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34. 謎の幼女と精霊の祭壇
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(シロム視点)
「じゃあね、探し人が見つかると良いがの。」
一足先に食事を食べ終わったお婆さんは、僕達にそう言ってから店を出て言った。
「闇の精霊様か.....興味があるが、まずはアーシャ様だ。明日の朝ここを出て再度皇都に向かおう。」
「そうだね、神気もアーシャ様のものではなさそうだしね。無駄足をさせて御免。」
「気にするな。来てみないと分からないこともある。さて、腹も一杯になったし部屋に帰って寝ようぜ。」
そう言ってマークが立ち上がりかけた時、突然声が掛った。
「なあ兄ちゃん、魔気が見えるのだろう? 俺達の仲間に入らないか? 鉱脈を見つけたら大儲けさせてやるぜ。」
声の方を見ると、ひげ面の大柄な男が近くのテーブルからこちらに歩いて来るところだった。先ほどのお婆さんとの話を聞かれていた様だ。お婆さんは恐れられている様だから、いなくなるのを待っていたのだろう。僕は恐怖に固まったが、マークは落ち着いたものだ。
「魔気ですか? なんのことでしょう、俺はそんなもの見えませんよ。聞き間違いではないですか?」
と堂々としらを切る。だが男は納得しない。
「しらばっくれても無駄さ。俺は耳がいいんだ。どうだ、儲けの2割を出すぜ。」
と言いながらマークに顔を近づけて来る。顔が赤く酒臭い、相当飲んでいる様だ。
「おい、待った。俺達なら3割だすぞ。どうだ?」
と別のテーブルからも声が掛る。これはお婆さんが言っていた通りだ、不味いことになるかもしれない。怖くなった僕はテーブルの下でこっそりと預言者の杖を取り出した。いざとなればこれで何とかしよう。アーシャ様はキルクール先生を助けるときにアリム商会の面々を強制的に眠らせたという。僕にも同じことが出来るかもしれない。
「ですから、俺には魔気なんて見えません。勘違いです。」
再度マークが主張するが誰も聞いていない。どうやら最初に声を掛けて来たひげ面の男のグループと後から声を掛けて来たグループは仲が悪い様で、最初から喧嘩モードだ。
「こっちが先に声を掛けたんだ。お前は黙って居てもらおう。」
「そうはいかねえ。声を掛けたっていってもそれだけじゃないか、話が纏まっていないなら俺達にも交渉権はあるぞ。」
「なんだと! もう一度いってみろ!」
「ああ、何度でも言ってやるよ。前からお前達は気に入らなかったんだ。」
どちらのグループも酒が入っている様で冷静な会話なんて望めそうもない。今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうだ。こうなったら仕方がない、この人達には眠ってもらおう。
そう思った時、入り口から沢山の光が飛び込んできた。妖精達だ! 妖精は一斉に僕に向かって来る。
「うわっ!」
思わず声を上げてしまい男達の視線が僕に向いた。妖精達は僕に飛び掛かって来るのかと思ったら、僕を素通りしてテーブルの下に飛び込む。ヘ? と思ったがテーブルの下を覗き込んで驚いた。預言者の杖に妖精達がまとわりついていた。数十匹はいるだろう。
「なんだ、大きな声を出すから驚いたじゃないか。お前の様なガキに用はないから引っ込んでいろ。」
「なんですって! シロム様を侮辱するなら私が許しません!」
アルムさんが勢いよく立ち上がり短剣に手を掛ける。男達は短剣を見て一瞬怯んだが、文字通り一瞬だった。気の荒い連中の様だ。
「ほう、このガキ、女に庇ってもらってやがる。それでも男かよ。」
そう言われてアルムさんがますますいきり立ち剣を抜き放った。不味い! これは血を見る! そう判断した僕はこの連中が眠る様に杖に願った。
だが何も起きない! こんな馬鹿な....、焦った僕は何度も杖を使う。そして3度目の願いを掛けた時それは起こった。テーブルの上に銀髪で真っ黒なドレスを着た幼女が現われたのだ。髪は銀色のストレートが腰まで伸びており、目の色も銀色。肌は黒、歳は3~4歳だろうか。
