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第2章 異世界幼少期編(オリヴァー)
第11話【真理(エメス)と死(メス)】
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オリヴァーは漠然と霧の濃い仄暗い森を歩いていた。
歩いた先には森の拓けた場所があり、その広場の中心で木の人形……、否、ウッドゴーレムことヴェーズゲインが背を向けてカタカタと音を立てて棒立ちしていた。 オリヴァーは周囲を見渡すが森に囲まれた広場には誰もおらず、ヴェーズゲインが鳴らす音だけが響いており、恐る恐るヴェーズゲインの正面に回り込もうとするとヴェーズゲインにイキナリ振り向かれ、驚きのあまり身体が硬直したように動けなくなった。
そこで眼の前のあり様を凝視してしまうと振り向いたヴェーズゲインの胸に収まった赤いゴーレムコアがドロドロとゲル状になって地面を伝い、ゲルからは赤い無数の人の顔がボコボコと流れていく様が目に映った。 そして、赤いゲル状の顔が声にならないうめき声をあげながら溢れていき、その濁流に飲まれそうになったところで朝日が差し込み、オリヴァーはベッドの上で悪夢から目を覚ました。
「夢か……」
「夢の様じゃな 」
「うわ!」
部屋の椅子にハーブティーを啜るミュルタレが座っていた。
「なんで部屋に……! いるのですか?!」
「なんじゃなんじゃ、せっかく麿が寝坊助に朝食を持ってきてやったというのに邪険にするのう? もう朝日が昇りきっておるぞ」
オリヴァーの鼻腔に部屋の空気が通ると微かに焼けたばかりのパンの匂いと母親特製のスープの薫りがしていた。
「ミュルタレ様、ありがとうございます!」
オリヴァーがスープを飲もうとするとすっかり冷めており、カップの裏には水滴が溜まっていたことであることを察した。
「ミュルタレ様、随分と待たせてしまい、申し訳ございません。」
「ほう、オリヴァーは中々賢いのう なに、童がうなされておったのじゃ、見守るのが大人の務めじゃて……
……それに童の寝顔は中々に可愛いものじゃぞ 」
ミュルタレの不意打ちにオリヴァーはスープでむせてしまった。
「ごほ、恥ずかしいですよ!ミュルタレ様」
「むふふふ、してオリヴァーよ、お主はどんな悪夢を見ておったのじゃ?
悪夢は人の根源的な悩みや疑問や恐れを写すものじゃ
昨日は多くを学び、その上で見た悪夢はお主が抱いた純粋な悩みや疑問となるはずじゃ 」
ミュルタレの薄紅色の瞳は真っ直ぐオリヴァーを見据えていた。
「それは……」
オリヴァーはヴェーズゲインのコアから怨嗟の濁流が流れ出た悪夢をミュルタレに話した。
「ふむ、左様な悪夢じゃったか……、それは麿の領分じゃな」
「ミュルタレ様、ゴーレムのコアに封じられた魂はどの様なものなのでしょうか?」
「その疑問も含めて今回の魔導講義で教えるかのう……、さぁ、さっさと朝食を食くって準備するのじゃ……、そうじゃな、講義は屋敷の外で行うかのう 」
ミュルタレはそう言い残して部屋を後にした。
外の講義へ向かうオリヴァーは屋敷の正面玄関に向かうとミュルタレ、エリーザ、母コーネリアが話し込んでいて、玄関前のアプローチにゴーレムの馬車が停車していた。
「オリヴァーよ、麿の魔導講義は古戦場で行うぞ
ついでに麿の仕事も披露いたそうのう」
「はい!」
「それにしてもエリーザよ、ミーナのやつはあれからずっと寝ておるのじゃな……、全く魔力切れになるまでやるとは思わなんだぞ」
エリーザは眠たげに答えた。
「はい……、止めたんですけども、ミーナちゃん熱が入ると止まってくれなくて……、ノブハーツ君も駄目ですね 」
コーネリアは半ば呆れながら呟いた。
「エリーザ様、ミーナ様は夕方から今朝までノブハーツ君を教えていたのですね……」
