魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

文字の大きさ
51 / 71

51. 戦争を始めるソフィア

しおりを挟む
(ソフィア視点)

 ジョン隊長から通信の魔道具でオーガキングが亡くなったとの知らせを受けた時は思わず座り込んだ。だが、胸に抱いていたサマルに意識が及ぶと背筋が伸びる。私はこの子のお母さんだ。この子が生きて行くことになるこの国を守らなければならない。

 それから、ジョン隊長にオーガキングが亡くなった経緯を確認する。人間の国の王が乗った馬車の爆発、オーガキングやオーガの兵士に落ちた雷、そして空を飛んで逃げたと言う人間の国の宰相ギラン。馬車の爆発はどうやったのか分からないが、雷や飛行についての魔法には心当たりがある。雷の魔法は威力は劣るが私も使えるし、飛行の魔法はお母さんが得意だった。馬車の爆発にしてもいくつかの魔法を組み合わせれば可能だ。

 問題はどうやったら人間である宰相にそんな強力な魔法が使えたのかだが、人間の国に乗り込んだお母さんが返り討ちに会ったことを考えると、否定は出来ない。強力な魔法を使う何らかの手段があるのだ。でも制限があるのも確かだ。でなければ逃げ出す必要が無い。

 その後は、ただちにすべての族長に連絡を取る。全員が集まっている時間はない。オーガキングの屋敷にある会議用の通信の魔道具を使っての緊急会議だ。オーガキングが亡くなったことは既に連絡済みだが、全員で話をするのは初めてだ。

「ソフィア様、何としてもマルシ様の仇を取らねばなりません。宰相とかいうのが犯人ならば、我ら魔族の総力を上げて人間の国に攻め込むべきです。」

とオーガの族長が言う。

「待ってください。戦争に成れば多くの国民が傷つきます。それはマルシ様の望むことではありません。戦争は避けるべきです。マルシ様はそのために努力されていたのですから。」

とエルフ族の族長が意見を述べる。

「戦争を避けるならアルトン山脈から向こうは切り捨てるべきだろう。元通り魔族の国はアルトン山脈から東だけにするのだ、そうすれば人間共は攻めて来られない。」

とドワーフ族の族長が追加する。

「それはマルシ様の望まれることではないでしょう。直轄領の人間達は今や魔族の国の国民なのです。マルシ様は彼らを見捨てるなんてお望みになりません。」

とアラクネ族の族長が言う。ちなみにアラクネ族の族長も女性だ。

「ソフィア様、やはり精霊様方の助力は得られないのでしようか。」

とラミア族の族長が口にする。精霊王の養女である私に対して当然の質問だが、これについては質問したラミアの族長も答えは分かっているはずだ。精霊は魔族や人間の戦いに関与しない。これが精霊王であるお母さんが決めた理だからだ。

「儂は何が正しいのか分からん。ここはソフィア様にお任せするだけじゃ。」

と人間族の族長である村長が口にする。正直言って、私にも何が正しいのか分からない。だけど、幼いサマルが成長したときに、誇りをもって私達が何をしたか伝えられる様にしなければ、と思うと心は決まった。

「直轄領の人間達は見捨てません。彼らは既に魔族の国の国民です。彼らを見捨てるのは魔族の誇りを捨てる行為です。私は誇りを捨てたくありません。戦争は避けたいですが、そう出来る見込みは薄いでしょう。私達はマルシ様を殺されたのです、これ以上の宣戦布告はありません。このまま何もしなければ、すべての国民が納得しないでしょう。

 そして戦争をするならば、私達の愛する国を守るためになんとしても勝たねばなりません。多くの犠牲が出るでしょう。ですが、勝たなければその犠牲すら無駄になります。この戦いは魔族の総力戦です。オーガ族、アラクネ族の兵士だけでなく、ラミア族、エルフ族、ドワーフ族、人間族すべての人達に戦ってもらうことになります。でなければ人間の国に勝てないでしょう。

 族長の皆様、この国の未来のために、どうか私に力をお貸しください。」

 私が話し終えると長い沈黙が訪れた。そして、しばらくするとオーガの族長が静かに、そして嬉しそうに笑い出した。その笑いは他の族長達にも伝染してゆく。

「マルシ様の目は確かだった様だ。俺達は確かに次の王を授かった。」

とオーガの族長か口にする。

「その通りよ。我らエルフ族はソフィア様について行きます。どうかお心のままにお進み下さい。」

「人間の国の奴等に思い知らせてやろうぜ。」

「我らラミア族はソフィア様に従います。」

「アラクネの力を見せてさし上げますわ。」
 
そして、最後に人間族の村長が口にした。

「ソフィア様、前々から考えておりました。魔族の国が人間の国を征服したらどれほど多くの人々が救われるかと。やりましょう。命を懸けるだけの価値がある戦いです。」

どうやら全員の賛同が得られたようだ。本当は勝つ自信なんてない。300年前魔族の国は人間の国と戦って敗れた。今回も同じかもしれない。でも私はサマルが自慢できる母親になりたい。そのためには怖がってなんていられない。

 その後は戦争を前提にして打ち合わせを行う。まず、決定したのは十分な用意ができるまで、こちらから人間の国へは攻め込まないこと。300年前の戦いでは、オーガキングの軍は一気に人間の国の王都に向かい進軍した。そのため兵站線が長くなったところを人間の軍隊に突かれて敗れた。同じ愚を犯すことは避ける。長期戦覚悟で臨むのだ。

 次に決まったのは直轄領に軍を集結すること。最初の戦闘は旧ボルダール伯爵領、現在の魔族の王の直轄地で起きるのは間違いない。逆にアルトン山脈の東は谷底の道があるから人間達の軍隊は簡単にはやって来られない。まずは直轄領の防衛に全力を注ぐ。

 族長達との打ち合わせの後、我家に帰って出迎えてくれたカラシンに抱き付いた。身体全体が震えているのが分かる。

「カラシン、私、戦争始める。沢山の人が死ぬ...。ごめんなさい。」

カラシンはしばらくの間、黙って私を抱いてくれ、私の震えが止まるのを待って優しく言ってくれた。

「大丈夫だ。俺はいつでもソフィアの味方だ。ソフィアは戦争を始めるのが正しいと信じているんだろう。だったらやれば良いさ。」

「ありがとう。カラシン...」

 私はカラシンの胸に顔を埋める。カラシンさんがいて良かった。私ひとりでは重圧に耐えられない。私の決定は沢山の人を殺すことになる。もちろん敵だけでなく味方もだ。本当はドワーフの族長が言った様に直轄領の人間達を見捨ててアルトン山脈の東に閉じこもれば戦いは回避できる。直轄領の人間達だって、元の苦しい生活に戻るだろうが殺されはしないかもしれない。なにせ魔族の国の国民になったのは、人間の国がボルダール伯爵領を魔族の国に移譲したからだ。彼らが望んでそうなったわけでは無いのだから。でも、税が3割になって彼らがどれだけ喜んでいるのか開拓村の人達を見れば想像が付く。彼らにすれば、もし魔族達がアルトン山脈の東に逃げれば魔族の国に裏切られたと感じるだろう。自分達は見捨てられたのだと。私自身、アルトン山脈の東に閉じこもるのは彼らへの裏切りだと思う。そんなことサマルに話したくない、だから私は戦争をする。完全に私の我儘だ。私の我儘の為に沢山の人が死ぬのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

処理中です...