勧めるソフィーを見て、サーシャはついいつも通りに支度を整えるため動いてしまった。
「……俺の大事な女性に侍女の真似事をさせていたのか?」
低い声に思わずびくりと身体が硬直して、サーシャは自分の失敗を悟った。昨日もお茶を淹れようとして止められたことをすっかり失念していたのだ。
「これはサーシャの趣味ですわ。サーシャの淹れる紅茶や手作りのお菓子はとても美味しいのです」
「趣味だと?使用人の仕事をさせるなど、サーシャを貶めているとしか思えない。このことは正式に抗議させてもらう」
不快そうにソフィーを一瞥して立ち上がるエリアスに、サーシャは慌てて弁解する。
「申し訳ございません!私がソフィー様にお願いしたのです。どうかお許しください。……もう、二度とこのような真似はいたしません」
「サーシャ!?」
跪いて謝罪するサーシャにソフィーが悲鳴のような声を上げる。エリアスは言葉を失い唖然とした後、慌ててサーシャを抱き起した。
「サーシャ、やめろ。君がそんなことをする必要などない。ああ、ガルシア家で侍女として扱われていたから分からないんだな。もう大丈夫だから」
不穏な言葉にサーシャは思わず顔を上げて、エリアスを見つめた。
「侯爵家の養女として迎え入れるようランドール国王陛下に進言したんだ。君を蔑ろにするような奴らは全て排除するから安心してくれ」
(……なんて一方的なの)
将来の夢を奪われ、故郷を離れることを強要され、友人を危うい立場に晒しかけたのに、更には家族まで奪うのか。
沸々と怒りがこみ上げ、サーシャの理性が限界を超えた瞬間だった。
「やめてください!エリアス殿下なんて大嫌いです!」
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