「はい、体力切れや魔力切れは回復魔導では回復できないので夕方まで起きれないと思います」
ミーナとノブハーツのレッスンはあれから朝まで続き、体力も魔力も尽きて寝床についていた。
4人が話し合う傍ら馭者の格好に身を包んだヴェーズゲインは馬車へ荷物を運び込み、出発の準備を整え、御者の座席に着座していた。
「さてさて、行くとするかのう、オリヴァーよ」
ミュルタレとオリヴァーが馬車に乗り込むと、馬車が滑らかに加速し始めた。
「オリーちゃん、ミュルタレ様の言うことをちゃんと聞くんですよ 」
「オリヴァー君、頑張ってね」
二人の見送りにオリヴァーは窓枠から顔を出して、
「いってきます!」
そのまま、屋敷を見ると眠そうに目を擦るミーナが部屋のバルコニーから手を振っていた。
オリヴァーがミーナに精一杯手を振ると眠気がぶり返したのかミーナは徐々にバルコニーの手摺にもたれ掛かり寝入ってしまった。
「彼奴め、起きたかと思えば寝てしまうとはのう……、意地を張るのも大概にすべきじゃろうて……」
ミュルタレはそう呟いて、意地でもノブハーツを指導し、意地でもオリヴァーを見送るミーナのタフさに呆れながらも内心脱帽していた。
「さて、オリヴァーよ、此度は死霊魔導の講義を行おうかのう 」
「死霊魔導ですか? 確か、幽霊やアンデットを操る魔導でしたっけ?」
「左様じゃ、死霊を扱う魔導故に連合王国の歴史上最も苛烈と言われた“オデュッセウス平原の戦い”が行われた場所に向かう
此度、麿が連合王国に来たのはお主の指南役として雇われた事もあるのじゃがアーサーの奴の領地を荒らす死霊を祓うことも含まれておるのじゃ。」
ゼイウス暦803年”オデュッセウス平原の戦い”……、この戦いはまだ連合王国が纏まる前に起きた諸王国間の戦争末期に行われた決戦であり、ウィンスター家の歴史を語る上で切っても切れない事柄であった。
当時、連合王国は“ブレクス王国”、”アルグレイ王国”、“アイリック王国”、“イングナム王国”、“アイソン王国”が独立した5つの国家として別れており、互いの婚姻政策で関係と均衡を保っていたが、その均衡が破れたのはアイリック王国の王位継承者問題が発端となった。
時のアイリック王には男子が恵まれず親類縁者のハワードを養子に迎え、王位継承者として育てていた。しかし、養子ハワードが成人となった頃にアイリック王は男児フレデリック2世を授かり、王位継承者を直系のフレデリック2世に変えてしまう。 大きく問題となったのは養子ハワードにはこの時アルグレイ王国の王女との婚約があり、アルグレイ王はアイリック王の王位継承者変更に大きく反発し、ブレックス王国と手を組みハワード派を大きく支援した。
一方、幼いフレデリック2世にはアルグレイ王国とブレックス王国の台頭を座視できないイングナム王国とアイソン王国が同盟を組み支援した。
そして、数年後にアイリック王が崩御すると両陣営の武力闘争が顕在化し、5国を巻き込んだ連合王国史上における最大の内戦が勃発したのだった。
当時、ウィンスター家は元々イングナム王国に属する貧乏貴族だったが、内戦で武勲を重ね、戦争末期に行われた決戦であるオデュッセウス平原の戦いでアルグレイ王国の指揮官を討ち取り、その功績で辺境伯の地位に上り詰めたのだった。
ただ、ウィンスター家は辺境伯という高位な地位には付けたがそれと同時に戦争の怨霊が渦巻くオデュッセウス平原の管理を押し付けられる事になり、人の住めない大地の管理は大きな負債となり辺境伯が有する戦力を割かざる得ない状況に陥っていた。
イングナム王家としては鋭過ぎる剣の鞘としてオデュッセウス平原を充てがった様なものであった。
無論、ウィンスター家もただ受け入れるだけではなく、祓魔師のマリアージュ家と繋がりを持ったウィンスター家当主はミュルタレ・マリアージュに幾度と依頼しては死霊を祓ってもらっていた。
