Besides you 下

真楊

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19.

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 冬休みが明け、二週間以上もの長い休暇はあっという間に過ぎ去り新年初めての登校日がやってきた。

 ──今日から学校か…。

 陽翔は重く押さえつけられたような気持ちでワイシャツに腕を通していた。誰しも長い休みで怠けきった身体では学校へ行くことはかなり憂鬱だろう。しかし陽翔の気持ちが滅入っていた理由はそれだけではなかった。

 陽翔は今日、慶に別れを告げようと決めていた。クリスマス当日のあの日から一度も顔を合わせていなかった慶に別れを告げる、陽翔にとってはなんとも重苦しい行動だ。
 別れを告げたら慶は素直に受け入れてくれるのだろう、陽翔はそんな気がしていた。これで自分の事など忘れ新たな恋人を作って幸せになって欲しい、けれど人がいい慶は別れた後でも自分のことを気にかけてくれるのではないだろうか。陽翔は沈んだ気持ちのまま着替えを済ませた。


 陽翔がいつも通り悠哉と二人で教室へ向かうと、なにやら廊下に人集りができていた。

「なんかすげぇ人だな」

 足を止め、不思議そうに人集りを見つめている悠哉に「うん…?」と陽翔も頷いた。
 不審に思った二人は集団に近づき、生徒たちの目線の先にあるものを目にした。

「…?!」

 陽翔は己の目を疑った、そして一身体中の体温が急激に冷めていく感覚に襲われる。

「なんで………」

 そこには掲示板があった。本来ならば情報共有のための掲示物が何枚か貼りだされているはずだ。しかし陽翔が目にしたものは掲示物などではなかった。
 掲示板にはA4サイズ程の大きさに印刷された写真が数枚貼られており、その写真には陽翔と慶が仲睦まじく話している姿が写し出されていた。そして周りには『二人は恋人関係だ』『男同士で付き合っている』といった書き込みがされている張り紙も貼られていた。

「なんだよこれ…」

 悠哉が困惑した声色でぽつりと呟く。悠哉も目の前の状況に頭が理解に追いついていないといった様子だった。しかし状況を理解出来ていないのは陽翔も同様であり、その場から動くことが出来ない。

 ──一体誰がこんな事…?

 陽翔の頭の中は焦りからぐるぐると嫌な思考が張り巡らされる。いや、誰の仕業か等どうでもいい、そんな事よりも自分のせいで慶がゲイだと思われてしまう、また慶に迷惑をかけることになる。陽翔の顔はみるみるうちに青ざめていった。

「…チッ、どけっ!!」

 すると突然、悠哉が生徒たちをかき分け先頭まで来ると、写真を片っ端から剥がしていった。「何見てんだよっ!」と写真を剥がしながら悠哉が生徒たちに威嚇をすると、群がっていた先輩たちは少しずつだが散っていく。

「…悠哉…」

 陽翔はそんな悠哉の姿を呆然と見つめることしか出来なかった。


 二人が教室へ入ると、先程と同様に黒板の前に生徒たちが群がっていた。嫌な予感を感じた陽翔が黒板に視線を移すと、案の定先程の写真が無造作に貼られている。

「くっそ…っ」

 顔を顰めた悠哉は怒りを顕にし、乱暴に写真を剥がした。

「誰だよこんな悪趣味なことした奴は…っ!!」

 悠哉がバッと振り返り目の前の生徒たちを見渡すと、教室は静かな沈黙に包まれた。「おいっ…!!」と静かな教室に悠哉の声だけが響いている。このままではまずいと思った陽翔は「悠哉、僕は大丈夫だから。ね?」と悠哉の肩に手を置き宥めた。

「大丈夫って…こんな事されて黙ってられるかよ…っんな悪趣味な…」

「大丈夫、誰がやったかなんて分かりきってる事だから」

「…陽翔」

 悠哉の腕を引いた陽翔は自身の席まで行くと鞄を下ろし、いつも通りの素振りで腰を下ろした。悠哉も納得がいかなそうな顔をしていたが、大人しく自分の席へと落ち着いた。

「なぁ陽翔、あの写真に写ってたのってお前?それとも双子の片方の方?」

 数人の男子生徒が陽翔に近づいて話しかけてきた。彼らはクラスでも立場が上なグループであり、恐らく今回の件を野次馬として面白がっているのだろう。陽翔は平常心を保ち「どうだろうね」と微笑んだ。
 そんな陽翔の態度に「なにヘラヘラしらばっくれてんだよ」と男子生徒はイラつきを見せる。

「ホームルーム始めるぞー」

 タイミングのいい事に、担任がガラリと扉を開き教室に入ってきた。「お前ら早く席に着け」と催促された生徒たちは面倒くさそうに自身の席へと戻っていく。

 ホームルームが終わり授業が始まっても陽翔は上の空だった。悪趣味な形で写真を見世物のように晒しあげられ、大勢の生徒に慶との関係を匂わすことになってしまった。しかし陽翔にとって、それ以上に問題となることがあった。自分が周りにどう見られようが陽翔にとってはどうでもいい、ただ慶までもが周りに不審な目で見られることが陽翔には耐えられなかった。自分のせいで慶が傷つくことになる、想像したくもない現実に陽翔は目を瞑りたくて仕方なかった。
 昼食の時間になると「俺も一緒にいいか?」と珍しく彰人が顔を覗かせた。

