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五章 ✕✕ ✕✕
「なぁ、晴樹」
窓の外を眺めながら、俺は晴樹を振り返った。晴樹は病室の
ベッドの上で静かに俺を仰ぎ見た。
「なんだ?」
俺は息を吸い込む。
「六乃宮さんと一緒だな…」
晴樹は一瞬、眉間に深く皺を刻む。
「…そうだな。なんの、因果だろう」
六乃宮弓弦。
晴樹が母親を亡くした頃、面倒を見てくれた人で、『二条堂』の建物で元々、定食屋をやっていた人だ。
晴樹が高校二年生のとき、癌で亡くなっている。
晴樹も、六乃宮さんのように…?
俺は嫌な考えを振り払うように軽く頭を振った。
「京一、心音はどう?」
俺は病院に来る前に見た心音ちゃんを思い出した。
「お前の家でずっと座ってる。千佳さんに聞いたけど、ご飯をちゃんと食べてないらしくて…」
「…そうか」
晴樹の顔が曇る。
心音ちゃんの表情があんなに無くなるんだって…驚いた。
魂が抜けたようにぼんやりしていて、時々、思い出したように勉強をしてみたりしている。
晴樹は何かを考え込むようにじっと俯いている。
「…晴樹?」
晴樹は静かに顔をあげた。
「京一…頼みがある……」
その頼みを聞いた俺は驚いた。
「大丈夫なの?それ」
「少しなら問題ない。それよりも心音が心配だしな」
そう言って微笑んだ晴樹は、あの頃と違って、ちゃんと前を向いていた。
『ミヤさん…っ』
六乃宮さんが亡くなった日からずっと、どこか諦めたような、自分の命をなんとも思っていないような、投げやりな雰囲気。
今の晴樹にはそれがない。
病気だというのに、爽やかに笑う晴樹の後ろ、窓の外で雪が舞った。
主のいない暗い本屋。
前は温かい雰囲気だったのに、ハルさんがいないだけでこんなにも冷たい。
「ハル…さん」
寂しい。寒い。怖い。
一人は、嫌だ。
『ハルでいいから』
ハルさん。
「………心音」
聞こえた声に、反射的に振り返った。
居るはずのない人がいた。
私はただ、その人に飛びつく。
「…ハルさん!」
黒いシャツとジーンズ姿のハルさんは、飛びついた私をちゃんと受け止めて、頭を撫でてくれた。
「心音、大丈夫か?」
病院には、あまり行きたくなかった。
死が、近い気がして。
ハルさんは、病院から離れて、二条堂に来てくれた。
「…心音、約束する。
絶対に元気に戻ってくる。だから、お前も健康に気をつけて待っててくれ」
しっかりとした、強い声。
私ははっきりと頷いた。
「…約束ね」
二条 晴樹 二条堂店長
入店日:12/17
「…雪だぁ」
二条堂に通い始めてから、2年が過ぎようとしていた。
店の前の掃き掃除、ふわふわと舞う雪に自然と顔が綻ぶ。
「よーっす、心音ちゃん」
明るい声に振り向けば、ケイさんが立っていた。
「ケイさん、こんにちは」
「今日、心音ちゃん誕生日だよな、おめでとう!」
今日は12/23。よくクリスマスと一緒にされてしまう私の誕生日だ。
「ありがとうございます!」
ケイさんはお礼を言う私の頭を撫で、二条堂の中に入った。
「うー…寒っ」
二条堂に戻るとケイさんが温かい飲み物を入れてくれていた。お礼を言って、そっと飲む。
「こんにちはー!」
元気な声が入口から響いてきた。私が店に下りると、キラキラの笑顔と目が合った。少年の被る帽子には『West Park』と書かれている。
萩野浩介くんだ。今年、小学生になる、ハルさんに助けられた一人。
「今日、姉ちゃんの誕生日だよね!ケーキ買ってきたんだよ!」
誇らしげな顔の浩介くんに笑いかけ、ケーキの箱を受け取る。
「ありがとう!浩介くん」
浩介くんにあがってもらい、ケイさんがジュースを渡す。
浩介くんがジュースを飲む隣で、私はふと、立ち上がった。
向かったのは、ハルさんの自室。
冷たい、部屋。
「…………」
そっと、扉を開ける。シン、とした暗い部屋。
私は冷えきったベッドを撫でた。そっと突っ伏す。
「……ハルさん…」
信じているつもりだった。でも、たまに、すごく不安になる。
もし、いなくなってしまったら。
『…何か、ありましたか』
初めて聞いた、ハルさんの声は、どこまでも人を気遣うものだったことを思い出す。
「……帰って、くるよね…」
もう、あの人がここから居なくなってから一年が経つ。
背後で足音がした。
「……心音ちゃん」
ケイさん、だ。
少し、声が上擦っている。どうしたんだろう。
「心音ちゃん、あの…」
ケイさんの声がふっと切れた。同時に、私の肩が軽く叩かれる。
「……心音」
音が、消えた。
その声しか、聞こえなくなったみたいだった。
本当に?まさか、なんで。
振り返ると。
色素が薄いのか少し青っぽく見える重たさのない黒髪。切れ長の眼は涼しげだが、優しく温かい。
髪、前より、伸びてる?