この幼女が現われてから急に杖が使える様になった。だけど少々強く願い過ぎた様だ。マークを奪い合って喧嘩しそうになっていた奴等だけでなく、僕達を除き食堂に居た全員を急激な睡魔が襲い、10数える間に全員が意識を失った。
アルムさんが驚いているが、僕はそれどころではない。慌ててテーブルの上の幼女に視線を戻した。マークも同じだ。だけど様子からしてアルムさんには見えていない様だ。と言う事は只の幼女ではない。危険な存在かもしれない。
身構える僕とマーク。だが幼女が放った言葉は完全に僕の意表を突いた。
<< パパ! 助けてちょうだい。急がないと大変なの。>>
念話なのは予想していたが問題は中身だ。パ、パパ? 僕が? 思わず後を振り返ったが誰もいない。
<< ぼ、僕はパパじゃないよ。>>
<< 私を作ったのは貴方よ。だからパパなの。それより急がないと私が大変なことになるの。はい、抱っこして。>>
そう言いながら、にっこり笑って両腕を僕に向かって差し出して来る。反射的に僕は幼女を抱き上げようと手を延ばすが、マークが警告を発した。
「シロム! 待て。正体が分からない相手に気を許すな! 」
その通りだ。外見に惑わされてはいけない。この子はいきなりテーブルの上に現れたのだ、只者で無いのは確かだ。
<< 君はいったい...... >>
問いかけようとした途端、幼女が僕に飛びついて来た。僕は反射的に受け止め様としたが、幼女は僕の身体をすり抜けた。
<< ちぇ、実体化するにはまだ神気が足りないわね。>>
僕の身体をすり抜けた幼女はそのまま空中に浮かび、何か独り言を言う。
「アルガ様!!」
大きな声か響いた。声のした方を見ると、入り口のドアを開けた状態で先ほどのお婆さんが固まっていた。
<< アルガ様。そのお姿は一体..... >>
我に返ったお婆さんが幼女に向かって祈りのポーズを取る。アルガって、確か精霊様の名前だったような.....。あれ? お婆さんも念話を使えるのか!
<< マーブル、話は後よ。急いで祭壇に行かないとこの町も困ったことに成るわ。急ぐのよ。>>
<< 畏まりました。>>
<< それと、この子の助けがいるの。この子達を祭壇まで案内しなさい。ただし丁重にね、この子は神のひとりよ。>>
ちょっと待て! 僕が神だなんて.....とんでも無い勘違いをしている。
「私はマーブルと申します。お恐れながら、尊き神の御名をお伺いしてもよろしいでしょうか。 」
お婆さんが僕に向かって祈りの姿勢で言う。
「シ、シロムです。それと僕は神ではありませんから。」
「尊き御名を頂き感謝いたします。すべてはシロム様の仰せのままに。」
いや絶対に信じていない。きっと僕の言葉を、僕が神であるという事実は秘密にするように言われたのだと解釈したのだ。頭が痛くなった。
「シロム様はやはり神様なのですね。」
アルムさんがうっとりした表情で口にした。勘違いしている人はここにもいた。簡単に信じ過ぎだ。
「違います。僕は只の人間です。」
「はい、すべてはシロム様のおっしゃる通りです。」
アルムさんは直ぐにそう返して来るが、お婆さんと同じ意味に取ったに違いない。僕は助けを求めてマークを見るが、マークは肩を竦めるだけだ。
「シロム様、この者達は?」
お婆さんが食堂の様子を見ながら言う。なにしろ食堂では僕達を除く人達が全員机に突っ伏すか、床に寝そべっている。死んでいるのではないことは何人かが鼾をかいていることで分かると思うけど。
「騒ぎになりそうだったので全員に眠ってもらいました。その内に目を覚ますと思います。」
「そうでございましたか。それでは今の内にここを出た方が良いかと愚考いたしますが宜しいでしょうか?」
確かに、誰かが目をさましたら別の意味で騒ぎになる。謎の幼女も僕をどこかに案内するようにお婆さん(マーブルさんだったっけ)に言っていたし、ここから立ち去った方が賢明だろう。食堂のおばさんも寝てしまっているが、料金は前払いしたから無銭飲食にはならないと思う。
「わ、分かりました。あ、案内をお願いします。」
僕達はマーブルさんに付いて宿を出た。幼女は空中に浮かびながら付いて来る。これが精霊アルガ様???
