路傍の二人

M-kajii2020b

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プロローグ  詰め襟の君

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手術後の由香は、顔色も良く以前なら歩くことさえ重く感じられた自分の体が、嘘のように軽く感じられ、普通に高校へ通う道すがらの些細な出来事でさえも楽しく感じられた。今までは、正門まで西園寺家のBMWで送られて来ていた生活から、ここ数日は、生まれて初めての電車通学に切り変えての三日目だった。五月も半ばが過ぎ、冬服では一寸汗ばむ気候ではあったが、由香にとっては久々のセーラー服がとても心地良かった。朝の通勤時間帯には少し早い事もあってプラットホームには比較的人は少なかった。そんな対面のホームに単語帳を持った、詰め襟姿の男子学生が目に付いた。由香とは反対方向の電車に乗り込んだその男子学生の顔を見た時、由香は強い驚きを感じた。「あの人だ!」そう心の中で叫んで、出来る事なら、反対側の電車に飛び乗りたい気持ちだった。翌日は昨日よりも早く駅に来て何時もとは反対のプラットホームでその男子学生を捜した。数分後疎らな人並みと一緒に、彼は歩いて来ていた。由香は、慎重に携帯のカメラでその子を写し、身なりから二つ先の駅の近くに有る南髙の学生である事を確認してから自分の通う電車に乗車した。そんな日々が数日続いたが、由香にはもう一つ確かめなければ成らない事が有ったが、その手段がなかなか見つからなかった。いっその事、面と向かって、名前を尋ねれば簡単な事だと思ったが、不安と羞恥でその行動にも居たらずに、焦燥感だけが心に残ってしまっていた。しかしその日はそんな由香の思いが偶然にも叶った。
「東堂!」「薫君!」後ろから、近づいて来た男女の学生が声を掛けた。彼らは、中学時代の同級生らしく、短い時間だったが、お互いの近況や進学の事などについて話した後、それぞれに別れていった。そして由香にとっての幸運は、その中の女子学生の一人に、由香の通う高校の同級生が居た事だった。謎だったアイテムが揃った瞬間に、由香はその人物が、あの夢とも幻想とも付かない体験の中で提示された人物である事を確信した。
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