新しい愛を、あなたと

ときひな

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新しい愛を、あなたと

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  あの日から、私は何のために生きているのかわからなかった。



  2年前、突然魔王が復活したと世界中に知れ渡った。魔物がそこかしこで暴れまわり、屈強な冒険者たちが撃退に駆け回るも魔物は一向に減ることはなかった。

  元凶である魔王を倒せるのは異世界から召喚した勇者と、それを支える2人の聖女だと神殿が予言すれば、国は早速魔術師たちを集め異世界から勇者を召喚した。



  そんなことになっても、まだ自分には関係のない遠い世界の話なんだと。侯爵嫡子の私は、貴族の一員としては情けないのかもしれないけれどそんな風にしか考えていなかった。

  私の婚約者、子爵家令嬢のマリーと、義妹のフランが聖女だとわかるまでは。







「ここに、いましたのね。アルフィード様」



  庭園で惚けるだけの私の後ろから、透き通る声が聞こえてくる。

  力無く後ろを振り向くと、ご令嬢が1人歩いて来ていた。



「……ヒルデガント、伯爵令嬢」



  なぜ侯爵家の庭園に伯爵令嬢が入って来ているのか。彼女は既に何回も屋敷に来訪しており、執事や侍女長とも顔見知りである。私に挨拶をしたいとでも言って入って来たのだろう。

  先触れも当主の許可もなしに何を勝手にと、普通なら思うかもしれないが、婚約者と義理妹が勇者と共に行き、父と母は王都からの帰りに暴れくる魔物に殺されてしまった。それ以来、私は執務も何もせず、ただ毎日を無駄に生きているだけだ。若くして当主になった。ただそれだけのお飾りの侯爵当主だ。

  屋敷にこもり、たまに外に出たとしても屋敷内の庭園だけ。父や母と親しかった貴族や商家からくる手紙も知らせも全て無視し、ただ無為に生きている。そんな私に、こうまで強引に会いにくるのはヒルデガント嬢だけだ。



「なぜここに、とでも言いたそうなお顔をしていらっしゃいますね」

「……帰ってくれ。貴女と話すことなど」

「わたくしにはあるのです」



  ぴしゃりと、言い切るヒルデガント嬢に私は何も言わなかった。何か言う気力もなかった。

  沈黙は肯定とでも受け取ったのだろうか。侍女に指示を出し私が座っている側に椅子を用意し腰掛ける。……客人だから何も言わないが、よくもまぁ侯爵家うちの侍女をそこまで使うことができるなと感心してしまう。

  一口だけ紅茶に口をつけ、風が頬を撫で過ぎると、彼女は改めて口を開く。



「……もう、よろしいのではないでしょうか」

「何がだ」

「新しい、愛を育むことです」



  その言葉に、死んでいた私の心が煮えたぎるように熱くなる。



「貴女に、何がわかると言うのだ」



  婚約者と義妹を勇者に寝取られ、父と母はその勇者に見捨てられ魔物に殺された。

  この気持ちを、誰がわかると言うものか。



「知って、いらっしゃったのですね」

「知ったから、こうしているのだ」



  知りたくはなかった。ただ、知りたくもあった。

  彼女たちが聖女になり、王都へと向かい始めのうちは手紙が届いていた。内容は早く魔王を倒して帰るとか、愛しているといった私に向けてのものから、勇者が口説いて来て迷惑しているという愚痴のようなものまで様々だ。

  愚痴のような内容だったとしても、彼女たちとの繋がりが断たれていない。それだけで愛は永遠のものだとも、必ず自分の元に帰って来てくれるものだと信じていた。戦う力のない私には、侯爵当主になり領主として侯爵領を治めるための勉強をして待つしかなかった。



  おかしくなったのは勇者が来て1年経った頃だ。

  魔物の殲滅が順調なのかどうかは争いごとが不得手な私にはわからなかったが、魔王が出たというのに舞踏会などを開くということは順調なのだろうと、そんな呑気なことを考えていた。

  あまり深く考えていなかったのは、1年ぶりにマリーとフランに会えると、そればかりを考えていたからだ。この頃になるとマリー達からの手紙の量が減って来ており、強力な魔物が現れて忙しく手紙どころではないのだろうと本気でそんな風に思っていたのだ。

