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三章 佐伯 京一
「晴樹、助けてくれ」
俺の前で項垂れる京一は、本当にあの京一だろうか。
「何があったんだ?」
俺の隣に座る心音も心配そうに京一を見ている。当たり前だ。京一、コイツは底抜けの明るさが売りで、周りのフォローもしっかりやる奴だ。
その京一が、俺に頭を下げて、弱り切った声で俺に助けを乞うている。
日曜日の昼に店に駆け込んできた京一は、奢るから飯行こう、と俺と、たまたま顔を出していた心音を定食屋に連れ出した。
「俺の担当クラスにさ、小鳥遊梓って子がいるんだけどさ…」
京一は近くの中学校で体育教師をしているが、その他に二年生のクラスを一つ受け持っている。
「その子がどうかしたの?」
「ずっとさ、一人でいるんだよ。誰とも話さずに一人で」
「お前がどうこう言うべきなのか?
それだけ聞くと、その小鳥遊って子は望んで一人でいる感じがするんだが」
「それだよ!」
京一は声を大にして叫んだあと、慌てて口を塞いだ。周りの客の目が冷たい。とんだとばっちりだ。
「だってさ、これから先あの子たちは社会に出るんだぜ?小学校、中学校で人間関係の築き方を学ぶのが良いと俺は思う。
ああ、でも、これは俺が押し付けてんのかな…俺が…」
そういうことか。京一は将来をきちんと考えてやりたいんだ。担任として、一人の人間として。だったら…
「ケイ」
俺は俯いた京一の額を押して顔を上げさせた。薄暗い顔の京一と目が合い、舌打ちする。隣で心音が息を飲むのがわかった。
「ふざけんなよ、京一。
お前はお節介焼きで馬鹿みたいに明るいのが売りだろ。お前に、その小鳥遊って子の人生全部背負えなんて誰も言ってねぇよ。お前がそうすべきだと思ったことをやれよ。精一杯。
お前は、その子に幸せになってほしいと思った。
それには、今の生き方はよくないと思ったってことだろ?
だったら間違いを恐れるな。その子の人生を脆く考えすぎだ」
そこまで一息に言って、京一を睨む。
「お前は、中学校時代に世話になった先生に憧れて教師になったって言ったよな?
その先生は当時根暗だったお前の世話をしまくったお節介焼きだろ。それに憧れたんだろ」
京一の目が輝きを帯びる。あと、もう一歩。
「憧れたんなら、目指せ。手を伸ばせ。届かせろ。
お前は、憧れに手を届かせるだけの力はあるだろ」
京一は椅子を蹴って立ち上がった。
「わかった!やってみるよ、俺のやれることを。
ありがとう、晴樹!今度、飲みに行こうね」
「ん、頑張れよ」
バタバタと店を飛び出していく京一。奢るっつったくせに。
ここは肩代わりしといて、後日アイツに金を返してもらうか。
心音はぽかんと京一が出て行った先を見つめる。
「なんか、早かったね…」
「アイツの中で答えが出てたみたいだからな」
アイツの相談はいつもそうだ。アイツの中の答えを、俺が後押しする。
「単純だしな、アイツ」
「小鳥遊」
俺が呼びかけると、小鳥遊はウザったそうに振り返ってくれる。
「なんですか、先生」
つれない態度。誰に似てるのやら。大学時代の晴樹を思い出す。うん、晴樹に似てる。
「あのな、俺は生徒たちみんなと仲良くしたい。
知っておきたいんだよね、みんなのこと。もちろん、小鳥遊のことも」
「いりません」
俺は小鳥遊の前に立ち、道を塞ぐ。
「どいてください」
「俺さ」
遮って声を出す。
「中学校のとき、根暗だった。人に接するのが苦痛で仕方なくてさ、学校大嫌いだったんだよ」
小鳥遊は黙っている。
「でもさ、そこにお節介な先生がいてさ。毎日毎日、俺と話してくれて、俺の話を聞いてくれたんだよ。
