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5「別れ」

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 蒼の刻に差し掛かり、美しい夜空が顔を覗かせる。繁華街の駅前は、会社終わりのサラリーマンや、夜通し遊ぶつもりの大学生で賑々しい。
 夜はこれからという雰囲気だが、高校生にとっては、ここらが今日の終わり。人波を避けて見つめ合う若い男女も、別れ際の雰囲気だ。

 2人の内の一人は黒鉄葵で、もう一人は同じ高校の三年生、水城マリだった。

「アオくん、今日は楽しかった」
「俺も楽しかった。また遊ぼう」
「うん。またデートしようね」
「お小遣い堪ったらね」
「たはは。高校生の辛いとこね。でも私は春から大学生!バイト余裕だし、勿論出すよ」
「ありがとう。出してもらうのは、ちょっと抵抗あるけど」
「ん~、一丁前に格好付け?いいわね~」

 甘い空気の2人は、くすぐったそうに笑い合う。通りすがりのオジサン達が、これ見よがしに舌打ちした。マリは優越感に満ちた笑みを浮かべ、アオにすり寄る。アオはマリの頭を撫で、ところでと話題を変えた。

「…そう言えば、イチコはまだ帰ってないの?」
「そうなのよ、あの子。どこほっつき歩いてるのかしら?」
「心配だね」
「これまでも何日も帰ってこない時あったし、そのうち帰って来るでしょ。あの子のクラスに、彼氏とか居ない?そいつん家じゃない?」
「クラスには居ないと思う。学年でも聞いたことないね」
「なら外の男かなあ。連絡も付かないのよね」

 マリは妹が帰ってこない事に、あまり関心が無いようだった。

「警察とか行った?」
「行ってないけど、何回も補導を受けてる子だし、行っても警察は本腰を入れて探さないでしょ」
「危険な事に巻き込まれてなければいいね」
「大丈夫でしょ。巻き込まれてても自業自得、みたいな」
「あはは。妹に対して、酷いよ」
「たはは。ま、大丈夫」

 マリとアオは一通り笑い合う。ふと顔が近寄った瞬間に見つめ合い、どちらからともなく唇を寄せた。

「またね」
「うん」

 数秒間、唇の触れ合う軽いキスをする。お決まりのサヨナラの合図。2人は離れ、手を振り合った。
 マリは定期を使って駅の改札を潜り、人混みの中に消えていく。離れていくマリの背中を見送るアオの顔に、先程までの恋人同士の笑顔はない。冷たく、不埒な仮面が張り付いていた。

「勿体ない……なんて思い始めたのは、俺が普通になり始めたからかな?それとも一時的に飽きているだけ?」

 アオは無感情に呟き、駅から離れていく。
 神に祈るでもなく、確率を数えながら。

「いや数字を任せるなら、神じゃなくて悪魔かな?どっちでもいいけど、いい加減当たりを引きたい」
 
 スイに『家出』を急げと言われている。土木作業はゆっくりやっていいと現地を取ったので、こちらを引き延ばす理由も特にない。

 しかし、酒臭いキスを思い出して少し後悔する。今日がいずれの日かは分からないが、夢見気分で死なれては気分が悪い。
 僅かばかり浮かれていたらしい自分を反省した。
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