しかし、大規模な戦禍が残した膨大な怨霊は数十年の歳月を経ても祓い切るには至っていなかった。
何度も赴いたことで勝手知ったるミュルタレはオリヴァーの指南役と本来請け負っていた死霊祓いの仕事を兼ねてウィンスター家領内のオデュッセウス平原古戦場へ向かっていた。
二人と1体は周囲が緑に包まれた古戦場にたどり着くと古びた民家の前で荷物を広げ、古戦場には所々に崩壊した家屋や家財、土草に埋もれた街路や井戸が点在し、風が吹き抜けていた。 そこは澄み切った青空の下、日に照らされ暖かく一面緑豊かな平原だったが虫や小動物がいない、風だけが音を支配する世界だった。
「ここがオデュッセウス平原なんですね……、お昼なのになんだか嫌な風が吹きますね」
「この風、この感覚を覚えておくが良い、これが羽虫も寄らぬ死者や月が支配する世界の風じゃ、まだ日が出ておるから死霊は出ぬが、死霊魔導を心得ておらぬ者ならば一夜も生き残れまいて……、さて、オリヴァーよ、死霊魔導の披露は今夜行うつもりじゃからそれまで死霊について話そうかのう」
ミュルタレは紫色の布の掛かった鳥籠の様な物を取り出し、籠の中身が軽いのか華奢なミュルタレが片手で難なく持ち上げ、民家にあった机の上に置いた。
「それは何ですか?」
ミュルタレは紫色の布を摘んで捲りあげると中には炎のように形を持たない何かが蠢き、人の顔のような影が現れていた。
オリヴァーが中身を確かめるために布を更に捲りあげようとするとミュルタレの指南が入る。
「これが死霊じゃよ、扱いに気を付けよ……、陽の光に当ててしまえば消滅するからのう 」
咄嗟にオリヴァーは布を戻す。
「では、死霊は陽の光があれば退治できるんですね 」
「そうじゃ……、それ故に小奴らは様々なモノに潜みたがるのじゃ……、それこそ物言わぬ人形、未熟な赤子、事切れた死体に憑依支配したがるのじゃよ」
「じゃあ、危ないんじゃ!?」
咄嗟にオリヴァーが籠から身体を引くと、ミュルタレは笑いながら籠の中に手を伸ばして死霊をゆっくりくすぐるように触れ、諭した。
「むふふふ、それは杞憂じゃよ……、こうして触れても少量の魔力を制御して纏えば小奴らは何もできん、じゃが……」
ミュルタレは布で包んだ包を摘み籠の中に置くと中から死んだばかりのネズミの死骸が現れた。すると、死霊はネズミの死骸に反応し、輪郭を刺々しく先鋭化させながら死骸に侵入していき、籠の中には死骸だけが残った。
「死霊が消え……」
オリヴァーは籠の中で起こったことに言葉が出なくなった……。
籠の中の死骸が動き出し、バタバタと暴れ始め白目の向いたネズミがヨダレを垂らしながら暴れ、喚き始めたのだ。
「オリヴァーよ、これが死霊が取り憑いた死骸、アンデットじゃ、相容れぬ肉体に死霊が宿ると拒絶反応を起こしてゾンビとなり、肉体を腐敗させながら血肉を求め彷徨う羽目になる…… もし死霊を野放しにし続けたら死体が死体を呼び、アンデットが増え続けることになってしまうのじゃ」
ゾンビ化したネズミは籠を噛み付くと籠の内側を巡る魔力の障壁に阻まれて弾かれ、暴れ、再び籠に噛みついては弾かれを繰り返していた。
ガシャン……、ガシャン、ガシャン……、
「これがアンデット……」
「そうじゃ、そしてのう、アンデットは血肉や魂を喰らい続けることでより人に近い高位の存在となるのじゃ……、じゃが、決して人には戻らん……、もし愛しいものの魂を死霊にしたくなければ封印術を用いて”触媒”に封じ浄化せねばならん……」
ミュルタレはそう言って赤いビー玉の様な結晶を取り出した。
「それはゴーレムコアを作ったときに持ち込まれた赤い結晶ですか?」
学習意欲の高い生徒の質問は指南役のやり甲斐を刺激した。
「むふふふ、その通りじゃ、あれは魔物から取れる魔石を浄化して封印術の触媒として使っておったのじゃよ」
ミュルタレは透明で握りこぶし大の水晶球が埋め込まれた木の杖を取り出す。