  舞踏会で、勇者があんなことを言うまでは。



「俺の妻であるマリーとフランだ!  盛大に迎えてくれたまえ!」



  何をいっているのかわからなかった。

  マリーは私の婚約者だ。義妹も、正式ではなかったが第2夫人として迎え入れる予定になっていた。そのことを2人ともわかっていたはずだ。

  それが、なぜ。

  おかしいことはあった。舞踏会のエスコートをするのに、婚約者である私がするのが筋だろうと、王宮に先触れを出したにも関わらず聖女には会わせられないと門前払いをされたり、義妹に家族として挨拶をしたいといったこと、これも拒否された。

  壇上で勇者の腕を組み、幸せそうな笑みを浮かべているマリーとフラン。なぜ、そこにいるのがわたしではないのか。



「巫山戯るな!  マリー子爵令嬢とフランは我が息子の婚約者だぞ!  それの破棄もわしらに伝えぬまま妻だと!  王家がそれを認めたとでも言うのか!  それとも神殿がそれを認めたか!  せめてわしらに、息子に筋を通してからそう言うことをするものだろう!  この恥知らずが!」



  父は憤慨していた。ざわざわと会場がざわつく。王家や神殿、勇者に逆らおうとするものこそいなかったが、私のことは知っていたのだろう。眉をひそめるものがほとんどだった。

  マリーの父である子爵は青ざめた顔をしていた。子爵も知らなかったのだろう。そもそも、私とマリーの婚約は政略結婚である。当時の私とマリーは愛し合っていた (はずだった)が、その結婚の裏で子爵家の領地の一部を貰い受けたり、侯爵家から資金援助をしたりと貴族としての、家同士のやり取りも動いていたのだ。

  それを、格下である子爵家側から不意にされたのである。貴族として、父が怒るのも無理もない話だった。



「ふん!  俺は勇者だぞ!  俺に逆らうとはどう言うことか、今に思い知るがいい!」



  勇者はそんなことを言っていた。私はこの時には放心して気を失っていたので碌に話を理解していなかった。

  だからだろうか、父と母が死んだと言うことも、理解が追いつかなかったのだ。



  私が放心し気を失っていたため、父と母は私を王都に残し先に侯爵領へと戻り、今後どうするかを決めるそうだった。

  その領地に戻る父と母の乗る馬車を魔物が襲った。それもただの魔物ではなく、勇者にしか倒せない、竜の魔物だった。

  竜が現れたというのにも関わらず、勇者はなかなか動かず、父と母、それを守る領地の騎士や雇い立てた冒険者達、彼らが全滅した頃にようやく現れ、「俺に楯突かなければ、死ぬことはなかったのに」と、そんなことを言ったらしい。



  父と母の死を聞いた私は、何もかもを失った気分だった。生きる気力すらも無くしてしまったが、王都に残っていた父を、侯爵家を慕う使用人達に勇者に見つからないように逃がされ、領地に帰って来て、無気力に生きていただけだった。

  何もしたくない、何も知りたくない。

  だと言うのに、嫌なことは耳に入ってくる。

  父と母の死の真相。王都での勇者と聖女の結婚式。

  何もかもを奪われた。私には何も残っていない。

  そう思って、緩やかに死にたいと思っていた。



  パン、と乾いた音が聞こえた。頰に熱さが、痛みが、遅れてやってくる。

  ふと見やれば、ヒルデガント嬢が目に涙を浮かべていた。その掌は、赤く腫れていた。

  ご令嬢だから、力はないのだろう。それなのに、私の頬を叩いたのだ。私よりも、彼女の方が痛かっただろうに。



「わたくしたちは、貴族です。時には嫌なこともありましょう。傷つくこともありましょう。しかし、わたくしたちは貴族なのです。あなた様は全てを失ったと言いました。しかし、あなた様には、この領地、領民、支えてくれる人々、彼らがいるではありませんか。侯爵様のことは残念でございます。しかし、それでもあなた様は当主になったのです。なればこそ、まずはその義務を果たすべきではないでしょうか」



  その言葉に、私ははっとした。本当に何もかも失い、自分1人になったのであれば、とっくに死んでいてもおかしくはないだろう。

  立ち上がり周りを見る。側には使用人が控え、客人がいるからだろう、父に長く支えてくれていた執事が私の方を見ている。彼らは私を見捨ててもおかしくないはずなのに、今日この時まで、まだ私の側にいてくれたのだ。