「難波は?」

 自分の弁当を鞄から取り出した悠哉が、不審そうな顔つきで自身の恋人へと問いかけた。

「担任から呼び出しを食らって当分帰ってきそうにない」

 呼び出しという言葉に陽翔の肩がビクリと反応する。そんな陽翔の様子に「進路について呼び出されただけだ。あの写真は一切関係ないから安心しろ」と陽翔の不安を先回りして彰人が答えた。

 場所を移した三人は屋上へとやってきた。普段は教室で昼を食べている二人だったが、先程の件で居心地が悪くなってしまったため場所を変えざるを得なかった。

「本当に悪趣味だよな」

 白米を口に運んだ悠哉はムスッとした態度で不満を零した。写真の件に関して悠哉自身相当腹を立てているらしく、今日一日悠哉の機嫌は最高に悪いものだった。

「なぁ、お前らのクラスにも写真って貼られてたのか?」

「ん?ああ、朝教室へ来たらすごい騒ぎになってたさ。お前らのクラスにもってことは二人のクラスにも写真は貼られてたみたいだな」

「まあな、でもほんと信じられねぇ。誰があんなクソみたいなこと…」

「空音だよ」

 陽翔は悠哉の言葉を遮り、空音の名を口にした。

「空音って…お前の弟はそんな下劣な真似をするような奴なのか?」

 空音に会ったことすらない彰人は、実の兄弟がそんな事をするはずないとでも言いたげだった。けれど陽翔には断言できた、これは空音の仕業だと。

「空音は僕を陥れるためならなんだってしますよ」

「だけどあの写真だと陽翔か空音か区別つかねぇよ。普通に空音と難波が恋人同士だと思い込むやつもいるだろうし…空音は自分が難波と付き合ってるって勘違いされることに何も思わなかったのか?」

 悠哉の言い分はもっともだった。確かにあの写真では双子である陽翔と空音、どちらが写っていたのか区別することは難しいだろう。下手をすれば空音自身がゲイだと思われ特異な目で見られる恐れだってある。わざと自分のリスクを犯すようなことをするのだろうか、しかし陽翔の考えは変わらなかった。

「空音は僕を陥れるためだったら何だってする、それこそ自分が損をするような事でも僕を巻き添えに出来るなら迷わず行動に移すだろうね。今回の件だって慶先輩を巻き込むことで僕が酷く自己嫌悪に堕ちることを狙ってるんだ」

 陽翔は奥歯をギリっと噛み締めた。陽翔がもっとも恐れていること、それは自分のせいで他の誰かが傷つくことだった。自分が周りからどう見られようと何を言われようが陽翔にはあまり関係ない、そんな事よりも他の誰かが傷つく事が何よりも嫌だった。悔しいが空音はそんな陽翔の内面を知り尽くしている、そんな空音のことを陽翔は許せなかった。

「そこまで空音はお前のことを恨んでいるのか?」

 菓子パンを完食した彰人は、袋を小さく丸めながら陽翔に問いかけた。

「はい、空音が帰って来てから僕に対する態度も以前よりも柔らかくなって…離れて暮らしてる間に何か変わったのかと思ったけどやっぱり今でも僕は空音に恨まれていたんです。空音の僕を見つめる瞳が冷めきっている、それが何よりの証拠だから、双子だから何となくわかっちゃうんです」

 陽翔は箸を置き、悲しそうに瞳を揺らめかせた。最近の空音の態度はあの頃に比べ友好的なものだった。けれどどこか距離を感じる、自分のことを軽蔑しているのだと陽翔には感じ取れてしまうのだった。

「だけど、本当に空音が犯人かなんて分かんないだろ?」

 力強い声色でそう口にした悠哉に、陽翔は思わず顔を上げ悠哉の顔を見た。

「まだ証拠もないのに空音だって決めつけるの、俺は気に食わない」

 陽翔は困惑した。だってあんな事するのは絶対に空音に決まっている、証拠などなくたって陽翔には断言出来るのだから。「決めつけるって…空音しか有り得ないんだからしょうがないよ…っ」と陽翔は悠哉に訴えかける。

「空音しか有り得ない訳では無いだろ、お前が知らないだけで他の第三者がいる可能性だってあるんだし」

「俺も悠哉の意見に同意だな。証拠もないのに決めつけるのは早いんじゃないか?」

 彰人も悠哉に便乗するように言葉を並べた。そんな二人の意見に納得が出来なかった陽翔だが、二対一では何を言っても負けてしまう、そう思い口を噤んだ。

「空音とちゃんと話そう」

「え…っ」

「今回のことを空音に聞いてさ、空音の仕業じゃないって確かめるんだよ」

「もし空音の仕業だとしても、空音本人が自分がやりましたと正直に白状しないんじゃないか?」

 悠哉の提案に眉を寄せた彰人に「双子なんだから相手が嘘ついてたら分かるだろ、な?」と悠哉は陽翔に同意を求めた。

「確かに空音の嘘なら見抜けるだろうけど…でも…」

 正直なところ、陽翔の心情としては空音と話すことは避けたかった。空音の動機は理解は出来ないが、これ以上関わりたくない、自分のせいで他の誰かが傷つくのはもううんざりだった。
 浮かない顔で陽翔が言い淀んでいると「お前が嫌ってんなら俺が聞いてやってもいいけど」と悠哉が申し出た。

「駄目だよっ!絶対駄目!」

 悠哉と空音を二人きりになんて出来ない、陽翔は即答した。

「じゃあお前も一緒に空音に聞きに行こうな」

 陽翔はしまった、と思った。しかし陽翔が気づいた時には既に遅く、悠哉の口車にまんまと乗せられてしまった陽翔は「…分かったよ」と頷いた。
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