僕らの彗星

M-kajii2020b

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第1話  兆し

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夢のお告げと言う訳でも無いだろうけれど、殆ど参加した事が無かった我が南高校の科学天文部の観測会にたまたま参加してみた事から話は始まる。



ジャコビニアン流星群も獅子座流星群も期待ハズレに終わって、誰しも特別の意識を持って観測していた訳では無いのは周知の事実であった。ふと目についた、見慣れない位置にある見慣れ無い光の点に興味をそそられ、座標を詳細に確認した。



「何だ、この星は?」僕は、パソコンの天文ソフトを操作して数値を拾った。その数値を副部長のミドリに確認してもらう間、再びその光の源である天体に目をやっていた。我が科学天文部の副部長、春日野ミドリは、僕と同学年の二年生で同じクラスでもあった。この時期、三年はほぼ引退状態で、現世での汲々とした事態に対応するため、机と睨めっこを始めている時期でもある。



「クラスAの未確認天体ね。部室に帰って国立天文台ネットで連絡してみる。」何だか、決算処理でもしているような淡々とした口調で話しながら、ミドリは部室に消えていった。



それから数日間は、何の変化もなく、この所ご機嫌がよろしくないミドリと前回の観測会のデータを天文部の部室で整理する日々が続いていた位だった。



「激はもうお気楽よね!」唐突に話し出したミドリの声に、データを入力する手を止めて振り向くと、



「来年から、飛び級でさっさとお兄さんの居る大学に入学しちゃうなんて、私なんか旨くいったって、入学は再来年だし、T大に入れる保障なんて無いのにさ。」背中を向けて、作業をしているミドリから、独り言のような、ぼやき声が聞こえてきた。



「最近の不機嫌の原因はこれか!」



僕の兄はT大で物理の準教授をしている。家族構成と言えば、血の繋がっていない、二人の姉と一人の兄、僕はその四人の兄弟姉妹の中の一人である。すぐ上の姉は、年も近いせいか今でも仲がよい間柄で、もしかしたら本当の兄弟かもしれなかった。なんでも施設に保護された時に一緒にいたのと、同じ目の色をしている事から、その様に判断されているのだろう。なぜか養父母達は、血液検査やDNA鑑定などで僕らの関係を明確にすることを避けてきていたため、未だにはっきりしない間柄ではあるが、どっちにしても事実上の兄弟姉妹である事には代わりが無い。一方、兄とは一寸距離が有った。



「あのカッコいいお兄さんがT大の先生だなんて聞いていなかったしさ。」ミドリのぼやきが再び聞こえた。



「そんな事知るか!ただでさえ複雑な家族構成で本人だってよく分かって無いのに、聞かれもしない複雑怪奇な事象を何で話さにゃならんのだ!」



僕は、再びデータを入力しながら無視を決め込んだ。僕がこの科学天文部に入ったのは、文化部の中で唯一、理系ぽいクラブであったからだったが、現三年生の当時の部長、あっ今も部長か、と副部長のミドリが取り仕切る、星座愛好会見たいなクラブで、科学天文部の科学の部分は何処へ行ったのか分からないまま時間が過ぎていったのが現状である。たまたま養父母が運営する教会が、郊外の高台に有りロケが良いと言う状況をミドリが嗅ぎ付けて、何回か観測会を教会の敷地、敷地と言ってもある種の自然公園みたいな公共所有地であるが、で開催したわけである。教会の施設である仮眠所や自炊場は、観測会兼合宿に好都合なわけであったらしい。



再び兄の話に戻るが、僕ら兄弟の中で一番最初に養父母に引きとられたのがこの兄、哲平であった。その理由は、兄が教会の玄関に捨てられていたことから由来している。僕を含めた他の三人は、それぞれ施設でしばらく過ごした後で、養父母に引き取られた。何故か一番上の姉が一番最後に引き取られたので、順番からすれば一番下になるのだが、年の関係からいきなり長女としての役目が与えられ、養父母の期待通り結婚後、教会の運営を切り盛りしている。その原因を作ったのがこの兄らしいのは、傍から見ていても理解はできた。養父母としては、我が子も同然の兄にあの教会を継いで欲しかったのだろうが、聖職者とは程遠い物理学の専門を選び、大学院中に発表した論文がロシアアカデミーに認められるとさっさと留学してしまった。暫らくロシアで研究を続け、学位を得たのち帰国して、T大の準教授に納まっているのが現状であるが、殆んど教会にも顔を出さずにいた。そんな兄の存在が、僕の脳裏を過ぎったのが半年ほど前の事だった。



教会の居住スペースの一画に兄が使っていた部屋が在ったが、兄が居なくなると必然的にその部屋は僕の部屋でもあった。主を無くした、書籍が壁本棚にびっしり並べられていたが、その本を手にする人間は僕以外に誰もいなかった。僕は此処に(教会)引き取られる前に、一度某所の資産家に里子に出されていて、結構きつい学習プログラムを強要させられていた。そのかいが有ったのか、兄が置いていった書物の内容についてはさほど抵抗無く理解できていた。ある日、ふと閃いた内容について、その真偽のほどを誰かに相談したくなって考えていたとき、脳裏を過ぎったのが兄だった。クラブの顧問の先生に相談しても恐らく回答は帰ってこないだろうしとも思い、すぐ上の姉からメルアドを聞いて、空想夢想の変てこ理論を送りつけておいた。多分それがきっかけであったのだろうが、突然、兄から呼び出しがかかり大学の研究室に引っ張り込まれて、変てこな数式を散々聞かされた。その上しばらくして、飛び級の編入試験を受けさせられ、よく年から兄の研究室に所属することになってしまった。僕としてはもう少しのんびりとこの高校で青春ドラマのような学園生活を送りたかったのだが。