少し、痩せたね。
でも、その人は、間違いなく。
「ハル…さん」
「ああ、間違いなく、二条晴樹だよ」
苦笑混じりに髪を掻くハルさん。
私はそんなハルさんに飛びついた。
「うわっ…危ないだろ」
注意しつつもちゃんと受け止めて、頭を撫でてくれた。
温かい。ちゃんと、ここにいる。
「晴樹、おかえり」
「ああ、ただいま、京一」
付き合いの長いらしい二人は、コツン、と拳をぶつけ合って笑った。
「兄ちゃん!」
パタパタと軽い足音がして、浩介くんが顔を出した。
「よぉ、浩介」
ハルさんは浩介くんに笑いかけ、それから私を振り返った。
「心音」
小さな縦長の箱を渡される。
促されるままに受け取り、開けてみる。
中では、細いチェーンのネックレスが光っていた。
「…これ」
ハルさんの顔を見上げると、ハルさんは子供っぽい笑みを浮かべて口を開いた。
「心音、お誕生日おめでとう」
二条 晴樹 二条堂店長
入店日:12/23
窓の外を眺めながら、俺は晴樹を振り返った。晴樹は病室の
ベッドの上で静かに俺を仰ぎ見た。
「なんだ?」
俺は息を吸い込む。
「六乃宮さんと一緒だな…」
晴樹は一瞬、眉間に深く皺を刻む。
「…そうだな。なんの、因果だろう」
六乃宮弓弦。
晴樹が母親を亡くした頃、面倒を見てくれた人で、『二条堂』の建物で元々、定食屋をやっていた人だ。
晴樹が高校二年生のとき、癌で亡くなっている。
晴樹も、六乃宮さんのように…?
俺は嫌な考えを振り払うように軽く頭を振った。
「京一、心音はどう?」
俺は病院に来る前に見た心音ちゃんを思い出した。
「お前の家でずっと座ってる。千佳さんに聞いたけど、ご飯をちゃんと食べてないらしくて…」
「…そうか」
晴樹の顔が曇る。
心音ちゃんの表情があんなに無くなるんだって…驚いた。
魂が抜けたようにぼんやりしていて、時々、思い出したように勉強をしてみたりしている。
晴樹は何かを考え込むようにじっと俯いている。
「…晴樹?」
晴樹は静かに顔をあげた。
「京一…頼みがある……」
その頼みを聞いた俺は驚いた。
「大丈夫なの?それ」
「少しなら問題ない。それよりも心音が心配だしな」
そう言って微笑んだ晴樹は、あの頃と違って、ちゃんと前を向いていた。
『ミヤさん…っ』
六乃宮さんが亡くなった日からずっと、どこか諦めたような、自分の命をなんとも思っていないような、投げやりな雰囲気。
今の晴樹にはそれがない。
病気だというのに、爽やかに笑う晴樹の後ろ、窓の外で雪が舞った。
主のいない暗い本屋。
前は温かい雰囲気だったのに、ハルさんがいないだけでこんなにも冷たい。
「ハル…さん」
寂しい。寒い。怖い。
一人は、嫌だ。
『ハルでいいから』
ハルさん。
「………心音」
聞こえた声に、反射的に振り返った。
居るはずのない人がいた。
私はただ、その人に飛びつく。
「…ハルさん!」
黒いシャツとジーンズ姿のハルさんは、飛びついた私をちゃんと受け止めて、頭を撫でてくれた。
「心音、大丈夫か?」
病院には、あまり行きたくなかった。
死が、近い気がして。
ハルさんは、病院から離れて、二条堂に来てくれた。
「…心音、約束する。
絶対に元気に戻ってくる。だから、お前も健康に気をつけて待っててくれ」
しっかりとした、強い声。
私ははっきりと頷いた。
「…約束ね」
二条 晴樹 二条堂店長
入店日:12/17
「…雪だぁ」
二条堂に通い始めてから、2年が過ぎようとしていた。
店の前の掃き掃除、ふわふわと舞う雪に自然と顔が綻ぶ。
