魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

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10. 料理に感激するソフィア

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(ソフィア視点)

 カラシンさんに付いて村の建物のひとつに入る。カラシンさんが言うにはここは村長の家らしい。村長というのは良く分からないが、この村で一番偉い人の様だ。お母さんが森の精霊の王なのと似たようなものだろうか。

 建物に入ると、白髪の男性が満面の笑みで話しかけて来た。この人が村長さんらしい。顔にいっぱい皺がある。お母さんに、皺があるのは長く生きている人間の特徴だと教えてもらったから、きっと高齢なのだろう。最も人間の場合は長生きしても100年くらいらしいので、精霊の中では子供みたいな歳だ。私がカラシンさんの後に隠れていると、村長さんとの受け答えはカラシンさんが全部やってくれた。いつもカラシンさんに頼ってばかりで申し訳ないと思うが、話をする以前に、相手の言っていることが頭に入ってこない。カラシンさんが話すことはかなりの部分が聞き取れるから、語彙力の無さだけが原因では無いかもしれない。なにせ家の中には村長の他にも沢山の人がいるから、私は緊張の極致だ。誰とも目を合わせないで済むように、ひたすら俯いていた。

 誰かが私の肩を軽く叩く。ビクッとして振り向くと、さっきカラシンさんと話をしていた赤毛の男性だった。確か名前はケイトだったと思う。

「あなたも冒険者なんでしょう? どう私達のチームに入らない?」

顔を合わすのが2度目だからか、それともカラシンさんと親しげに話をしていたからか、この人相手だと緊張の度合いが低い。言っていることも何とか聞き取れた。

 冒険者? さっきカラシンさんが言っていた仕事だよね。チームというのは良く分からないけれど...。

「わたし、ぼうけんしゃ、なる」

と言ってみた。考えたらカラシンさん以外と話をするのは初めてかもしれない。

「あら決まりね、歓迎するわ! チームには私とカラシンの他にマイケルって言うのがいるんだけど、後で紹介するわね。」

今はまだ冒険者じゃないけれど、冒険者になるつもりだと言ったつもりだったのだが、誤解されたのかもしれない。それにしてもチームって何だろう? でもカラシンさんもチームだといっているから、悪い話ではないかも。カラシンさんと一緒にいられるなら安心だ。

「ところで、ソフィアは何が得意なの? 私は弓、マイケルは槍よ。それと、知ってるとは思うけどカラシンは魔法が得意ね。」

弓と槍か、見たことは無いけれどお母さんから話は聞いたことがある。人間の使う武器の種類だ。カラシンさんは剣も使っていたけれど、魔法の方が得意なのか。

「わたし、カラシン、いっしょ」

「うわぉ! 魔法が使えるのね。すごいすごい、魔法使いがふたりもいるチームなんてめったにいないわよ。これは超ラッキーかも! そう言えばソフィアは幾つなの、背は高いけど、たぶん私より下だよね。」

「15」

「ええっ!!! 見えない。大人びて見えるわね、胸もすごいし、ちょっとビックリしたわ。」

と言いながら、ケイトさんは自分の胸を触っている。そりゃ違うに決まっている、男性は胸が膨れないものね。

「でも、15ってことはひょっとして冒険者になったばかりかな。」

「ぼうけんしゃ、ちがう、これから、なる」

「へっ? あ、そうなんだ。大丈夫、魔法使いは数が少ないからね、ギルドの試験も形だけって話よ。私達も報酬をもらいにギルドに行くから、一緒に行きましょう。まったく、差別よね。弓使いなんて、半分は落とされるって言うのに。」

ケイトさんとそんな話をしていると、部屋に女の人が入って来て何か言った。すると村長さんを先頭に全員が部屋を出て行く。

「ソフィア、食事の用意が出来たらしい、行こう。」

とカラシンさんが誘ってくれる。良かった、ケイトさんとも話ができる様になったが、やはりカラシンさんの方が安心できる。すぐにカラシンさんの上着の裾を掴んでついて行く。

 カラシンさんにくっ付いて別の部屋に入ると、なにやら良い香りがしている。部屋には大きなテーブルがあり、私はカラシンさんに促されるままテーブルの前の椅子に座る。左にはカラシンさん、右にはケイトさんが座った。テーブルには沢山の皿とその上に色々な色や形をしたものが乗っている。さっきから漂って来る良い香りの発生源はこの皿の様だ。これらは、ひょっとして食べ物なんだろうか? そういえば、お母さんから人間は食べ物をそのまま食べるのではなく、細かく切って混ぜたり、熱を加えたりしてから食べると教えてもらった。料理と言うらしい。ここに並べられているのがそれなのか? 植物を食べやすい大きさに刻んで混ぜ合わせたと分かるものもあるが、それ以外は何から作った物なのか検討が付かない。食べ物から湯気が立ち上っている物が多いから、加熱処理しているのだろう。

