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第三章

第二五話

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 「噂」についての調査をひとまず終了した「野生会」は、またいつも通りの日常を取り戻した。つまらない依頼の処理に追われる日々だ。
「ちょっとパトロールでもしてくるかなあ」
「私も行く!」
「ええ……別に僕一人でも良いじゃないか」
「俺たちのことは気にするな。二人で行って来て良いぞ」
 僕と日向の会話に、ワイルドが余計な横槍を入れる。
「いや、そういうことじゃなくて」
「一人で良いなら、二人でも構わないでしょう?」
「それはまあ……そうだけど」
「決まりね。ほら、行こう!」
「いってらっしゃい~」
「いってきまーす!」
 僕たちは、事務所に残ったメンバーたちに見送られる。
「今日はどこに行こっか」
「別にどことは決めてないかなあ。夜に事務所へ戻って来られるように散歩でもしようかなって感じ。パトロールとは言ったけど、ただの散歩だよ。わざわざ着いて来なくても良かったのに」
「良いじゃん散歩、付き合わせてよ」
「それが困るっていうか何というか……」
 はあ、もうずっとこんな調子だ。
 気分転換のためにパトロールついでの散歩をしようと思ったのに、日向と二人っきりでは気が休まらなくなってしまう。「元の世界」で交際していたときには全くそんなことなかったのだが、「この世界」で再会してからはどうもうまくいかない。
 生前の関係性を気にしているのは自分だけなのか? 日向の方は何も感じていないのか? それはそれで何だか寂しい気もするし、助かるような気もするな。
「ねえ、ちょっと聞いてる?」
「え、何の話だっけ」
 考え事をしていた僕は、日向との会話をすっかりなおざりにしてしまっていた。
「だから、何のしがらみにも囚われずにこうやって二人で散歩できるなんて、幸せだなあって話」
「ああ、そうかそうか」
 全然聞いていなかった。って、ん?
「どういう意味だ? 『元の世界』の頃だって、特段何かあるわけでもなかっただろう?」
「そんなことないよ。私には病気のことがあったし、あなただって、仕事のこととか将来のことがあったでしょう? でも今は、私たちを悩ませるものは何一つない。しがらみから解放されて初めて、『私って色んなものに囚われていたんだなあ』ってわかったの」
「そう……かもな」
 失って初めてわかる重さというやつだな。悪い文脈で使われがちなフレーズだが、今回は珍しく良い意味で使うケースだ。
 「しがらみからの解放」……か。僕の存在も「しがらみ」の一部であることに間違いはないが、それは日向にとって自身を拘束する「かせ」でもあったのだろうか。
「なあ、日向は僕のことを……」
 僕が言葉を投げかけたタイミングで、日向がそれを遮る。
「あの人、道に迷ってるのかな? ちょっと声かけてみよう」
「あ、ああ、うん」
 日向の視線の先には、あちらこちらを見てキョロキョロしている老婆の姿があった。
「すみませーん、大丈夫ですか?」
「ええ、自分の家の場所がわからなくなってしまってねえ」
「一緒に探しますよ。周りの風景とか、目印とか、何かあれば教えて下さい。特にこの辺りは道に迷いやすいですから、今後は気を付けて下さいね」
「ありがとうねえ」

 老婆の住居まで徒歩で二時間もかかったが、無事に送り届けることに成功した。住所の表記はめちゃくちゃで当初は中々慣れなかったが、地形や建物はおおよそ把握したこともあって、送り届けること自体はスムーズにいった。
「気を付けて帰って下さいねー」
「お二人さんもねえ」
 そう言って、老婆は僕たちに背を向けた。
「……ふう。遠かったけど、どうにかなったな」
「そうね。でも、ちょうど良い散歩になったんじゃないかな」
「だな。もう帰るか」
 かなり遠くまで歩いてきた僕たちは、日が沈むのを見るなり急いで帰路に就いた。
「帰りは道を変えてみるか」
「ちゃんと帰れるなら良いよ」
「馬鹿にするなって。この辺の道まで全部踏破したんだから大丈夫」
「本当に~?」
「本当だよ」
「じゃあ任せるけど」
「ノグマンだったら帰れないだろうけどな」

「何か寒気を感じるな」
「ノグマン、君が風邪かい? 珍しいね」
「風邪じゃねえ! 『この世界』で風邪になるわけねえだろ! というか何だよ、『珍しい』って」
「日本では、『馬鹿は風邪をひかない』と言うらしくてねえ。思わず唸ったよ、まさに君のことだって」
「うるせえな……さすがにぶっ飛ばすぞ」
「おお、怖いねえ」
 モンジャは大袈裟に震えるフリ・・をして見せた。

 日が沈んでもまだ少しだけ明るい時間帯に突入した。もう数分もしたら真っ暗になるだろう。今は「夕方」と「夜」の間だ。
「ここの突き当たりを右に行けば……ほら、行きに通った道だ」
「あ、本当だ! 全然わからなかった」
「もう後は行きと全く同じ道を……ん? 何だあれは」
 僕は、薄暗い中を走る何人かの男の姿を目撃した。
 その様子は明らかに普通ではない。辺りを見渡しつつ、警戒するように走っている。それも全員が同様に。
「何か怪しいよね……?」
 日向もその異様な雰囲気を感じ取ったらしい。
「あの様子、何かを追っているのか、探しているのか、って感じだな」
「どうしよう?」
「そうだな……直接接触するのは何だか危ないような気がするから、こっそり着いて行ってみよう」
 「この世界」にいるのにも関わらず、なぜか直感的に危険を察知した僕は、日向と共に怪しい男たちの一人を尾行してみることにした。
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