カーキボーイ

柿崎ゴンドウ

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出口と入口

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「?!」

アコを味わい尽くした看守は倒れてから一向に動く気配がない。
呼吸が落ち着いたアコは毛むくじゃらの胸に手を当ててみた。

「(動いて、ない。。)」

そこからはアコは早かった。
無我夢中で看守の衣服を剥がして、自分のものにした。
ヤニと汗で臭く、上半身はブカブカで下半身はベルトを
一番狭めても腰骨の上にくるし、脚の長さは足らなかった。

ポケットを探る。
思った通り、鍵が連なったものが出てきた。

魔女は無言でアコを牢獄へ置き去った。
人の心が残っているのなら。。

アコは各牢屋中を探し回った。
子供はなかなか見つからない。

「。。。////」

瞳が熱を持ち、ぼやけてくる。
牢獄は異常なほどに静かだ。昼間は活動していないのか。

ふと小ぶりな部屋を見つけた。
開けてみると冷蔵庫がある。

「!!。。コレ、、」

ポリ袋に入った白い物体が敷き詰めるように入っていた。

見てはいけないものだった。静かにしめて部屋を見回す。
ダンボールに入ったままのペットボトルの水があった。
本当は冷水がよかったがそれを考える手前ですでに半分を飲みきっていた。

"ーーーさん"

「?」

"ひーー、さん"

部屋の奥に続く廊下を歩くと声は鮮明になっていく。

「うー、おかぁさん////」

白い部屋。隅っこで
小さな体をさらにかがめて、子供がぐずっていた。

「。。。カオル、くん」
「うーー///」
「カオル君?」

小さな頭が上がった。

「お、お兄ちゃん。。。」

疲れ切っていた二人は黙って出口を探した。
カオルに何があったかなんてとても聞ける状態じゃない。
そんなに大きくはない施設。周辺は緑に囲まれた場所だ。
周辺の見張りもいそうだが人はいない。
監視カメラをいくつも見つけたが、音がするわけでも見張りが駆け寄ってくることもなかった。

塀で囲まれた場所になんとか通れる壊れた箇所を見つける。
どこまでが敷地かもわからず、二人はまだ太陽の位置が低いうちに沿岸の道を延々と歩いた。

自動車が通るたび、緊張感に襲われる。
実はつけられていて、自宅に戻ればまた拉致されるのではないかと
胸が苦しくなった。

大きな交差点に差し掛かる。
スーーッと二人の前に上品な車が止まった。

「!」

助手席の窓が下がっていく。
思わず、少年の手を強く握った。

「おはよう。アコさん」
「!、あの、時の」

銀髪の少年が優しい微笑みを返す。

ドンドンドン!

後部座席のドアが叩かれ、くぐもった女性の声が上がった。

「カオル!カオル!」

「さぁ、乗って」

アコ達の逃亡の手伝いをしてくれたのは少年の姿をしたあの時の魔法使いだった。

「カオルー!!!////」
「あかぁさん////」

車内はしばらく涙の再開で賑やかだった。
少年がいうに子供の売買に拒否をし続けていた母親は数日前に
レッスン代の返済名目でソープランドに飛ばされた。
そこで少年は彼女を救い、その脚で二人も助けに来たらしい。

「どうやって、おれがここにいるって」
「アコさんの、胃ですよ」
「胃?」


甘い悪夢の中で流された味わうことすら奪われた流動食。

「あの栄養パックには栄養はもちろん、魔力をかけてありました。
私が追えるように。
逃げ出してしまうクライエントも多いので珍しくはないのですよ。
それに。。」

自動車は少年の屋敷についた。
危険が過ぎ去るまで屋敷の空き部屋で母子を匿うことにするらしい。

母親は泣いてアコに感謝と詫びを入れた。
カオルはまだ素直に感情を出せていないようだった。
既に体験はしてしまっているのだろう。
二人は元の生活に戻れるのだろうか。
それでもアコは助けに来てくれたことに少年は嬉しそうな表情をした。
しばらくぎゅうっと抱きつかれ、こちらも優しく抱きしめる。

「さぁ、お母さんについていくんだよ」

カオルは黙ってうなずくとトコトコと母親へ駆け寄っていった。

「アコさんも、間に合ってよかった」

魔法使いは少し気難しい顔をする。

「おれは、あの二人が助かってくれれば満足さ」

世界の暗部を垣間見るでもなく体験してしまったアコに
少年はかける声を探した。

「ちなみに、このパックにはもう一つ仕掛けがあります」

興味がなさそうにアコが振り返る。

「あなたに乱暴を犯したものに効力が出るものです」

そういって従者からタブレットを受け取るとアコに液晶画面を見せた。

「彼に、死相が現れはじめた」
「!。。。」

朝の情報番組だ。その日のコメンテーターはアコに狂気を見せたあの医院長。

「(あの看守が倒れたのも、そのため。。。)」

それは同じ心筋梗塞ではなかった。
だんだん目が落ち窪み、血相が悪くなり、身体がシワっぽくなっていく。

"先生?大丈夫ですか?"

流石に台本を読み上げるばかりのアナウンサーも声をかける。

"それではいったんお知らせです"

まずいと思ったのかCMに変わった。

「あれが本来の彼の姿です」
「本来の。。」
「あの男がうたっていた『最上の美容成分』なんてただの麻薬です」

摂り続けていなければ急激な老化現象が出る。
それを意図的に起こしたと少年はニヤリと微笑んだ。
その数時間後、有名美容整形外科医の突然死で夕方のテレビ番組はそればかりを取り上げている。
自宅に送ろうかとの申し出を有難くも断り、記憶を渇望していたカフェでまたコーヒーを飲んだ。

「!」

あの時と同じように、対面の席に魔女が座る。

「もう、記憶は、戻りました。ありがとう」

感謝を述べたつもりだが、どうにも心がこもっていない。
アコは思う以上に心身を壊していた。

「そうね。けれど、忘れ物があったから」

そう言って机の上にアパートの鍵と財布、スマートフォンが置かれた。
クリニックからアコを救い出したとき、ついでに取り返していた。

「あぁ、ありがとうございます」
「私も、お礼を言わなくちゃね」
「?」
「はい、これは退院祝い」

引き出物に使われるような紙袋が足元に置かれる、目を見張っていると魔女は消えていた。


アパートにつくころには夜になっていた。
元の生活に戻れる自信はない。

退院祝いの餞別をのぞいた。
大きな紙袋の中に丁寧に包まれた封筒が入っていて、
治療費の返金とだけ書かれている。
払った額の三倍入っていた。

「(しばらく生活には困らないか。。)」

もう一つは大きな袋。
中身を開けて、アコは静かにそれを閉じようとした。

「。。。。」

ゴミ袋に入れられたのは包装袋だけった。

月明かりに表面が怪しく照らされている。
寸分の狂いなく作られたラバースーツセットはアコをすっぽり包み
シルエットがむき出しになった下腹部を自ら優しく愛撫しはじめた。
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