転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第24話 “お願い、もう一度信じて”

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霧の町を抜ける馬車の車輪が、薄れていく街の喧騒を遠ざけていた。  
リリアーナは窓の外を見つめながら、静かに指を組んでいた。  
異国へ向かう道。王命に逆らえず選んだ旅路だが、胸の奥には妙な静けさがあった。  
後悔ではなく、諦めでもない。どこかに小さな期待の灯がある。  

馬車の中には、僅かな荷物と書類の束。  
王国の使節団の一員として出向する形になっていた。  
目的地は北方の交易都市ルクレシア。  
商業国家として知られるその地では、王国との新しい通商条約が結ばれようとしている。  
表向きは任務――だが、王はおそらく彼女を「外交官」という名で遠ざけたのだろう。  
それでも、リリアーナは微笑んだ。  
「外野が私をどう使おうと、私は私を使うわ」  

そして小声で続ける。  
「アラン、あなたの信じた私を、もう一度信じてほしいの」  

***

旅立ちから三日後。  
春の終わりを過ぎた大地を馬車は北へ進む。  
見慣れぬ草原、風車が並ぶ村、見上げるほどの大河――  
王都の輝きとは違う、素朴で息づく世界がそこにあった。  
その風景を眺めていると、リリアーナの頬が初めて穏やかに緩む。  

「少し顔色が良くなられましたね」  
隣に座る侍女――今回新たに同行を命じられた若い従者、エマが微笑む。  
彼女は十五にも満たない少女だったが、無邪気でまっすぐな瞳をしている。  
「ええ、王都を離れるのは久しぶりだから。空気が違うのね」  
「王都は息が詰まりますから。私はこの匂いの方が好きです」  
「本当にその通りだわ。人の期待や評価が混じっていないもの」  
エマは首を傾げながら不思議そうに聞く。  
「お嬢様は、王都が嫌いなんですか?」  
「嫌いではないの。ただ、あの場所は見せる顔しか許されなかった。  
でも、今は違う。好きなだけ笑っても、泣いても、誰も咎めないわ」  
エマはにっこりと笑う。  
「私もお嬢様が笑う顔、好きです」  
「ありがとう。……あなたも正直ね。まるで、昔の私に似ている」  

言葉にして気づく。  
自分がかつて“昔の私”と呼べるほど遠い場所へ来たことを。  
失ったものは多い。だが、残ったものも確かにここにある。  

***

夕刻にはルクレシアの塔が見えてきた。  
高台にそびえる白い建物は夜光石で作られ、夕暮れに淡い光を放っている。  
国境を守るその塔は、古くから“信頼の門”と呼ばれていた。  
ここで通商の初会談が開かれる予定だ。  

馬車が止まり、リリアーナが降り立つ。  
目の前に立っていたのは、予想もしなかった人物だった。  

「リリアーナ・エルヴェール殿。ようこそ、ルクレシアへ」  

低い声。  
風を巻くように穏やかで、それでいて鋭い。  
銀灰色の髪に、深い藍の瞳。  
彼は王国北方との交渉を担当する外交補佐官――マクシミリアン・クロウフォード。  

「あなたが交渉相手?」  
「正式には同盟調整の立会人です。陛下の書簡を受け取り、あなた様の安全を保障せよとの命で参りました」  
「陛下が……?」  
意外な思いとともに胸がざわつく。  
王がなぜ今さら彼女の安全を気遣うのか。  
だが、マクシミリアンの表情に偽りはなく、ただ誠実な眼差しがそこにある。  

「旅の間、危険はなかったようで何よりです」  
「ご配慮に感謝します。……ところで、あなたは噂で知っているわ」  
「噂?」  
「『氷の補佐官』。交渉の席では一度も笑わない人」  
マクシミリアンは初めて口の端を上げた。  
「笑うような相手がこれまでいなかっただけかもしれません」  
「なら、せいぜい努めてくださいな。退屈な外交は得意ではないの」  
軽口を交わす。それは他者と関わることを恐れていた頃には考えられない自然さだった。  

リリアーナが宿泊用の客間へ向かおうとしたとき、マクシミリアンが呼び止めた。  
「リリアーナ殿」  
「なにかしら」  
「もし王都に戻る意思があるのなら、私に知らせてください。私はあなたを安全に送り届ける義務があります」  
「戻る……?」  
リリアーナは曖昧な笑みを浮かべ、首を振った。  
「それはまだ、運命の神が決めるわね」  

***

夜。  
宿舎の窓に月光が差していた。  
机の上には一通の封筒。それは道中で書いたアラン宛の手紙だった。  
手紙の端にはこう記されている。  

――“お願い、もう一度信じて。私はまだ、この世界で自分の意味を探している。”  

封筒を閉じようとしたその時、扉をノックする音がした。  
「どうぞ」  
入ってきたのはマクシミリアンだった。  
手には銀の燭台。  
「遅くに失礼します。明日の準備について少し打ち合わせを」  
「もちろん。何なりと」  
二人は机を挟んで座り、必要書類の確認を始める。  
会話は事務的で、淡々としていた。  
けれど、打ち合わせが終わり、彼が立ち上がろうとした瞬間に、ふとリリアーナが尋ねた。  
「あなたは、私をどう見ています?」  
マクシミリアンが一瞬目を細める。  
「質問の意図を計りかねます」  
「王都で、私は“誰かを滅ぼした女”として囁かれていたの。あなたもそう思っているのでは?」  
「……一つ伺ってもよろしいですか?」  
「何でしょう」  
「滅ぼした、と感じるのはあなた自身ですか、それとも世界がそう決めつけたのですか」  
リリアーナは息を止めた。  
「あなた……誰かに似ているわ」  
「そうですか?」  
「ええ。かつて、よく似た質問をくれた人がいたの。  
その人は私に、“信じてもいい”と言ってくれたの」  
マクシミリアンの瞳が柔らかく光を宿す。  
その光に、アランの面影が重なった。  

リリアーナは立ち上がり、そっと胸に手を当てた。  
「……信じることは怖い。でも、失ったままでは何も変えられない」  
「その言葉を、信じても?」  
「信じなさい。私がそれを望むから」  
そう告げる彼女の表情を見て、マクシミリアンは小さく頭を下げた。  
「承知しました。――明日からの協議、あなたの信念が国を動かすでしょう」  
そして扉を後にした。  

静まり返った部屋に、時計の音だけが響く。  
リリアーナはそっと手紙を取り、封をした。  
「アラン。信じてくれる? 私はまだ、生まれ続けているのよ」  
声に出すと、胸の奥がほんの少し熱くなった。  

月は高く、遠く王都の空へも同じ光を注いでいる。  
きっと、あの人も同じ月を見ている――そう思えただけで、少し泣きそうになった。  

手紙は翌朝、国境を越える商隊に託される。  
そしてまた、新しい運命の輪が静かに動き出す。  

(続く)
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