シュペングラーの遺稿

M-kajii2020b

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第3話  料理教室の女

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レイカのコネで、僕はあっさりとT大の講師に職業替えした。ますます、レイカのひも的存在が色濃くなって来たころ、久々に元の同僚達と会う事が出来た。都内の馴染みのバーで夫々の近況を語る面々だが、いずれも収入の激減には、かなり堪えている様で

「俺は、家を売って安アパートに移ったよ!」

「俺は、彼女と別れた!」

「田舎で百姓やり始めた。」とかの話題ばかりだった。

「お前はどうなんだ?」とある嘗ての同僚に聞かれ

「俺は、今、ヒモになっている。」と答えると、

「なんだ!それは!」皆の驚愕と笑いを誘ってしまっていた。掻い摘んで自分の近況を話すと

「その女、以前、IT関連のパーティーでフェルマーの最終定理を聞いてきた女か?」

「えらい美人だったと思ったけど・・・もう食ったのか!」

「いやー、食ったら自分の魂まで、逆に食われそうなので、なにせ得体の知れない奴だ。どうも烏丸の令嬢らしいのだが。」

「カラスマ!あの財閥か!そりゃー羨ましい。逆玉の輿て所だな!」同僚たちのやっかみを含めたけなし文句が聞こえていた。

五月以来の嵐の様な騒動も、秋風を感じられるようになると、幾らか鎮静化していた。まだ相変わらず、変な金の流れは続いているようだったが。そんな中でも、僕の鞍替えした、再就職先はそれなりに快適であった。収入は一桁減ったものの、休日や時間的余裕もでき、やっと人並みの生活が送れていた。オイラーの定理や波動関数の偏微分方程式を因数分解して回答する方法など、現実の物理学の事象と関連させた講義は其れなりに高評価を受けていて、退屈な数学の講義も割と出席率が高い方であった。

レイカは、不定期ではあったが、週に3、4日遣って来ては、広いベットで寝ていた。それは、近所の猫がふらっと遣ってきては、膝の上で安住の地を見っけたように熟睡している様な姿にも見えた。そんなある週末の日、レイカが珍しく起きていて何やらPCで検索していた。

「俊!料理教室に通ってちょうだい。」といきなり、切り出したレイカに

「えぇー・・・なんで!」

「このレシピを再現してほしいの。Tホテルの料理長秘伝のレシピよ!」

「はぁーそんな事を言われても、実際に食べてみなきゃどんな味か分からないだろうが?」

「ふーん・・・それもそうね。じゃー今度連れて行くわ!ともかく、貴方は、料理教室へ通って頂戴!」そう言って、プリントアウトした資料を渡された。強引なレイカからの命令で、僕は週二で、マンションから二駅程の教室に通う羽目になった。通って見ると、元々実験が好きだった、僕の相性には違和感なく受け入れることができ、そこそこの腕になるまでには、そんなに時間はかからなかった。ただ、若い男がこんな事をしていることが場違いで、コック志望とか、脱サラして店でも開くのかとか、いかにも花嫁修業をしているぞ、と言わんばかりの女子達に突っ込まれるのが日常であった。そんな女子達の中に、ちょっとヤバイ女性がいた。

「あらー!俊君! 久しぶりね・・・こんな所でなにやってるのって、まあー料理習ってるのか、ははは・・・」

「吉山明子!・・・・」此奴とは一度寝た事があった。僕が大学院へ進む中、明子は就職したため疎遠になり、それきりの状態だった。と思い返して

「そうだレイカが最初に名乗っていた名前だ」と思ってためらっていると、

「証券会社に入って羽振りがいいとかって聞いてたけど、この所の証券不況でクビになって小料理屋でも開くの?」慇懃に質問してきた。

「お前こそ、今更、花嫁修業かよ!」

「そうよ悪い!離婚して暇になったからもう一度、花嫁修業してるのよ!あんたが、連絡もくれないからやけになって金持ちのボンボンと結婚したのよ。でも、そのボンボン浮気したから、慰謝料ふんだくって離婚してやったわ!」なんだか痴話げんかでは済まなくなりそうだったので、

「ちょっと場所を変えようぜ。」そんな言葉で少しは冷静になったのか、明子は素直にしたがった。

 僕たちは、教室の談話室に移っていたが、近くに包丁でも在ったらいきなり刺されそうな剣幕で、明子はしゃべり続けた。さんざ僕に悪態をつくと、今度は号泣し始めた。心配した教室の先生が様子を見に来たが