「この水晶球の様に透明なモノが浄化された魔石じゃ、これに死霊やその残滓を封印術で閉じ込めることができてのう、恐らく魔物の魂の器は死霊の受け皿になりやすいのじゃろうな……」
ガシャン、ガシャン、ガシャン……
騒音が気になったオリヴァーはネズミのアンデットが飽きることなく籠に身体をぶつけて繰り返すさまを見てしまった。
「このアンデットは封印したり、陽の光を浴びせれば倒せるのですか?」
「そうじゃな……、死霊ならば問答無用で封印術で封じられるが、アンデットならば使役して合意させる必要があるのう、倒すのであれば低級アンデットなら日光で消え去るが高位の奴らは弱点を克服する場合がある……、それ故に倒すならば日光とは別の手段が必要となるのじゃ」
「別の手段?」
「そう、除霊術じゃ、ここは一つ披露致そうかのう」
ミュルタレは羊皮紙と羽根ペンを取り出して素早く何かを書き上げると、金色のペンダントを片手で握りながら詠唱をし始める。
「世の理、人の理、循環する御霊の輪廻、正転せよ、妾の尊き主の則をもってその真理を示せ……」
羊皮紙には魔導陣と古代語で”真理”という文字が書かれており、羊皮紙から紫の光が伸びてアンデットを捉え拘束していた。
「偽りの生に死を!」
ミュルタレは羊皮紙に書かれた古代語の”真理”から頭文字一文字を消して”死”にして詠唱が終わると紫の光が消え、ゾンビ化したネズミから黒い霧が湧き上がり、白骨を残して霧散していった。
「これが陽の光に頼らぬアンデットの滅し方、死霊魔導と神働魔導を組み合わせた除霊術じゃ……、この術では確実にアンデットを滅ぼせるが魔力の消費量が多くてのう、多数のアンデットを相手できぬのが欠点じゃ」
「では、今夜は何体祓われるのですか?」
「そうじゃな……」
ミュルタレは薄紅色の瞳で平原を見渡し、吹き抜ける風を嗅いだ。
「100体程度かのう?
それぐらいは居ろう……」
歩いた先には森の拓けた場所があり、その広場の中心で木の人形……、否、ウッドゴーレムことヴェーズゲインが背を向けてカタカタと音を立てて棒立ちしていた。 オリヴァーは周囲を見渡すが森に囲まれた広場には誰もおらず、ヴェーズゲインが鳴らす音だけが響いており、恐る恐るヴェーズゲインの正面に回り込もうとするとヴェーズゲインにイキナリ振り向かれ、驚きのあまり身体が硬直したように動けなくなった。
そこで眼の前のあり様を凝視してしまうと振り向いたヴェーズゲインの胸に収まった赤いゴーレムコアがドロドロとゲル状になって地面を伝い、ゲルからは赤い無数の人の顔がボコボコと流れていく様が目に映った。 そして、赤いゲル状の顔が声にならないうめき声をあげながら溢れていき、その濁流に飲まれそうになったところで朝日が差し込み、オリヴァーはベッドの上で悪夢から目を覚ました。
「夢か……」
「夢の様じゃな 」
「うわ!」
部屋の椅子にハーブティーを啜るミュルタレが座っていた。
「なんで部屋に……! いるのですか?!」
「なんじゃなんじゃ、せっかく麿が寝坊助に朝食を持ってきてやったというのに邪険にするのう? もう朝日が昇りきっておるぞ」
オリヴァーの鼻腔に部屋の空気が通ると微かに焼けたばかりのパンの匂いと母親特製のスープの薫りがしていた。
「ミュルタレ様、ありがとうございます!」
オリヴァーがスープを飲もうとするとすっかり冷めており、カップの裏には水滴が溜まっていたことであることを察した。
「ミュルタレ様、随分と待たせてしまい、申し訳ございません。」
「ほう、オリヴァーは中々賢いのう なに、童がうなされておったのじゃ、見守るのが大人の務めじゃて……
……それに童の寝顔は中々に可愛いものじゃぞ 」
ミュルタレの不意打ちにオリヴァーはスープでむせてしまった。
「ごほ、恥ずかしいですよ!ミュルタレ様」
「むふふふ、してオリヴァーよ、お主はどんな悪夢を見ておったのじゃ?