  ただ行き場がなかっただけかもしれない。同情からかもしれない。それでも、私を支えてくれていたのだ。



「……ありがとう、ヒルデガント嬢。目が覚めたようだ。私は貴族だ。侯爵家の当主だ。死ぬのは、その責務を終わらせてからだ」

「そうですわ。わたくしたちは貴族なのです。……貴族であることを捨てた雌豚や、貴族を賤む勇者などとは違うのです」

「……案外、口が悪いんだな」

「失礼いたしましたわ」



  貴族として、領民を守る。それが私に課せられた責務だ。義務だ。その義務を、今まで放棄していたのだ。こんな男のことを、誰が好いてくれるのだろうか。

  守るものを自覚した私は、死んでいた気力が蘇ってくるのを感じていた。同時に空腹感も蘇って来た。今まで何を食べても味を感じられず、食事を抜くこともままあったが、なぜか今は無性に腹が減っていた。

  紅茶とともに出されていたリンゴのタルトを頬張る。美味い。リンゴの甘みがしっかりと生きていた。



「美味いな。シェフの腕がいいのか」

「僭越ながら申し上げさせていただきます。シェフの腕がいいのはもちろんでございますが、このリンゴは侯爵家の領民が育てたもの。その中でも1番だと言うものを領民が持って来たのでございます。彼らは旦那様のことをよく知っておいででしたので」



  そうだったのか……。

  侯爵嫡子でありながら家を抜け出し、市井を見て回ることが好きだった。家を抜け出すことに関してはそれはもうたっぷりと怒られたものだが、市井を見て回ることについては何も言われなかった。分別がつくようになってからはしっかり護衛をつけてから市井を見て回った。その姿を、守るべき領民たちの姿をこの目に焼き付けていたはずなのだ。

  農民の同い年の領民からリンゴを1つもらったことがある。それが今年1番のリンゴだから領主の息子のお前にやるよ!  と投げ渡されたものだ。

  よくよく考えれば、リンゴの時期には毎日茶会や食後にリンゴが出ていた。



「これは独り言にございますれば。ここのところ毎日、リンゴを1つだけ持ってやってくる農民がおりましてな。領主様に食べさせろと。あまりにも無礼なので追い返しておりましたが……」



  彼は、私のことを心配してくれていたのか。数えるほどしか会ったことのない私のことを、リンゴの時期であれば収穫で忙しいであろうに、リンゴの農家であればそれは税として納めたり商品として売るべきであろうものなのに、それを1つとはいえ私のために毎日……。

  私は涙した。けれど、今までの悲しみの涙ではない。支えられているとわかった、慈しみを感じた涙だ。それに気づかせてくれたのは……。



「ヒルデガント嬢、済まなかった。今度、改めて礼をさせてほしい」

「あら、何のことでございましょう」



  あっけらかんと言う彼女に、俺は笑いを返すことしかできなかった。

  彼女のような素敵な女性であれば婚約者はいるだろう。願わくば、彼女に私を支えてもらいたかった。これが、本当に人を愛するということなのかと、そう感じられた。







  それから、3年が過ぎた。

  時間はかかりはしたが勇者は無事に魔王を倒し、王宮にて討伐祝いのパーティが行われると聞いた。招待状は届いてはいたが執務が滞っているからと理由にしていかなかった。実際、興味もなかったのだ。

  ただ、今思うとそのパーティは行くべきだったと思う。なぜなら、そのパーティの最後勇者にサプライズプレゼントということで、なんと元の世界に送り返して差し上げたのだ。勇者は何かいう前に壇上の上にこっそりと用意された魔法陣の上から一瞬にして姿を消した。

  なぜそんなことになったのか。それは、勇者が聖女だけでは飽き足らず王女殿下にまで手を伸ばそうとしたからだ。もっとも、王女殿下は貞操のしっかりとしたお方。既に公爵嫡子と婚姻関係にありそのような不貞はできないと言っていたのだが、勇者は俺は勇者だから関係ないと無理やり襲おうとしたらしい。

  王女殿下は無事であったが、これには国王陛下もお怒りだった。しかし、相手は魔王を倒した救世の勇者である。如何に国王陛下であろうとも王女殿下の貞操で罰することは難しかった。何も知らない臣民は勇者が国王になることにも反対しないからだ。

  罰することができないなら褒美をとらせると、帰郷は何よりの褒美だろうと解釈をし勇者は元の世界に送り返された。帰郷を望んだ (という風に情報操作された)臣民たちは、勇者様がお望みならば仕方がないと、涙ながらに見送った。