マーブルさんは通りをしばらく進み、町の一番奥にある大きな屋敷に入った。ここがマーブルさんの家らしい。
「り、立派なお宅ですね。」
「お恥ずかしゅうございます。ひとりで住むには大きすぎるのですが、昔は信者の集会の場でもあったものですから。」
そう言えば闇の精霊様の信者は少なくなったと嘆いていたが、昔は沢山いたのだろう。
「アルガ様の祭壇がある鍾乳洞へはこの家の地下室から行くことが出来ます。只今ランプを取って参ります。」
どうやら目的地は鍾乳洞の中にあるらしい。日が暮れようとしている時に洞窟に入るというのは気が進まないが、考えてみれば洞窟の中は昼でも暗いのだから何時だろうが一緒だ。
準備が出来ると僕達は地下室につづく階段を下りて行く。きっと昔は信者さん達がこの屋敷に集まってから、祭壇に礼拝を捧げにこの階段を使って鍾乳洞に向かったのだろう。
鍾乳洞は想像以上に大きなもので、通路は最初こそ狭かったものの、しばらく進むとホールかと見まがうほどの大空間に出た。ランプの明かりではよく見えないが、天井からは沢山の鍾乳石が垂れ下がっていて、逆に床からは石筍が上に向かって伸びており幻想的な光景だ。
石筍の中を通る道を通り奥に進むと、洞窟の壁がランプの光を反射してキラキラと輝き始めた。
「これは水晶ですか?」
とマークがマーブルさんに確認する。
「そうさ、この辺りの地下には水晶が豊富でね。その中で地下から滲み出る神気を吸った水晶が魔晶石になるわけだ。」
「神気が地下から出て来るのですか?」
「そうだよ。たまたま神気が滲み出る場所にあった水晶が長い年月をかけて魔晶石になる。」
それがこの町が魔晶石の産地となった理由の様だ。でもどうして地下から神気が滲みだして来るのかはマーブルさんも知らないらしい。
やがて前方に階段状の人工物が見えて来た。恐らくこれが祭壇なのだろう。祭壇の上には女神像と思われる像が鎮座している。僕達と一緒に居る幼女姿のアルガ様とは違い成長した女性の姿だ。
<< こっちよ。>>
ここが目的地かと思ったが、アルガ様が手招きをする。アルガ様の手招きに従い祭壇の後に回り込むと、そこには人一人が腹ばいになって辛うじて通ることのできる穴が開いていた。穴の奥は真っ暗で全く先が見えない。
<< この中に入るの。>>
とアルガ様が言う。
「マ、マーブルさん、この奥には何があるのですか?」
思わずマーブルさんに尋ねた。こんな所に入りたくない......怖い。
「それが.......アルガ様はこの穴の奥に居られると言われているのですが、誰一人入った物はおりません。ですので、この穴の奥に何があるのか知るものはいないのです。」
そんな.....、今すぐ帰りたい。こんな所に入るのは嫌だ! 思わず穴の入り口から数歩下がった。その途端穴から何百という妖精が飛び出してきて僕を取り囲んだ。身体が宙に浮かんだと思った瞬間、僕の意思とは関係なく穴の中に飛び込んでいた。
「じゃあね、探し人が見つかると良いがの。」
一足先に食事を食べ終わったお婆さんは、僕達にそう言ってから店を出て言った。
「闇の精霊様か.....興味があるが、まずはアーシャ様だ。明日の朝ここを出て再度皇都に向かおう。」
「そうだね、神気もアーシャ様のものではなさそうだしね。無駄足をさせて御免。」
「気にするな。来てみないと分からないこともある。さて、腹も一杯になったし部屋に帰って寝ようぜ。」
そう言ってマークが立ち上がりかけた時、突然声が掛った。
「なあ兄ちゃん、魔気が見えるのだろう? 俺達の仲間に入らないか? 鉱脈を見つけたら大儲けさせてやるぜ。」