悪夢は人の根源的な悩みや疑問や恐れを写すものじゃ
昨日は多くを学び、その上で見た悪夢はお主が抱いた純粋な悩みや疑問となるはずじゃ 」
ミュルタレの薄紅色の瞳は真っ直ぐオリヴァーを見据えていた。
「それは……」
オリヴァーはヴェーズゲインのコアから怨嗟の濁流が流れ出た悪夢をミュルタレに話した。
「ふむ、左様な悪夢じゃったか……、それは麿の領分じゃな」
「ミュルタレ様、ゴーレムのコアに封じられた魂はどの様なものなのでしょうか?」
「その疑問も含めて今回の魔導講義で教えるかのう……、さぁ、さっさと朝食を食くって準備するのじゃ……、そうじゃな、講義は屋敷の外で行うかのう 」
ミュルタレはそう言い残して部屋を後にした。
外の講義へ向かうオリヴァーは屋敷の正面玄関に向かうとミュルタレ、エリーザ、母コーネリアが話し込んでいて、玄関前のアプローチにゴーレムの馬車が停車していた。
「オリヴァーよ、麿の魔導講義は古戦場で行うぞ
ついでに麿の仕事も披露いたそうのう」
「はい!」
「それにしてもエリーザよ、ミーナのやつはあれからずっと寝ておるのじゃな……、全く魔力切れになるまでやるとは思わなんだぞ」
エリーザは眠たげに答えた。
「はい……、止めたんですけども、ミーナちゃん熱が入ると止まってくれなくて……、ノブハーツ君も駄目ですね 」
コーネリアは半ば呆れながら呟いた。
「エリーザ様、ミーナ様は夕方から今朝までノブハーツ君を教えていたのですね……」
「はい、体力切れや魔力切れは回復魔導では回復できないので夕方まで起きれないと思います」
ミーナとノブハーツのレッスンはあれから朝まで続き、体力も魔力も尽きて寝床についていた。
4人が話し合う傍ら馭者の格好に身を包んだヴェーズゲインは馬車へ荷物を運び込み、出発の準備を整え、御者の座席に着座していた。
「さてさて、行くとするかのう、オリヴァーよ」
ミュルタレとオリヴァーが馬車に乗り込むと、馬車が滑らかに加速し始めた。
「オリーちゃん、ミュルタレ様の言うことをちゃんと聞くんですよ 」
「オリヴァー君、頑張ってね」
二人の見送りにオリヴァーは窓枠から顔を出して、
「いってきます!」
そのまま、屋敷を見ると眠そうに目を擦るミーナが部屋のバルコニーから手を振っていた。
オリヴァーがミーナに精一杯手を振ると眠気がぶり返したのかミーナは徐々にバルコニーの手摺にもたれ掛かり寝入ってしまった。
「彼奴め、起きたかと思えば寝てしまうとはのう……、意地を張るのも大概にすべきじゃろうて……」
ミュルタレはそう呟いて、意地でもノブハーツを指導し、意地でもオリヴァーを見送るミーナのタフさに呆れながらも内心脱帽していた。
「さて、オリヴァーよ、此度は死霊魔導の講義を行おうかのう 」
「死霊魔導ですか? 確か、幽霊やアンデットを操る魔導でしたっけ?」
「左様じゃ、死霊を扱う魔導故に連合王国の歴史上最も苛烈と言われた“オデュッセウス平原の戦い”が行われた場所に向かう
此度、麿が連合王国に来たのはお主の指南役として雇われた事もあるのじゃがアーサーの奴の領地を荒らす死霊を祓うことも含まれておるのじゃ。」
ゼイウス暦803年”オデュッセウス平原の戦い”……、この戦いはまだ連合王国が纏まる前に起きた諸王国間の戦争末期に行われた決戦であり、ウィンスター家の歴史を語る上で切っても切れない事柄であった。
当時、連合王国は“ブレクス王国”、”アルグレイ王国”、“アイリック王国”、“イングナム王国”、“アイソン王国”が独立した5つの国家として別れており、互いの婚姻政策で関係と均衡を保っていたが、その均衡が破れたのはアイリック王国の王位継承者問題が発端となった。
