転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第16話 復讐ではなく、解放を

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一週間後、王都は再び騒がしくなった。  
舞踏会で表舞台に踊り出たセレナが、王城の改革派貴族たちと新たな同盟を築いたという噂が流れたのだ。  
その目的が「腐敗した旧貴族制の排除」であると公表された瞬間、人々の口から囁かれた名前はただ一つ――リリアーナ・エルヴェール。  
彼女こそ、旧体制を象徴する伯爵令嬢。その存在は理想家たちにとって、見事な“標的”だった。  

「……やはり、来たわね」  
屋敷の書斎で報告を聞きながら、リリアーナは息をついた。  
壁に立てかけてある鏡の中、自分の姿は微笑を浮かべながらも心を閉ざしている。  
「お嬢様、セレナ様がまた王城の中で支持を拡げておられるとか……皆、彼女を『新しき時代の象徴』と讃えて……」  
ミリアが不安げに言う。リリアーナは扇を閉じ、静かに首を振った。  
「人はいつも“正しさ”に酔いたがるの。けれど理念だけでは国は救えない。彼女はまだ、それを知らないのね」  
「セレナ様を……見逃されるおつもりですか?」  
「見逃す? 違うわ。私は、彼女を“自由にする”だけ」  

その言葉の意味をミリアは理解できなかったが、リリアーナの声音に混ざる哀しみだけは確かに感じ取っていた。  
憎悪ではなく、慈悲に似た感情。  
それが復讐と呼ぶにはあまりに静かすぎて、眩しく思えるほどだった。  

***

昼下がり。  
リリアーナは馬車を降り、改装中の王城議事堂に向かった。  
広場では改革派の若者たちが声を上げ、理想を語っている。  
その中心にいるのがセレナだった。  
白銀のドレスをひるがえし、人々に微笑みかけるその姿は、まさに“希望”そのものに見えた。  
彼女が偽りの理想を掲げていると知っていても、群衆が酔ってしまうのは仕方のないことだった。  

リリアーナが現れた瞬間、ざわめきが広がる。  
「……あれが、貴族制度を守ろうとしている令嬢か?」  
「王都を混乱に陥れた張本人だ」  
好奇と嫌悪が交じった視線を一身に受けながら、リリアーナは微笑を崩さず歩いた。  
セレナが人々の前から一歩進み出る。  
「リリアーナ様……まさかこの場に現れるとは思いませんでした」  
「あなたが“新しい時代”を築くというのなら、それを目にしておかなくてはと思って」  
「古い時代の象徴が、何を学びに来たの?」  
「崩壊の瞬間を、よく知っているのは古い者だけよ」  
皮肉めいたやり取りに、人々の視線が交錯する。  

セレナの手がわずかに震えているのをリリアーナは見逃さなかった。  
恐れではなく――怒り。  
「あなたは人を救った気でいる。でも違う。あなたが壊したのよ、王都の均衡を!」  
「均衡?」  
リリアーナはゆっくりと扇を広げた。  
「それは腐敗の別名よ。あなたが今壊そうとしているものも、実は同じ。あなたはまだ、自分の心の檻から出られていないの」  
観衆の間に緊張が走った。  
セレナが一歩踏み出す。  
「綺麗事ばかり!あなたは何も知らない!」  
「そうね。私も若い頃はそうだったわ。憎しみを力に変えることが正義だと思っていた。そして気づいたの。憎しみは、力ではなく鎖よ」  

その言葉に、セレナの唇が大きく歪む。  
「……あなたまで、私を見下すのね!」  
「見下す?違うわ。かつての私を見ているだけ」  
「やめて!」  
セレナが叫んだ瞬間、近くの警備兵たちが剣の柄に手を伸ばした。  
だが、リリアーナは一歩も引かず、まっすぐ彼女を見つめて言葉を続けた。  
「あなたはずっと私に勝ちたかった。でもね、勝ち負けなんてとっくに消えたのよ。あなたが“自由”を掲げるなら、まずは自分を赦しなさい」  
その優しい声に、セレナの体が小さく震えた。  
あれほど激しく燃えていた怒りの炎が、今は泣き崩れそうなほど小さくなっている。  

リリアーナは静かに微笑み、背を向けた。  
「あなたの罪も、憎しみも、この国に置いていきなさい。それが本当の改革よ」  
そして騒然とする群衆の中を、彼女はゆっくりと歩き去った。  

***

屋敷へ戻ると、アランが窓辺に立っていた。  
「見ていたよ。勇ましい演説だったな」  
「演説ではないわ。ただの“呪いの解き方”よ」  
「呪い?」  
「人は心の中で、自分の正しさを証明しようとして呪い合うの。セレナも、かつての私もそうだった。でも、誰かが許さない限り、その呪いは終わらない」  
「……君は、彼女を赦したのか?」  
「ええ。あの人がようやく、憎しみの中で泣くことを覚えたから」  
アランは深く息を吐いた。  
「優しいな」  
「優しくなんてないのよ。ただ、過去を留めておけば前に進めないだけ」  
そう言いながら、リリアーナはペンダントを強く握った。  
心臓の鼓動と同じ速さで、その中の宝石が微かに揺らめく。  
三年前のあの夜。この胸に突き立てられた裏切りの痛みが、わずかに和らいでいる気がした。  

「君は本当に変わったな」  
アランの声が静かに響く。  
「初めて会ったときの君は、氷のようだった。けれど今の君は、春の風みたいに人を包む」  
リリアーナは小さく笑った。  
「風は気まぐれよ。吹く方向なんて、自分でも分からない時がある」  
「なら、俺が見ていればいい。君が行く先を見失っても、戻る場所を思い出せるように」  
その言葉に、リリアーナの喉の奥が熱くなった。  
不意に涙が込み上げそうになり、彼女は少しだけ視線を逸らす。  
「ありがとう、アラン。でも私はまだ途中なの。解放の先には、私自身の答えがある」  
「その答え、俺にも見せてくれ」  
彼の声には真剣な響きがあった。リリアーナは短く頷いた。  

***

その夜、静かな月光が屋敷を包んだ。  
庭に出ると、あの日と同じ――涙草の花が、今度は群生して咲き誇っている。  
風に揺れる白い花の列が、まるで彼女の歩みを導くように光を放っていた。  
リリアーナはその中に一歩足を踏み入れた。  
深呼吸をすると、夜露の香りとともにかすかな安堵が胸を満たす。  

「復讐なんて、最初からいらなかったのかもしれない」  
自分でも不思議なほど穏やかにその言葉が出た。  
「私がしたかったのは……きっと“解放”だったのね」  

遠くで鐘が鳴る。  
夜の闇を切り裂くように、月が一層明るく照らした。  
風に揺れる花びらが彼女の肩に落ち、まるで祝福するように静かに消えていく。  
リリアーナ・エルヴェールの旅は、終わりではなく、ようやく始まりを迎えようとしていた。  

(続く)
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