声の方を見ると、ひげ面の大柄な男が近くのテーブルからこちらに歩いて来るところだった。先ほどのお婆さんとの話を聞かれていた様だ。お婆さんは恐れられている様だから、いなくなるのを待っていたのだろう。僕は恐怖に固まったが、マークは落ち着いたものだ。
「魔気ですか? なんのことでしょう、俺はそんなもの見えませんよ。聞き間違いではないですか?」
と堂々としらを切る。だが男は納得しない。
「しらばっくれても無駄さ。俺は耳がいいんだ。どうだ、儲けの2割を出すぜ。」
と言いながらマークに顔を近づけて来る。顔が赤く酒臭い、相当飲んでいる様だ。
「おい、待った。俺達なら3割だすぞ。どうだ?」
と別のテーブルからも声が掛る。これはお婆さんが言っていた通りだ、不味いことになるかもしれない。怖くなった僕はテーブルの下でこっそりと預言者の杖を取り出した。いざとなればこれで何とかしよう。アーシャ様はキルクール先生を助けるときにアリム商会の面々を強制的に眠らせたという。僕にも同じことが出来るかもしれない。
「ですから、俺には魔気なんて見えません。勘違いです。」
再度マークが主張するが誰も聞いていない。どうやら最初に声を掛けて来たひげ面の男のグループと後から声を掛けて来たグループは仲が悪い様で、最初から喧嘩モードだ。
「こっちが先に声を掛けたんだ。お前は黙って居てもらおう。」
「そうはいかねえ。声を掛けたっていってもそれだけじゃないか、話が纏まっていないなら俺達にも交渉権はあるぞ。」
「なんだと! もう一度いってみろ!」
「ああ、何度でも言ってやるよ。前からお前達は気に入らなかったんだ。」
どちらのグループも酒が入っている様で冷静な会話なんて望めそうもない。今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうだ。こうなったら仕方がない、この人達には眠ってもらおう。
そう思った時、入り口から沢山の光が飛び込んできた。妖精達だ! 妖精は一斉に僕に向かって来る。
「うわっ!」
思わず声を上げてしまい男達の視線が僕に向いた。妖精達は僕に飛び掛かって来るのかと思ったら、僕を素通りしてテーブルの下に飛び込む。ヘ? と思ったがテーブルの下を覗き込んで驚いた。預言者の杖に妖精達がまとわりついていた。数十匹はいるだろう。
「なんだ、大きな声を出すから驚いたじゃないか。お前の様なガキに用はないから引っ込んでいろ。」
「なんですって! シロム様を侮辱するなら私が許しません!」
アルムさんが勢いよく立ち上がり短剣に手を掛ける。男達は短剣を見て一瞬怯んだが、文字通り一瞬だった。気の荒い連中の様だ。
「ほう、このガキ、女に庇ってもらってやがる。それでも男かよ。」
そう言われてアルムさんがますますいきり立ち剣を抜き放った。不味い! これは血を見る! そう判断した僕はこの連中が眠る様に杖に願った。
だが何も起きない! こんな馬鹿な....、焦った僕は何度も杖を使う。そして3度目の願いを掛けた時それは起こった。テーブルの上に銀髪で真っ黒なドレスを着た幼女が現われたのだ。髪は銀色のストレートが腰まで伸びており、目の色も銀色。肌は黒、歳は3~4歳だろうか。
この幼女が現われてから急に杖が使える様になった。だけど少々強く願い過ぎた様だ。マークを奪い合って喧嘩しそうになっていた奴等だけでなく、僕達を除き食堂に居た全員を急激な睡魔が襲い、10数える間に全員が意識を失った。
アルムさんが驚いているが、僕はそれどころではない。慌ててテーブルの上の幼女に視線を戻した。マークも同じだ。だけど様子からしてアルムさんには見えていない様だ。と言う事は只の幼女ではない。危険な存在かもしれない。