 村長さんが何か言うと、皆が一斉に食べ始める。私は自分の前に置かれた料理を恐る恐る観察する。まずは目の前の皿に置かれた丸い物体だ。薄い茶色で、触ってみると柔らかく弾力がある。隣でカラシンさんも口にしているから大丈夫だろうと、思い切って齧ってみる。途端に驚きに目を見開いた。おいしい! 何これ? 何かの木の実だろうか? でも、全く果汁がないし種の様なものも入っていない。中は空洞が多く、ふわふわしていて簡単に噛み切れる。わずかな塩味と甘みがあり、噛めば噛むほど口の中に美味しさが広がる。飲み込むのが惜しい。気が付くとあっと言う間に食べてしまっていた。

 料理ってすごい! 森にはなかったものだ。まあ、精霊は物を食べないからな。私はリクルの実ばかり食べていたし...。その後は、他の料理にも挑戦する。周りの人を観察すると手掴みではなく、金属製の器具を使っている、確かフォークとかスプーンとかいう道具だ。カラシンさんが食べるのを真似ながら、器具を使って料理を口に入れると、どれもこれも驚くほど美味しい! 人間の社会に来て怖いことばかりだったけど、ひとつだけは良いものを見つけた。思わず笑みが零れる。

 その後ワインという飲み物を飲んだ。そしたら何だかフワフワして楽しくなった。沢山の人間に囲まれているのに緊張が解れていく。ケイトさんに紹介されたマイケルさんにも、ちゃんと挨拶出来た。何だこれ? 魔法の薬だろうか? もうひとつ良いものを見つけたかも。でも何だか足元がおぼつかない。





(ケイト視点)

 ソフィアに歳を聞いて驚いた。15歳! 頭の中で、「アウト!」という声が木霊する。20歳くらいかと思っていたから、カラシンとの仲を応援していたけど、15歳はダメ! まさか、もう手を出したってことは無いよね、それは犯罪だよ。カラシンの奴、いい歳して何やってるのよ!

 もちろんソフィアもカラシンに好意を持っているのは間違いない。そんなの見れば分かる。でもそこは大人がうまくいなしてあげないと。この歳の女の子って一時の感情に流されやすいんだから。ここは間違いが起きない様にお姉さんの私が監視しないといけないぞ。もちろん、カラシンには後でチームリーダーとしてお説教だな。

 それにしても、ふたりはどこで知り合ったんだ? いや、その前にソフィアはどこから来たんだろう。ちょっと言葉がたどたどしい。ひょっとして違う国から来たんだろうか? 他の国には言葉が異なるところもあると聞いている。母国語でないからうまく話せないとかかな。

 でも、食事の後でマイケルを紹介したときには、自然な感じで話してたよね。笑顔もすごく可愛くて、マイケルが真っ赤になっていたもんね。あれは完全に惚れたね。歳からいったらカラシンよりマイケルの方が似合いなんだけど、思うように行かないのが恋ってやつだ。




(カラシン視点)

 食事はうまかった。この貧しい村であれだけの食事を用意するには、きっと無理をしたんだろうなと思う。食事の後は寝室に案内されたが、そこでひと騒動あった。俺達用に用意された部屋は二部屋だけだったのだ。もちろんそれに文句を言うつもりはない。村長の家といっても粗末なものだ。部屋に余裕があるわけがない。その中で無理をして2部屋開けてくれたのだから感謝すべきだろう。4人で二部屋なら一部屋にふたり寝ればよい、ベッドで眠れるだけでありがたい。

 普通なら俺とマイケルの男性グループ、ケイトとソフィアの女性グループに分かれて部屋を使うところだが、ソフィアが俺と同室が良いと言い出し、俺の上着の裾を握って離さない。どうも酔っている様だ。魔族も酔っぱらうんだと初めて知った。ケイトが説得するが、頑として俺の上着を放そうとしない。とうとうケイトも根負けして、俺とソフィア、ケイトの3人で一部屋を使うことになった。部屋にベッドはふたつしかない。当然、おれはベッドではなく床で寝ることになる。まあ、野宿よりましだ。部屋に入る前、マイケルに「ご愁傷様」と言われた。

 だが、翌朝目を覚ますと、なぜかソフィアに抱き付かれていた。もちろん床の上だ。せっかくベッドがあるのに、わざわざこんなおじさんの隣に来る理由が分からない。ケイトが目を覚まし、冷たい目で、「後で話があるから」と言ってきた。俺は無実だと叫びたかった。