  勇者が消えたと同時に聖女の力も喪われた。もっとも、聖女の力は勇者とセットでなければ意味をなさない。国賓待遇で会ったのは勇者であり、その勇者がいたからこそ聖女も国賓であったのだ。そうでなければ元々臣民でしかない聖女たちを城で預かり続ける理由はない。そなたらには元々婚約者がいたであろうと、国王陛下も厄介払いをしてくれたのだ。



  その知らせの手紙を受けたのが先日。早ければ今日明日中には彼女たちは帰ってくるのだろう。

  帰ってくるというのになんの感慨も受けなかった私は、ペンを走らせ執務を続けた。



「旦那様、例の『お客様』方が門に」

「門前払い……と言いたいところだが、後が煩そうだ。応接室に通せ」

「はっ」



  手につけていた書類を引き出しにしまい、その足で応接室へと向かう。応接室にはさも当然といった顔で、しかしどこか不満げに紅茶を飲んでいるマリーとフランの姿があった。

  彼女たちは私の顔を見ると、ニッコリと笑い詰め寄ってきた。



「アル!  国王陛下に勇者様をこの世界に戻すように上奏してもらいたいの!  あなたしか頼れる人がいないのよ!」

「お兄様!  お願いします!  どうか勇者様を!」



  わかっていた。彼女たちの気持ちが私に向いていないことを。勇者という要因を取り除いたとしても、それが変わらないであろうことを。

  彼女たちの顔を見て決意が鈍るかと思ったが、むしろ決意が固まった。彼女たちは、私に、私の大事なものに対して毒にしかならない。



「平民が貴族に頼みごとだと?  昔馴染みのよしみで会うことを了承したが、巫山戯るのも大概にしろ」

「へい……みん……?」

「お兄様は何をおっしゃっているの?  私はお兄様の妹で侯爵家の令嬢。マリーお姉様は子爵家の令嬢ではありませんか。それに、私もマリーお姉様も聖女です。それに勇者様の妻になったのですよ。平民などではありませんわ」



  何もわかっていないのだなとため息をつく。仕方がないと私は説明してやることにした。



「……第1に、お前たちは勇者の妻などではない。教会に申請したのかどうかは知らないがその時のお前たちの立場は私の婚約者だった。破棄はされていなかった。その状態で婚姻などできるわけもない」



  あの4年前の、勇者が来て1年のパーティでの宣言は、本当に宣言だけだ。

  婚約者という立場は、平民なら口約束だけの場合もあるだろうが私たちの場合は親同士が正式な書面を持ってして結ばれた約束、契約である。破棄をするにもそれなりの手続きというものが必要になる。



「あの時点で破棄はされておらず教会でも恐らくは受理されていないだろうな。いくら勇者でも国の決まりを破ることなど容易ではない。その話が大きく出なかったのはその直後に父と母が死んだからだろう。しかし父と母がいなくなったからといって、契約が破棄されるわけではない。その契約主は次の当主……つまり私に引き継がれる。1年は喪に服していたから、破棄したのは3年前か」

「そんな……勇者様はお義父様がいなくなったから結婚できると言っていたのに……」



  当人たちは結婚したつもりでいたのだろう。その気になって幸せだったのかもしれない。

  ただし、実際には違う。その裏で、何が起こっていたのか、気がつくべきだっただろう。



「この婚約破棄を持って、子爵家は取り潰しとなった。領地は一部を我が侯爵家が、7割ほどを隣の伯爵家に売り渡した」

「取りっ!  なんでそんなことになってるのよ!」

「婚約破棄の原因はマリー、君の浮気だ。王族の出席するパーティで堂々と浮気宣言をしてくれたのだ。それは、父が婚約者だと主張したことで証明されている。……それ以前に書面を調べればわかることだろうがな。元々この婚姻は資金難だった子爵家に侯爵家から金を貸し与えるためという側面がある。破棄になったことでその回収と、破棄の違約金の請求をさせてもらっただけだ」

「なんでそんなひどいことをするのよ!」



  私に掴みかかろうとするマリーの手を、1人の女性が止めた。そしてそのまま、マリーの顔を叩きつける。

  その女性は数年前に雇った使用人だった。



「あなたは……どこまで愚かなことをするのですか!」

「お母様……」



  その使用人はかつて子爵家の夫人だった。取り潰しになり露頭に迷うことになるところを、使用人として雇ったのだ。この場にはいないが、かつての子爵も家令として雇い入れている。

