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第三章

第二三話

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 次の日にはワイルドたちも合流し、いよいよ本格的に「噂」についての調査が開始された。
 ジンガーとモンジャは、前の晩に作った土台を元に発信用フォームを完成させる役割。それ以外の全員はフォーム完成までの間、街へ出向いて地道に聞き込み作業をする役割でそれぞれ分担した。
「では、調査を開始しよう。何かあったら些細なことでも報告するように!」
「了解です」
「ほ~い」
「よし、みんな作業に取り掛かってくれ」
 ワイルドが「野生会」全体に指示を出す一方、僕もエンジニア陣にお願いをする。
「じゃあ、僕たちは行ってくるから、二人はフォーム作りを頼んだよ」
「わかったよ」
 モンジャのその言葉だけ聞いた僕は、ワイルドたちから少し遅れて外出した。


「これまた難しいことを要求してくるねえ、本当に」
「まあまあ、これも調査のためだから」
 モンジャの弱音をジンガーがなだめる。
「前に別のフォームを作ったときだって、一体何回作り直したことだか。身体は疲れなくても、心の方が参ったよ」
「あれははたから見ても辛そうだったな」
「まあ、やり直したのと同じ回数分だけヨーイチも確認して改善箇所を指摘もしてくれるけどね。そこだけは『元の世界』の上流プロダクトマネージャー様たちとは大違いだ」
「『元の世界』でも色々あったと言ってたからなあ」
「はあ。思い出すだけで嫌になる記憶だね、『前世』なんて」
 モンジャは「前世」を思い出して肩を落とすが、作業の手は止まらない。
「それにしても、こんな形でまた仕事をすることになろうとは思わなかったよ」
「私もだ。私は君と違って、今と以前とでは全く違う仕事をしているが、何だか巡り合わせのようなものを感じるよ」
「巡り合わせか……そう言われてみればそうだね。何というか、落ち着くところに落ち着いている気がするね」
「きっと、『この世界』に来た人はみんな思っているのかもしれないな」
 ジンガーとモンジャは談笑をしながら着々と作業を進めて数時間、早くもフォームの完成が迫っていた。


「すみませーん! 『噂』ついて調べているんですけど、知っている人いませんかー?」
 日向が大声で叫びながら一人で移動する。
 人々はそれを聞きはするが、立ち止まらない。たまに立ち止まってくれた人がいても、聞いたことのあるような話しか収穫はない。
「どうしてこんなに誰も知らないんだろう……」
 さすがの日向も、五時間の聞き込みで得られた情報量の少なさには落胆せざるを得なかった。


「どうも、『野生会』です。最近話題になっている『噂』について聞き込みを行っておりまして」
「うーん、聞いたことはあるけど、あんまり知らないかな」
「そうですか、ご協力感謝します」
 僕は一軒ずつ住居を訪問して聞き込みを行っていた。
 しかし、もう何時間もこんな調子だ。
 話自体は多くの訪問先で聞いてくれるが、やはり内容がない。核心を突いた内容どころか、荒唐無稽な話すら出てこない。普通「噂」と言ったら、めちゃくちゃな尾ヒレが付きまくって、最終的にはとんでもない与太話に発展してしまっていることがほとんどだ。少なくとも僕はそんなイメージがある。
 しかし、今回はそれがない。あえて言うなら、最初に聞いた人の話が最もぶっ飛んでいた。最初とはつまり、本格的な調査開始前に西部劇風の居酒屋で会った男の話である。あの男は「人が消される」とか言ってたっけ。今のところ、そんな証拠はおろか「噂」の尻尾すら掴めていない。ただ、もしかしたら他のメンバーが何か聞き出せているかもしれない。それに期待しよう。


「そうか……みんな同じだったんだな」
 調査開始のために解散してから七時間後、僕たちは再び事務所に集結した。
 だが、残念ながら有力な情報を持って帰ってきた人は一人もいなかった。
 チャオやノグマンは、「野生会」関連のツテを中心に辿りつつ聞き込みをしていたそうだ。そちらでも全く同じ状況であった。ワイルドも持ち前の行動範囲の広さを生かし、かなり広範囲での聞き込みを行ったが、不発に終わった。
「大体どこに行っても、『聞いたことはあるけど詳しくは知らない』って感じだったな」
 ノグマンが溜息混じりに報告する。
「そうそう。まさにそれだ」
「こっちもそうだったな」
「私もそうでした」
「ところで、フォームの方は完成したか?」
 気が落ちている聞き込み班を横目に、僕はモンジャに話を振った。
「うん、さっきできたところだよ」
「どれどれ……おっ、すごい! 僕の思い通りになってる! さすがだなモンジャ」
「ジンガーが横にいるだけで随分違かったね。あと、二回目だったのもある。大体どこがダメ出しされそうかわかったからね。言われた通り、依頼を受ける方のフォームと合体させておいたから、すぐに稼働できるはずだよ」
「よーし、早速稼働しよう」
 発信する情報は、依頼用フォームを見るときに必ず目を通すような仕組みになっている。おまけに、「野生会」の知名度も十分に高まった。有力なものか否かは別として、かなり効率的に情報を集められるようになったはず。聞き込みは地道すぎたので、こっちでリベンジだ。
 ……と意気込んだのだが。


「うーん、今日も特になしかあ」
「もう一ヶ月は経つのにね」
 そう。フォーム稼働から一ヶ月も経つのに、一つたりとも有力証言が得られない。
 つまり、聞き込みをしたときと何ら状況が変わっていないのだ。
 さすがにここまでとは思わなかった。まあ、そう思っているのは全員同じようだが。
「聞き込みもやりすぎなくらいやったしなあ」
「一ヶ月間進展なしってことだよな」
「もうそろそろ『噂』の調査について、諦め時が来ていると言っても良いんじゃないか」
 ワイルドが僕と日向に問う。
 僕自身は、もう十分やったと思う。だからここで調査を打ち切っても良いという判断だ。
 あとは日向次第。
 僕が日向に声をかけようとしたそのとき、モンジャが先に口を開く。
「ねえ、今ちょっと気になったんだけど、良いかな? えーと、そもそも『この世界』が王政だということを、ボクたちはなぜ知っているんだっけ?」
 その場が凍り付いた。
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