身構える僕とマーク。だが幼女が放った言葉は完全に僕の意表を突いた。
<< パパ! 助けてちょうだい。急がないと大変なの。>>
念話なのは予想していたが問題は中身だ。パ、パパ? 僕が? 思わず後を振り返ったが誰もいない。
<< ぼ、僕はパパじゃないよ。>>
<< 私を作ったのは貴方よ。だからパパなの。それより急がないと私が大変なことになるの。はい、抱っこして。>>
そう言いながら、にっこり笑って両腕を僕に向かって差し出して来る。反射的に僕は幼女を抱き上げようと手を延ばすが、マークが警告を発した。
「シロム! 待て。正体が分からない相手に気を許すな! 」
その通りだ。外見に惑わされてはいけない。この子はいきなりテーブルの上に現れたのだ、只者で無いのは確かだ。
<< 君はいったい...... >>
問いかけようとした途端、幼女が僕に飛びついて来た。僕は反射的に受け止め様としたが、幼女は僕の身体をすり抜けた。
<< ちぇ、実体化するにはまだ神気が足りないわね。>>
僕の身体をすり抜けた幼女はそのまま空中に浮かび、何か独り言を言う。
「アルガ様!!」
大きな声か響いた。声のした方を見ると、入り口のドアを開けた状態で先ほどのお婆さんが固まっていた。
<< アルガ様。そのお姿は一体..... >>
我に返ったお婆さんが幼女に向かって祈りのポーズを取る。アルガって、確か精霊様の名前だったような.....。あれ? お婆さんも念話を使えるのか!
<< マーブル、話は後よ。急いで祭壇に行かないとこの町も困ったことに成るわ。急ぐのよ。>>
<< 畏まりました。>>
<< それと、この子の助けがいるの。この子達を祭壇まで案内しなさい。ただし丁重にね、この子は神のひとりよ。>>
ちょっと待て! 僕が神だなんて.....とんでも無い勘違いをしている。
「私はマーブルと申します。お恐れながら、尊き神の御名をお伺いしてもよろしいでしょうか。 」
お婆さんが僕に向かって祈りの姿勢で言う。
「シ、シロムです。それと僕は神ではありませんから。」
「尊き御名を頂き感謝いたします。すべてはシロム様の仰せのままに。」
いや絶対に信じていない。きっと僕の言葉を、僕が神であるという事実は秘密にするように言われたのだと解釈したのだ。頭が痛くなった。
「シロム様はやはり神様なのですね。」
アルムさんがうっとりした表情で口にした。勘違いしている人はここにもいた。簡単に信じ過ぎだ。
「違います。僕は只の人間です。」
「はい、すべてはシロム様のおっしゃる通りです。」
アルムさんは直ぐにそう返して来るが、お婆さんと同じ意味に取ったに違いない。僕は助けを求めてマークを見るが、マークは肩を竦めるだけだ。
「シロム様、この者達は?」
お婆さんが食堂の様子を見ながら言う。なにしろ食堂では僕達を除く人達が全員机に突っ伏すか、床に寝そべっている。死んでいるのではないことは何人かが鼾をかいていることで分かると思うけど。
「騒ぎになりそうだったので全員に眠ってもらいました。その内に目を覚ますと思います。」
「そうでございましたか。それでは今の内にここを出た方が良いかと愚考いたしますが宜しいでしょうか?」
確かに、誰かが目をさましたら別の意味で騒ぎになる。謎の幼女も僕をどこかに案内するようにお婆さん(マーブルさんだったっけ)に言っていたし、ここから立ち去った方が賢明だろう。食堂のおばさんも寝てしまっているが、料金は前払いしたから無銭飲食にはならないと思う。
「わ、分かりました。あ、案内をお願いします。」
僕達はマーブルさんに付いて宿を出た。幼女は空中に浮かびながら付いて来る。これが精霊アルガ様???