  彼らに非はなかったが、彼らにも泥をかぶってもらう必要があった。その補填として侯爵家で保護させてもらっているというわけだ。



「あなたは自分が何をしたのかまだわからないのですか!  旦那様の愛を裏切り、あのような男に懸想した挙句、あまつさせその男に会うことを旦那様に望むなどと!」

「いい、彼女には何を言っても無駄なことはわかった。シィーリレンの修道院に送ろう。あそこなら問題を起こさないだろう。聖女が来ると聞けば向こうは断らないだろうしな」

「シィーリレン……?  い、いやよ、いやあああああああ!!」



  シィーリレン修道院は北の山奥にある質素な修道院だ。運営に問題があるわけではなく、厳しいシスターがいることで有名で、問題を起こした貴族令嬢が送られる場所としても有名だ。

  そんなところに送られるという意味を、彼女には身をもって理解してもらいたい。まぁ、そこに入れられたら最後、出て来ることはないのだけど。



「ま、まさか私もですかお兄様……」

「いや、お前はあそこへは送らない」



  あからさまにホッとするフラン。

  しかし、彼女だけいい思いをさせるわけがない。



「お前には縁談が来ている。トリスタン公爵家の三男だ。よかったな」

「トリスタン……三男!?  あのヒキガエル公爵ですって!?」



  トリスタン公爵三男はあまりいい噂の聞かない貴族だ。とはいえ犯罪行為に手を染めているわけではなく、単に出不精で見目麗しくない、まぁ汚い言葉を使ってしまえばデブでブサイクな男だ。

  貴族令嬢からの人気は言うまでもなく悪い。そこに嫁げということは。



「わ、私にあの男に抱かれろというのですか!?」

「政略結婚というわけだ。お前が嫁げば鉄鉱山の利権を譲ってくれると言ってくれてな。そういうわけだからよろしくな」

「い、いや」

「貴族の結婚は政略結婚だ。それを拒むということは貴族の義務を放棄すること。ならばシィーリレンに行くといい。好きな方を選ばせてやる」



  それだけ言うとフランは放心して動かなくなった。

  しかし、マリーが何かに気がついたかのように騒ぎ始める。



「そ、それならアルはどうなのよ!  あなただってまだ結婚は」

「それなら2年前にした。伯爵家のご令嬢とね」



  それを最後に、とうとうマリーも何も言わなくなった。







  2人を馬車に詰め込みそれぞれの目的地に送り、執務室で関係各所への手紙をしたためているとこんこんとノックの音がする。

  どうぞとノックした人物を招き入れると、そこにはドレス姿のご令嬢が、いや、私の妻がいた。



「ヒルダ、どうかしたかい?」

「昼にあの人たちが来ていたでしょう?  それで少し様子を見に来たのよ。あの人たちに会うなとあなたが言うから我慢していたもの」

「それは悪かった。……あのような毒婦どもに、君を汚されたくなかったんだ」

「まぁ、かつての婚約者にひどい言い草」



  まるで責めるように言ってはいるが、クスクスと苦笑しているヒルデガント。

  婚約を破棄し自身の身を清算し、それからしばらくは執務に集中していた。その間も、ヒルデガントは頻繁に侯爵家に訪れており、時折悩む私に違う角度から助言をしてくれたりと、だんだんと親しくなっていった。

  そんな彼女のことを、好きになるのに時間はかからなかった。幸か不幸か彼女に婚約者はおらず、彼女の生家である伯爵家は跡取りや後ろ盾にも特に困ってはいなかった。つまりヒルデガントに政略結婚をさせる必要がなく余裕があったのだ。

  そこに私はかつての子爵領を持参金がわりにヒルデガントを嫁にもらいにいった。伯爵はそんなものはいらんと言ってくれたが、自信がなかった私はそうでもして政略結婚という体をとらなければ受け入れてもらえないと思ったのだ。

  ただ、実際にはヒルデガントは昔から私のことを好いていてくれていたらしく、婚期が遅れるギリギリまで諦めたくなかったのだとか。そこであの寝取られ事件が起きたのでこれ幸いと猛アピールをしていたと。今にして思えばあれは確かにアピールだったのだと思う。

  それにしっかりと絆されたのも私なわけで。



「ヒルデガント、愛している」

「まぁ、突然ね。……私もあなたのことを愛していますわ」



  勇者が現れ、婚約者を寝取られた時は絶望したが、本当の愛を得られた今は、結果論だが良かったのだと思う。

  愛する妻と一緒で、私は今、とても幸せだった。

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