「ああすみません。昔の顔なじみで、此奴、感情が高ぶると抑えが効かなくなるんです。」そんな言い訳をしながらその場をしのいでいた。昔、何処かで見たパターンだなと思っていたが、案の定、そうなっていた。学生時代に僕の親友に振られた明子が、逆恨みなのか、失恋のショックなのか知らないが、僕のアパートに押しかけてきて、さんざ喚き散らした挙句に、号泣しだした。仕方なく、慰めてやっていたら、なし崩し的に、男と女の関係になってしまっていた。

それ以来、行きがかりで女を抱くのは止めとこうと思っていたが、結局、僕らはホテルの一室に居た。まさかマンションに連れて行くわけにもいかず。号泣する明子を放って置くわけにも行かず、仕方なく近くのホテルに泊まる事にした。

泣き疲れた明子がそのまま、寝てくれれば良かったのだが、積年の僕への恨みと、別れた旦那への恨みが重なったのか、激しく僕を求めてきた。そんな訳で結局、再び明子を抱いてしまっていた。

「俊、結婚して・・・。絶対、あんたの子供出来たから、責任取りなさい。」

「昔も、そんな事言ってなかったか。」

「えええ・・・何時よ!」

「お前が神田に振られて、腹いせに俺のアパートに乗り込んできた時・・・」

「ふーん・・・そうかなあの時、本当に妊娠してれば、ずーと俊と居られたのに・・・。何で連絡もくれないで、留学しちゃうのよ。随分と探したのよ、あんたと連絡とる方法。」

「ああ、無理だったろうな。MITのヤバイ組織にほぼ軟禁されてたからな。」

「CIAとか?・・・」

「まー似たような物か。」

「それで、証券会社クビになって今何やってんの、なんで料理教室なんか通ってるわけ。」

「今は大学で数学の講師やってる。外見上は・・・。実際は、ある女のヒモさ。」

「ヒモて、その女に養われてるの?」

「別に養われてるて訳けじゃない。まだ蓄えもあるし、一応大学の講師だからな。」僕はめんどくさいレイカとの経緯をしゃべり始めると、疲れも出たのか、明子は爆睡してしまっていた。

翌日の朝、コンビニで朝食をあつらえてホテルの部屋に戻ると

「ああ、戻ってきた。また置き去りにされたかと思っちゃったわよ!」明子が安堵の声で言った。

「お前、下着も服もぐちゃぐちゃだろう。一寸恥かしかったけど、下着も買っといたから・・・それ食ったら、そろそろ出ないと。」まだ半分寝ている明子は、ベットの上でぼーとしたままでいた。こいつは、寝起きが悪かったんだよなと思いながら、僕もコンビニ朝食をパクついていた。

「俊君・・・家帰るのやだ!」結構時間を掛けて身支度をした明子とやっとホテルを出た。

「お前、今何処に住んでいるんだ?」

「〇×駅近くのアパート。」それは料理教室がある駅から3駅ほど行った場所で、僕の通勤コースとは反対の方向だった。

「じゃーぁお前のアパートに行こう。ところで、子供は・・・」

「ふーん・・・いない。今思えば出来なくて良かったと思うわ・・・。あんなボンボンとの子供!」

「俊君の所は、ダメ?」

「夕べ話たろうが!今は俺はヒモだって、ヒモが女連れ込んじゃまずいだろうが。」

「そんなヒモ女とは、さっさと別れちゃいなさいよ!私のヒモにしてあげるから。あんたぐらい養えるお金は有るわよ!」

「別に、自分の食い扶持位は稼いでいるから、お前に養ってもらわなくても結構だ。」明子は渋々、自分のアパートに案内したが、アパートに着いてみて、明子が渋っている訳が理解できた。

「お前の離婚原因て、これも有るんじゃないのか?」此奴は、所謂、片付けられない女であった。

「だって、ボンボンの所じゃ、メイドさんが全部やってくれたもの。」結局、僕は明子の部屋の片づけを手伝わされる破目になり、その後、免許書やら、職場のIDやらマンションの住所やらを聞き出されやっと解放された。

「妊娠してたら直ぐ連絡するからね、責任取りなさいよ!」捨て台詞を言われ部屋を後にした。内心、(だから成り行きで女を抱くのやなんだよ。)とも思いながら、(そい言えば、昔彼奴は、自分は妊娠し難い体とか言ってたな。)そんなことを思い浮かべながら、マンションの、すでに自分が所有する部屋では無い部屋に帰ってきていた。
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