 ミドリのぼやきの経緯について、取り留めも無く考えていると、クラブ顧問の先生と三年の部長が血相を変えて飛び込んで来た。



「おい、この間の未確認天体を見つけたのは誰だ?」顧問がミドリに尋問するかのように問い詰めると



「え・・彼です。」とたじろぎながらも、僕を指差して



「激君です。」それは、あたかも責任を擦り付けるかような言い草だった。



「ほほー、天才高校生か。こりゃー話題には事欠かないな。」



そう言ってから、顧問は部長から書類を奪うようにして、新天体の認定情報についての資料を押し付けてきた。



「某県立南高校天文クラブ、新彗星を発見!」そんな見出しで、まるで夏の特大花火の様に取り上げられたが、消えて行くのも早かった。暫くたっても、続報の話題もなく、マスコミが取り上げることも無いまま、あたかも箝口令でも敷かれているかのように新彗星の話しはプッリと消えた。



花火が輝いていた時は、彗星の名前をどうするのこうするのとはしゃいでいたミドリだったが、各関係機関からは、そんな音沙汰も全然無いまま秋は深まって行っていた。僕の方はと言えば、彗星に自分の名前がつけられるなどと言った途方も無い出来事を何とか辞退させてもらってから、ほとんど兄の研究室に入り浸りの状態が続いていた。学校の方には大学側から連絡がいっていたが、暫くぶりに高校の教室に入ったときに、まず自分の机が有るのかが不安だったが、ミドリの横にその机は有った。席に着いた僕を、暫く家出をしていた放蕩息子でも見るような眼差しで見つめた後、



「もう、来ないかと思ってたわ。」



「言い草だな、一応まだ在学生だ!」



「激がいない間に…まずはこれからかな。」そう言って、金ピカのカードの束を取り出した。



「あの女がしつこくやって来たわよ。来るたびにこの名刺を置いて行くもんだから、こんなに貯まっちゃったわよ。まったく、高校生のくせになんで名刺なんか持ってるのよ、しかもゴールドなんて!正門の前でリムジンで待たれても困るのよね。私は激の保護者じゃないし。」そう言いながらも、賄賂としてもらったSデパートの商品券をちらりと見せてニヤリと笑った。(お前は敵か、見方か?)



「それから、うち(天文部)の部長がさ、変なこと言い出してるんだけど…・新彗星の軌道がおかしいって、なんだが地球のすぐ近くを通るとか何とか言ってるわよ。」



「そういやー、あれから音沙汰無いよな。彗星の件については。」



「所で、激は何やってたの、いままで?また、へんなバイトでもしてるんじゃ無いでしょうね!」



「はあア・・兄貴の研究室に軟禁状態だったんだぜ、それに、いくらなんでも昔のバイトはもう出来ないでしょう。」



「あらそう、ホストクラブなら通用しそうだけど。」



「婆は金払いが悪いからな。それにもうショタコンモデルは無理だし。」



「今なら、女装すればそれなり妖艶なモデルになるわよ。達也なんか、売りつけたあの写真、未だに激だと気づいていないんだから。」



「うーん、そろそろ俺の昔のネタで小銭を稼ぐのは止めにして欲しいな。」



ミドリとの馬鹿話は久しぶりで何だか新鮮味を覚えたたが、対象的なマンネリの高校の授業を終えて早々に、我が家(教会)に帰ろうとしていると、正門近くで見覚えの有る人物が待ち構えていた。所謂、執事服を着た中肉中背の紳士は、丁重に、僕を止めてあったリムジンへと誘った。



「お久しぶりですこと。」相変わらず、ボーイシュな服装の薫がそこに居た。



「はあ・・どうも…」



「つれない挨拶ですわね。婚約者だと言うのに!」



「まだ時効にならないんですか、その件は?」



「無理ですわね。私が契約を破棄しない限りは!」



「でも、まだ先の話でしょ。」



「何年か前もそうおっしゃりましたわね。まだ小さいから許婚の関係だからて。」



「そろそろ覚悟を決めて、三芳家の方に落ち着いてもらわないと。彗星だの、亜空間理論だのと非現実的な夢ばかり追ってないで…」薫は半ば諦めた口調で言葉を終えた。



誰からかは想像がつくが、僕の身辺状況が筒抜けなっているのは事実で有るようだ。



暫く間が開いた感じの後、



「もう一つ、報告しておかなければいけない事があります。」



「えっ・・・」



「あの水の事です。」



「ええー、トリチウム水の事、何か進展が有ったの?」



「D国王室から、調査の認可が下りました。」



「本当に!あれだけ頑なに拒否していた調査を認めてくれるのか!」



「私も少々驚きましたが・・・お兄様の方へは既に連絡済みです。」



話は、ここへ来て急展開を見せ始めていた。思えばこの事件こそが、僕と薫を結びつけ、ヘンテコな状況を作り出した発端でも有った。



「前置きはこの位にして、本題ですが。」



「本題?」



「例の水の件で…D国王室がここに来て調査協力を申し出て来ました。どの様な事情か詳細は不明ですが、取りあえず協力して頂ける事になりましたので、激様にも協力して頂く事になりました。お兄様へは既に連絡済みで、機内で落ち合う予定になっています。」



「機内!まさかこのままD国に行くわけ?」



「そうです、必要な荷物は既に準備済みですわ。」



結局、僕は薫に拉致られた様な状況で、空港に向かった。
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