「よーっす、心音ちゃん」
明るい声に振り向けば、ケイさんが立っていた。
「ケイさん、こんにちは」
「今日、心音ちゃん誕生日だよな、おめでとう!」
今日は12/23。よくクリスマスと一緒にされてしまう私の誕生日だ。
「ありがとうございます!」
ケイさんはお礼を言う私の頭を撫で、二条堂の中に入った。
「うー…寒っ」
二条堂に戻るとケイさんが温かい飲み物を入れてくれていた。お礼を言って、そっと飲む。
「こんにちはー!」
元気な声が入口から響いてきた。私が店に下りると、キラキラの笑顔と目が合った。少年の被る帽子には『West Park』と書かれている。
萩野浩介くんだ。今年、小学生になる、ハルさんに助けられた一人。
「今日、姉ちゃんの誕生日だよね!ケーキ買ってきたんだよ!」
誇らしげな顔の浩介くんに笑いかけ、ケーキの箱を受け取る。
「ありがとう!浩介くん」
浩介くんにあがってもらい、ケイさんがジュースを渡す。
浩介くんがジュースを飲む隣で、私はふと、立ち上がった。
向かったのは、ハルさんの自室。
冷たい、部屋。
「…………」
そっと、扉を開ける。シン、とした暗い部屋。
私は冷えきったベッドを撫でた。そっと突っ伏す。
「……ハルさん…」
信じているつもりだった。でも、たまに、すごく不安になる。
もし、いなくなってしまったら。
『…何か、ありましたか』
初めて聞いた、ハルさんの声は、どこまでも人を気遣うものだったことを思い出す。
「……帰って、くるよね…」
もう、あの人がここから居なくなってから一年が経つ。
背後で足音がした。
「……心音ちゃん」
ケイさん、だ。
少し、声が上擦っている。どうしたんだろう。
「心音ちゃん、あの…」
ケイさんの声がふっと切れた。同時に、私の肩が軽く叩かれる。
「……心音」
音が、消えた。
その声しか、聞こえなくなったみたいだった。
本当に?まさか、なんで。
振り返ると。
色素が薄いのか少し青っぽく見える重たさのない黒髪。切れ長の眼は涼しげだが、優しく温かい。
髪、前より、伸びてる?
少し、痩せたね。
でも、その人は、間違いなく。
「ハル…さん」
「ああ、間違いなく、二条晴樹だよ」
苦笑混じりに髪を掻くハルさん。
私はそんなハルさんに飛びついた。
「うわっ…危ないだろ」
注意しつつもちゃんと受け止めて、頭を撫でてくれた。
温かい。ちゃんと、ここにいる。
「晴樹、おかえり」
「ああ、ただいま、京一」
付き合いの長いらしい二人は、コツン、と拳をぶつけ合って笑った。
「兄ちゃん!」
パタパタと軽い足音がして、浩介くんが顔を出した。
「よぉ、浩介」
ハルさんは浩介くんに笑いかけ、それから私を振り返った。
「心音」
小さな縦長の箱を渡される。
促されるままに受け取り、開けてみる。
中では、細いチェーンのネックレスが光っていた。
「…これ」
ハルさんの顔を見上げると、ハルさんは子供っぽい笑みを浮かべて口を開いた。
「心音、お誕生日おめでとう」
二条 晴樹 二条堂店長
入店日:12/23
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とても書き方や表現が上手で
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ありがとうございます!
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