俺はその人に憧れて先生になったんだよね」
「何が言いたいんですか?」
息を吸う。俺は、憧れに手を伸ばす。
「小鳥遊の話が聞きたい。俺みたいに、明るくなれんだって、知ってほしい。人と接しつつも自分らしく、生きていけるってわかってほしいから」
小鳥遊がため息を吐いて、俺の横をすり抜けた。駄目だったのか?でも、諦めたりはしな…
「先生、また明日。…話をしたいです」
俺は小鳥遊を振り返り、笑った。
「ああ、ちゃんと聞くよ。お前の話」
「ごめん!金返すわ」
次の日の夜。
ハルさんの家でご飯をいただいていると、ケイさんが『二条堂』に駆け込んできた。すっきりした顔をしている。
「うるさいな…」
ハルさんはケイさんからお金を受け取り、しっしっと手を振った。
「つれないねぇ…お兄さん寂しい」
ケイさんはカラコロと笑って、小上がりに腰掛けた。
「その様子だと上手くいったみたいだな」
「うん。とりあえず、毎日話してみることにした。
ウザいかな、俺?」
「ウザそう」
ケイさんはハルさんの鋭い言葉をのらくらと躱しつつ、ハルさんに笑いかけた。
「本当にありがとね、晴樹」
「ああ」
ハルさんの満更でもなさそうな顔にケイさんは嬉しそうにしている。なんだか、男の人ってこういう時いいなぁ、と思う。
その時、店の方で音がした。
ハルさんが小上がりから出ていく。お客さんかな。
「なんでここにいるんですか!」
ハルさんの大きな声に、ケイさんも私も驚く。
「ハルさん?」
「来るな」
ハルさんの制止の声も虚しく、私は見てしまった。
店の入り口に立つ、あの人の姿を。
「お…かあ、さん」
「心音、迎えに来たわ」
この時はまだ知らなかった。
これから起こることを。
ハルさんとの、別れを。
佐伯 京一 教師
入店日:8/24
俺の前で項垂れる京一は、本当にあの京一だろうか。
「何があったんだ?」
俺の隣に座る心音も心配そうに京一を見ている。当たり前だ。京一、コイツは底抜けの明るさが売りで、周りのフォローもしっかりやる奴だ。
その京一が、俺に頭を下げて、弱り切った声で俺に助けを乞うている。
日曜日の昼に店に駆け込んできた京一は、奢るから飯行こう、と俺と、たまたま顔を出していた心音を定食屋に連れ出した。
「俺の担当クラスにさ、小鳥遊梓って子がいるんだけどさ…」
京一は近くの中学校で体育教師をしているが、その他に二年生のクラスを一つ受け持っている。
「その子がどうかしたの?」
「ずっとさ、一人でいるんだよ。誰とも話さずに一人で」
「お前がどうこう言うべきなのか?
それだけ聞くと、その小鳥遊って子は望んで一人でいる感じがするんだが」
「それだよ!」
京一は声を大にして叫んだあと、慌てて口を塞いだ。周りの客の目が冷たい。とんだとばっちりだ。
「だってさ、これから先あの子たちは社会に出るんだぜ?小学校、中学校で人間関係の築き方を学ぶのが良いと俺は思う。
ああ、でも、これは俺が押し付けてんのかな…俺が…」
そういうことか。京一は将来をきちんと考えてやりたいんだ。担任として、一人の人間として。だったら…
「ケイ」
俺は俯いた京一の額を押して顔を上げさせた。薄暗い顔の京一と目が合い、舌打ちする。隣で心音が息を飲むのがわかった。
「ふざけんなよ、京一。
お前はお節介焼きで馬鹿みたいに明るいのが売りだろ。お前に、その小鳥遊って子の人生全部背負えなんて誰も言ってねぇよ。お前がそうすべきだと思ったことをやれよ。精一杯。
お前は、その子に幸せになってほしいと思った。
それには、今の生き方はよくないと思ったってことだろ?