 それにしてもソフィアは一体何がしたいのだろう。最初は俺を下僕にして道案内をさせ、不要になったら殺すつもりかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。もう少し観察しないと確信は持てないが、こっそりと人間を襲いに行く兆しもない。何せ片時も俺の傍を離れようとしないのだ。ひょっとしたら、本当に人間社会で生活することだけを考えているのか? それなら協力できる。そうであって欲しい。

 朝食が終わったころケイトに呼び出しがあった。隊長さんから各チームリーダーに連絡があるらしい。呼び出しに応じて出かけたケイトはすぐに戻って来たが、何だか怒っている様に見える。まだ食堂にいた俺達を見つけると声を掛けてきた。

「ハーイ、皆聞いてちょうだい、腹の立つ報告があるの。契約の魔物討伐が終わったのにまだ帰れないんですって。ギルドから国に報告した様でね、こんなところにオーガが3匹も現れたのは異例だから軍から調査団が派遣されるそうなの、調査の結果次第では、再発防止のために軍隊が来て、この辺りのオーガを退治するんすって。」

「なんだ、村にとっては良い話じゃないっスか。」

 とマイケルが言う。隊長さんが通信の魔道具でギルドに報告したんだろうが、昨日の今日で、もう軍の対応が決まるとは驚いた。だがオーガは退治済みなのに、わざわざ調査団を派遣するってどういうことだ? 普通ならオーガが出たと報告が上がっても軍はめったに動かない。一般人はひたすらオーガがどこかに行ってくれるのを待つしかないというのに。国では昨日のオーガ出現の報告をそれだけ重要視しているということか。

「話の腰を折らないでよ、続きがあるんだから。それでね、私達冒険者には調査が終わるまで村の警護をするようにだって。もちろん魔物駆除とは別依頼になるから、国から報酬が別に出るらしいけど、私達に拒否権は無いらしいわ。当面、町には帰れないわね。」

「それって、国としてはオーガはあの3匹だけではないと考えているってことだな。何か俺達の知らない情報を持っているってことか。」

「たぶんね。それで、魔物駆除の報酬は近い内にギルドからここまで届けるって。私達は町に取りに行けないからね。まったく、金の問題だけじゃないって言いたいわよ。私だって、町に帰ったらやりたいことがあったんだから。別途、慰謝料を寄こすように要請中よ。」

ケイトが町で何をするつもりだったのかは聞かない方が良いだろう。それにしても、この村の危機はまだ去っていないということだ。再度オーガに襲われる可能性があるから、軍が行くまで冒険者で何とかしろということか。まったく、貴族様やお偉いさんにとって冒険者なんて使い捨ての傭兵と同じなんだろうな。

「話はここまでよ。それでねソフィア、あなたはどうする? 正式な冒険者じゃないから、私達と違ってこの村を出ていくのは自由よ。町のギルドに行けば、冒険者としての登録も出来るわ。私としては15歳の女の子に一人旅をさせるのは気が進まないけど、ここに居たらオーガに襲われるかもしれないしね。」

「わたし、カラシン、いっしょ」

「あらまあ、即答ね。そう言うとは思ったけどね。でね、相談だけど、ここで試験を受けて正式に冒険者になるってのはどう? 隊長はAクラス冒険者だから志願者を試験をして合否を決める権限があるの。普段ならそんなことしないけど、隊長としても戦力は補充しておきたいでしょうしね。ソフィアも冒険者になったら、この村の警護で報酬がもらえるわよ。どうせここに残るならお金がもらえた方が得じゃない。」

 ソフィアはケイトの言ったことが理解できないようで、不安そうに俺に視線を送って来る。

「ま、まあ、いいんじゃないか。冒険者に成れるし、金も貰えるからな。」

俺がそう言うと、ソフィアはケイトに向き直り頷いた。

 俺としても魔族であるソフィアを野放しにするのは不安だ。もうしばらく人間に敵対する意思が無いことを見極める時間が欲しいから、その方が都合が良い。しかし、ソフィアの実力なら合格するのは間違いないが、やり過ぎると人間じゃないとバレる恐れがあるな。そうなったら人間とソフィアの戦いになるかもしれない。それだけは避けたいぞ。注意しないと。

「なら決まりね。隊長には後で頼んでおくわ。嫌とは言わないと思うの、なにせ昨日、結構な人数がオーガの犠牲になっちゃったからね。戦力は少しでも確保したいはずよ。」

と言うわけで、俺達はこのまま村長の家で寝泊まりしながら村の警護をすることになった。食事も提供してもらえるらしい。他の冒険者たちも、村人達の家に留まらせてもらえるとのことだ。村人としても家に用心棒がいるようなもので、オーガに襲われる恐れのある現状では心強いだろう。
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