時のアイリック王には男子が恵まれず親類縁者のハワードを養子に迎え、王位継承者として育てていた。しかし、養子ハワードが成人となった頃にアイリック王は男児フレデリック2世を授かり、王位継承者を直系のフレデリック2世に変えてしまう。 大きく問題となったのは養子ハワードにはこの時アルグレイ王国の王女との婚約があり、アルグレイ王はアイリック王の王位継承者変更に大きく反発し、ブレックス王国と手を組みハワード派を大きく支援した。
一方、幼いフレデリック2世にはアルグレイ王国とブレックス王国の台頭を座視できないイングナム王国とアイソン王国が同盟を組み支援した。
そして、数年後にアイリック王が崩御すると両陣営の武力闘争が顕在化し、5国を巻き込んだ連合王国史上における最大の内戦が勃発したのだった。
当時、ウィンスター家は元々イングナム王国に属する貧乏貴族だったが、内戦で武勲を重ね、戦争末期に行われた決戦であるオデュッセウス平原の戦いでアルグレイ王国の指揮官を討ち取り、その功績で辺境伯の地位に上り詰めたのだった。
ただ、ウィンスター家は辺境伯という高位な地位には付けたがそれと同時に戦争の怨霊が渦巻くオデュッセウス平原の管理を押し付けられる事になり、人の住めない大地の管理は大きな負債となり辺境伯が有する戦力を割かざる得ない状況に陥っていた。
イングナム王家としては鋭過ぎる剣の鞘としてオデュッセウス平原を充てがった様なものであった。
無論、ウィンスター家もただ受け入れるだけではなく、祓魔師のマリアージュ家と繋がりを持ったウィンスター家当主はミュルタレ・マリアージュに幾度と依頼しては死霊を祓ってもらっていた。
しかし、大規模な戦禍が残した膨大な怨霊は数十年の歳月を経ても祓い切るには至っていなかった。
何度も赴いたことで勝手知ったるミュルタレはオリヴァーの指南役と本来請け負っていた死霊祓いの仕事を兼ねてウィンスター家領内のオデュッセウス平原古戦場へ向かっていた。
二人と1体は周囲が緑に包まれた古戦場にたどり着くと古びた民家の前で荷物を広げ、古戦場には所々に崩壊した家屋や家財、土草に埋もれた街路や井戸が点在し、風が吹き抜けていた。 そこは澄み切った青空の下、日に照らされ暖かく一面緑豊かな平原だったが虫や小動物がいない、風だけが音を支配する世界だった。
「ここがオデュッセウス平原なんですね……、お昼なのになんだか嫌な風が吹きますね」
「この風、この感覚を覚えておくが良い、これが羽虫も寄らぬ死者や月が支配する世界の風じゃ、まだ日が出ておるから死霊は出ぬが、死霊魔導を心得ておらぬ者ならば一夜も生き残れまいて……、さて、オリヴァーよ、死霊魔導の披露は今夜行うつもりじゃからそれまで死霊について話そうかのう」
ミュルタレは紫色の布の掛かった鳥籠の様な物を取り出し、籠の中身が軽いのか華奢なミュルタレが片手で難なく持ち上げ、民家にあった机の上に置いた。
「それは何ですか?」
ミュルタレは紫色の布を摘んで捲りあげると中には炎のように形を持たない何かが蠢き、人の顔のような影が現れていた。
オリヴァーが中身を確かめるために布を更に捲りあげようとするとミュルタレの指南が入る。
「これが死霊じゃよ、扱いに気を付けよ……、陽の光に当ててしまえば消滅するからのう 」
咄嗟にオリヴァーは布を戻す。
「では、死霊は陽の光があれば退治できるんですね 」
「そうじゃ……、それ故に小奴らは様々なモノに潜みたがるのじゃ……、それこそ物言わぬ人形、未熟な赤子、事切れた死体に憑依支配したがるのじゃよ」
「じゃあ、危ないんじゃ!?」
咄嗟にオリヴァーが籠から身体を引くと、ミュルタレは笑いながら籠の中に手を伸ばして死霊をゆっくりくすぐるように触れ、諭した。
「むふふふ、それは杞憂じゃよ……、こうして触れても少量の魔力を制御して纏えば小奴らは何もできん、じゃが……」
ミュルタレは布で包んだ包を摘み籠の中に置くと中から死んだばかりのネズミの死骸が現れた。すると、死霊はネズミの死骸に反応し、輪郭を刺々しく先鋭化させながら死骸に侵入していき、籠の中には死骸だけが残った。