マーブルさんは通りをしばらく進み、町の一番奥にある大きな屋敷に入った。ここがマーブルさんの家らしい。
「り、立派なお宅ですね。」
「お恥ずかしゅうございます。ひとりで住むには大きすぎるのですが、昔は信者の集会の場でもあったものですから。」
そう言えば闇の精霊様の信者は少なくなったと嘆いていたが、昔は沢山いたのだろう。
「アルガ様の祭壇がある鍾乳洞へはこの家の地下室から行くことが出来ます。只今ランプを取って参ります。」
どうやら目的地は鍾乳洞の中にあるらしい。日が暮れようとしている時に洞窟に入るというのは気が進まないが、考えてみれば洞窟の中は昼でも暗いのだから何時だろうが一緒だ。
準備が出来ると僕達は地下室につづく階段を下りて行く。きっと昔は信者さん達がこの屋敷に集まってから、祭壇に礼拝を捧げにこの階段を使って鍾乳洞に向かったのだろう。
鍾乳洞は想像以上に大きなもので、通路は最初こそ狭かったものの、しばらく進むとホールかと見まがうほどの大空間に出た。ランプの明かりではよく見えないが、天井からは沢山の鍾乳石が垂れ下がっていて、逆に床からは石筍が上に向かって伸びており幻想的な光景だ。
石筍の中を通る道を通り奥に進むと、洞窟の壁がランプの光を反射してキラキラと輝き始めた。
「これは水晶ですか?」
とマークがマーブルさんに確認する。
「そうさ、この辺りの地下には水晶が豊富でね。その中で地下から滲み出る神気を吸った水晶が魔晶石になるわけだ。」
「神気が地下から出て来るのですか?」
「そうだよ。たまたま神気が滲み出る場所にあった水晶が長い年月をかけて魔晶石になる。」
それがこの町が魔晶石の産地となった理由の様だ。でもどうして地下から神気が滲みだして来るのかはマーブルさんも知らないらしい。
やがて前方に階段状の人工物が見えて来た。恐らくこれが祭壇なのだろう。祭壇の上には女神像と思われる像が鎮座している。僕達と一緒に居る幼女姿のアルガ様とは違い成長した女性の姿だ。
<< こっちよ。>>
ここが目的地かと思ったが、アルガ様が手招きをする。アルガ様の手招きに従い祭壇の後に回り込むと、そこには人一人が腹ばいになって辛うじて通ることのできる穴が開いていた。穴の奥は真っ暗で全く先が見えない。
<< この中に入るの。>>
とアルガ様が言う。
「マ、マーブルさん、この奥には何があるのですか?」
思わずマーブルさんに尋ねた。こんな所に入りたくない......怖い。
「それが.......アルガ様はこの穴の奥に居られると言われているのですが、誰一人入った物はおりません。ですので、この穴の奥に何があるのか知るものはいないのです。」
そんな.....、今すぐ帰りたい。こんな所に入るのは嫌だ! 思わず穴の入り口から数歩下がった。その途端穴から何百という妖精が飛び出してきて僕を取り囲んだ。身体が宙に浮かんだと思った瞬間、僕の意思とは関係なく穴の中に飛び込んでいた。
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