だったら間違いを恐れるな。その子の人生を脆く考えすぎだ」
そこまで一息に言って、京一を睨む。
「お前は、中学校時代に世話になった先生に憧れて教師になったって言ったよな?
その先生は当時根暗だったお前の世話をしまくったお節介焼きだろ。それに憧れたんだろ」
京一の目が輝きを帯びる。あと、もう一歩。
「憧れたんなら、目指せ。手を伸ばせ。届かせろ。
お前は、憧れに手を届かせるだけの力はあるだろ」
京一は椅子を蹴って立ち上がった。
「わかった!やってみるよ、俺のやれることを。
ありがとう、晴樹!今度、飲みに行こうね」
「ん、頑張れよ」
バタバタと店を飛び出していく京一。奢るっつったくせに。
ここは肩代わりしといて、後日アイツに金を返してもらうか。
心音はぽかんと京一が出て行った先を見つめる。
「なんか、早かったね…」
「アイツの中で答えが出てたみたいだからな」
アイツの相談はいつもそうだ。アイツの中の答えを、俺が後押しする。
「単純だしな、アイツ」
「小鳥遊」
俺が呼びかけると、小鳥遊はウザったそうに振り返ってくれる。
「なんですか、先生」
つれない態度。誰に似てるのやら。大学時代の晴樹を思い出す。うん、晴樹に似てる。
「あのな、俺は生徒たちみんなと仲良くしたい。
知っておきたいんだよね、みんなのこと。もちろん、小鳥遊のことも」
「いりません」
俺は小鳥遊の前に立ち、道を塞ぐ。
「どいてください」
「俺さ」
遮って声を出す。
「中学校のとき、根暗だった。人に接するのが苦痛で仕方なくてさ、学校大嫌いだったんだよ」
小鳥遊は黙っている。
「でもさ、そこにお節介な先生がいてさ。毎日毎日、俺と話してくれて、俺の話を聞いてくれたんだよ。
俺はその人に憧れて先生になったんだよね」
「何が言いたいんですか?」
息を吸う。俺は、憧れに手を伸ばす。
「小鳥遊の話が聞きたい。俺みたいに、明るくなれんだって、知ってほしい。人と接しつつも自分らしく、生きていけるってわかってほしいから」
小鳥遊がため息を吐いて、俺の横をすり抜けた。駄目だったのか?でも、諦めたりはしな…
「先生、また明日。…話をしたいです」
俺は小鳥遊を振り返り、笑った。
「ああ、ちゃんと聞くよ。お前の話」
「ごめん!金返すわ」
次の日の夜。
ハルさんの家でご飯をいただいていると、ケイさんが『二条堂』に駆け込んできた。すっきりした顔をしている。
「うるさいな…」
ハルさんはケイさんからお金を受け取り、しっしっと手を振った。
「つれないねぇ…お兄さん寂しい」
ケイさんはカラコロと笑って、小上がりに腰掛けた。
「その様子だと上手くいったみたいだな」
「うん。とりあえず、毎日話してみることにした。
ウザいかな、俺?」
「ウザそう」
ケイさんはハルさんの鋭い言葉をのらくらと躱しつつ、ハルさんに笑いかけた。
「本当にありがとね、晴樹」
「ああ」
ハルさんの満更でもなさそうな顔にケイさんは嬉しそうにしている。なんだか、男の人ってこういう時いいなぁ、と思う。
その時、店の方で音がした。
ハルさんが小上がりから出ていく。お客さんかな。
「なんでここにいるんですか!」
ハルさんの大きな声に、ケイさんも私も驚く。
「ハルさん?」
「来るな」
ハルさんの制止の声も虚しく、私は見てしまった。
店の入り口に立つ、あの人の姿を。
「お…かあ、さん」
「心音、迎えに来たわ」
この時はまだ知らなかった。
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ハルさんとの、別れを。
佐伯 京一 教師
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