お嬢様、お食べなさい

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第0話 プロローグ

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 東京都。
 日本の首都にして、富の集中する世界有数の都市。
 人々は常に時間に追われ、忙しそうに走りまわり、巨大な不夜城を支えている。
 
 そんな膨大な高層ビルが立ち並ぶ中、悠然とたたずむ建物があった。
 平城のように平地に根を張り、城壁に囲まれた真っ白な城。
 日本にありながら西洋の城をイメージした造りは、その場所だけが日本の外にあるかのような特別感を演出している。
 
 巨大な城の中では、数百人の使用人たちが忙しそうに走りまわり、巨大な不夜城を支えている。
 そして、不夜城の主は建物同様に悠然と、ダイニングルームで紅茶を啜る。
 
 長い辺には四十五人、短い辺には五人、合計百人が席に着いて足りるほどの巨大なダイニングテーブルは、たった一人によって独占されていた。
 口から離したティーカップをソーサーに置いた少女は、後ろに立つシェフの方を向いて口を開く。
 
「うん、美味しいわ」
 
「ありがとうございます」
 
 少女の言葉に、シェフは心の中で胸をなでおろす。
 この城の全ての権利は、少女にある。
 少女がまずいと言えば首が吹き飛びかねないを、シェフはよく知っている。
 
 少女は続いてスプーンを手に取り、一本脚のデザートグラスにこんもりと乗せられたキャビアを掬い、口へと運ぶ。
 口か閉じられ、ハムハムと咀嚼する少女の表情は、庶民が白米やパンを食べる時と同じく当たり前の表情をしている。
 少女にとって、キャビアとは珍しい食べ物では決していない。
 
「…………」
 
 そして、五秒ほど動いていた少女の口が、ピタリと止まった。
 
 少女の様子に、シェフはごくりと唾を飲んだ。
 口を止める時は、感想の時。
 次の一言は、シェフの首を飛ばす一言かもしれない。
 シェフは、黙って少女の言葉を待つ。
 シェフから言葉をかけることは許されない。
 身分が下の人間は、身分の高い少女に話しかけることは許されない。
 
 このダイニングルームにおいて、少女に話しかけることができるのは、たった一人。
 シェフと同じく、少女の後ろに立ち控えていた高齢の男性――執事長である。
 高級な生地のタキシードに皴一つつけない動きで、執事長は一歩前に出る。
 
「どうかなさいましたか? お嬢様」
 
 執事長の声は、シェフと違い余裕に溢れていた。
 それは、執事長が少女の生まれた頃からの付き合いであり、およそ二十年という期間で培った絶対的な信頼感と父性による。
 
 少女は口に残ったキャビアをゴクンと飲み込み、スプーンをテーブルに戻した後、思いっきりしかめっ面をした。
 
「飽きたわ」
 
「でしょうねえ」
 
 執事長は、こんもりと盛られたキャビアを見て呟いた。
 
「おかしくない? 今日で何年連続キャビアだと思ってるの?」
 
「離乳食を終えてからですから、十八年か十九年といったところでしょうか」
 
「長いわよ!」
 
 少女は思わず立ち上がり、執事長の方を見る。
 
 少女は、代々続く名家の後継者として、幼い頃から英才教育を受けてきた。
 学術、武術、芸術、その他さまざまな教養。
 全ては、高貴な血を高貴なまま維持するため。
 また、食事においても、庶民と同じ食事を摂っていては庶民と同じ脳と体ができてしまうという両親の方針の元、少女の食事は庶民では手の届かないものばかりが選ばれていた。
 
 執事は長い白髭を撫でながら、シェフの方へと向く。
 
「お嬢様が飽きられた。キャビアを減らし、トリュフとフォアグラを増やしてくれ」
 
「はい。畏まり」
 
「トリュフとフォアグラも飽きたわよ!」
 
 少女は、執事長とシェフの会話を遮るように叫んだ。
 執事長は困ったような表情を浮かべ、自身の眉間に手を当てた。
 
「……お嬢様。人の会話に割り込むなど、淑女のやることではありませんよ」
 
「今のは仕方ないでしょ!?」
 
 執事長は、少女の行動に苦言を呈する一方で、少女の気持ちも理解していた。
 執事長にとって、少女の本音を知るなど朝飯前なのだ。
 
「確かに、お嬢様の気持ちもわかります」
 
「でしょう?」
 
「ここ最近、お嬢様の日記には食事への不満ばかり綴られていることは承知しております」
 
「そうよ。毎日キャビア、トリュフ、フォアグラばかりだもの。もうこの怒りは日記に叩きつけるしか……ちょっと待って? なんで私の日記の内容知ってるの?」
 
「ストレスからか、最近体重もお増えになられていますし」
 
「そうそう。最近は毎日体重計に乗るのが恐……ちょっと待って? なんで私の体重を知ってるの?」
 
 執事長は、コホンと小さく咳をし、グーで握った右手をコツンと自分の頭に当ててみせた。
 
「テヘペロ」
 
「首いいいいいいいい!」
 
「そう言われると思いまして、新しい執事を雇っております。今日から彼が、私に代わってお嬢様の食事の不満を解消します」
 
「首と言われるとわかってることをやらないでいただけます!?」
 
 執事長は少女の元を離れ、ダイニングルームの出入り口へと向かって歩く。
 丁度、少女が座るダイニングテーブルの逆側へ。
 
 言い換えれば、およそ四十メートル先へ。
 
 二十メートル歩いたところで、執事長は近くに設置されているマイクに口を近づける。
 
「……お嬢様。ダイニングルーム、もう少しコンパクトに作り直しませんか? 毎回毎回遠いです」
 
「……奇遇ね。私もずっと、そう思っていたわ」
 
 出入り口の扉は、執事長の背丈の倍はあるほど巨大だった。
 執事長は扉のドアノブに手をかけ、扉を開く。
 
 開いた扉からは、一人の少年がダイニングルームへと入ってくる。
 執事長よりも数段階生地の質が劣るタキシードについた家紋のバッヂが、この城に使用人として招かれた存在であることを示した。
 
 少年は、ダイニングルームに足を踏み入れると、即座に一礼した。
 
「今日からこの城でお世話になります! よろしくお願いします!」
 
 少女は怪訝そうな表情で、少年を見た後、マイクを手に取った。
 
「聞こえにくいので、マイクを使って話してくださる?」
 
 
 
 かくして、三大珍味を主食とするお嬢様とお嬢様の腹心である執事長の生活に、一人の庶民が加わったことで、お嬢様の新たな食生活が幕を開けるのだった。
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