「死霊が消え……」
オリヴァーは籠の中で起こったことに言葉が出なくなった……。
籠の中の死骸が動き出し、バタバタと暴れ始め白目の向いたネズミがヨダレを垂らしながら暴れ、喚き始めたのだ。
「オリヴァーよ、これが死霊が取り憑いた死骸、アンデットじゃ、相容れぬ肉体に死霊が宿ると拒絶反応を起こしてゾンビとなり、肉体を腐敗させながら血肉を求め彷徨う羽目になる…… もし死霊を野放しにし続けたら死体が死体を呼び、アンデットが増え続けることになってしまうのじゃ」
ゾンビ化したネズミは籠を噛み付くと籠の内側を巡る魔力の障壁に阻まれて弾かれ、暴れ、再び籠に噛みついては弾かれを繰り返していた。
ガシャン……、ガシャン、ガシャン……、
「これがアンデット……」
「そうじゃ、そしてのう、アンデットは血肉や魂を喰らい続けることでより人に近い高位の存在となるのじゃ……、じゃが、決して人には戻らん……、もし愛しいものの魂を死霊にしたくなければ封印術を用いて”触媒”に封じ浄化せねばならん……」
ミュルタレはそう言って赤いビー玉の様な結晶を取り出した。
「それはゴーレムコアを作ったときに持ち込まれた赤い結晶ですか?」
学習意欲の高い生徒の質問は指南役のやり甲斐を刺激した。
「むふふふ、その通りじゃ、あれは魔物から取れる魔石を浄化して封印術の触媒として使っておったのじゃよ」
ミュルタレは透明で握りこぶし大の水晶球が埋め込まれた木の杖を取り出す。
「この水晶球の様に透明なモノが浄化された魔石じゃ、これに死霊やその残滓を封印術で閉じ込めることができてのう、恐らく魔物の魂の器は死霊の受け皿になりやすいのじゃろうな……」
ガシャン、ガシャン、ガシャン……
騒音が気になったオリヴァーはネズミのアンデットが飽きることなく籠に身体をぶつけて繰り返すさまを見てしまった。
「このアンデットは封印したり、陽の光を浴びせれば倒せるのですか?」
「そうじゃな……、死霊ならば問答無用で封印術で封じられるが、アンデットならば使役して合意させる必要があるのう、倒すのであれば低級アンデットなら日光で消え去るが高位の奴らは弱点を克服する場合がある……、それ故に倒すならば日光とは別の手段が必要となるのじゃ」
「別の手段?」
「そう、除霊術じゃ、ここは一つ披露致そうかのう」
ミュルタレは羊皮紙と羽根ペンを取り出して素早く何かを書き上げると、金色のペンダントを片手で握りながら詠唱をし始める。
「世の理、人の理、循環する御霊の輪廻、正転せよ、妾の尊き主の則をもってその真理を示せ……」
羊皮紙には魔導陣と古代語で”真理”という文字が書かれており、羊皮紙から紫の光が伸びてアンデットを捉え拘束していた。
「偽りの生に死を!」
ミュルタレは羊皮紙に書かれた古代語の”真理”から頭文字一文字を消して”死”にして詠唱が終わると紫の光が消え、ゾンビ化したネズミから黒い霧が湧き上がり、白骨を残して霧散していった。
「これが陽の光に頼らぬアンデットの滅し方、死霊魔導と神働魔導を組み合わせた除霊術じゃ……、この術では確実にアンデットを滅ぼせるが魔力の消費量が多くてのう、多数のアンデットを相手できぬのが欠点じゃ」
「では、今夜は何体祓われるのですか?」
「そうじゃな……」
ミュルタレは薄紅色の瞳で平原を見渡し、吹き抜ける風を嗅いだ。
「100体程度かのう?
それぐらいは居ろう……」
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ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
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